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第九話:公爵様の過保護、始まる
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ユーリ村の一件以降、カイル公爵の私に対する態度は、新たな段階へと突入した。それは、一言で言うと『過保護』だった。
「エリアーナ、今日は冷える。これを羽織っていなさい」
温室で作業をしていると、いつの間にか現れたカイル様が、私の肩に最高級のヴァクーニャの毛皮でできたショールをかけてくれる。
「エリアーナ、研究もいいが、食事を疎かにするな。シェフに、お前の好きなものを特別に作らせた」
昼食の時間には、彼自らが温かい食事の乗ったトレイを運んでくる。どれもこれも、王宮でも滅多にお目にかかれないような豪華な料理ばかりだ。
そして極めつけは、ある日の夜だった。
「これは、君への贈り物だ」
そう言って彼が差し出したのは、巨大な宝石箱だった。中には、夜空の星を閉じ込めたようなサファイアのネックレスや、朝露に濡れた花びらのような真珠の耳飾り、燃えるようなルビーの腕輪が、ぎっしりと詰まっていた。
「こ、こんな高価なもの、いただけません!」
思わず後ずさる私に、彼はまったく動じない。
「君がこの領地にもたらした功績を考えれば、これでも足りないくらいだ。これは、正当な対価だ。遠慮なく受け取りなさい」
有無を言わさぬ口調。そのくせ、彼の瞳はどこか楽しそうだ。まるで、私が喜ぶ顔が見たくてたまらない、といったふうに。
これはもう、領主が功労者に報いるというレベルではない。完全に、一人の男性が、想いを寄せる女性に捧げるそれに近い。
「ですが……」
「断るのか?私の気持ちを」
少しだけ寂しそうな響きを声に含ませるのは、ずるいと思う。そんな顔をされたら、断れるはずがない。
結局、私は真っ赤な顔でそれを受け取るしかなかった。
カイル様の『溺愛』は、日に日に加速していった。私が少しでも咳をすれば、城中の薬と医者が集められる。私が「この薬草の資料が見たい」と呟けば、翌日には大陸中から集められた希少な文献が山積みになる。
城の侍女や兵士たちは、そんな主人の変化を驚きと温かい目で見守っていた。「氷の公爵様が、あんなに優しい顔をなさるなんて」「エリアーナ様は、この地に春を呼び込んだ本物の聖女様だ」と、ひそひそ噂しあっているのが聞こえてくる。
私はといえば、彼の過剰なまでの愛情表現に戸惑い、振り回される毎日だった。
けれど、嫌だとは少しも思わなかった。むしろ、彼の不器用な優しさに触れるたび、私の心も温かいもので満たされていくのを感じていた。
氷のように冷たいと思っていたこの人が、本当は誰よりも情が深く、一度愛したものをとことん大切にする人なのだと、もう私は知ってしまっていたから。
カイル・ヴァレリウスは、もはや『氷の公爵』ではなかった。
私だけの、『溺愛公爵』へと変貌を遂げていたのだ。
「エリアーナ、今日は冷える。これを羽織っていなさい」
温室で作業をしていると、いつの間にか現れたカイル様が、私の肩に最高級のヴァクーニャの毛皮でできたショールをかけてくれる。
「エリアーナ、研究もいいが、食事を疎かにするな。シェフに、お前の好きなものを特別に作らせた」
昼食の時間には、彼自らが温かい食事の乗ったトレイを運んでくる。どれもこれも、王宮でも滅多にお目にかかれないような豪華な料理ばかりだ。
そして極めつけは、ある日の夜だった。
「これは、君への贈り物だ」
そう言って彼が差し出したのは、巨大な宝石箱だった。中には、夜空の星を閉じ込めたようなサファイアのネックレスや、朝露に濡れた花びらのような真珠の耳飾り、燃えるようなルビーの腕輪が、ぎっしりと詰まっていた。
「こ、こんな高価なもの、いただけません!」
思わず後ずさる私に、彼はまったく動じない。
「君がこの領地にもたらした功績を考えれば、これでも足りないくらいだ。これは、正当な対価だ。遠慮なく受け取りなさい」
有無を言わさぬ口調。そのくせ、彼の瞳はどこか楽しそうだ。まるで、私が喜ぶ顔が見たくてたまらない、といったふうに。
これはもう、領主が功労者に報いるというレベルではない。完全に、一人の男性が、想いを寄せる女性に捧げるそれに近い。
「ですが……」
「断るのか?私の気持ちを」
少しだけ寂しそうな響きを声に含ませるのは、ずるいと思う。そんな顔をされたら、断れるはずがない。
結局、私は真っ赤な顔でそれを受け取るしかなかった。
カイル様の『溺愛』は、日に日に加速していった。私が少しでも咳をすれば、城中の薬と医者が集められる。私が「この薬草の資料が見たい」と呟けば、翌日には大陸中から集められた希少な文献が山積みになる。
城の侍女や兵士たちは、そんな主人の変化を驚きと温かい目で見守っていた。「氷の公爵様が、あんなに優しい顔をなさるなんて」「エリアーナ様は、この地に春を呼び込んだ本物の聖女様だ」と、ひそひそ噂しあっているのが聞こえてくる。
私はといえば、彼の過剰なまでの愛情表現に戸惑い、振り回される毎日だった。
けれど、嫌だとは少しも思わなかった。むしろ、彼の不器用な優しさに触れるたび、私の心も温かいもので満たされていくのを感じていた。
氷のように冷たいと思っていたこの人が、本当は誰よりも情が深く、一度愛したものをとことん大切にする人なのだと、もう私は知ってしまっていたから。
カイル・ヴァレリウスは、もはや『氷の公爵』ではなかった。
私だけの、『溺愛公爵』へと変貌を遂げていたのだ。
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