紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

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お家騒動

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 ◆◆◆◆◆

「尾井坂さんと、大宮さんの顔合わせに、同席頂き感謝しております」
「どういたしまして。売れる恩は、あるだけ売る主義ですので お気になさらず」

「怖いなぁ。上役に 似てきたのではないですか?」

 光留は、肩を揺らした。司法省に近衛を訪ねて来たのだが、乱入してくると思われた清浦は、来客中であり 一階の隅にある応接室は、2人だけの静かな語らいの場になっていた。

「良いですね、近さんと話すのは」
「死ぬ前の人のようですが、長年の恋はどうなりましたか?」

「牡丹のように崩れたか? はたまた、梅のように ほころんだか?近さん、どちらと思います?」

 近衛は、チラリと流し見た。口元に笑みを浮かべる様子は、いつものだ。

「さあ? 鹿鳴館から日が経ち過ぎて。お顔からは、窺い知れません。ただ、どちらにしても生い茂る雑草のように、想う心は 枯れてはいないのでは?きっと、梅は こぼれていないのでしょう」
「その通りで。は、僕の手をとりました。そして、仰せのままに――と仰ったのです」

「仰せのまま? 何をです?」

 気になる一言に、近衛が興味を示した。光留は、あの夜の語らいを聞かせた。

「嫌いならば立ち去れ、そうでないなら一言……成る程、上手いことやりましたね」

 近衛は、顎に指を引っ掻けると、感嘆を漏らした。感心だと、何度も頷く程だ。光留は「何が上手いことなのです?」と、問う。

「切々と恋心を訴えた挙げ句、あの方を諦められないが故に、宮家との有難い縁談を蹴った……そして、帰国後の求愛となれば普通、首を縦に振るでしょう。これで横に振られたら、脈はありません。即死です」
「即……」

「勿論あの方が、光留さんを嫌う訳がない。まんまとお言葉を頂いた訳ですが、これは貴方にとって錦の御旗でしょう?」

 図星なのか、出された湯飲みに口をつける光留は、右手を差し出し、続けて――と促した。近衛は、静かに言葉を継いだ。

「例えば、……だったら、ただの意思確認です。……と、することで貴方は、やることなすこと、あの方の許可を貰った気になれる。そんな訳ありませんが、まあ気持ちの問題として気楽ではありますね」
「まあ、御旗に ふんぞり返る気はありませんが……」

「で?どうやって縁談を壊す気ですか? 私は少々、当たってみましたが羽倉崎さんの周辺は、キナ臭くありません」
「そこは、追々と考えておりますが……。ねぇ、近さん。もしかして清浦さんがお忙しいのは、相馬そうまさんの件ですか?」

「やはり、何か偵察ですか?解答としては、それもあるかも……としか」
「口が固いですね。あれも長々とやっておりますが、もうそろそろ決着がつくのではないかと」

 光留は、想定内だったのだろう。根掘り葉掘り聞くこともなく、自分の思いを口にした。近衛は「何故ですか?」と継ぐ。
 光留が口にしたのは、陸奥国の大名だった相馬家のお家騒動だ。今から15年程前に遡るが、相馬家が申し出た。
 当主相馬誠胤そうま ともたねが精神病だと。
 聞けば、突然 槍で突き刺そうとしたり、常軌を逸した行動をとるようになったと。宮内省は許可を出し、誠胤は座敷牢へ入れられることになったのだが、世間では怪しむ声が上がった。
 誠胤には、腹違いの弟がおり、その一味が当主を監禁しているのではないか? と。これは、一大事!と 元家臣が、監禁されていた誠胤を奪還、官僚を巻き込んでの騒動となり、元家臣と相馬家で裁判に発展した。証人として誠胤も出廷する予定が、突如 今年に入り死去したのだ。
 そうなると今度は、毒殺疑惑が持ち上がる。世間では、お家騒動として相馬家を語らない日はない程であり、元家臣は毒殺疑惑の告発状を提出する勢いだという。

「告発状が出たら、終わり」

 光留は、声なく笑った。揺れる肩に伏せる瞼、何を思っているのかは見えないが、放たれた声は低く、冷たかった。

「何故?」
「すぐに受理されますか?したとして、どうです?毒殺の証拠出ます? 近さん、わかるでしょう?」

 背もたれに身体を委ね、足を組む光留は 窓の外を眺めた。風もなく、木々の揺れも何もない。ただ、光留の独り言だけが やけに響く。

「亡くなったのは 2月。半年前……、今の時点で半年です。受理されて青山墓地を発掘ですか……証拠ねぇ」
「黒田閣下の……」

 近衛は、汽船で語られたを思い出した。急死した夫人は、世間の疑惑を晴らす為に、墓を暴かれた。結果は言わずもがな。
 光留は、相馬誠胤の墓を暴くことになっても毒殺とは、ならないのではないか? と言っているのだ。
 近衛は、目の前に座るのは、宗秩寮の役人だと思った。

「座敷牢の許可を出したのは宗秩寮であり、それが誤りだったとなると不都合。相馬家は大名華族であり、それによって罰したくない? 成る程、成る程。我々 司法省だけの問題ではなく、宮内省も関わるとなるとの不利には、ならないと……」
「さぁ? 僕の考えですので、的を大いに外している可能性も然り。ただね、近さん一つだけ……」

 2人の間にあるテーブルに身を乗り出す光留に、近衛は直ぐ様、顔を寄せた。

「4、5年前、相馬さんを まんまと連れ出した元家臣……錦織は、何度も御用となり、裁判に掛けられています。しかし共犯の後藤さん……内務省官吏かんり、後藤新平は逃れています。知ってます?アレ、当時の外務省三等出仕陸奥さん陸奥宗光が、手を回していたと。そして、その頃の内務省警保局長……清浦さんですよ?警察のトップ……面白いじゃないですか」
「ああ、相馬家と家臣の争いに、宮内省は華族の醜聞を嫌った。外務省は条約改正問題を抱えており、官吏を刑事被告人にしたくなかった。内務省は、身内から被告人を出したくない……と」

「ええ、僕は相馬さん個人には、興味ありません。同じ大名華族であり、宮内省の者として思うところはありますが……ただ、やり方次第で官僚が動けば、白を黒に変えることが 容易いのには、大いに興味がある」
「何か、変なこと考えていませんか?」

 光留は、人差し指を口元へ寄せると、音もなく立ち上がる。大股で木目鮮やかな扉へ寄り、素早くドアノブを引っ掴み――引いた。
 入口を塞ぎ立ち、口髭を一撫でするのは、噂をしていた司法次官、清浦だった。ニヤリと唇を引き上げる仕草は、いつもと変わりない。

「なかなか面白い話だったから、夢中で聞き耳を立ててしまったよ。どうだい? 今から、付き合わないか?」
「よろしいですね」

 向けられた4つの眼に、近衛の首は 全力で横に振られた。鹿鳴館の借りもある――と、光留は「清浦さん、即死です」と、笑って見せた。
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