風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第27話 火の疼き

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 瓦礫の向こうは薄暗く、舞い上がった粉塵が光を遮っていた。
 シレーネは、壁に手をつきながら立ち上がる。
 足元はふらつき、胸の奥の『火』がかすかに疼いていた。

 ——アモール。

 きっと、助けに来てくれる。
 その確信は、理由もなく胸にあった。
 だから、足音が近づいてきたとき、迷わずその名を呼んだ。

「……アモール……?」

 返事はなかった。
 だが、足音は止まらない。
 粉塵の向こうで、影がゆっくりと形を成す。

 シレーネは息を呑む。
 胸が熱くなる。
 あの夜の余韻が、ふいに蘇る。

「アモール……!」

 影が、こちらへ一歩踏み出した。
 そして——

「シレーネ?」

 低く、静かで、聞き慣れた声。
 粉塵が晴れ、姿が現れる。

 そこに立っていたのは、

 アモールではなかった。

 ボルガンだった。

 ◇シレーネ視点◇

 粉塵の向こうに影が揺れた瞬間、
 胸の奥が熱く跳ねた。

 ——アモールだ。

 きっと、助けに来てくれた。
 理由なんてなかった。

 ただ、そう『思ってしまった』。
 だから、迷わずその名を呼んだ。

「アモール……!」
 その名を口にした瞬間、胸の奥の白い火が、かすかに疼いた。
 あの夜の余韻が、ふいに蘇る。
 呼んだ自分に驚き、でも止められなかった。

 影が近づく。
 足音が響く。
 心臓が痛いほど脈打つ。

 ——そのとき。

「……あもーる? 誰だ、それは」

 聞き慣れた声。
 静かで、深くて、揺らぎのない声。
 粉塵が晴れ、姿が現れる。
 ボルガンだった。

 その瞬間、胸の熱が、氷のように冷えた。

(……どうして、あなたなの)

 安堵でもない。
 喜びでもない。
 罪悪感でもない。

 全部が一度に押し寄せて、胸の奥でぐちゃぐちゃに絡まり合う。
 アモールの名を呼んだ自分が恥ずかしい。

 聞かれたくなかった。
 知られたくなかった。

 ボルガンの瞳に映る自分が怖い。
 優しさが痛い。
 心配されるほど、逃げたくなる。

(違う……違うのに……)

 自分でも整理できない感情が、胸の奥で渦を巻く。
 アモールへの『熱』。
 ボルガンへの『罪』。
 自分自身への『戸惑い』。
 そして、『この場から消えてしまいたい』という衝動。

 ボルガンが一歩近づく。
 その足音が、なぜかアモールの足音より重く響いた。

「……シレーネ。無事でよかった」
 その優しさが、今の彼女には耐えられなかった。
 胸が締めつけられ、息が詰まる。

(……いや……来ないで……)

 気づけば、シレーネの身体は後ずさっていた。
 逃げたい。
 見られたくない。
 この気持ちを知られたくない。
 そして——

 その『逃げたい衝動』こそが、彼女の心がどちらに傾いているかを
 誰よりも雄弁に物語っていた。

 なぜ拒むのか、理由はわからない。
 村での『祈り』なら、他の男とのことを見られても平気だった。
 あれは『役目』であり、『儀式』であり、自分という存在を切り離して行う行為だった。
 今は、アモールの名を呼んだことを聞かれただけで、胸の奥が千切れるようにざわめいていた。

(……どうして……?)

 自分でも理解できない。
 ただ、ボルガンの前で『アモール』という名を口にした瞬間、胸の奥の白い火が、痛いほどに跳ねた。

 恥ずかしさでもない。
 罪悪感だけでもない。
 もっと複雑で、もっと苦しくて、もっと逃げ出したくなる感情。
 ボルガンの優しさが、今は刃のように胸に刺さる。

(違う……違うのに……)

 否定したいのに、
 否定すればするほど、アモールの顔が浮かぶ。

 あの夜の温度。
 あの視線。
 あの距離。

 思い出したくないのに、思い出してしまう。
 そして、そのすべてをボルガンに知られたくなかった。

(……見ないで……)

 胸の奥で、『逃げろ』と叫ぶ声がした。
 理由なんてわからない。

 ただ、今の自分をボルガンに見られるのが、どうしようもなく怖かった。
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