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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第139話 流れゆくもの 前編
しおりを挟む◇沢辺みどり視点◇
水が静かになった。
さっきまでのざわめきが、まるで夢だったみたいに、泡のように消えていった。
私の周りには、もう誰もいない。
水面には、赤いリボンが揺れている。
胸元に貼りついたそれが、鼓動に合わせて、微かに震えていた。
戦った。
迷いはなかった。
でも、痛みはあった。
キムラの背中を押したとき、彼は振り返った。
その目が、私を見た。
驚き。
恐怖。
そして、少しの……哀しみ。
それは、かつての私が持っていたものだった。
人間だった頃、笑っているふりをしていた私の目と、同じだった。
私はもう人間じゃない。
制服は、ただの装備じゃない。
濡れた袖を握ると、水の冷たさが、私の体温と混ざっていく。
これは、私が『私』であるための証。
「可愛いよ」って言われたあのとき、私は初めて、鏡の中の自分を肯定できた。皿のある頭も、緑の肌も、水かきのある手も。
妖怪になったことが、罰じゃなくて、始まりだったんだって。
でも、戦いの中で、彼らの顔を見て思った。
私が笑えるようになった代わりに、彼らは笑えなくなっていた。
あの人たちは、本心で笑えていたのだろうか?
『人間だった頃』の私のように、笑っているふりをしているだけかもしれない。
だとしたら、それは、悲しいことだった。
私は彼らにとって理解しがたい存在だっただろう。
脅威で、異物で、排除すべき対象。
でも、私は——ただ、笑えるようになっただけだった。
制服の袖を握る。
濡れた布の感触が、私の指に馴染んでいる。
それは、『人間だった頃』の名残じゃない。
『今の私』が選んだもの。
『妖怪の私』が、誇りを持って着ているもの。
水の中は静かで、優しい。
でも、そこに沈んでいく彼らの姿は、私の心をざわつかせる。
戦いは終わった。
でも、問いは残る。
私は、これからも戦う。
でも、誰かが「可愛いよ」って言ってくれる限り、私は、笑える。
それが、私の『強さ』なんだと思う。
私は河童。
私は沢辺みどり。
私は、もう『人間』じゃない。
でも、『人間だった頃』よりも、ずっと『私』になれた。
残り21人。
◇揺れる視線、揺れる心◇
(沙羅視点)
水は静かになった。
さっきまでのうねりが嘘みたいに、ただの水面が、鏡のように広がっている。
でも、そこにいた『彼女』の気配は、まだ消えていない。
河童――そう呼ぶには、あまりにも人間に近かった。
黒のセーラー服。
赤いリボン。
濡れて肌に張りついたその制服は、私たちと同じもの。
でも、彼女が着ると、まるで別の意味を持っていた。
おそらく、かつては人間だった。
その仕草、目線、笑い方。
どこかに『人間の記憶』が残っている気がしてならなかった。
それなのに、あの肌。
あの甲羅。
あの皿。
そして、あの笑顔。
あれは、勝者の笑顔だった。
でも、どこか悲しげで、どこか優しくて。
まるで、私たちを責めていないような、そんな顔だった。
キムラはまだ戻ってこない。
水の中に消えたまま。
彼女に連れて行かれた。
それが、事実だ。
でも、あの瞬間――彼女が制服の袖を握っていたのを、私は見た。
その指先は、震えていた。
まるで、自分の存在を確かめるように。
『人間だった頃』の記憶を、手繰り寄せるように。
私は、抗った。
敵として、彼女を排除しようとした。
それが、正しいと思っていた。
でも、今になって思う。
あの子は、本当に『相対するもの』だったのか?
彼女は、笑っていた。
それは、私たちが忘れてしまった笑顔だった。
探索者として、戦い続けるうちに、私たちは『笑う』ことを、どこかに置き忘れてしまった。
彼女は妖怪になった。
でも、笑えるようになった。
それが、彼女の『強さ』だったのかもしれない。
制服は、ただの装備じゃない。
それは、彼女の『誇り』。
人間だった頃を否定するためじゃなく、今の自分を肯定するために、彼女はそれを着ていた。
私は、まだ人間だ。
でも、あの笑顔を見てしまった。
だから、もう――彼女と『敵として向き合う』ことが、できないかもしれない。
水面に映る自分の顔が、揺れている。
目元が、少し赤い。
唇が、かすかに震えている。
それは、恐怖じゃない。
羨望だったのかもしれない。
そんなはずはない。
私は、まだ人間だ。
人間でいることを、諦めきれない人間だ。
だから――『羨望』なんてしていいわけがない。
『アレ』は敵だ。
戦って倒すべき敵。
私は、制服の裾を握りしめる。
濡れた布が、手のひらに張りつく。
その冷たさが、私を現実に引き戻す。
私は、まだ人間だ。
だから、戦わなきゃいけない。
揺れてなんか、いられない。
でも――胸の奥のざわつきだけは、どうしても、消えてくれなかった。
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