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全年齢対応・表現マイルドバージョン
第71話 流れゆくもの
しおりを挟む同時刻、水に流された最後尾4名は水の中にいた。
トイレをモチーフらしい白いタイル張りの床に水が溜まっている。
水深は意外と深く、男子の腰の高さぐらいありそうだった。
水は淀み、薄明りの中で白いのだろうタイルが灰色に見えている。
そのタイルが、一瞬黒い影に遮られた。
「な、なにかいる?!」
誰かが叫んだ。
指さす先、わずかに盛り上がった水面が視線を横切った。
「戦闘用意!」
A小隊長が号令をかける。
周囲で武器を構える気配が立つ。
ザバン!
水音がした。
「Aが消えた!」
近くにいた者が報告を上げた。
ひときわうねりの高い水面をにらんでいる。
「水中戦?!」
水で、通常よりも裾が広がっているスカートを抑えていた女子Aが悲鳴を上げた。
この中で走り回るのか!
そういうことだろう。
「冗談じゃないわ! 何とか水の中から出ないと!」
A小隊長も同意のうなずきとともに、辺りを見渡す。
なんにせよ、消えた男子Aの位置確認を優先させなければならない。
流されてきた方向、板の廊下のことは見ないようにしていた。
「ゲハッ!」
水面から男子Aが顔を出した。
何とか逃れられたらしい。
横に黒いシルエットが立っている。
「フレアランス!」
すかさずA小隊長の魔法が撃ち出された。
直撃。
シルエットが揺れた。
いける!
「フレアランス!」
好機と見たA小隊長が攻撃を強めた。
炎槍の残り火がシルエットだったものを照らし出す。
「か、カッパ?」
声が重なった。
見えたのは『河童』だった。
彼女・・・そう、女性だ。
その肌は、雨上がりの葉に宿るアマガエルのように、しっとりとした緑。
薄い明りを受けて、やわらかく艶めいてすらいる。
長く流れる髪は深い森の影のような緑。
その中に浮かぶ皿。
手足には水かきがあった。
それなのに・・・なぜか黒のセーラー服をきている。
私たちと同じものだ。
「学校の怪談で、妖怪?」
「ふざけてる!」
声とともに攻撃が増える。
しかし・・・。
「は?」
防がれた。
奇妙な形の大盾だ。
「あ、あんなもの持ってて、水中でどう動くんだよ!」
理不尽だ!
男子Bが抗議した。
答え合わせをするかのようにカッパは大盾を背負ってみせる。
「ああ、甲羅か。・・・じゃねぇわ!」
苛立った様子で男子Bが斬りかかる。
ようやく呼吸が安定したらしい男子Aも続いた。
前後からの挟撃。
河童は滑るようにスライドして回避。
同時に男子Aの背後に回り込んだ。
「ゲッ?!」
男子Bの振り下ろした剣がAに届いた。
河童が背中を押していたのだ。
男子Aの姿が水面に吸い込まれるように消えた。
姿が見えなくなったカッパに、回収されて運び去られたのだ。
◇沢辺みどり視点◇
水が静かになった。
さっきまでのざわめきが、まるで嘘みたい。
私の周りには、もう誰もいない。
ただ、制服の赤いリボンが、胸元でまだ揺れている。
戦った。
迷いはなかった。
でも、痛みはあった。
男子Aの背中を押したとき、彼は私を振り返った。
だから、私は彼の目を見た。
驚きと、恐怖と、少しの・・・哀しみ。
それは、かつての私が持っていたものだった。
私はもう人間じゃない。
制服は、ただの装備じゃない。
これは、私が『私』であるための証。
「可愛いよ」って言われたあのとき。
私は初めて、自分の姿を肯定できた。
妖怪になったことが、罰じゃなくて、始まりだったんだって。
でも、戦いの中で、彼らの顔を見て思った。
私が笑えるようになった代わりに、彼らは笑えなくなっていた。
でも、あの人たちは本心で笑えていたのだろうか?
『人間だった頃』の私のように、笑っているふりをしているだけかもしれない。
だとしたら、それは、悲しいことだった。
私は彼らにとって理解しがたい存在だっただろう。
彼らにとっては、脅威で、異物で、排除すべき存在。
でも、私は——ただ、笑えるようになっただけだった。
制服の袖を握る。
それは、私が『人間だった頃』の名残じゃない。
『今の私』が選んだもの。
『妖怪の私』が、誇りを持って着ているもの。
水の中は静かで、優しい。
でも、そこに沈んでいく彼らの姿は、私の心をざわつかせる。
戦いは終わった。
でも、問いは残る。
私は、これからも戦う。
でも、誰かが「可愛いよ」って言ってくれる限り、私は、笑える。
そ れが、私の『強さ』なんだと思う。
私は河童。
私は沢辺みどり。
私は、もう『人間』じゃない。
でも、『人間だった頃』よりも、ずっと『私』になれた。
残り21人。
◇A小隊長視点◇
水は静かになった。
さっきまでのうねりが嘘みたいに、ただの水面が広がっている。
でも、そこにいた『彼女』の気配は、まだ消えていない。
河童——そう呼ぶには、あまりにも人間に近かった。
黒のセーラー服。
赤いリボン。
私たちと同じ制服を着ていた。
そして、おそらくだがかつては人間だったことがあるのではないか?
そんな気がしてならなかった。
それなのに、あの肌。
あの甲羅。
あの皿。
そして、あの笑顔。
あれは、勝者の笑顔だった。
でも、どこか悲しげで、どこか優しくて。
まるで、私たちのことを責めていないような、そんな顔だった。
男子Aはまだ戻ってこない。
水の中に消えたまま。
彼女に連れて行かれた。
それが、事実だ。
でも、あの瞬間——彼女が制服の袖を握っていたのを見た。
それは、まるで自分の存在を確かめるような仕草だった。
人間だった頃の記憶を、手繰り寄せるように。
私は、抗った。
相対するものとして、彼女を排除しようとした。
でも、今になって思う。
あの子は、本当に『相対するもの』だったのか?
彼女は、笑っていた。
それは、私たちが忘れてしまった笑顔だった。
探索者として、戦い続けるうちに、私たちは『笑う』ことを忘れた。
彼女は妖怪になった。
でも、笑えるようになった。
それが、彼女の『強さ』だったのかもしれない。
制服は、ただの装備じゃない。
それは、彼女の『誇り』だと見えた。
人間だった頃の自分を否定するためじゃなく、今の自分を肯定するために着ているのだと、そう思えた。
私は、まだ人間だ。
でも、あの笑顔を見てしまった。
だから、もう—— 彼女と『相対する』ことはできないかもしれない。
水面に映る自分の顔は、どこか揺れていた。
それは、恐怖じゃない。
羨望だったのかもしれない。
そんなはずはないと、心のどこかで否定しながらも、胸の奥がざわついていた。
・・・。
だめだ。
揺れてしまっている。
私はまだ人間だ。
人間でいることを諦めきれない人間だ。
だから、『羨望』なんてしていいわけがない。
『アレ』は敵だ。
戦って倒すべき敵。
自分を奮い立たせる。
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