『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

文字の大きさ
284 / 327
レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第169話 まほら ~旧校舎の蠢動~

しおりを挟む
 

 校舎に風が迷い込んだ。
 黒板の前。
 ノートのページが、一枚めくれた。
 そこには、見覚えのない文字が並んでいた。

「64階層:旧校舎・西棟」
「63階層:旧校舎・地下倉庫」
「62階層:旧校舎・屋上迷路」

『ナニカ』は、首をかしげる。
 そんな企画、書いた覚えはない。
 でも、文字は確かに『自分の癖』で書かれていた。

 ——誰かが、夢を覗いている。

 廊下の軋みが、少しだけ重くなった。
 階段の数が、昨日と違う。
 窓の外に見える空が、少しだけ深い。

『ナニカ』は、校舎の空気に『異質な層』が混ざっていることに気づいた。
 普通ではない気配を感じたのだ。
 旧校舎の見回りが始まる。

   ◇

 旧校舎の一室。
 夕方の光が、曇った窓を通して、教室の隅に届いていた。
 埃が積もった机の下。
 そこに、誰かがいた。

 制服姿の女の子。
 膝を抱えて、顔を伏せて、声もなく泣いている。

 幻影だ。
 でも、確かにそこにいる。

 誰も声をかけない。
 誰も気づかない。
 でも、床には、涙の跡が残っていた。

 ぽつり、ぽつり。
 埃を濡らして、形を変えて、その涙は、まるで『記憶のしずく』のようだった。

『ナニカ』は、教室の外からそれを見ていた。
 その姿に、見覚えはない。
 でも、泣いている理由だけは、なんとなくわかる気がした。

 ——誰にも言えなかったこと。 
 ——誰にも見られたくなかった気持ち。
 ——それでも、誰かに気づいてほしかった願い。

 幻影の女の子は、ふと顔を上げる。
 でも、目は虚ろで、誰も見ていない。
 ただ、教室の隅を見つめている。

『ナニカ』は、そっと近づく。
 でも、声はかけない。
 この涙は、誰かの『日常』だった。
 誰かが、ここで泣いたことがある。
 それだけで、旧校舎は、今日も生きている。

