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第3話:逃避行のはじまり
しおりを挟む小さくうめいて、アミルナが椅子から半分立ち上がる。
その目は、店の外にいる数人の男たちを鋭く見つめていた。
……追われてる?
まさか、そんな。
でも、彼女の様子は明らかだった。
あの男たちは、彼女を探してる。
間違いない。
このときのオレの選択が、すべてを変えた。
人には一度きりの分岐点ってやつがある。
オレにとって、それが今だった。
知らんふりして、彼女を置いていくか。
それとも――、一緒に逃げるか。
オレは、迷わなかった。
「行くぞ!」
アミルナの手をがっちりつかんで、裏口に向かって走り出す。
「マスター! ツケで頼む!」
叫びながら、裏口を蹴り開けて、路地へ飛び出した。
後先なんて考えてなかった。
ただ、彼女と離れたくなかった。
それだけだった。
「お主に、これ以上迷惑はかけたくない。手を離せ。これは、わたしの問題だ。お主を巻き込むわけには――」
「君が追われてるのは君の問題。でも、君と逃げたいって思ったのは、オレの問題だ。……だから、離さない」
言ってから、ちょっと照れた。
どこかで聞いたようなセリフだな、って思ったけど――今のオレの気持ちに、ウソはなかった。
もし映画のセリフを借りるなら、こう言うだろう。
「君となら、修羅場もまた楽し」――ってな。
アミルナの手は、驚くほど小さくて、でもしっかりと温かかった。
オレの手を振りほどこうとする気配は、もうなかった。
「……シン」
走りながら、彼女がぽつりと名前を呼んだ。
初めて聞く、やわらかい声色だった。
「ん?」
「……ありがとう」
その一言が、風の中でもはっきりと届いた。
オレは振り返らずに、でも笑って答えた。
「礼は、無事に逃げ切ってからでいいよ」
その瞬間、ふたりの足音が、まるでひとつになった気がした。
アミルナの手を引いたまま、オレは路地を駆け抜ける。
後ろから誰かが叫ぶ声が聞こえたけど、振り返らなかった。
振り返ったら、怖くなる気がしたから。
「こっちだ!」
細い裏道を抜けて、住宅街の影へと滑り込む。
何度か来たことのある抜け道。
でも、こんなふうに誰かの手を引いて走るのは初めてだった。
アミルナの息が少しずつ荒くなっていく。
それでも、文句ひとつ言わずに、オレの手を握り返してくる。
「……すまぬ。わたしのせいで」
「違う。オレが勝手に巻き込まれたんだ。だから、気にすんな」
「……変な男じゃな」
「よく言われる」
ふたりで、少しだけ笑った。
それだけで、胸の奥がふっと軽くなる。
追手はあきらめていないだろう。。
でも、今はまだ大丈夫。
この瞬間だけは、守りたかった。
「なあ、アミルナ」
「なんじゃ?」
「逃げ切ったらさ……もう一回、パフェ食べに行こうぜ」
「……うむ。約束じゃな」
その言葉に、オレは力強くうなずいた。
たぶん今のオレ、すごくバカみたいな顔してると思う。
でも、それでもいい。
この手を離さなければ、きっと大丈夫だ。
そんな気がしていた。
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