24 / 36
第23話 巧遅拙速 ⑤ ~最深部へ~
しおりを挟む「ギャアー!!」
鈴音が振り下ろした剣の切っ先が、『それ』に断末魔の叫びを上げさせた。
血飛沫が舞い、鈴音の白い肌にも返り血が飛び散る。
同時に、爆発のような圧力が辺りに広がった。
金属が悲鳴を上げるような音とともに、手に伝わる衝撃が骨まで響いて――剣が折れた。
霧が虚空に吸い込まれるように消え、光が差し込んでくる。
「…ふう」
ようやく視界を取り戻した鈴音は、しびれた手を振り、折れた剣と鞘を投げ捨てた。
そして、懐から布を取り出し、額の汗を拭おうとする。
その途中で、驚愕の表情のまま立ち尽くすリカートの姿に気づき、鈴音は微笑んだ。
そこには、自分の力で敵を倒したという自信と、満足感がにじんでいた。
「あ、あんた……なにを?」
リカートは、それ以上言葉が出なかった。
この状況で、何を言えばいいのか分からなかったのだ。
鈴音の足元には、剣を握ったままうつ伏せに倒れているバンボラがいた。
「どうして? どうしてこんなことになるの?」
取り返しのつかない悲しみに、リカートは嗚咽する。
確認もせず、バンボラが死んだものと思い込んでいた。
「勝手に殺さないでほしいな」
野太い声がして、うつ伏せだったバンボラが起き上がる。
風圧をまともに受けたらしく、革の服は破れ、血がにじんでいた。
「それにしても、なんなんだこれは?」
呆れたように言いながら、バンボラが摘み上げたのは――二つに裂け、内部の圧力で弾けた妖精の羽根だった。
付け根に残る肉片が生々しい。
だが、それ以外に遺体と呼べるものはなかった。
すべて吹き飛んでしまったのだ。
「オルゲスの手の者よ。たぶん、あたしとあなたたちの間に溝を作って、地界のラクロア族と争わせようとしてたのよ。あたしに死なれちゃ困る、でも勝たれてもいけない。そういうことなのよ、きっと」
憧れの存在を自らの手で斬ったこともあってか、どこか吹っ切れた様子で、鈴音は語った。
あの笑顔を思い出すたびに、胸が痛んだ。
でも、あれは『偽り』だった。
そう信じなければ、立っていられなかった
『死なれても困るが、勝たれてもいけない』――その謎の答えは、至極単純。
つまり、時間稼ぎが目的だったのだ。
「……なんで、それが分かったの?」
混乱を整理しながら、リカートが問いかける。
「最初におかしいと感じたのは、闇雲に走ったはずなのに、ここにたどり着いたっていう偶然。そのあと義人君のことを聞かされて、忘れかけてたけど―― 『ラクロア族が義人君を捕えて、あたしを脅して世界を組み替えようとしてる』って聞いたとき、また違和感があったの」
自分の言葉に、涼音が小さく首を振る。
「変でしょ? あたしが世界の再編成を決めたのって、今日のことなのよ」
正確には『今日』ではないが、時間にして十七時間ほど前の話。
鈴音が旅を始めて十日ほど。
義人がオルゲスと戦ったのは、少なくとも五日前のはず。
どう考えても、辻褄が合わない。
「何か仕組まれてる、そう思ったの。もし仕組んだ者がいるとすれば、それは妖精しかいない。でも証拠がなかったから迷った。だけど、『殺しなさい』って言葉を聞いたとき、 もう迷う必要はないって思ったのよ」
運が良かった――そう言えばそれまでだが、女の子の直感力、侮れない。
「なるほど、大した洞察力だ。このあとの『魔龍アイオーン』との会見でも、ぜひ発揮していただきたいものだな」
嫌味とも感嘆とも取れる言葉を投げかけながら、バンボラは鈴音に近づき、その身体についた返り血を、水を含ませた布で拭ってやった。
彼の水袋には、女たちのものとは比べものにならないほど、たっぷりと水が残っていた。
「さてと、んじゃ行こうか。『ストイックの魔窟』最深部へ。ヘビが出るか蛇が出るか、楽しみだなぁ」
「……龍でしょ」
バンボラのくだらないボケに、律儀に突っ込むリカート。
彼は魔窟の底へと続く道を探していたが、探すまでもなかった。
まるで球場の観客席のような石段が、階段状に底の方まで続いていたのだ。
ただ、下りるだけ――とはいえ、その石段は風化が激しく、苔がびっしりと生えていて、非常に滑りやすい。
こんな場所で足を滑らせたら、底に着く頃には『程よくミンチ』になっているのは間違いない。
「ハンバーグは好きだけど…」
自分がそうなるのはごめんだ。
リカートとバンボラは剣を杖やピッケル代わりに、鈴音はバンボラの力強い腕に支えられながら、慎重に下っていった。
湿地のような湿気と、カビの匂いが鼻をつく。
バンボラの冗談ではないが、まさに蛇が好みそうな環境だった。
石段は果てしなく続き、三人が底にたどり着いたのは、夕暮れが迫る頃だった。
昼前に下り始めたというのに――。
おそらく、もともとはもっと深い穴だったのだろう。
それを超自然的な力が埋め、底には無数の石片や木片が積もっていた。
鈴音に言わせれば、まるで『夏の海岸』のようだった。
足の踏み場もないほど、あちこちにものが散乱していた。
「まだ、歩く必要がありそうだな」
周囲を見渡しながら、バンボラがつぶやく。
その視線の先――西側の岩壁に、ガレキに半ば埋もれた洞窟の入り口が口を開けていた。
その奥も、魔窟と同じく深そうだった。
鈴音はすぐにでも駆け込みたそうだったが、旅慣れたバンボラの判断で、ここで食事をとることにした。
雰囲気も環境も最悪だったが、少なくとも獣に襲われる心配はなさそうだった。
それに、魔龍アイオーンがどんな存在か分からない以上、体力を回復させずに挑むのは危険すぎた。
どんな事態にも即応できるよう、万全に近い状態を保っておく必要があった。
風もないのに、奥の洞窟から冷たい空気が流れてきた。
まるで、誰かがこちらを見ているような――
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる