28 / 65
(R18)ファタール用改稿版
第27話 火の疼き
しおりを挟む瓦礫の向こうは薄暗く、舞い上がった粉塵が光を遮っていた。
シレーネは、壁に手をつきながら立ち上がる。
足元はふらつき、胸の奥の『火』がかすかに疼いていた。
——アモール。
きっと、助けに来てくれる。
その確信は、理由もなく胸にあった。
だから、足音が近づいてきたとき、迷わずその名を呼んだ。
「……アモール……?」
返事はなかった。
だが、足音は止まらない。
粉塵の向こうで、影がゆっくりと形を成す。
シレーネは息を呑む。
胸が熱くなる。
あの夜の余韻が、ふいに蘇る。
「アモール……!」
影が、こちらへ一歩踏み出した。
そして——
「シレーネ?」
低く、静かで、聞き慣れた声。
粉塵が晴れ、姿が現れる。
そこに立っていたのは、
アモールではなかった。
ボルガンだった。
◇シレーネ視点◇
粉塵の向こうに影が揺れた瞬間、
胸の奥が熱く跳ねた。
——アモールだ。
きっと、助けに来てくれた。
理由なんてなかった。
ただ、そう『思ってしまった』。
だから、迷わずその名を呼んだ。
「アモール……!」
その名を口にした瞬間、胸の奥の白い火が、かすかに疼いた。
あの夜の余韻が、ふいに蘇る。
呼んだ自分に驚き、でも止められなかった。
影が近づく。
足音が響く。
心臓が痛いほど脈打つ。
——そのとき。
「……あもーる? 誰だ、それは」
聞き慣れた声。
静かで、深くて、揺らぎのない声。
粉塵が晴れ、姿が現れる。
ボルガンだった。
その瞬間、胸の熱が、氷のように冷えた。
(……どうして、あなたなの)
安堵でもない。
喜びでもない。
罪悪感でもない。
全部が一度に押し寄せて、胸の奥でぐちゃぐちゃに絡まり合う。
アモールの名を呼んだ自分が恥ずかしい。
聞かれたくなかった。
知られたくなかった。
ボルガンの瞳に映る自分が怖い。
優しさが痛い。
心配されるほど、逃げたくなる。
(違う……違うのに……)
自分でも整理できない感情が、胸の奥で渦を巻く。
アモールへの『熱』。
ボルガンへの『罪』。
自分自身への『戸惑い』。
そして、『この場から消えてしまいたい』という衝動。
ボルガンが一歩近づく。
その足音が、なぜかアモールの足音より重く響いた。
「……シレーネ。無事でよかった」
その優しさが、今の彼女には耐えられなかった。
胸が締めつけられ、息が詰まる。
(……いや……来ないで……)
気づけば、シレーネの身体は後ずさっていた。
逃げたい。
見られたくない。
この気持ちを知られたくない。
そして——
その『逃げたい衝動』こそが、彼女の心がどちらに傾いているかを
誰よりも雄弁に物語っていた。
なぜ拒むのか、理由はわからない。
村での『祈り』なら、他の男とのことを見られても平気だった。
あれは『役目』であり、『儀式』であり、自分という存在を切り離して行う行為だった。
今は、アモールの名を呼んだことを聞かれただけで、胸の奥が千切れるようにざわめいていた。
(……どうして……?)
自分でも理解できない。
ただ、ボルガンの前で『アモール』という名を口にした瞬間、胸の奥の白い火が、痛いほどに跳ねた。
恥ずかしさでもない。
罪悪感だけでもない。
もっと複雑で、もっと苦しくて、もっと逃げ出したくなる感情。
ボルガンの優しさが、今は刃のように胸に刺さる。
(違う……違うのに……)
否定したいのに、
否定すればするほど、アモールの顔が浮かぶ。
あの夜の温度。
あの視線。
あの距離。
思い出したくないのに、思い出してしまう。
そして、そのすべてをボルガンに知られたくなかった。
(……見ないで……)
胸の奥で、『逃げろ』と叫ぶ声がした。
理由なんてわからない。
ただ、今の自分をボルガンに見られるのが、どうしようもなく怖かった。
0
あなたにおすすめの小説
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
私、これからいきます。
蓮ヶ崎 漣
恋愛
24歳のOL・栗山莉恵は、恋人に騙され、心も人生もどん底に突き落とされていた。
すべてを終わらせようとした夜、高層ビルの屋上で出会ったのは、不思議な青年・結城大虎。
「死んだら後悔する」
そう言って彼は、莉恵の手を強く掴んだ。
それが、止まっていた彼女の人生が再び動き出すきっかけだった。
年下の彼との出会いが、傷ついた心を少しずつ癒していく――
絶望の先で“生きる選択”と“恋”を見つける、大人の再生ラブストーリー。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】
remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。
地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。
水村ゆい、23歳、シングルマザー。
誰にも言えないけど、愛息子の父親は、
今人気絶頂バンドのボーカルなんです。
初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。
待っている…
人生で、一度だけの恋。
【完結】ありがとうございました‼︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる