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第13話「再翻訳戦争とは、言葉で世界を救う物語である」
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王国軍が撤退してから数日後、希望の谷には、穏やかな日常が戻ってきた。
いや、以前よりも、もっと活気に満ちた日常、と言うべきだろうか。
村人たちは、自分たちの力で、強大な敵を退けたという自信に満ち溢れ、その顔は、誰もが誇らしげに輝いていた。
「カイリ様!おはようございます!」
「賢者様、今日も良いお天気ですな!」
村を歩いていると、あちこちから、そんな声がかかる。
いつの間にか、僕には「様」付けや、「賢者」なんていう、大げさな二つ名が定着してしまっていた。正直、むず痒くて仕方がない。
「もう、カイリもすっかり、この谷の英雄だね」
僕の隣を歩くリリアが、楽しそうにからかってくる。
「やめてくれ。僕には、そんなガラじゃない」
「またまたー。照れちゃって」
リリアは、くすくすと笑っている。
その隣では、ミナが、僕の服の袖を、ぎゅっと握りしめていた。
彼女も、もうすっかり、この村の生活に慣れたようだ。僕やリリアのそばを、片時も離れようとしない。
あの戦いは、後に「再翻訳戦争」と呼ばれるようになった。
誰が名付けたのかは知らないが、言い得て妙だと思った。
血を一滴も流さず、ただ、言葉の、概念の力だけで、戦争を終わらせたのだから。
この一件は、行商人たちの口を通じて、瞬く間に、大陸中に広まった。
『辺境の谷に、王国軍を退けた、謎の力を持つ賢者がいる』
『その谷は、地上の楽園であり、あらゆる望みが叶う場所だ』
噂は、尾ひれがついて、どんどん大きくなっていった。
その結果、希望の谷には、以前にも増して、多くの人々が訪れるようになった。
新しい技術を求める職人、安全な土地を求める農民、そして、僕の力を一目見ようとする、好奇心旺盛な冒険者たち。
村は、日に日に、その規模を拡大させていった。
僕たちは、移住を希望する人々を、厳しく審査した上で、受け入れていった。
この谷の平和を乱すような人間は、たとえ、どんなに優れた技術を持っていようと、受け入れるわけにはいかないからだ。
***
ある日、僕は、リリアとミナを連れて、村を見下ろす丘の上にいた。
眼下には、もはや「村」とは呼べないほどの、大きな町が広がっている。
活気に満ちた人々の声、槌を打つ音、子供たちのはしゃぐ声。
それらが、心地よい音楽のように、僕の耳に届いた。
「すごいね。カイリが、この村に来てから、まだ、1年も経ってないのに」
リリアが、感慨深げに言った。
「ああ。本当に、色々なことがあったな」
追放されて、森をさまよっていた、あの日のことが、まるで、遠い昔のことのように感じられる。
「カイリは、これから、どうするの?この谷を、もっと大きくしていくの?」
「さあ、どうだろうな。僕は、ただ、みんなが、笑って暮らせる場所であれば、それでいいと思ってる」
僕の答えに、リリアは、優しく微笑んだ。
「うん。あたしも、そう思う。この谷が、大好きだもん」
「……カイリ」
不意に、ミナが、僕の服の袖を、くいっと引っ張った。
「どうした、ミナ?」
「……ずっと、いっしょ?」
ミナは、不安そうな瞳で、僕を見上げてきた。
その銀色の瞳には、また、いつか、独りぼっちになってしまうのではないかという、かすかな恐怖が揺れていた。
僕は、そんな彼女の頭を、優しく撫でた。
「ああ、もちろんだ。ずっと、一緒だ。僕も、リリアも、村のみんなも、ずっと、ミナのそばにいる。約束だ」
僕がそう言うと、ミナの表情が、ぱあっと、明るくなった。
彼女は、安心したように、僕の胸に、こてん、と頭を預けてきた。
その温かさが、僕の心に、じんわりと染み渡る。
僕には、もう、帰るべき家はない。
でも、僕には、守るべき「家族」がいる。
リリアも、ミナも、そして、この谷で暮らす、全ての人々が、僕の大切な家族だ。
『これで、良かったんだ』
僕は、心の底から、そう思った。
アルクライト家に生まれていれば、僕は、きっと、こんな幸福を知ることはなかっただろう。
