異境の人 ~鈴音が紡ぐ世界~

葉月奈津・男

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第23話 巧遅拙速 ⑤ ~最深部へ~

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 「ギャアー!!」

 鈴音が振り下ろした剣の切っ先が、『それ』に断末魔の叫びを上げさせた。

 血飛沫が舞い、鈴音の白い肌にも返り血が飛び散る。

 同時に、爆発のような圧力が辺りに広がった。
 金属が悲鳴を上げるような音とともに、手に伝わる衝撃が骨まで響いて――剣が折れた。

 霧が虚空に吸い込まれるように消え、光が差し込んでくる。

「…ふう」

 ようやく視界を取り戻した鈴音は、しびれた手を振り、折れた剣と鞘を投げ捨てた。

 そして、懐から布を取り出し、額の汗を拭おうとする。

 その途中で、驚愕の表情のまま立ち尽くすリカートの姿に気づき、鈴音は微笑んだ。

 そこには、自分の力で敵を倒したという自信と、満足感がにじんでいた。

「あ、あんた……なにを?」

 リカートは、それ以上言葉が出なかった。
 この状況で、何を言えばいいのか分からなかったのだ。

 鈴音の足元には、剣を握ったままうつ伏せに倒れているバンボラがいた。

「どうして? どうしてこんなことになるの?」

 取り返しのつかない悲しみに、リカートは嗚咽する。

 確認もせず、バンボラが死んだものと思い込んでいた。

「勝手に殺さないでほしいな」

 野太い声がして、うつ伏せだったバンボラが起き上がる。

 風圧をまともに受けたらしく、革の服は破れ、血がにじんでいた。

「それにしても、なんなんだこれは?」

 呆れたように言いながら、バンボラが摘み上げたのは――二つに裂け、内部の圧力で弾けた妖精の羽根だった。

 付け根に残る肉片が生々しい。
 だが、それ以外に遺体と呼べるものはなかった。
 すべて吹き飛んでしまったのだ。

「オルゲスの手の者よ。たぶん、あたしとあなたたちの間に溝を作って、地界のラクロア族と争わせようとしてたのよ。あたしに死なれちゃ困る、でも勝たれてもいけない。そういうことなのよ、きっと」

 憧れの存在を自らの手で斬ったこともあってか、どこか吹っ切れた様子で、鈴音は語った。
 あの笑顔を思い出すたびに、胸が痛んだ。
 でも、あれは『偽り』だった。
 そう信じなければ、立っていられなかった

『死なれても困るが、勝たれてもいけない』――その謎の答えは、至極単純。
 つまり、時間稼ぎが目的だったのだ。

「……なんで、それが分かったの?」

 混乱を整理しながら、リカートが問いかける。

「最初におかしいと感じたのは、闇雲に走ったはずなのに、ここにたどり着いたっていう偶然。そのあと義人君のことを聞かされて、忘れかけてたけど―― 『ラクロア族が義人君を捕えて、あたしを脅して世界を組み替えようとしてる』って聞いたとき、また違和感があったの」
 自分の言葉に、涼音が小さく首を振る。

「変でしょ? あたしが世界の再編成を決めたのって、今日のことなのよ」

 正確には『今日』ではないが、時間にして十七時間ほど前の話。

 鈴音が旅を始めて十日ほど。
 義人がオルゲスと戦ったのは、少なくとも五日前のはず。

 どう考えても、辻褄が合わない。

「何か仕組まれてる、そう思ったの。もし仕組んだ者がいるとすれば、それは妖精しかいない。でも証拠がなかったから迷った。だけど、『殺しなさい』って言葉を聞いたとき、 もう迷う必要はないって思ったのよ」

 運が良かった――そう言えばそれまでだが、女の子の直感力、侮れない。

「なるほど、大した洞察力だ。このあとの『魔龍アイオーン』との会見でも、ぜひ発揮していただきたいものだな」

 嫌味とも感嘆とも取れる言葉を投げかけながら、バンボラは鈴音に近づき、その身体についた返り血を、水を含ませた布で拭ってやった。

 彼の水袋には、女たちのものとは比べものにならないほど、たっぷりと水が残っていた。
 
 「さてと、んじゃ行こうか。『ストイックの魔窟』最深部へ。ヘビが出るか蛇が出るか、楽しみだなぁ」

「……龍でしょ」

 バンボラのくだらないボケに、律儀に突っ込むリカート。
 彼は魔窟の底へと続く道を探していたが、探すまでもなかった。

 まるで球場の観客席のような石段が、階段状に底の方まで続いていたのだ。

 ただ、下りるだけ――とはいえ、その石段は風化が激しく、苔がびっしりと生えていて、非常に滑りやすい。

 こんな場所で足を滑らせたら、底に着く頃には『程よくミンチ』になっているのは間違いない。

「ハンバーグは好きだけど…」

 自分がそうなるのはごめんだ。
 リカートとバンボラは剣を杖やピッケル代わりに、鈴音はバンボラの力強い腕に支えられながら、慎重に下っていった。

 湿地のような湿気と、カビの匂いが鼻をつく。
 バンボラの冗談ではないが、まさに蛇が好みそうな環境だった。

 石段は果てしなく続き、三人が底にたどり着いたのは、夕暮れが迫る頃だった。

 昼前に下り始めたというのに――。

 おそらく、もともとはもっと深い穴だったのだろう。
 それを超自然的な力が埋め、底には無数の石片や木片が積もっていた。

 鈴音に言わせれば、まるで『夏の海岸』のようだった。

 足の踏み場もないほど、あちこちにものが散乱していた。

「まだ、歩く必要がありそうだな」

 周囲を見渡しながら、バンボラがつぶやく。
 その視線の先――西側の岩壁に、ガレキに半ば埋もれた洞窟の入り口が口を開けていた。

 その奥も、魔窟と同じく深そうだった。

 鈴音はすぐにでも駆け込みたそうだったが、旅慣れたバンボラの判断で、ここで食事をとることにした。

 雰囲気も環境も最悪だったが、少なくとも獣に襲われる心配はなさそうだった。

 それに、魔龍アイオーンがどんな存在か分からない以上、体力を回復させずに挑むのは危険すぎた。

 どんな事態にも即応できるよう、万全に近い状態を保っておく必要があった。

 風もないのに、奥の洞窟から冷たい空気が流れてきた。
 まるで、誰かがこちらを見ているような――
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