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第10話「君と僕の始まりの魔法」
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ユキナリが目を覚ました時、そこは見慣れない天井だった。学園の医務室のベッドの上らしい。身体のあちこちが軋むように痛むが大きな怪我はないようだった。
「……気がついたのね」
声がして横を見るとセレスティアが心配そうな顔でベッドの脇に座っていた。
「セレスティアさん……。試合は……」
「ええ、私たちの勝ちよ。あなたが学園を優勝に導いてくれたわ」
セレスティアは穏やかに微笑んだ。
その言葉に安堵しながらも、ユキナリは無意識に自分の胸元に手をやった。
いつもそこにあるはずの温かい感触がない。
はっとして身体を起こし周囲を探すユキナリに、セレスティアがサイドテーブルを指さして言った。
「魔導書なら、ここよ」
ユキナリはそこに置かれていた魔導書を手に取る。
表紙は冷たく何の反応もない。まるでカイと出会う前のただの古びた本に戻ってしまったかのようだ。
「カイ……? カイ、聞こえますか?」
呼びかけても返事はない。頭の中にあの生意気な声は響いてこない。
胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感が広がる。カイは言っていた。僕の魔力が回復すればまた目覚められると。
ユキナリは必死で体中の魔力をかき集め魔導書に注ぎ込もうとした。しかし決勝戦での消耗は激しく、身体は鉛のように重い。わずかな魔力しか練り上げることができなかった。
それでも諦めずに魔力を送り続ける。
「カイ……戻ってきてください……。僕には、あなたが必要です……」
祈るようなユキナリの姿をセレスティアは静かに見つめていた。やがて彼女は意を決したように口を開く。
「……ユキナリ。あの時の力、あれは一体何だったの? あなたは、あの魔導書と何を……」
彼女は真実を求めていた。だが今のユキナリにそれを説明する余裕はなかった。
「すみません……今は、一人にしてください」
その痛切な声にセレスティアは何も言えず、静かに部屋を出て行った。
一人になった医務室で、ユキナリはただひたすらに魔導書を握りしめ呼びかけ続けた。
どれくらい時間が経っただろうか。窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。
ユキナリの体力も限界に近づいていた。意識が朦朧としてくる。
(ダメだ……僕の力が、足りない……)
絶望が心を支配しかけたその時。
コンコン、とドアがノックされた。返事をする前に扉がそっと開かれる。
入ってきたのはリオだった。
「ユキナリ、大丈夫か? すごい勝ち方だったな!」
彼は笑顔だったがユキナリの様子を見てすぐに心配そうな顔になった。
「どうしたんだよ、元気ないじゃないか。優勝したってのに」
「リオ……」
ユキナリはもう誰かにすがりたかった。この不安を一人で抱えているのが辛かった。
「僕……大切な相棒を失ってしまったかもしれないんだ」
事情を話せるわけではない。だがリオはユキナリの言葉を真剣に聞いてくれた。そして黙ってユキナリの隣に座ると力強くその肩を叩いた。
「なんだかよく分かんねーけどさ。お前がそいつを大事に思ってるなら、そいつもきっとお前のことを大事に思ってるって。だから信じて待ってやれよ。お前、一人じゃないんだからさ」
リオの真っ直ぐな言葉がユキナリの心にじんわりと染み渡った。
そうだ、僕は一人じゃない。リオがいる。セレスティアさんもいる。そして何よりカイと交わした約束がある。
(信じるんだ。僕がカイを。カイが僕を)
その時、医務室のドアが再び開いた。そこに立っていたのは包帯を巻いたゼノンだった。
「……ゼノン様」
ゼノンは気まずそうに目を逸らしながらユキナリのベッドに近づいてきた。
「……アステール。今回の優勝、貴様の力があったからだということは認めよう」
