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第5話「行商人が運んできた転機」
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アロン先生の指導のもと、カペル村の農業改革は驚くべき速度で進んでいった。
村人総出で共有地を開墾し、アロンの指示通りに堆肥をすき込み、畝を作る。その手際の良さと知識の深さに、村の大人たちは舌を巻いた。
『まあ、前世じゃ30年近くやってたことだからな。体に染み付いてるんだ』
アロンは心の中でつぶやきながらも、的確な指示を飛ばし続ける。
植え付けられたジャガイモとトマトは、まるで競い合うかのようにぐんぐん育った。
『土壌神の恵み』を畑全体に行き渡らせることで、成長速度はアロンの家の裏の畑の比ではなかった。
そして、季節が巡り、収穫の秋がやってきた。
その光景は、圧巻の一言だった。
畑一面に、掘り出されたジャガイモの山、山、山。
真っ赤に熟したトマトが、鈴なりになった枝から零れ落ちんばかりに実っている。
「す、すごい……」
「これが全部、俺たちの畑で採れたのか……?」
「カレル芋の、何倍あるんだ……」
村人たちは、目の前の信じられない光景に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
村が始まって以来の、記録的な大豊作。いや、もはや「記録的」などという言葉では生ぬるい、奇跡としか言いようのない収穫量だった。
その日の夜、村では盛大な収穫祭が開かれた。
焚き火を囲み、村人たちは採れたてのジャガイモを焼き、トマトのスープをすすり、歌い、踊った。
誰もが、腹がはちきれんばかりに食べた。
それでも、収穫した作物は、倉庫から溢れるほど残っている。
「アロン先生、こんなにたくさん、どうするんだ? このままじゃ、冬が来る前に腐っちまうぞ」
村長のダリオスが、嬉しい悲鳴を上げた。
確かに、これは大きな問題だった。この世界には、効果的な保存技術というものがない。干すか、塩漬けにするか。それくらいしか、庶民には手が届かなかった。
「大丈夫ですよ、村長さん。そのための準備もしてあります」
アロンはにやりと笑うと、試作していた「秘密兵器」を披露した。
一つは、煮詰めたトマトを瓶詰めにした、真っ赤なソース。
一つは、小さなジャガイモを酢と香草で漬け込んだ、ピクルス。
そして、甘みの強い種類のトマトを砂糖(貴重品だ)で煮詰めた、ジャム。
「これは……! あの酸っぱい実が、こんなに甘くなるのか!」
「ソースの方は、パンにつけても肉に付けても美味そうだ!」
村人たちが、アロンの作った保存食の味に驚愕している、まさにその時だった。
一台の立派な幌馬車が、収穫祭で盛り上がる村に、ゆっくりと入ってきた。
村人たちが警戒する中、馬車から降りてきたのは、人の良さそうな丸い顔をした、恰幅のいい中年男性だった。
「これはこれは、賑やかですな。旅の者ですが、一晩、どこかで休ませてはいただけないでしょうか」
男はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
バルトと名乗ったその男は、町から町へと様々な商品を運んで歩く、行商人だった。
ダリオス村長は、バルトを快く迎え入れ、収穫祭の輪に招き入れた。
そして、村の自慢の作物を、これでもかと振る舞った。
「ほう……これは、ジャガイモと申しますか。実にほくほくとして、味わい深い。こちらの赤い実……トマトも、酸味と甘みのバランスが絶妙ですな」
バルトは商人らしく、一つ一つの食材を吟味するように味わい、感嘆の声を漏らす。
そして、アロンが作ったトマトソースやピクルスを口にした瞬間、彼の目が商人のそれに変わった。
「こ、これは……! いったい何です!? このソース、この漬物……こんなに美味いもの、王都の高級料理店でもお目にかかれませんぞ!」
バルトは興奮した様子で、ダリオス村長に詰め寄った。
「村長殿! この作物と加工品、もしよろしければ、すべて私に買い取らせてはいただけませんか!?」
「ぜ、全部、ですか?」
「はい、全部です! 私の全財産をはたいてもいい! いや、必ずや、相応の、いや、それ以上の値で取引させていただきます! これらは、王国中の食文化を根底から覆す、とんでもない逸品ですぞ!」
バルトの目は、本気だった。
彼は、この辺鄙な村に眠る、とてつもない「宝」の価値に、誰よりも早く気づいたのだ。
村長は、アロンに視線を送った。
アロンは、静かに頷いた。
この男の目は信用できる。何より、彼の瞳の奥には、美味しいものに対する純粋な愛情が宿っているように見えた。
交渉は、アロンが主導して進められた。
10歳の少年が、百戦錬磨の商人と対等に渡り合う光景は、傍から見れば奇妙だったに違いない。
だが、アロンは前世の知識を総動員し、作物の価値、希少性、そして今後の供給計画までを理路整然と説明した。
結果、カペル村は、村ができて以来、誰も見たことのない額の金貨を手にすることになった。
バルトとの独占契約。それは、カペル村が貧しい開拓村から、豊かな農村へと変貌を遂げる、大きな転機となった。
金貨の詰まった袋を前に、村人たちはただただ呆然としていた。
「この金で、新しい農具が買える……」
「丈夫な家が建てられるぞ!」
「子供たちに、ちゃんとした服を買ってやれる……」
村に、富がもたらされた。
それは、アロンが土を耕し、種を蒔き、村人と共に汗を流して得た、正当な対価だった。
アロンは、遠ざかっていくバルトの馬車を見送りながら、静かに決意を固める。