追放されたことは、僕にとって、最大の不幸であり、そして、最高の幸運だったのかもしれない。
「ねえ、カイリ」
リリアが、何かを思いついたように、言った。
「なんだ?」
「この谷ってさ、カイリのスキルがなかったら、生まれなかったわけじゃない?だったら、この町の名前、カイリの名前にちなんだものにするのは、どうかな?」
「はあ?僕の名前?」
「うん!例えば、『カイリの都』とか、『カイリア』とか!」
「……却下だ」
僕は、即答した。
そんな、恥ずかしい名前、たまったもんじゃない。
「えー、なんでよー!いい名前だと思うけどなー」
リリアは、不満そうに、頬を膨らませる。
その横で、ミナが、「カイリア、いい……」なんて、つぶやいている。
「お前まで、何を言ってるんだ、ミナ」
僕たちは、顔を見合わせて、笑い合った。
こんな、他愛のない、穏やかな時間が、これからも、ずっと続いていく。
そんな、確信にも似た、予感がした。
ふと、僕は、自分のスキルについて、考えていた。
【再翻訳(リ・トランスレート)】。
それは、世界の理を書き換える、神にも等しい力。
でも、本当に、そうだろうか。
僕がしてきたことは、ただ、「悪いもの」を「良いもの」に、書き換えてきただけだ。
「不毛」を「豊穣」に。
「壊れたもの」を「使えるもの」に。
「恐怖」を「安心」に。
「戦意」を「郷愁」に。
それは、世界を創造するような、大それた力じゃない。
ただ、そこにあるものを、少しだけ、良い方向に、解釈し直す力。
物事の、見方を変える力。
それこそが、僕のスキルの、本質なのかもしれない。
だとしたら、この力は、誰にでも、使えるのかもしれない。
スキルなんてなくても。
絶望的な状況にあっても、そこに、希望を見出すこと。
憎しみの中に、愛を見つけ出すこと。
それもまた、一つの、「再翻訳」と言えるのではないだろうか。
「……なんてな」
僕は、小さくつぶやいて、空を見上げた。
どこまでも、青く、澄み渡った空が、広がっていた。
僕の物語は、ここで、一つの区切りを迎える。
でも、僕たちの人生は、これからも続いていく。
この、希望の谷で。
大切な仲間たちと、共に。
定義上、これは、ハッピーエンド、ということになるのだろう。
まあ、悪くない。
いや、最高に、悪くない結末だ。
いや、以前よりも、もっと活気に満ちた日常、と言うべきだろうか。
村人たちは、自分たちの力で、強大な敵を退けたという自信に満ち溢れ、その顔は、誰もが誇らしげに輝いていた。
「カイリ様!おはようございます!」
「賢者様、今日も良いお天気ですな!」
村を歩いていると、あちこちから、そんな声がかかる。
いつの間にか、僕には「様」付けや、「賢者」なんていう、大げさな二つ名が定着してしまっていた。正直、むず痒くて仕方がない。
「もう、カイリもすっかり、この谷の英雄だね」
僕の隣を歩くリリアが、楽しそうにからかってくる。
「やめてくれ。僕には、そんなガラじゃない」
「またまたー。照れちゃって」
リリアは、くすくすと笑っている。
その隣では、ミナが、僕の服の袖を、ぎゅっと握りしめていた。
彼女も、もうすっかり、この村の生活に慣れたようだ。僕やリリアのそばを、片時も離れようとしない。
あの戦いは、後に「再翻訳戦争」と呼ばれるようになった。
誰が名付けたのかは知らないが、言い得て妙だと思った。
血を一滴も流さず、ただ、言葉の、概念の力だけで、戦争を終わらせたのだから。
この一件は、行商人たちの口を通じて、瞬く間に、大陸中に広まった。
『辺境の谷に、王国軍を退けた、謎の力を持つ賢者がいる』
『その谷は、地上の楽園であり、あらゆる望みが叶う場所だ』
噂は、尾ひれがついて、どんどん大きくなっていった。
その結果、希望の谷には、以前にも増して、多くの人々が訪れるようになった。
新しい技術を求める職人、安全な土地を求める農民、そして、僕の力を一目見ようとする、好奇心旺盛な冒険者たち。
村は、日に日に、その規模を拡大させていった。
僕たちは、移住を希望する人々を、厳しく審査した上で、受け入れていった。
この谷の平和を乱すような人間は、たとえ、どんなに優れた技術を持っていようと、受け入れるわけにはいかないからだ。
***
ある日、僕は、リリアとミナを連れて、村を見下ろす丘の上にいた。
