5 / 15
第4話『身体測定という名の処刑台』
しおりを挟む
新入生歓迎舞踏会の熱狂も冷めやらぬある日、学園の掲示板に一枚の張り紙が出された。その瞬間、俺、カイトの背筋を氷のように冷たい汗が伝った。
『全学年対象・定期身体測定のお知らせ』
来た。来てしまった。
この日が来ることを、心のどこかで恐れていた。身体測定。それは、俺の秘密が白日の下に晒されかねない、まさに処刑宣告に等しいイベントだ。
(どうする……どうすれば乗り切れる?)
授業も上の空で、俺は必死にシミュレーションを繰り返す。
身長、体重、視力、聴力……ここまではいい。問題は、最後の項目だ。
『メディカルチェック(医師による触診。上半身は脱衣のこと)』
終わった。完全に終わった。俺の人生、ここでジ・エンドだ。
さらしで隠し通せるレベルを遥かに超えている。一瞬で、俺が女だとバレてしまう。
「おいカイト、どうした?顔色が悪いぞ」
ルームメイトが心配そうに声をかけてくるが、「なんでもない」と答えるのが精一杯だった。
測定日当日。俺は最後の抵抗を試みた。仮病だ。
「先生、なんだか頭がくらくらして……熱っぽいみたいです……」
渾身の演技。しかし、保健担当の教師は俺の額に手を当てると、にっこりと微笑んだ。
「平熱ですね。大丈夫、測定が終わったら休ませてあげますから、頑張りましょう」
ああ、無情。鬼か、この教師は。
俺は諦めの境地で、他の男子生徒たちの列に並んだ。次々と進んでいく測定。そして、ついに俺の番が回ってきた。
身長172センチ。女としては高身長だが、男としてはまあ、普通か。
体重……は、言いたくない。見た目よりずっと軽い。筋肉がないからだ。測定員の「細いなあ」という呟きが胸に刺さる。
魔力量測定。これは問題ない。測定器が振り切れんばかりの数値を叩き出し、周囲がどよめいた。だが、そんな賞賛はどうでもいい。
そして、ついに最後の関門、メディカルチェックのブースが目の前に迫る。
カーテンの向こうから、医師の淡々とした声と生徒たちの話し声が聞こえてくる。
(もうダメだ……万事休すか……)
そう思った瞬間、俺は最後の、そして最も古典的な手段に打って出ることを決意した。
カーテンが開けられ、俺の名前が呼ばれる。
俺は一歩前に出ると、腹を押さえてその場にうずくまった。
「ぐっ……!せ、先生……!急に、腹が……!」
迫真の演技。アカデミー賞ものの名演技だったと自負している。
「どうした、カイト君!しっかりしろ!」
周囲が騒然となる中、俺は担架で保健室へと運ばれた。作戦はとりあえず成功だ。医師の診察はもちろん断固拒否。「少し休めば治りますので!」の一点張りで、ベッドに潜り込むことに成功した。
しばらくして、保健室のドアが静かに開いた。入ってきたのは、意外な人物だった。
「カイト、大丈夫か?身体測定の途中で倒れたと聞いて」
ガイアスだった。その手には、見舞いの品らしい果物の入ったカゴがある。
「なんだ、お前か……。大したことない、ただの腹痛だ」
「そうか?だが、顔色がひどいぞ。最近、あまり眠れていないんじゃないか?目の下にクマができている」
鋭い指摘に、俺はドキリとした。確かに、性別がバレる恐怖でここ最近はまともに眠れていなかった。
「……君は、いつも一人で何かを背負いすぎだ。私では、頼りにならないか?」
ガイアスは、心から心配そうな目で俺を見つめていた。その優しい眼差しに、俺の胸は罪悪感でいっぱいになる。こいつは、俺を対等な友として、ライバルとして見てくれている。なのに、俺はこいつに大きな嘘をついている。
(……いつかは、話さなきゃいけないのかもしれないな)
そんな考えが、初めて頭をよぎった。もちろん、今すぐではない。だが、彼らの信頼を裏切り続けるのは、あまりにもつらい。
「……ありがとう、ガイアス。その気持ちだけで十分だ」
俺がそう言うと、彼は少しだけ寂しそうに笑って、「そうか」とつぶやいた。
なんとか最大の危機は乗り切ったものの、俺の心には大きなしこりが残った。性別を偽り、友を欺く。その重圧が、じわじわと俺の精神を蝕み始めているのを、感じずにはいられなかった。
(早く、男に戻る方法を見つけないと……)
保健室の白い天井を見上げながら、俺は改めて強く、強く誓うのだった。
『全学年対象・定期身体測定のお知らせ』
来た。来てしまった。
この日が来ることを、心のどこかで恐れていた。身体測定。それは、俺の秘密が白日の下に晒されかねない、まさに処刑宣告に等しいイベントだ。
(どうする……どうすれば乗り切れる?)