『これは、まだ始まりに過ぎない。俺たちの農業は、これからもっともっと、面白くなるぞ』
アロンの足元には、どこまでも続く豊かな大地が広がっていた。
村人総出で共有地を開墾し、アロンの指示通りに堆肥をすき込み、畝を作る。その手際の良さと知識の深さに、村の大人たちは舌を巻いた。
『まあ、前世じゃ30年近くやってたことだからな。体に染み付いてるんだ』
アロンは心の中でつぶやきながらも、的確な指示を飛ばし続ける。
植え付けられたジャガイモとトマトは、まるで競い合うかのようにぐんぐん育った。
『土壌神の恵み』を畑全体に行き渡らせることで、成長速度はアロンの家の裏の畑の比ではなかった。
そして、季節が巡り、収穫の秋がやってきた。
その光景は、圧巻の一言だった。
畑一面に、掘り出されたジャガイモの山、山、山。
真っ赤に熟したトマトが、鈴なりになった枝から零れ落ちんばかりに実っている。
「す、すごい……」
「これが全部、俺たちの畑で採れたのか……?」
「カレル芋の、何倍あるんだ……」
村人たちは、目の前の信じられない光景に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
村が始まって以来の、記録的な大豊作。いや、もはや「記録的」などという言葉では生ぬるい、奇跡としか言いようのない収穫量だった。
その日の夜、村では盛大な収穫祭が開かれた。
焚き火を囲み、村人たちは採れたてのジャガイモを焼き、トマトのスープをすすり、歌い、踊った。
誰もが、腹がはちきれんばかりに食べた。
それでも、収穫した作物は、倉庫から溢れるほど残っている。
「アロン先生、こんなにたくさん、どうするんだ? このままじゃ、冬が来る前に腐っちまうぞ」
村長のダリオスが、嬉しい悲鳴を上げた。
確かに、これは大きな問題だった。この世界には、効果的な保存技術というものがない。干すか、塩漬けにするか。それくらいしか、庶民には手が届かなかった。
「大丈夫ですよ、村長さん。そのための準備もしてあります」
アロンはにやりと笑うと、試作していた「秘密兵器」を披露した。
一つは、煮詰めたトマトを瓶詰めにした、真っ赤なソース。
一つは、小さなジャガイモを酢と香草で漬け込んだ、ピクルス。
そして、甘みの強い種類のトマトを砂糖(貴重品だ)で煮詰めた、ジャム。
「これは……! あの酸っぱい実が、こんなに甘くなるのか!」
「ソースの方は、パンにつけても肉に付けても美味そうだ!」
村人たちが、アロンの作った保存食の味に驚愕している、まさにその時だった。
一台の立派な幌馬車が、収穫祭で盛り上がる村に、ゆっくりと入ってきた。
村人たちが警戒する中、馬車から降りてきたのは、人の良さそうな丸い顔をした、恰幅のいい中年男性だった。
「これはこれは、賑やかですな。旅の者ですが、一晩、どこかで休ませてはいただけないでしょうか」
男はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
バルトと名乗ったその男は、町から町へと様々な商品を運んで歩く、行商人だった。
ダリオス村長は、バルトを快く迎え入れ、収穫祭の輪に招き入れた。
そして、村の自慢の作物を、これでもかと振る舞った。
「ほう……これは、ジャガイモと申しますか。実にほくほくとして、味わい深い。こちらの赤い実……トマトも、酸味と甘みのバランスが絶妙ですな」
バルトは商人らしく、一つ一つの食材を吟味するように味わい、感嘆の声を漏らす。
そして、アロンが作ったトマトソースやピクルスを口にした瞬間、彼の目が商人のそれに変わった。
「こ、これは……! いったい何です!? このソース、この漬物……こんなに美味いもの、王都の高級料理店でもお目にかかれませんぞ!」
バルトは興奮した様子で、ダリオス村長に詰め寄った。
「村長殿! この作物と加工品、もしよろしければ、すべて私に買い取らせてはいただけませんか!?」
「ぜ、全部、ですか?」
「はい、全部です! 私の全財産をはたいてもいい! いや、必ずや、相応の、いや、それ以上の値で取引させていただきます! これらは、王国中の食文化を根底から覆す、とんでもない逸品ですぞ!」
バルトの目は、本気だった。
彼は、この辺鄙な村に眠る、とてつもない「宝」の価値に、誰よりも早く気づいたのだ。
村長は、アロンに視線を送った。
アロンは、静かに頷いた。
この男の目は信用できる。何より、彼の瞳の奥には、美味しいものに対する純粋な愛情が宿っているように見えた。
交渉は、アロンが主導して進められた。
10歳の少年が、百戦錬磨の商人と対等に渡り合う光景は、傍から見れば奇妙だったに違いない。
だが、アロンは前世の知識を総動員し、作物の価値、希少性、そして今後の供給計画までを理路整然と説明した。
結果、カペル村は、村ができて以来、誰も見たことのない額の金貨を手にすることになった。
バルトとの独占契約。それは、カペル村が貧しい開拓村から、豊かな農村へと変貌を遂げる、大きな転機となった。
金貨の詰まった袋を前に、村人たちはただただ呆然としていた。
「この金で、新しい農具が買える……」
「丈夫な家が建てられるぞ!」
「子供たちに、ちゃんとした服を買ってやれる……」
村に、富がもたらされた。
それは、アロンが土を耕し、種を蒔き、村人と共に汗を流して得た、正当な対価だった。
アロンは、遠ざかっていくバルトの馬車を見送りながら、静かに決意を固める。
『これは、まだ始まりに過ぎない。俺たちの農業は、これからもっともっと、面白くなるぞ』
アロンの足元には、どこまでも続く豊かな大地が広がっていた。
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