 幻影は、やがて立ち上がる。
 机の上に、何かを置いて、静かに消える。

 残されたのは、小さな紙切れ。
 そこには、震える文字でこう書かれていた。

「ごめんなさい」

『ナニカ』は、それを拾わず、ただ見つめていた。
 そして、ノートの隅に一行だけ書き足す。

「謝罪の教室(旧2年3組)」

 それは、誰かが泣いた記憶。
 そして、誰かが許されたかった願い。

 旧校舎は、それを忘れていない。

   ◇

 旧校舎の理科準備室。
 棚の薬品は干からび、窓は曇っている。
 でも、空気が、少しだけ揺れていた。

 教室の中央。
 制服姿の少年が立っていた。

 右手に、細い杖。
 左手は、空を掴むように伸ばされている。

 幻影だ。
 でも、確かにそこにいる。

「風よ、集え」
 少年の声は、かすれていた。
 でも、その言葉に応えるように、棚の紙がふわりと浮いた。

 風が、動いた。

 幻影なのに、風が吹いた。
 埃が舞い、窓のカーテンが揺れた。
 誰もいないはずの教室に、風の魔法が再現された。

 少年は、何度も失敗していた。
 杖が震え、魔法陣が崩れ、風が止まる。
 でも、何度も立ち上がる。
 何度も、風を呼ぶ。

『ナニカ』は、扉の外からそれを見ていた。
 その姿に、見覚えはない。
 でも、努力の形だけは、なんとなく知っていた。

 ——誰にも見られない場所で、——誰にも褒められない時間に、——それでも、誰かになりたかった願い。

 少年の幻影は、最後に一度だけ、風を成功させる。
 教室の空気が、静かに渦を巻く。
 その風が、ナニカの髪を揺らした。

 幻影は、満足そうに微笑む。
 そして、静かに消える。

 残されたのは、床に描かれた魔法陣の跡。
 チョークで描かれたそれは、まだ消えていなかった。

『ナニカ』は、そっとノートに書き足す。

「風の練習室(旧理科準備室)」

 それは、誰かが努力した記憶。
 そして、誰かが風を起こした証。

 旧校舎は、それを忘れていない。

    ◇

 旧校舎の体育館裏。
 夕暮れの光が、壁の影を長く伸ばしていた。
 風は止まり、空気は静か。
 でも、そこに、二人の姿があった。

 制服姿の男女。
 幻影だ。
 でも、確かにそこにいる。

 男の子は、ポケットから何かを取り出そうとしていた。
 小さな箱。
 リボンがついている。
 女の子は、ほんの少しだけ顔を伏せて、笑っていた。

 その笑い声は、壁に染み込んでいた。
 まるで、校舎が覚えているかのように。

『ナニカ』は、遠くからそれを見ていた。
 その空気に、懐かしさを感じていた。
 でも、次の瞬間——

 男の子の姿が、ふっと消えた。

 女の子は、驚いたように顔を上げる。
 そして、周囲を見回す。
 誰もいない。
 何もない。

「・・・まさし?」
 小さな声が、体育館の壁に響いた。

「まさし・・・どこ・・・?」

 幻影なのに、声が震えていた。
 幻影なのに、涙がこぼれそうだった。

 女の子は、壁に手をついて、立ち尽くす。
 その手の跡が、ほんのり温かく残った。

『ナニカ』は、近づかない。
 この記憶は、誰かの『約束』だった。
 誰かが、ここで待っていた。
 誰かが、来なかった。

 幻影の女の子は、やがて静かに消える。
 でも、壁には、手の跡が残っていた。
 そして、地面には、小さな箱が落ちていた。

『ナニカ』は、それを拾わず、ただ見つめていた。
 そして、ノートの隅に一行だけ書き足す。

「待ち合わせの場所(体育館裏)」

 それは、誰かが待っていた記憶。
 そして、誰かが呼びかけた名前。

 旧校舎は、それを忘れていない。

   ◇

 旧校舎の美術室。
 石膏像は、静かに佇んでいた。
 棚の絵具は乾き、筆は固まっている。
 でも、空気だけが、少しだけざわついていた。

『ナニカ』は、部屋の隅に立っていた。
 何かが、動いている気配。
 でも、誰もいない。
 何もいない。

 机の下。
 小さな虫が、ゆっくりと這い出してきた。
 それは、ただの虫だったはず。
 でも、背中に、校章のような模様が浮かんでいた。

 虫は、机の脚に触れる。
 その瞬間——

 机が、わずかに震えた。

『ナニカ』は、目を細める。
 机の脚が、ほんの少しだけ、曲がった。
 まるで、関節のように。

 虫が、再び触れる。
 今度は、机の引き出しが開いた。
 中から、古いノートが飛び出す。
 ページが、風もないのにめくれる。

「ここにだって、誰かいた」
 そんな声が、ノートから聞こえた気がした。

『ナニカ』は、机に近づく。
 待っていたかのように、机の脚が、ゆっくりと動いた。
 まるで、立ち上がろうとしているように。

 石膏像の目が、わずかに揺れた。
 棚の絵具が、ひとりでに蓋を開けた。
 筆が、空中に浮かび、何かを描こうとしていた。

 ——記憶が、思いが、命に——モンスターに、なろうとしている。

『ナニカ』は、後ずさる。
 これは、祭りじゃない。
 これは、演出じゃない。
 これは、ダンジョンの始まりだ。

 ノートのページが、最後までめくられた。
 そこには、震える文字でこう書かれていた。

「展示妖怪:机の精・ノートの声・筆の舞」

『ナニカ』は、ノートを閉じる。
 でも、机はまだ動いていた。
 虫は、壁の隙間へと消えていった。

 旧校舎が、記憶を超えて、命を生み出してしまった。

『ナニカ』は、静かに呟く。

「・・・そうくるか」

 そして、ノートの隅に一行だけ書き足す。

「展示室(妖怪化進行中)」

 それは、旧校舎が『迷宮』になった証。
 そして、誰かが『夢を借り続けた』代償。

     ◇

 この少し前、体育館裏で、『供物』が捧げられたことを『ナニカ』は知らなかった。
 ただ、知った時、驚きと、悲しみ、そして喜びで、我を忘れることとなる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?

嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】  ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。  見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。  大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!  神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。 「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~

名無し
ファンタジー
 突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。  自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。  もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。  だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。  グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。  人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...