死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

文字の大きさ
6 / 16

第5話「行商人が運んできた転機」

しおりを挟む
 アロン先生の指導のもと、カペル村の農業改革は驚くべき速度で進んでいった。

 村人総出で共有地を開墾し、アロンの指示通りに堆肥をすき込み、畝を作る。その手際の良さと知識の深さに、村の大人たちは舌を巻いた。

『まあ、前世じゃ30年近くやってたことだからな。体に染み付いてるんだ』

 アロンは心の中でつぶやきながらも、的確な指示を飛ばし続ける。

 植え付けられたジャガイモとトマトは、まるで競い合うかのようにぐんぐん育った。

『土壌神の恵み』を畑全体に行き渡らせることで、成長速度はアロンの家の裏の畑の比ではなかった。

 そして、季節が巡り、収穫の秋がやってきた。

 その光景は、圧巻の一言だった。

 畑一面に、掘り出されたジャガイモの山、山、山。

 真っ赤に熟したトマトが、鈴なりになった枝から零れ落ちんばかりに実っている。

「す、すごい……」

「これが全部、俺たちの畑で採れたのか……?」

「カレル芋の、何倍あるんだ……」

 村人たちは、目の前の信じられない光景に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 村が始まって以来の、記録的な大豊作。いや、もはや「記録的」などという言葉では生ぬるい、奇跡としか言いようのない収穫量だった。

 その日の夜、村では盛大な収穫祭が開かれた。

 焚き火を囲み、村人たちは採れたてのジャガイモを焼き、トマトのスープをすすり、歌い、踊った。

 誰もが、腹がはちきれんばかりに食べた。

 それでも、収穫した作物は、倉庫から溢れるほど残っている。

「アロン先生、こんなにたくさん、どうするんだ? このままじゃ、冬が来る前に腐っちまうぞ」

 村長のダリオスが、嬉しい悲鳴を上げた。

 確かに、これは大きな問題だった。この世界には、効果的な保存技術というものがない。干すか、塩漬けにするか。それくらいしか、庶民には手が届かなかった。

「大丈夫ですよ、村長さん。そのための準備もしてあります」

 アロンはにやりと笑うと、試作していた「秘密兵器」を披露した。

 一つは、煮詰めたトマトを瓶詰めにした、真っ赤なソース。

 一つは、小さなジャガイモを酢と香草で漬け込んだ、ピクルス。

 そして、甘みの強い種類のトマトを砂糖(貴重品だ)で煮詰めた、ジャム。

「これは……! あの酸っぱい実が、こんなに甘くなるのか!」

「ソースの方は、パンにつけても肉に付けても美味そうだ!」

 村人たちが、アロンの作った保存食の味に驚愕している、まさにその時だった。

 一台の立派な幌馬車が、収穫祭で盛り上がる村に、ゆっくりと入ってきた。

 村人たちが警戒する中、馬車から降りてきたのは、人の良さそうな丸い顔をした、恰幅のいい中年男性だった。

「これはこれは、賑やかですな。旅の者ですが、一晩、どこかで休ませてはいただけないでしょうか」

 男はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。

 バルトと名乗ったその男は、町から町へと様々な商品を運んで歩く、行商人だった。

 ダリオス村長は、バルトを快く迎え入れ、収穫祭の輪に招き入れた。

 そして、村の自慢の作物を、これでもかと振る舞った。

「ほう……これは、ジャガイモと申しますか。実にほくほくとして、味わい深い。こちらの赤い実……トマトも、酸味と甘みのバランスが絶妙ですな」

 バルトは商人らしく、一つ一つの食材を吟味するように味わい、感嘆の声を漏らす。

 そして、アロンが作ったトマトソースやピクルスを口にした瞬間、彼の目が商人のそれに変わった。

「こ、これは……! いったい何です!? このソース、この漬物……こんなに美味いもの、王都の高級料理店でもお目にかかれませんぞ!」

 バルトは興奮した様子で、ダリオス村長に詰め寄った。

「村長殿! この作物と加工品、もしよろしければ、すべて私に買い取らせてはいただけませんか!?」

「ぜ、全部、ですか?」

「はい、全部です! 私の全財産をはたいてもいい! いや、必ずや、相応の、いや、それ以上の値で取引させていただきます! これらは、王国中の食文化を根底から覆す、とんでもない逸品ですぞ!」

 バルトの目は、本気だった。

 彼は、この辺鄙な村に眠る、とてつもない「宝」の価値に、誰よりも早く気づいたのだ。

 村長は、アロンに視線を送った。

 アロンは、静かに頷いた。

 この男の目は信用できる。何より、彼の瞳の奥には、美味しいものに対する純粋な愛情が宿っているように見えた。

 交渉は、アロンが主導して進められた。

 10歳の少年が、百戦錬磨の商人と対等に渡り合う光景は、傍から見れば奇妙だったに違いない。

 だが、アロンは前世の知識を総動員し、作物の価値、希少性、そして今後の供給計画までを理路整然と説明した。

 結果、カペル村は、村ができて以来、誰も見たことのない額の金貨を手にすることになった。

 バルトとの独占契約。それは、カペル村が貧しい開拓村から、豊かな農村へと変貌を遂げる、大きな転機となった。

 金貨の詰まった袋を前に、村人たちはただただ呆然としていた。

「この金で、新しい農具が買える……」

「丈夫な家が建てられるぞ!」

「子供たちに、ちゃんとした服を買ってやれる……」

 村に、富がもたらされた。

 それは、アロンが土を耕し、種を蒔き、村人と共に汗を流して得た、正当な対価だった。

 アロンは、遠ざかっていくバルトの馬車を見送りながら、静かに決意を固める。

『これは、まだ始まりに過ぎない。俺たちの農業は、これからもっともっと、面白くなるぞ』

 アロンの足元には、どこまでも続く豊かな大地が広がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...