風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

文字の大きさ
17 / 65
(R18)ファタール用改稿版

第17話 『外』の視点

しおりを挟む
 

 ◇マルコ視点◇

 マルコは、古い木箱の影に身を潜めていた。
 眠ったふりをしていたけれど、目は閉じられなかった。
 風の音、布の擦れる音、そして——誰かの、かすかな吐息。

 闇の中でも、見えてしまうことがある。
 光がなくても、伝わってくるものがある。

 シレーネが、アモールに手を伸ばしたとき。
 その指先の震えが、マルコの胸にも届いた気がした。

(……よかった)

 あんなことがあって。
 シレーネの目から光が消えてしまったように見えた。
 何が起きたのかはわからなかったが、シレーネがショックを受けているのはわかった。

 アモールも、何も言えずにいるようだった。
 二人の間に、もう戻れない溝ができてしまったんじゃないかと、マルコはずっと不安だった。

 でも今、二人は——言葉もなく、ただ静かに、つながっていた。

 それは、子どもの自分にはよくわからない『大人のこと』かもしれない。
 けれど、あの温もりの重なりが、傷を癒すためのものだと、マルコにはわかった。

(……あたしも、いつか)

 ふと、胸元に隠した布の感触を思い出す。
 さっき、シレーネに見られかけたレースの端。

 誰にも言っていない秘密。
 でも、今はそれでいい。

 マルコは、そっと目を閉じた。
 風の音が、少しだけ優しくなった気がした。

 そして、心の中で小さくつぶやいた。

(……北へ行こう。あの人たちと一緒に)

 それは、決意というにはまだ小さな芽だった。
 けれど、確かにそこにあった。

 ◇ボルガン視点(静かに見守る男の焦り)

 酒場の扉を押し開けた瞬間、ボルガンは足を止めた。

 床に転がる男たち。
 椅子にもたれたまま意識を失っている者。

 荒れた形跡はない。
 ただ、深い眠りに落ちているだけだ。

「……これは」

 胸の奥が、わずかにざわついた。
 争いの匂いではない。
 酒の匂いでもない。

 もっと別の——
 祈りの余韻。

 ボルガンはしゃがみ込み、男の首筋に指を当てる。
 脈はある。
 呼吸も穏やかだ。
 ただ、『巫女の力』にあてられた者特有の、深い眠り。

(……シレーネ)

 彼女の名が、自然と胸に浮かぶ。
 だが、そこでボルガンの表情が曇った。

 男たちは——誰一人、服を乱されていない。
 それは、シレーネの心の火が『高熱』になっている証だった。

 初めて祈りを交わした夜、彼女の火が暴れ、ボルガン自身がその『熱』を受け止めた。
 あの時と同じ気配。
 いや、それ以上に強い。

(……誰が)

 思わず、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
 ここに、シレーネはいない。
 彼女の火を受け止めた『誰か』もいない。

(誰かが……そばにいるのか)

 焦りが、静かに胸を走る。
 怒りではない。
 嫉妬でもない。
 ただ、彼女が傷ついていないか。
 それだけが怖かった。

 ボルガンはゆっくりと立ち上がり、
 夜風の吹き込む扉の向こうを見つめた。

「……シレーネ」

 その声は、追う者の声ではなく、帰りを待つ者の声だった。
 こぶしが、静かに握られる。
 二度だけ震え、やがて止まった。

 その震えは怒りではなく、
 胸の奥に沈んだ小さな痛みの名残だった。

 ボルガンは、シレーネたちが泊まるはずだった部屋の鍵を受け取り、静かに階段を上がっていった。
 彼女がいたはずの空気が、まだ微かに残っている気がした。
 その気配に触れた瞬間、胸の奥で何かがきゅっと締めつけられた。

(……無事でいろよ)

 声にはしない。
 けれど、その願いだけを胸に、
 ボルガンはその夜、彼女たちの代わりにその部屋へ泊まるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

私、これからいきます。

蓮ヶ崎 漣
恋愛
24歳のOL・栗山莉恵は、恋人に騙され、心も人生もどん底に突き落とされていた。 すべてを終わらせようとした夜、高層ビルの屋上で出会ったのは、不思議な青年・結城大虎。 「死んだら後悔する」 そう言って彼は、莉恵の手を強く掴んだ。 それが、止まっていた彼女の人生が再び動き出すきっかけだった。 年下の彼との出会いが、傷ついた心を少しずつ癒していく―― 絶望の先で“生きる選択”と“恋”を見つける、大人の再生ラブストーリー。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

処理中です...