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番外編 氷の心が溶けるまで(リアム視点)
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王都から「お飾り」の妻が送られてくる。その報せを受けた時、俺、リアム・アークライトの心は、領地を覆う万年雪のように冷え切っていた。どうせ、王都の流行ばかりを追いかける、虚栄心に満ちたか弱い令嬢だろう。罪を犯して厄介払いされた女など、この城の片隅で静かに息を潜めさせておけばいい。そう思っていた。
しかし、初めて謁見の間で会ったセレスティナという女は、俺の予想とは少し違っていた。追放され、見知らぬ土地に一人で来たというのに、その背筋は凛と伸び、澄んだ瞳は少しも怯むことなく、まっすぐに俺を見つめ返してきたのだ。その瞳の奥に、強い意志の光が宿っているのを見て、少しだけ面食らったのを覚えている。
「お飾りとして静かにしているなら、何も言わん」
冷たく突き放した俺の言葉にも、彼女はただ「承知いたしました」と静かに頷くだけ。取り乱しもせず、泣きもしない。拍子抜けするほど、手応えのない女だと思った。
だが、彼女の本当の姿は、そんなおとなしいだけのものではなかった。
数日後、彼女は城の裏にある廃墟同然の温室を使いたいと言い出した。この地で野菜を育てる、と。馬鹿げたことを、と思った。この凍てついた大地で、今まで何人もの人間が挫折してきたというのに。王都育ちのひ弱な令嬢に、何ができるというのか。
しかし、俺は許可した。どうせすぐに音を上げるだろう。その時、絶望して泣き叫ぶ顔を見てやればいい。そんな、歪んだ気持ちがあったのかもしれない。
だが、俺の予想は、良い意味で何度も裏切られることになった。
彼女は侍女と二人きりで、本当に温室を修繕し、土を耕し始めた。公爵令嬢ともあろうものが、泥だらけになるのも厭わずに、一心不乱に働く姿。書斎の窓から、遠目にその様子を見ているうちに、俺の心の中に、今まで感じたことのない感情が芽生え始めていることに気づいた。それは、興味、と呼ぶには少し温かすぎる感情だった。
そして、彼女が初めて収穫した野菜で作ったというスープを差し出してきた時。毒を警戒する俺の前で、彼女は疑うことなく先にスープを口にした。その曇りのない瞳に負け、しぶしぶ口にしたスープの味は、衝撃的だった。野菜の優しい甘さと、体の芯まで染み渡るような温かさ。それは、俺が長年忘れていた、「食事」の味だった。
その日から、俺の日常は少しずつ色づき始めた。彼女が作る温かい食事、領民たちと笑顔で話す姿、そして、彼女の力によって緑豊かになっていく領地。彼女は、まるで太陽だった。俺が治めるこの凍てついた世界に、光と温もりをもたらす、唯一の太陽。
俺の呪いが疼き、苦しむ夜。彼女は、俺が必死に拒絶したにもかかわらず、そばにいてくれた。「あなたの側にいます」と言って、その温かい手で、俺の呪いの痛みを和らげてくれた。彼女の聖なる光に触れた時、俺の心臓を縛り付けていた分厚い氷が、完全に溶けていくのを感じた。
この女を、手放したくない。
誰にも渡したくない。
俺だけの光として、永遠にそばに置いておきたい。
凍り付いていた俺の心は、彼女という陽光を浴びて、知らぬ間に完全に溶かされていた。そして、そこには、ただひたすらに彼女を愛おしいと思う、一人の男の熱い心が残っていた。セレスティナ、お前こそが、俺の運命だったのだ。
しかし、初めて謁見の間で会ったセレスティナという女は、俺の予想とは少し違っていた。追放され、見知らぬ土地に一人で来たというのに、その背筋は凛と伸び、澄んだ瞳は少しも怯むことなく、まっすぐに俺を見つめ返してきたのだ。その瞳の奥に、強い意志の光が宿っているのを見て、少しだけ面食らったのを覚えている。
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冷たく突き放した俺の言葉にも、彼女はただ「承知いたしました」と静かに頷くだけ。取り乱しもせず、泣きもしない。拍子抜けするほど、手応えのない女だと思った。
だが、彼女の本当の姿は、そんなおとなしいだけのものではなかった。
数日後、彼女は城の裏にある廃墟同然の温室を使いたいと言い出した。この地で野菜を育てる、と。馬鹿げたことを、と思った。この凍てついた大地で、今まで何人もの人間が挫折してきたというのに。王都育ちのひ弱な令嬢に、何ができるというのか。
しかし、俺は許可した。どうせすぐに音を上げるだろう。その時、絶望して泣き叫ぶ顔を見てやればいい。そんな、歪んだ気持ちがあったのかもしれない。
だが、俺の予想は、良い意味で何度も裏切られることになった。
彼女は侍女と二人きりで、本当に温室を修繕し、土を耕し始めた。公爵令嬢ともあろうものが、泥だらけになるのも厭わずに、一心不乱に働く姿。書斎の窓から、遠目にその様子を見ているうちに、俺の心の中に、今まで感じたことのない感情が芽生え始めていることに気づいた。それは、興味、と呼ぶには少し温かすぎる感情だった。
そして、彼女が初めて収穫した野菜で作ったというスープを差し出してきた時。毒を警戒する俺の前で、彼女は疑うことなく先にスープを口にした。その曇りのない瞳に負け、しぶしぶ口にしたスープの味は、衝撃的だった。野菜の優しい甘さと、体の芯まで染み渡るような温かさ。それは、俺が長年忘れていた、「食事」の味だった。
その日から、俺の日常は少しずつ色づき始めた。彼女が作る温かい食事、領民たちと笑顔で話す姿、そして、彼女の力によって緑豊かになっていく領地。彼女は、まるで太陽だった。俺が治めるこの凍てついた世界に、光と温もりをもたらす、唯一の太陽。
俺の呪いが疼き、苦しむ夜。彼女は、俺が必死に拒絶したにもかかわらず、そばにいてくれた。「あなたの側にいます」と言って、その温かい手で、俺の呪いの痛みを和らげてくれた。彼女の聖なる光に触れた時、俺の心臓を縛り付けていた分厚い氷が、完全に溶けていくのを感じた。
この女を、手放したくない。
誰にも渡したくない。
俺だけの光として、永遠にそばに置いておきたい。
凍り付いていた俺の心は、彼女という陽光を浴びて、知らぬ間に完全に溶かされていた。そして、そこには、ただひたすらに彼女を愛おしいと思う、一人の男の熱い心が残っていた。セレスティナ、お前こそが、俺の運命だったのだ。
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