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全年齢対応・表現マイルドバージョン
第106話 残された探索者たち③ ~記憶を導く~
しおりを挟む◇元B班年少の子(記憶の灯)◇
彼女は、油の染みを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「・・・ボクも、呼ばれたことがある。手を引いてくれた人がいた。・・・でも、今は、もういない」
誰もが、彼女の言葉に耳を傾ける。
それは、語りというより、記憶の断片のようだった。
「その人は、ボクより年上で、いつも前を歩いてた。迷宮の中でも、怖い時でも、ずっと手を引いてくれてた」
彼女の声は、静かだった。
でも、その静けさの中に、ぽっかりと空いた穴のような喪失感があった。
「ある日、ボクが転んだ時、すぐに戻ってきてくれた。・・・でも、それが、最後だった」
沈黙の少女が、彼女の手を見つめた。
「その人は、強かったから役目があった。・・・それで、帰ってこなかった」
彼女は、拳を握った。
「ボクは、何もできなかった。泣くことしかできなかった。・・・でも、あの人は、最後まで笑ってた」
沈黙が落ちる。
冷静な少女が、眼鏡を拭いていた。
「・・・ボク、今でも、手を引かれてる気がする。誰もいないのに、前に進めるのは・・・その人が、まだ、ボクの手を握ってるからだと思う」
彼女のスマホが、静かに光った。
誰かが、そっと自分の手を握りしめた。
『語り終了得点:4/5』
彼女は、そっと手を開いた。
そこには、何もなかった。
でも、彼女の目には、誰かの手が、まだそこにあるように見えていた。
違う。
誰かが息を呑んだ。
白くて細い腕が、するりと影の中へ消えていった。
消える直前、その腕は年少の少女の頭を撫でたようだった。
語り終了得点:4/5
◇旧先駆けB班のリーダー(導きの灯)◇
場が静まり返る。
スマホの画面には、変わらず『語り終了得点:4/5』の文字。
誰かが、ぽつりと呟く。
「・・・あとひとり。リーダーが語れば、終わる」
でも、彼女は口を開かない。
その胸の奥で、ずっと響いていた言葉があった。
「あなたが、生き残った者たちを導きなさい。私には、もうその資格がない」
それは、真梨華が姿を消す寸前に言った言葉だった。
彼女は、ずっと自問し続けていた。
「私に、その資格はあるのか?」
語ることは、選ばれること。
選ばれることは、導くこと。
でも、彼女は、誰かを選ぶことが怖かった。
沈黙の灯が語った。
理性の灯が語った。
記憶の灯が語った。
それぞれの痛みが、彼女の中に積もっていく。
「・・・真梨華は、強かった。だから、選べた。だから、背負った。・・・でも、私は、選べなかった」
彼女は、拳を握った。
彼女は、誰の視線にも応えず、ただスマホを見つめていた。
画面には、変わらず『語り終了得点:4/5』の文字。
「誰かを守るために、誰かを犠牲にする。それが『導き』なら、私はそんな資格、いらない」
誰もが、彼女の言葉に耳を傾けていた。
でも、誰も口を開かなかった。
「でも・・・違う。みんな、語った。迷って、苦しんで、それでも語った」
彼女は、顔を上げた。
「導くって、選ぶことじゃない。背負うことでもない。・・・ただ、前に進むこと。誰かの声を、手を、痛みを、忘れずに」
「私は、進む。迷っても、怖くても。・・・それが、私の『導き』だと思うから」
それは『犠牲』を選ばない覚悟。
それは『自分』を犠牲にする覚悟。
進む先で何かがあれば、最初につまずくのは自分。
そこに『犠牲』が必要なら、使われるのは『自分』。
『選ばない』という『選択』とはそういうこと。
その言葉が落ちた瞬間、彼女のスマホが静かに光った。
『語り終了得点:5/5』
場の空気が、静かに震えた。
誰かのスマホに、新たな通知が届く。
スマホが淡い青に光り、微かな振動が指先をくすぐった。
『システムチャット:更新』
『運命の選択権、発動準備完了』
彼女は、画面を見つめながら、そっと呟いた。
「・・・真梨華。私は、進んでいるよ」
『語り終了得点:5/5』
その文字が、全員のスマホに表示された瞬間、場の空気が変わった。
迷宮の壁が、わずかに震える。
誰かがそっと周囲をうかがった。
誰かが、スマホを見つめたまま動けなくなる。
そして——
リーダーのスマホが、青く光った。
それは、淡く、静かで、でも確かに『違う』色だった。
画面はゆっくりと消え、代わりに彼女の瞳が、青く淡く輝き始める。
「・・・なに、これ・・・?」
誰かが呟いた。
その声に、誰も答えなかった。
迷宮の壁に、青い火が灯る。
ぽつり、ぽつりと、語りの場を囲むように。
まるで、彼女の語りが空間そのものを染めていくようだった。
彼女は、静かに立ち上がる。
その背後に、青い灯が揺れる。
誰かが、震える声で言った。
「語りの終わりに現れる者・・・え? これ『百物語』なの?」
怪談なんてしてないのに!
そう非難する響きがあった。
同時に納得の和音が伝わる。
今、自分たちが語っていた内容は、『怪談』より怖い。
なにより、『この場はそういう場』という認識と完全に和合している。
彼女は、振り返らなかった。
ただ、前を見つめていた。
正確には、脳内のチャット画面に意識が向いている。
『システムチャット』にメッセージが羅列されていたのだ。
『【語りの最後を担いし者】の称号が与えられます』
『選択権付与、【妖怪:青行灯】』
『妖怪化を受け入れますか? 【YES/NO】』
(もしYESを選んだら、もう人間には戻れないかもしれない。だけど・・・)
「私は、語りを終えた。だから、語りを始める者になる」
その声は、静かで、澄んでいた。
でも、誰もがその言葉の重さを感じていた。
「どういうこと?」
年少の子が、ぽつりと呟いた。
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「ただ、前に進むこと。それが・・・私の『導き』」
それは、たったいま語られた覚悟。
「私たちは、地上を目指す。それは変わらない」
誰かが地上に出て、『変化』を知らせなくてはならない。
それは、自分たちであるべき。
彼女の言葉に、誰かが小さく頷いた。
そして、ぽつりと呟いた。
「・・・進まなきゃ」
その声に、青い火が揺れた。
語りの場が、再び動き始める。
『青行灯』となった彼女は、静かにその中心に立っていた。
青行灯は、語られた記憶を灯す者。
忘れられた声を、静かに照らす存在。
語りの導き手として。
語りの終着点として。
そして、語りの始まりとして。
迷宮の空気が、静かに震えた。
語りの灯が、次の者へと渡されていく。
『話す』ことではなく『進む』ことによって。
『語り』とは音ではないから。
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