14 / 65
(R18)ファタール用改稿版
第14話 体は踊る
しおりを挟むタン。
床を打つ乾いた音が、店内の空気を震わせた。
シレーネが、一歩を踏み出したのだ。
その一歩は、逃げるためでも、抗うためでもない。
ただ、今の自分に『できる』ことをするための一歩。
そしていつか、胸の奥で静かに願ってしまった『したい』ことへ辿り着くための一歩。
足裏に重心が落ちる。
呼吸が整う。
指先がわずかに開く。
巫女として刻み込まれた『型』が、身体の奥からゆっくりと浮かび上がってくる。
(……舞う)
その言葉が、祈りでも義務でもなく、自分の意思として胸の奥に灯った。
男たちの視線がざわつく。
アモールの瞳が大きく揺れる。
店内の空気が、まるで舞台の幕が上がる直前のように張りつめていく。
シレーネは、静かに息を吸った。
旅のために結わえていた髪をほどく。
胸元の紐を指先で緩める。
ただ、それだけの動作のはずだった。
「——え?」
気づいたときには、店内の空気がまるで別物になっていた。
ざわめきも、視線の熱も、男たちの荒い呼吸も。
すべてが、跡形もなく消えている。
いや、違う。
誰も立っていなかった。
床に散らばるように倒れ込んだ男たち。
椅子にもたれかかったまま意識を失っている者。
テーブルに突っ伏したまま動かない者。
全員が、まるで同じ瞬間に糸が切れたように、静かに、深く眠り込んでいた。
(……なに、これ)
シレーネは思わず息を呑んだ。
自分が何をしたのか、どんな動きをしたのか、まったく覚えていない。
ただ、胸の奥に残っているのは舞の『型』を踏んだとき特有の、微かな余韻だけ。
(あたし……舞ったの?)
そんなはずはない。
舞はもっと長く、もっと複雑で、もっと意識を集中させるものだ。
第一、『肝心』なことは何もしていない。
この状態じゃ、できるはずがない。
けれど、身体の奥に残る『静かな震え』は、確かに舞の後にしか感じたことがないものだった。
(……でも、こんな短い動きで?)
信じられない。
けれど、目の前の光景が答えだった。
男たちは全員、深い眠りに落ちている。
「出よう」
アモールの声は低く、わずかに震えていた。
その手はまだ、マルコの目を覆ったままだ。
「え、ええ……」
混乱の渦に飲まれそうになりながらも、シレーネは店を離れるべきだと理解していた。
自分が何をしたのか、どうしてこうなったのか、考えようとすると頭が白くなる。
アモールの足取りはおぼつかない。
舞の余韻に当てられたのか、それとも別の理由か——
シレーネには判断できなかった。
「こっち、兄ちゃん……」
マルコが小さな肩でアモールを支える。
その姿が妙に頼もしく見えた。
三人は、倒れた男たちの静寂を背に、夜の街へと歩み出す。
外の空気は冷たく、店内に残った『祈りの余波』を洗い流すようだった。
灯りの少ない路地へ足を踏み入れると、三人の影がゆっくりと溶けていく。
シレーネは一度だけ振り返った。
扉の向こうには、静まり返った酒場と、自分が残してきた『何か』があった。
(……あたし、何をしたの)
胸の奥で、白い火と赤い火の残り香がまだ揺れていた。
0
あなたにおすすめの小説
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
私、これからいきます。
蓮ヶ崎 漣
恋愛
24歳のOL・栗山莉恵は、恋人に騙され、心も人生もどん底に突き落とされていた。
すべてを終わらせようとした夜、高層ビルの屋上で出会ったのは、不思議な青年・結城大虎。
「死んだら後悔する」
そう言って彼は、莉恵の手を強く掴んだ。
それが、止まっていた彼女の人生が再び動き出すきっかけだった。
年下の彼との出会いが、傷ついた心を少しずつ癒していく――
絶望の先で“生きる選択”と“恋”を見つける、大人の再生ラブストーリー。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】
remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。
地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。
水村ゆい、23歳、シングルマザー。
誰にも言えないけど、愛息子の父親は、
今人気絶頂バンドのボーカルなんです。
初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。
待っている…
人生で、一度だけの恋。
【完結】ありがとうございました‼︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる