文字の大きさ
大
中
小
8 / 16
第7話「快適すぎる隠遁生活と没落の足音」
朝靄が森の木々の間に白く立ち込め、葉の先端から集まった夜露が静かに地面へと滴り落ちている。
空気が肺の奥まで冷たく澄み渡る早朝、ソウタはログハウスの裏手に広がる畑の前に立っていた。
万能クラフトで耕し、魔力を帯びた土壌は、種を撒いてからわずか数日で豊かな実りをもたらしていた。
深い緑色の葉が重なり合う隙間から、鮮やかな赤色をした大ぶりの果実が顔を覗かせている。
ソウタは身を屈め、茎の根元を指先でそっと挟み込んだ。
わずかに力を込めると、繊維がちぎれる小さな音と共に果実が手のひらに収まる。
表面には細かな産毛がびっしりと生え、朝露に濡れて宝石のように輝いていた。
指先から伝わってくるのは、はち切れんばかりの皮の張りと、冷たい水分の重みだ。
腰に下げたナイフを抜き、果実を半分に切り分ける。
刃が滑らかに皮を通り抜け、断面からは透明な果汁が溢れ出し、甘酸っぱい爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
『うん、完璧な出来だ』
ソウタは一口かじり、口いっぱいに広がる濃密な甘みと適度な酸味に目を細めた。
足元では、シロとルナがソウタの足首に身を擦り寄せ、自分たちにも一口分けてほしいと鼻を鳴らしている。
ソウタは果実を小さく切り分け、二匹の口元へと差し出した。
シロは鋭い歯で器用に果肉だけを噛み取り、ルナは長い舌で果汁を舐め取ってからゆっくりと咀嚼する。
二匹とも満足そうに尾を揺らし、ソウタの手のひらを温かい舌で舐めて感謝を伝えてきた。
新鮮な野菜を抱え、ソウタはログハウスのキッチンへと戻る。
石を組み上げたかまどに火を入れ、万能クラフトで打ち出した鉄のフライパンを熱する。
森で狩った野鳥の脂を落とすと、熱で急速に溶け出し、香ばしい匂いが室内に満ちていく。
そこへ、一口大に切った野菜と干し肉を放り込んだ。
高温の油が野菜の水分と反応し、弾けるような音を立てて白い煙が立ち上る。
ソウタは手首を返し、フライパンを軽やかに煽って食材を宙に舞わせた。
火が均等に通り、野菜の鮮やかな色がさらに引き立つ。
仕上げに森で見つけた香辛料を振りかける。
熱せられた油とスパイスが結びつき、食欲を直接殴りつけるような鮮烈な香りが鼻腔を突き抜けた。
木のお椀に盛り付け、卓上に並べる。
シロとルナはすでに定位置につき、前足を揃えてソウタが席に着くのを今か今かと待ちわびていた。
ソウタが匙を手に取ると同時に、二匹は我先にとお椀に顔を突っ込む。
温かな湯気と料理の香り、そしてもふもふたちの微かな咀嚼音が、静かな朝の空間を心地よく満たしていった。
◆ ◆ ◆
ソウタが温かな食事を楽しんでいた頃、勇者レオンたちは重い足を引きずり、ようやく中規模の城塞都市の門をくぐり抜けていた。
何日も降り続いた雨は上がっていたが、彼らの顔色は土気色に濁り、疲労困憊の極みに達していた。
泥を吸い込んで重くなったマントが肩に食い込み、歩くたびに冷たい水分が肌から体温を奪っていく。
すれ違う街の住人たちが、泥まみれで悪臭を放つ勇者一行を見て、顔をしかめて道を譲った。
「まずは武器屋だ。こんななまくらでは、次の依頼すら受けられない」
レオンは苛立ちを隠すことなく吐き捨て、街の中央にある大きな武具店へと向かった。
重厚な木の扉を乱暴に押し開け、カウンターの奥で作業をしていた大柄な店主に剣を突き出す。
金属同士がぶつかる重く鈍い音が店内に響いた。
「この剣、刃こぼれが酷い。代わりのものを出せ。一番高価で頑丈なやつだ」
店主は眉間にしわを寄せ、レオンの剣を手に取った。
刃の至る所に亀裂が走り、柄の巻き革は無惨にすり切れている。
魔法の付与が完全に剥がれ落ち、ただの鉄の塊に成り下がった剣を見て、店主は呆れたように息を吐いた。
「随分と乱暴な使い方をしたもんだ。これじゃ打ち直すより、新しく買った方が安いな」
店主は奥の棚から、飾りが施された真新しい長剣を取り出し、カウンターに置いた。
「王都の鍛冶職人が打った名品だ。値段は張るが、切れ味は保証する」