授業も上の空で、俺は必死にシミュレーションを繰り返す。
身長、体重、視力、聴力……ここまではいい。問題は、最後の項目だ。
『メディカルチェック(医師による触診。上半身は脱衣のこと)』
終わった。完全に終わった。俺の人生、ここでジ・エンドだ。
さらしで隠し通せるレベルを遥かに超えている。一瞬で、俺が女だとバレてしまう。
「おいカイト、どうした?顔色が悪いぞ」
ルームメイトが心配そうに声をかけてくるが、「なんでもない」と答えるのが精一杯だった。
測定日当日。俺は最後の抵抗を試みた。仮病だ。
「先生、なんだか頭がくらくらして……熱っぽいみたいです……」
渾身の演技。しかし、保健担当の教師は俺の額に手を当てると、にっこりと微笑んだ。
「平熱ですね。大丈夫、測定が終わったら休ませてあげますから、頑張りましょう」
ああ、無情。鬼か、この教師は。
俺は諦めの境地で、他の男子生徒たちの列に並んだ。次々と進んでいく測定。そして、ついに俺の番が回ってきた。
身長172センチ。女としては高身長だが、男としてはまあ、普通か。
体重……は、言いたくない。見た目よりずっと軽い。筋肉がないからだ。測定員の「細いなあ」という呟きが胸に刺さる。
魔力量測定。これは問題ない。測定器が振り切れんばかりの数値を叩き出し、周囲がどよめいた。だが、そんな賞賛はどうでもいい。
そして、ついに最後の関門、メディカルチェックのブースが目の前に迫る。
カーテンの向こうから、医師の淡々とした声と生徒たちの話し声が聞こえてくる。
(もうダメだ……万事休すか……)
そう思った瞬間、俺は最後の、そして最も古典的な手段に打って出ることを決意した。
カーテンが開けられ、俺の名前が呼ばれる。
俺は一歩前に出ると、腹を押さえてその場にうずくまった。
「ぐっ……!せ、先生……!急に、腹が……!」
迫真の演技。アカデミー賞ものの名演技だったと自負している。
「どうした、カイト君!しっかりしろ!」
周囲が騒然となる中、俺は担架で保健室へと運ばれた。作戦はとりあえず成功だ。医師の診察はもちろん断固拒否。「少し休めば治りますので!」の一点張りで、ベッドに潜り込むことに成功した。
しばらくして、保健室のドアが静かに開いた。入ってきたのは、意外な人物だった。
「カイト、大丈夫か?身体測定の途中で倒れたと聞いて」
ガイアスだった。その手には、見舞いの品らしい果物の入ったカゴがある。
「なんだ、お前か……。大したことない、ただの腹痛だ」
「そうか?だが、顔色がひどいぞ。最近、あまり眠れていないんじゃないか?目の下にクマができている」
鋭い指摘に、俺はドキリとした。確かに、性別がバレる恐怖でここ最近はまともに眠れていなかった。
「……君は、いつも一人で何かを背負いすぎだ。私では、頼りにならないか?」
ガイアスは、心から心配そうな目で俺を見つめていた。その優しい眼差しに、俺の胸は罪悪感でいっぱいになる。こいつは、俺を対等な友として、ライバルとして見てくれている。なのに、俺はこいつに大きな嘘をついている。
(……いつかは、話さなきゃいけないのかもしれないな)
そんな考えが、初めて頭をよぎった。もちろん、今すぐではない。だが、彼らの信頼を裏切り続けるのは、あまりにもつらい。
「……ありがとう、ガイアス。その気持ちだけで十分だ」
俺がそう言うと、彼は少しだけ寂しそうに笑って、「そうか」とつぶやいた。
なんとか最大の危機は乗り切ったものの、俺の心には大きなしこりが残った。性別を偽り、友を欺く。その重圧が、じわじわと俺の精神を蝕み始めているのを、感じずにはいられなかった。
(早く、男に戻る方法を見つけないと……)
保健室の白い天井を見上げながら、俺は改めて強く、強く誓うのだった。
10
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』
チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。
家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!?
主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる