『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第21話 末路③ ~忘れていく~

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 そして、最後の魔法使い。
 彼女もまた、狭い通路にいた。
 それも行き止まりの通路だ。

「クソ! ついてない!」

 壁を殴りつけ、踵を返そうとした。
 だが、動けなかった。

 ズルッ。

 足元が滑るような感覚。
 何かが抜け落ちたような、妙な軽さ。

「・・・え?」

 視線を落とすと、右足の先が、なかった。
 靴ごと、消えていた。

 ジン……ジン……。
 遅れてやってくる、焼けるような痛み。
 皮膚の奥で、何かがきしむような感覚。

「ま、まほ、魔法を!」

 震える手で杖を振る。
 だが、魔法は壁を焦がすばかりで、背後の『それ』むには届かない。

 ギチ……ギチ……ギチ……。

 背後から聞こえる、金属が軋むような音。
 振り返ると、そこにいたのは紅い甲殻の巨体。
 2メートルを超えるサソリ──ハサミムシさん。

「う、うそ・・・!」

 ガンッ!

 尻尾の刃が、彼女の背を打ち、そのまま壁に叩きつけられる。

 ゴンッ! ミシ……ッ。

 頭が壁にぶつかり、視界が白く弾けた。
 星が飛ぶ。
 耳の奥で、キーンという音が鳴り続ける。

「ぐッ、ぎぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その瞬間、毒が回った。
 全身に電流が走るような感覚。
 筋肉が勝手に跳ね、震え、痙攣する。

 ズズ……グチュ……パキ……。

 尻尾の刃が、容赦なく体をなぞる。
 骨が軋む音。
 肉が裂ける感触。
 何かが『中から崩れていく』ような違和感。

「わ、私の腕・・・足・・・・・・ひぐっ。おかぁさぁぁぁぁん!」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、壁にこすりつける。
 痛みは、もうよくわからない。
 ただ、冷たくて、熱くて、痺れて、重くて、軽い。

『私って・・・誰だったっけ?』

 名前も、顔も、魔法の詠唱すら思い出せない。
 ただ、音だけが残っていた。

 ギチ……グチャ……ジュジュ……。

 それが、自分の終わりを告げる音だと、 彼女はもう、理解できなかった。

 こうして、『63階層入り口側見張り所』の駐在人員は、静かに、確実に、迷宮に飲み込まれた。

 剣士は、痛みの中で『誰かに見つけてほしい』と願った。
 幼き日、母に撫でられた髪の感触を思い出そうとした。
 けれど、痛みがそれを塗り潰した。

「助けて」という言葉すら、喉の奥で溶けていく。
 見つけてくれるはずの人々の顔が、痛みのノイズでかすんで消えていく。

 双子は、『笑い声』を思い出そうとした。
 けれど、何も浮かばなかった。
 誰と笑っていたのか。
 何がそんなに楽しかったのか。
 それすら、思い出せなかった。

 肌の上を通り過ぎていった思い出の数々が、ぬめりと悪臭にまみれた塊に吸い込まれていく。

「ねぇ、これ一度やってみたかったんだよね?」
 そんな声が、遠くで反響していた気がした。
 けれど、それが誰の声だったのか、もうわからない。

 魔法使いは、『自分の名前』を思い出せなかった。
 名前を思い出すことは、自分を思い出すこと。
 自分を思い出すことは、『今』を見ること。
 そんな勇気が、もうなかった。

 ギチ……グチャ……ジュジュ……。

 音だけが、確かにそこにあった。
 自分の輪郭を削り取るように、静かに、確実に。

 剣士の願いは、糸に絡め取られたまま、迷宮の天井に吸い込まれていった。
 双子の笑い声は、糞球の中で静かに潰れていった。
 魔法使いの名前は、ハサミムシの刃に刻まれることなく、ただ消えていった。

 そして、迷宮は静かだった。
 まるで、何もなかったかのように。

 風もない。光もない。音もない。

 ただ、そこにあるのは、『忘れられた者たち』の気配だけ。

 それは、壁のひび割れに。
 それは、床の染みに。
 それは、天井の影に。

 静かに、確かに、残っていた。

   ◇観察者◇

 カルマは、ただ見ていた。
 胸の奥で、何かが静かに沈んでいく。
 それは、かつて誰にも届かなかった『旧校舎の沈黙』だった。

 あの頃、誰も気づかなかった。
 誰も、見つけてくれなかった。
 だから今、オレは見ている。

 ダンジョンはよくできている。
『駒』の配置さえ考えてやれば、その猛威を十分に発揮してくれた。

『手を出すまでもない』。
 それは、誇りではなかった。
 ただ、空虚だった。

 それでも、胸の奥で沈んだものが、いつか芽吹くかもしれないと。

 カルマは、少しだけ、目を閉じた。
 まぶたの裏に浮かぶのは、誰かの背中。
 名前も、顔も、今は思い出せない。

 闇の奥から、まだ名も知らぬ『何か』が、静かに、こちらを見ている気がした。

 それは、かつての自分か。
 それとも、次の『声なき者』か。

 迷宮は、今日も静かに呼吸している。
 誰かが気づくのを、待ちながら。

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