レオンは新しい剣の柄を握り、鞘から引き抜いた。
銀色の刃が光を反射するが、レオンの顔に浮かんだのは不満の色だった。
「……重いな。それに、重心が前に寄りすぎている。本当にこれが最高級品なのか」
レオンは剣を軽く振ってみるが、腕の動きに刃が遅れてついてくるような違和感があった。
以前の剣は、まるで自分の腕の延長であるかのように軽く、どんな無理な体勢からでも鋭い斬撃を放つことができた。
ソウタが毎晩、レオンの骨格や筋肉の付き方に合わせて剣の重心をミリ単位で調整し、風の魔法を付与して空気抵抗を極限まで減らしていたからだ。
しかし、レオンはその事実を知らない。
目の前の新しい剣が劣悪な品であると錯覚し、怒りを露わにした。
「こんな鈍重な剣で戦えるか。もっとマシなものを出せ」
「ふざけるな。それがこの店で一番の品だ。気に入らないなら他所へ行きな」
店主の怒鳴り声に、レオンは舌打ちをして剣を突き返し、店を後にした。
背後でガルドたちも無言でうつむき、重い足取りでレオンに従う。
彼らが向かったのは、路地裏にある安宿だった。
資金が底を突きかけている彼らには、もはや上等な宿に泊まる余裕すら残されていない。
食堂の薄汚れたテーブルに座り、運ばれてきた食事を見て、レオンの顔がさらに険しくなる。
木皿に乗っているのは、石のように硬い黒パンと、塩水に野菜のくずが浮いているだけの薄いスープだ。
パンを噛みちぎろうとするが、歯が欠けそうなほどの硬さに顎が悲鳴を上げる。
スープを口に含んでも、泥水をすするような不快な後味しか残らない。
「あいつがいれば、こんな思いをすることはなかったのに」
魔法使いの少女が、スプーンを握りしめたままぽつりとこぼした。
その言葉に、レオンは激しくテーブルを叩いた。
「役立たずの雑用係のことなど思い出すな。あいつは追放したんだ。俺たちは勇者パーティーだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ」
レオンの怒声が薄暗い食堂に響くが、誰の心にも響くことはなかった。
彼らの心の中には、失って初めて気づいたソウタの存在の大きさが、重い暗雲のように立ち込めていた。
しかし、膨れ上がった自尊心が邪魔をして、その事実を認めることができない。
勇者という虚像にしがみつく彼らの足元は、すでに音を立てて崩れ始めていた。
空気が肺の奥まで冷たく澄み渡る早朝、ソウタはログハウスの裏手に広がる畑の前に立っていた。
万能クラフトで耕し、魔力を帯びた土壌は、種を撒いてからわずか数日で豊かな実りをもたらしていた。
深い緑色の葉が重なり合う隙間から、鮮やかな赤色をした大ぶりの果実が顔を覗かせている。
ソウタは身を屈め、茎の根元を指先でそっと挟み込んだ。
わずかに力を込めると、繊維がちぎれる小さな音と共に果実が手のひらに収まる。
表面には細かな産毛がびっしりと生え、朝露に濡れて宝石のように輝いていた。
指先から伝わってくるのは、はち切れんばかりの皮の張りと、冷たい水分の重みだ。
腰に下げたナイフを抜き、果実を半分に切り分ける。
刃が滑らかに皮を通り抜け、断面からは透明な果汁が溢れ出し、甘酸っぱい爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
『うん、完璧な出来だ』
ソウタは一口かじり、口いっぱいに広がる濃密な甘みと適度な酸味に目を細めた。
足元では、シロとルナがソウタの足首に身を擦り寄せ、自分たちにも一口分けてほしいと鼻を鳴らしている。
ソウタは果実を小さく切り分け、二匹の口元へと差し出した。
シロは鋭い歯で器用に果肉だけを噛み取り、ルナは長い舌で果汁を舐め取ってからゆっくりと咀嚼する。
二匹とも満足そうに尾を揺らし、ソウタの手のひらを温かい舌で舐めて感謝を伝えてきた。
新鮮な野菜を抱え、ソウタはログハウスのキッチンへと戻る。
石を組み上げたかまどに火を入れ、万能クラフトで打ち出した鉄のフライパンを熱する。
森で狩った野鳥の脂を落とすと、熱で急速に溶け出し、香ばしい匂いが室内に満ちていく。
そこへ、一口大に切った野菜と干し肉を放り込んだ。