眼下には、もはや「村」とは呼べないほどの、大きな町が広がっている。
活気に満ちた人々の声、槌を打つ音、子供たちのはしゃぐ声。
それらが、心地よい音楽のように、僕の耳に届いた。
「すごいね。カイリが、この村に来てから、まだ、1年も経ってないのに」
リリアが、感慨深げに言った。
「ああ。本当に、色々なことがあったな」
追放されて、森をさまよっていた、あの日のことが、まるで、遠い昔のことのように感じられる。
「カイリは、これから、どうするの?この谷を、もっと大きくしていくの?」
「さあ、どうだろうな。僕は、ただ、みんなが、笑って暮らせる場所であれば、それでいいと思ってる」
僕の答えに、リリアは、優しく微笑んだ。
「うん。あたしも、そう思う。この谷が、大好きだもん」
「……カイリ」
不意に、ミナが、僕の服の袖を、くいっと引っ張った。
「どうした、ミナ?」
「……ずっと、いっしょ?」
ミナは、不安そうな瞳で、僕を見上げてきた。
その銀色の瞳には、また、いつか、独りぼっちになってしまうのではないかという、かすかな恐怖が揺れていた。
僕は、そんな彼女の頭を、優しく撫でた。
「ああ、もちろんだ。ずっと、一緒だ。僕も、リリアも、村のみんなも、ずっと、ミナのそばにいる。約束だ」
僕がそう言うと、ミナの表情が、ぱあっと、明るくなった。
彼女は、安心したように、僕の胸に、こてん、と頭を預けてきた。
その温かさが、僕の心に、じんわりと染み渡る。
僕には、もう、帰るべき家はない。
でも、僕には、守るべき「家族」がいる。
リリアも、ミナも、そして、この谷で暮らす、全ての人々が、僕の大切な家族だ。
『これで、良かったんだ』
僕は、心の底から、そう思った。
アルクライト家に生まれていれば、僕は、きっと、こんな幸福を知ることはなかっただろう。
追放されたことは、僕にとって、最大の不幸であり、そして、最高の幸運だったのかもしれない。
「ねえ、カイリ」
リリアが、何かを思いついたように、言った。
「なんだ?」
「この谷ってさ、カイリのスキルがなかったら、生まれなかったわけじゃない?だったら、この町の名前、カイリの名前にちなんだものにするのは、どうかな?」
「はあ?僕の名前?」
「うん!例えば、『カイリの都』とか、『カイリア』とか!」
「……却下だ」
僕は、即答した。
そんな、恥ずかしい名前、たまったもんじゃない。
「えー、なんでよー!いい名前だと思うけどなー」
リリアは、不満そうに、頬を膨らませる。
その横で、ミナが、「カイリア、いい……」なんて、つぶやいている。
「お前まで、何を言ってるんだ、ミナ」
僕たちは、顔を見合わせて、笑い合った。
こんな、他愛のない、穏やかな時間が、これからも、ずっと続いていく。
そんな、確信にも似た、予感がした。
ふと、僕は、自分のスキルについて、考えていた。
【再翻訳(リ・トランスレート)】。
それは、世界の理を書き換える、神にも等しい力。
でも、本当に、そうだろうか。
僕がしてきたことは、ただ、「悪いもの」を「良いもの」に、書き換えてきただけだ。
「不毛」を「豊穣」に。
「壊れたもの」を「使えるもの」に。
「恐怖」を「安心」に。
「戦意」を「郷愁」に。
それは、世界を創造するような、大それた力じゃない。
ただ、そこにあるものを、少しだけ、良い方向に、解釈し直す力。
物事の、見方を変える力。
それこそが、僕のスキルの、本質なのかもしれない。
だとしたら、この力は、誰にでも、使えるのかもしれない。
スキルなんてなくても。
絶望的な状況にあっても、そこに、希望を見出すこと。
憎しみの中に、愛を見つけ出すこと。
それもまた、一つの、「再翻訳」と言えるのではないだろうか。
「……なんてな」
僕は、小さくつぶやいて、空を見上げた。
どこまでも、青く、澄み渡った空が、広がっていた。
僕の物語は、ここで、一つの区切りを迎える。
でも、僕たちの人生は、これからも続いていく。
この、希望の谷で。
大切な仲間たちと、共に。
定義上、これは、ハッピーエンド、ということになるのだろう。
まあ、悪くない。
いや、最高に、悪くない結末だ。
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