意外な言葉にユキナリは目を見開く。
「これに懲りたら二度と俺に逆らうな。……だが、まあ、なんだ。その……よくやった」
それだけ言うとゼノンは顔を真っ赤にして逃げるように部屋を出て行った。
呆気にとられるユキナリとリオ。やがて二人は顔を見合わせてぷっと吹き出した。
「あはは! なんだよアイツ、素直じゃねーな!」
リオの明るい笑い声が部屋に響く。
その笑い声にユキナリの心も軽くなった。そうだ、こんな風に落ち込んでいてはカイに笑われてしまう。
ユキナリはもう一度魔導書に向き合った。
深呼吸をして心を落ち着ける。そして残された最後の力をゆっくりと、丁寧に魔導書へと流し込んでいった。
それはカイを失うかもしれないという恐怖や焦りからではない。
ただ純粋な、もう一度会いたいという願い。カイへの感謝と信頼の気持ち。
(カイ。聞こえますか? 僕はあなたともっと一緒にいたい。あなたと二人で最強の魔法使いになるって約束したじゃないですか)
ユキナリの澄み切った魔力が魔導書に吸い込まれていく。
すると今まで沈黙を保っていた魔導書がぽうと淡い光を灯した。
温かい光だ。
そして待ち望んだ声が頭の中に直接響いてきた。
『……うるせえな。聞こえてるっつーの。人が気持ちよく寝てんのを邪魔すんじゃねえよ』
その声はいつもと同じぶっきらぼうで生意気で、そして何よりも優しいカイの声だった。
「……カイ!」
ユキナリは思わず魔導書を抱きしめた。涙が後から後から溢れてくる。
『な、泣くなよ、主。みっともねえ』
照れ隠しのように言うカイ。魔導書から半透明の彼の姿が現れる。いつもより少しだけ色が薄い気がした。
『……まあ、約束通りちゃんと迎えに来たじゃねえか。褒めてやる』
カイはそっとユキナリの頭を撫でる仕草をした。触れることはできない。けれどその温もりは確かにユキナリに伝わっていた。
「おかえりなさい、カイ」
『ああ、ただいま。ユキナリ』
夕日が差し込む医務室で主と従者は静かに再会を果たした。
それは多くのものを乗り越えた二人の新たな始まりを告げる光景だった。落ちこぼれと呼ばれた少年と魔導書に宿る魂の物語はまだ始まったばかり。
二人がいればどんな困難だって乗り越えられる。最強への道はまだ果てしなく続いているのだから。
「……気がついたのね」
声がして横を見るとセレスティアが心配そうな顔でベッドの脇に座っていた。
「セレスティアさん……。試合は……」
「ええ、私たちの勝ちよ。あなたが学園を優勝に導いてくれたわ」
セレスティアは穏やかに微笑んだ。
その言葉に安堵しながらも、ユキナリは無意識に自分の胸元に手をやった。
いつもそこにあるはずの温かい感触がない。
はっとして身体を起こし周囲を探すユキナリに、セレスティアがサイドテーブルを指さして言った。
「魔導書なら、ここよ」
ユキナリはそこに置かれていた魔導書を手に取る。
表紙は冷たく何の反応もない。まるでカイと出会う前のただの古びた本に戻ってしまったかのようだ。
「カイ……? カイ、聞こえますか?」
呼びかけても返事はない。頭の中にあの生意気な声は響いてこない。
胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感が広がる。カイは言っていた。僕の魔力が回復すればまた目覚められると。
ユキナリは必死で体中の魔力をかき集め魔導書に注ぎ込もうとした。しかし決勝戦での消耗は激しく、身体は鉛のように重い。わずかな魔力しか練り上げることができなかった。
それでも諦めずに魔力を送り続ける。
「カイ……戻ってきてください……。僕には、あなたが必要です……」
祈るようなユキナリの姿をセレスティアは静かに見つめていた。やがて彼女は意を決したように口を開く。
「……ユキナリ。あの時の力、あれは一体何だったの? あなたは、あの魔導書と何を……」
彼女は真実を求めていた。だが今のユキナリにそれを説明する余裕はなかった。
「すみません……今は、一人にしてください」
その痛切な声にセレスティアは何も言えず、静かに部屋を出て行った。