高温の油が野菜の水分と反応し、弾けるような音を立てて白い煙が立ち上る。
ソウタは手首を返し、フライパンを軽やかに煽って食材を宙に舞わせた。
火が均等に通り、野菜の鮮やかな色がさらに引き立つ。
仕上げに森で見つけた香辛料を振りかける。
熱せられた油とスパイスが結びつき、食欲を直接殴りつけるような鮮烈な香りが鼻腔を突き抜けた。
木のお椀に盛り付け、卓上に並べる。
シロとルナはすでに定位置につき、前足を揃えてソウタが席に着くのを今か今かと待ちわびていた。
ソウタが匙を手に取ると同時に、二匹は我先にとお椀に顔を突っ込む。
温かな湯気と料理の香り、そしてもふもふたちの微かな咀嚼音が、静かな朝の空間を心地よく満たしていった。
◆ ◆ ◆
ソウタが温かな食事を楽しんでいた頃、勇者レオンたちは重い足を引きずり、ようやく中規模の城塞都市の門をくぐり抜けていた。
何日も降り続いた雨は上がっていたが、彼らの顔色は土気色に濁り、疲労困憊の極みに達していた。
泥を吸い込んで重くなったマントが肩に食い込み、歩くたびに冷たい水分が肌から体温を奪っていく。
すれ違う街の住人たちが、泥まみれで悪臭を放つ勇者一行を見て、顔をしかめて道を譲った。
「まずは武器屋だ。こんななまくらでは、次の依頼すら受けられない」
レオンは苛立ちを隠すことなく吐き捨て、街の中央にある大きな武具店へと向かった。
重厚な木の扉を乱暴に押し開け、カウンターの奥で作業をしていた大柄な店主に剣を突き出す。
金属同士がぶつかる重く鈍い音が店内に響いた。
「この剣、刃こぼれが酷い。代わりのものを出せ。一番高価で頑丈なやつだ」
店主は眉間にしわを寄せ、レオンの剣を手に取った。
刃の至る所に亀裂が走り、柄の巻き革は無惨にすり切れている。
魔法の付与が完全に剥がれ落ち、ただの鉄の塊に成り下がった剣を見て、店主は呆れたように息を吐いた。
「随分と乱暴な使い方をしたもんだ。これじゃ打ち直すより、新しく買った方が安いな」
店主は奥の棚から、飾りが施された真新しい長剣を取り出し、カウンターに置いた。
「王都の鍛冶職人が打った名品だ。値段は張るが、切れ味は保証する」
レオンは新しい剣の柄を握り、鞘から引き抜いた。
銀色の刃が光を反射するが、レオンの顔に浮かんだのは不満の色だった。
「……重いな。それに、重心が前に寄りすぎている。本当にこれが最高級品なのか」
レオンは剣を軽く振ってみるが、腕の動きに刃が遅れてついてくるような違和感があった。
以前の剣は、まるで自分の腕の延長であるかのように軽く、どんな無理な体勢からでも鋭い斬撃を放つことができた。
ソウタが毎晩、レオンの骨格や筋肉の付き方に合わせて剣の重心をミリ単位で調整し、風の魔法を付与して空気抵抗を極限まで減らしていたからだ。
しかし、レオンはその事実を知らない。
目の前の新しい剣が劣悪な品であると錯覚し、怒りを露わにした。
「こんな鈍重な剣で戦えるか。もっとマシなものを出せ」
「ふざけるな。それがこの店で一番の品だ。気に入らないなら他所へ行きな」
店主の怒鳴り声に、レオンは舌打ちをして剣を突き返し、店を後にした。
背後でガルドたちも無言でうつむき、重い足取りでレオンに従う。
彼らが向かったのは、路地裏にある安宿だった。
資金が底を突きかけている彼らには、もはや上等な宿に泊まる余裕すら残されていない。
食堂の薄汚れたテーブルに座り、運ばれてきた食事を見て、レオンの顔がさらに険しくなる。
木皿に乗っているのは、石のように硬い黒パンと、塩水に野菜のくずが浮いているだけの薄いスープだ。
パンを噛みちぎろうとするが、歯が欠けそうなほどの硬さに顎が悲鳴を上げる。
スープを口に含んでも、泥水をすするような不快な後味しか残らない。
「あいつがいれば、こんな思いをすることはなかったのに」
魔法使いの少女が、スプーンを握りしめたままぽつりとこぼした。
その言葉に、レオンは激しくテーブルを叩いた。
「役立たずの雑用係のことなど思い出すな。あいつは追放したんだ。俺たちは勇者パーティーだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ」
