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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第120話 告発されそうな女
しおりを挟む「は? ……なにこれ……?」
一葉はスマホの画面を凝視したまま、動きを止めた。
指先が、かすかに震えている。
画面に映っていたのは、半月前の自分。
制服の襟元。
視線の角度。
声のトーン。
間違いなく、自分。
発信者は、友達登録はしてあるが、直に話した記憶のない人物。
添えられたメッセージは、たった一文。
「こんなのが流れているよ」
誰が撮った?
誰が流した?
なぜ今?
頭の中で、問いが渦を巻く。
でも、どれも答えにたどり着かない。
思考が、焦げつく。
他に発信者がいる?
それとも、これはブラフ?
でも、なぜそんな手間を?
自分が主体だと脅してくるならわかる。
でも、そうでないと見せかける意味は?
……違う。
そこじゃない。
混乱しかけた思考を、無理やり引き戻す。
重要なのは、この映像が『出回っている』という事実。
特定か、不特定か。
それはもう、問題じゃない。
誰かが見た。
誰かが、知った。
胸の奥が、じわじわと熱を帯びる。
呼吸が浅くなる。
喉が詰まる。
焦りが、皮膚の下で泡立っている。
「……どうして……今……」
声が、かすれた。
自分の声が、自分の耳に届かない。
世界が、少しずつ傾いていく。
このままじゃ、まずい。
でも、何が『まずい』のか、言葉にできない。
ただ、何かが崩れ始めている。
「あと少しで完済できるのに……!」
一葉は、唇を噛みながらスマホの画面を睨んだ。
『エリクサー』の横流しに手を染めた理由。
それは、親の負債だった。
あまりにも多額。
『探索者』であっても、まともな方法では返せない。
返せないなら――と、結婚の話まで持ち上がっていた。
相手は、母の元パーティメンバー。
かつて母を守ろうとして命を落とした女性の婚約者。
その男が、債権者。
「婚約者の死に対する損害」
「パーティの崩壊による損失」
そんな名目で積み上げられた負債。
そして、娘の一葉を差し出せば、『なかったことにしてやる』――そう言われた。
言葉は柔らかい。
でも、意味は同じ。
『娘を売れ』ということだ。
両親は、乗り気だった。
「家族のためだろう?」
「あなた、うまくやれる」
そう言って、笑っていた。
このままでは、マズい。
一葉は、焦った。
逃げなければ。
自分の人生を、誰かの『清算』に使われるわけにはいかない。
だから、担任に相談した。
「手っ取り早く稼ぐ方法はないか」と。
返ってきた答えが――『エリクサー』の横流し。
他校の知り合いに話をつけてやる。
価格は、校内の十倍。
誰も買えないようにして、外で売る。
それは、犯罪ではない。
でも、限りなく黒に近い灰色。
一葉は、迷った。
でも、同意した。
自分を守るために。
それ以来、共犯関係が続いている。
罪の意識はある。
でも、逃げるためには、踏み込むしかなかった。
倫理の境界線を、爪先でなぞるように。
一歩踏み出すたび、心が軋む。
でも、止まれない。
止まれば、すべてが終わる。
自分の人生が、誰かの『償い』に変わってしまう。
だから、一葉は今日も、罪の手前で、必死に足を踏み鳴らしている。
一葉の背筋を、冷たい汗が伝う。
胸の奥で、心臓が不規則に跳ねた。
「……やられた……」
要求がエスカレートしていたのは事実。
限界は近かった。
でも、あと少しだった。
あと少しで、すべて終わるはずだった。
『最後の取引』で、すべてを清算するはずだった。
レイドの成功。
注目の的になる。
だからこそ、リスクは避けようと、あの人とも話をつけた。
平和的に、静かに終わらせるはずだった。
なのに――なぜ、今?
掲示板の話題。
カルマに『エリクサー』を使わせなかった理由。
それが、火種になった。
「だから、なのね……!」
誰かが、意図的に火をつけた。
『今が一番燃え上がる』と見越して。
もし金が目的なら、脅してきたはず。
取引を持ちかけてきたはず。
でも、それがない。
つまり、これは『破壊』が目的。
一葉を追い込むこと。
信用を失わせること。
立場を奪い、孤立させ、『排除』すること。
「……私を、消す気なんだ」
誰が?
なぜ?
どうして、今?
思考が渦を巻く。
でも、答えは出ない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
これは、戦争だ。
情報と感情を武器にした、静かな戦場。
そして今、 一葉はその中心に立たされている。
「敵は……あの女狐ね」
幼馴染の横で笑っていた、あの女の顔が脳裏に浮かぶ。
媚びた笑顔。
絡みつく声。
昔から、あの女は一葉の神経を逆撫でしてきた。
幼馴染のことで絡まれ、嫌がらせを受け、それでも、婚約の言質を取ったとかで、最近は大人しくしていた。
でも――
「レイドで注目されるから、不安になったのね」
一葉は、サブリーダーの心情を正確に見抜いた。
『自分の立場が揺らぐ』と感じた女の焦り。
だから、動いた。
だから、仕掛けてきた。
「……消えてもらうしかないのかしら?」
その言葉は、これまで何度も心の中で反響してきた。
でも、そのたびに思いとどまってきた。
『さすがに人殺しは』と。
けれど――「今が、ひょっとすると最後のチャンス?」
世界初の快挙を成そうとしているレイドの最中。
死人は、すでに出ている。
そこにもう一人加わったところで、誰が気にする?
「私は……一人、すでに殺している」
匿名掲示板での話。
あれは、ある意味で正しい。
気づいていた。
でも、言わなかった。
『エリクサー』を投げ渡すだけのことを、しなかった。
確実に死ぬとわかっていたのに。
「一人も二人も、変わりゃしない……」
『エリクサー』。
一葉にとって、それはもう貴重でも高価でもない。
材料さえあれば、いくらでも作れる。
命を救うはずのそれが、今や『命を選別する道具』になっている。
命の値段は、下がった。
自分の手の中で、命の価値が軽くなっていく。
「そのためには……」
あの女が消えたとき、一番騒ぐのは、あの幼馴染だろう。
今や、全校生を統率するレイドリーダー。
睨まれたら、厄介だ。
だから、先に手を打つ。
「仕方ない……女狐の真似なんてしたくないけど、色仕掛け……使いますか」
唇にリップを引く。
香りを選ぶ。
目元に艶を足す。
自分を『武器』に変える準備。
嫌悪感が喉の奥に滲む。
でも、今は飲み込む。
勝つために、堕ちる。
一葉は、リーダーの元へと歩き始めた。
その足取りは、静かで、迷いがなかった。
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