一人になった医務室で、ユキナリはただひたすらに魔導書を握りしめ呼びかけ続けた。
どれくらい時間が経っただろうか。窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。
ユキナリの体力も限界に近づいていた。意識が朦朧としてくる。
(ダメだ……僕の力が、足りない……)
絶望が心を支配しかけたその時。
コンコン、とドアがノックされた。返事をする前に扉がそっと開かれる。
入ってきたのはリオだった。
「ユキナリ、大丈夫か? すごい勝ち方だったな!」
彼は笑顔だったがユキナリの様子を見てすぐに心配そうな顔になった。
「どうしたんだよ、元気ないじゃないか。優勝したってのに」
「リオ……」
ユキナリはもう誰かにすがりたかった。この不安を一人で抱えているのが辛かった。
「僕……大切な相棒を失ってしまったかもしれないんだ」
事情を話せるわけではない。だがリオはユキナリの言葉を真剣に聞いてくれた。そして黙ってユキナリの隣に座ると力強くその肩を叩いた。
「なんだかよく分かんねーけどさ。お前がそいつを大事に思ってるなら、そいつもきっとお前のことを大事に思ってるって。だから信じて待ってやれよ。お前、一人じゃないんだからさ」
リオの真っ直ぐな言葉がユキナリの心にじんわりと染み渡った。
そうだ、僕は一人じゃない。リオがいる。セレスティアさんもいる。そして何よりカイと交わした約束がある。
(信じるんだ。僕がカイを。カイが僕を)
その時、医務室のドアが再び開いた。そこに立っていたのは包帯を巻いたゼノンだった。
「……ゼノン様」
ゼノンは気まずそうに目を逸らしながらユキナリのベッドに近づいてきた。
「……アステール。今回の優勝、貴様の力があったからだということは認めよう」
意外な言葉にユキナリは目を見開く。
「これに懲りたら二度と俺に逆らうな。……だが、まあ、なんだ。その……よくやった」
それだけ言うとゼノンは顔を真っ赤にして逃げるように部屋を出て行った。
呆気にとられるユキナリとリオ。やがて二人は顔を見合わせてぷっと吹き出した。
「あはは! なんだよアイツ、素直じゃねーな!」
リオの明るい笑い声が部屋に響く。
その笑い声にユキナリの心も軽くなった。そうだ、こんな風に落ち込んでいてはカイに笑われてしまう。
ユキナリはもう一度魔導書に向き合った。
深呼吸をして心を落ち着ける。そして残された最後の力をゆっくりと、丁寧に魔導書へと流し込んでいった。
それはカイを失うかもしれないという恐怖や焦りからではない。
ただ純粋な、もう一度会いたいという願い。カイへの感謝と信頼の気持ち。
(カイ。聞こえますか? 僕はあなたともっと一緒にいたい。あなたと二人で最強の魔法使いになるって約束したじゃないですか)
ユキナリの澄み切った魔力が魔導書に吸い込まれていく。
すると今まで沈黙を保っていた魔導書がぽうと淡い光を灯した。
温かい光だ。
そして待ち望んだ声が頭の中に直接響いてきた。
『……うるせえな。聞こえてるっつーの。人が気持ちよく寝てんのを邪魔すんじゃねえよ』
その声はいつもと同じぶっきらぼうで生意気で、そして何よりも優しいカイの声だった。
「……カイ!」
ユキナリは思わず魔導書を抱きしめた。涙が後から後から溢れてくる。
『な、泣くなよ、主。みっともねえ』
照れ隠しのように言うカイ。魔導書から半透明の彼の姿が現れる。いつもより少しだけ色が薄い気がした。
『……まあ、約束通りちゃんと迎えに来たじゃねえか。褒めてやる』
カイはそっとユキナリの頭を撫でる仕草をした。触れることはできない。けれどその温もりは確かにユキナリに伝わっていた。
「おかえりなさい、カイ」
『ああ、ただいま。ユキナリ』
夕日が差し込む医務室で主と従者は静かに再会を果たした。
それは多くのものを乗り越えた二人の新たな始まりを告げる光景だった。落ちこぼれと呼ばれた少年と魔導書に宿る魂の物語はまだ始まったばかり。
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