レオンの怒声が薄暗い食堂に響くが、誰の心にも響くことはなかった。
彼らの心の中には、失って初めて気づいたソウタの存在の大きさが、重い暗雲のように立ち込めていた。
しかし、膨れ上がった自尊心が邪魔をして、その事実を認めることができない。
勇者という虚像にしがみつく彼らの足元は、すでに音を立てて崩れ始めていた。
感想
あなたにおすすめの小説
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
「お前の花選びなど侍女の遊び」——王宮花師が去って三月、隣国の使者は誰一人として笑わなくなった件
歩人侯爵令嬢リーリヤは、五年間、王宮の外交宴の花飾を担当してきた。隣国との宴では、花の配置が外交言語となる。バラの本数で誠意を、ジャスミンの位置で歓迎を、ラベンダーの香りで安堵を伝える——花言語《フローリオグラフィー》。三百回分の宴の花譜を、誰にも告げずに編んできた。「お前の花選びなど侍女の遊び。誰でもできる仕事だ」婚約破棄の宴で王妃が放った一言に、リーリヤは花譜を置いて去る。翌日、隣国から馬車が一台、訪ねてくる。隣国の使節長カイル・フォン・ハルブシュタインが、五年分の花譜の写しを抱えていた。「五年、私は王宮の宴で花の配列を読み続けていました。あなたが編んでくれた『ようこそ』『安堵』『友愛』を、私は毎回受け取っていました」彼の手の中には、リーリヤが配置した花の写生と、それぞれの意味の解読メモがあった。
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
「存じ上げませんが、どちら様ですか?」——忘れることが、最も残酷な復讐になった
歩人伯爵令嬢フィーネは婚約破棄のショックで過去の記憶を全て失った。名前も、家族も、婚約者も——何もかも。保護してくれた辺境の薬師に弟子入りし、「フィー」と名乗る少女として穏やかに暮らし始めた。朝は薬草を摘み、昼は薬を調合し、夕方は師匠の息子——無口だが優しい青年ルカスと一緒に夕焼けを見る。「私、前の自分より今の自分が好きです」。五年後。辺境に一人の貴族が現れた。やつれた顔で「フィーネ、迎えに来た」と。彼女は首を傾げた。「存じ上げませんが、どちら様ですか?」——嘘ではなく、本当に覚えていない。忘れることが、最も残酷な復讐になった。
「お前の泥だらけの手で触るな、気持ち悪い」と追放された令嬢——王宮の食器が一枚も焼けなくなった
歩人「お前の泥だらけの手で触るな、気持ち悪い」——王宮御用達の食器を焼く伯爵令嬢エルザは、婚約者の第二王子に手の荒れを嗤われて追放された。十二歳から十年間、王宮の全ての食器を手ずから焼いてきた。彼女の食器は特殊な土と焼成技術で魔力を通し、毒に触れると色が変わる。料理の温度も保つ。追放から三ヶ月後、晩餐会で新しい食器を使ったところ、毒が検知されず隣国の大使が倒れた。外交問題に発展する中、第二王子が「食器くらい誰でも焼ける」と窯に立った結果、出来上がったのは歪んだ灰色の皿だった。
婚約破棄されたので、王家の死亡通知を先に出しました
くるみ婚約破棄を告げられたセレスティアは、静かに微笑んだ。
「では、王家の救命措置を終了いたします」
その一言で、王国は大混乱。役目を終えたセレスティアは、晴れやかに旅立つ。
「お前の授業など読み書きだけ」——十年前の生徒が辺境伯となって訪ねた朝
歩人子爵令嬢クレアは、十年間、王宮の幼少子女に読み書きと外交文書を教えてきた。生徒の中には、貧しい伯爵家の継嗣マルコスもいた。当時八歳、文字も書けなかった少年に、クレアは三千日かけて読書術と外交を教え込んだ。「お前の授業など読み書きだけ。下働きの娘でも教えられる」――王太子妃の侮辱に、クレアは課題帳を置いて去る。その朝、辺境の若き伯爵マルコス・ファロウェイが、五百キロを夜通し馬で駆けて王都に着いた。十年前の生徒が、二十二歳の名君となって、クレアを迎えに来た。「あなたが教えてくれた一文一文を、私はずっと暗記していました。十年、ずっとあなたに見ていてほしかった」――彼の馬の鞍には、十年分の課題帳が積まれていた。クレアが赤ペンで添削した、彼の幼い文字の束。