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第1の章 終焉の始まり
Ⅲ
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彫り師―――
それが、彼の仕事だった。
身体のどこかに、刺青を掘る仕事。
暗いこの繁華街の片隅で、彼は様々な客に、絵を描く仕事をしている。
店の壁には彼が描いた作品の写真が所狭しと飾られていた。
それらは精巧な芸術品で、まるで美術館にいるような錯覚さえ覚える。
彼の作品から目を離せなくなっていたあたしに、
「君も、私に絵を描いて欲しいんですか?」
不意に、彼が声をかけてきた。
彼越しに壁掛け時計が目に入った。
いつの間にか、店に入ってから30分以上経っていた。
「終わったんですか?」
あたしが訊くと、彼は口角を少し持ち上げて肯定したように笑った。
「珍しいお客だけど、君は未成年? 未成年となると、一応、親の承諾が必要だけど、もらってますか?」
親の承諾。
こんなアンダーグランドな世界で、丁寧に親の承諾なんて確認されるのかと驚いた。
あたしが答えるよりも先に、「未成年!?」とパーテーションの向こうから声がした。
先ほどまで、背中に絵を描かれていた客が、飛び出してきた。
「うわっ、まじ!? すっげぇな。本当に、未成年じゃねぇか。制服なんて、久々見たわ」
短い髪をツンツンと立たせた男。
その人の雰囲気は、見るからにカタギの人には見えなくて、裏社会の男だとすぐにわかった。
彫り師とは違う恐怖を、笑顔の裏に感じた。
「時雨、未成年はヤバイだろ。ほどほどにしねぇと、俺も助けられねぇぞ?」
「タケルに助けてと言った覚えはありませんけどね」
「そういうこと言ってんじゃねぇだろ」
「わかってますよ」
見た目はチグハグで、一見好青年ぽい彫り師と、ヤクザが楽し気に笑って話している。
「着替えたなら、タケルは帰ってください。仮にも彼女は、私のお客なんですから」
タケルと呼ばれた男は、はいはいと気の無い返事をしてあたしの横を抜けた。
「―――舐めた真似は、すんじゃねぇぞ」
すれ違った瞬間、ドスのきいた小さな声があたしに向けられた。
ビクッとしながら呼吸さえも、止まってしまったあたしは、男を振り返ることも出来ず、黙って俯いた。
ギイっと立て付けの悪いドアが閉まる音が背中で聴こえて、ようやくあたしは息を吐き出した。
近くに立っていた彼には、あたしが息を止めた理由もわかっていただろう。
それでも、彼は口元に薄い笑みを浮かべているだけ。
彼の優しそうな風貌と穏やかな表情が、内面と乖離していて、近寄りがたい雰囲気を生んでいた。
「君は年はいくつですか?」
「18歳です」
「高校生?」
「はい、高校3年生です」
彼はあたしを頭から足先まで視線を向ける。
女子高生の間しか着ることのできないブレザーの制服が、突然、恥かしくなった。
「普通の女子高生がわざわざ、刺青? 刺青って、今時のタトゥーシールとは違うんですよ? わかってますか?」
「わかってます」
震える声で返したら、彼はより一層、眉をひそめた。
彫り師は、心配して言ってくれているんじゃないとわかる。
厄介ごとには関わりたくないという思いが透けて見える。
それでも、空気を読んで彼の前から去るなんてことはできない。
あたしにはやらなきゃいけないことがあるんだから。
「―――あたし、鈴原 麦っていいます」
突然の自己紹介に彼が少し、目を細める。
「あなたが藤城 時雨さんですよね?」
「そうですけれど、何か?」
不穏な空気を感じのか一瞬、顔をしかめたように見えた彼は、すぐに面白そうに笑った。
―――あたしはギュッと唇をかんで、一瞬呼吸を止める。
いつかきっと、この日の、この一瞬が間違いだったと思う日が来るかもしれない。
生まれて今まで、こんな日が来るなんであたしは一ミリたりとも考えたことはなかった。
アンダーグラウンドの男。
ヤクザともかかわりのある、あたしとは程遠い世界に生きる男。
今日、あたしは、藤城時雨を脅迫する―――
それが、彼の仕事だった。
身体のどこかに、刺青を掘る仕事。
暗いこの繁華街の片隅で、彼は様々な客に、絵を描く仕事をしている。
店の壁には彼が描いた作品の写真が所狭しと飾られていた。
それらは精巧な芸術品で、まるで美術館にいるような錯覚さえ覚える。
彼の作品から目を離せなくなっていたあたしに、
「君も、私に絵を描いて欲しいんですか?」
不意に、彼が声をかけてきた。
彼越しに壁掛け時計が目に入った。
いつの間にか、店に入ってから30分以上経っていた。
「終わったんですか?」
あたしが訊くと、彼は口角を少し持ち上げて肯定したように笑った。
「珍しいお客だけど、君は未成年? 未成年となると、一応、親の承諾が必要だけど、もらってますか?」
親の承諾。
こんなアンダーグランドな世界で、丁寧に親の承諾なんて確認されるのかと驚いた。
あたしが答えるよりも先に、「未成年!?」とパーテーションの向こうから声がした。
先ほどまで、背中に絵を描かれていた客が、飛び出してきた。
「うわっ、まじ!? すっげぇな。本当に、未成年じゃねぇか。制服なんて、久々見たわ」
短い髪をツンツンと立たせた男。
その人の雰囲気は、見るからにカタギの人には見えなくて、裏社会の男だとすぐにわかった。
彫り師とは違う恐怖を、笑顔の裏に感じた。
「時雨、未成年はヤバイだろ。ほどほどにしねぇと、俺も助けられねぇぞ?」
「タケルに助けてと言った覚えはありませんけどね」
「そういうこと言ってんじゃねぇだろ」
「わかってますよ」
見た目はチグハグで、一見好青年ぽい彫り師と、ヤクザが楽し気に笑って話している。
「着替えたなら、タケルは帰ってください。仮にも彼女は、私のお客なんですから」
タケルと呼ばれた男は、はいはいと気の無い返事をしてあたしの横を抜けた。
「―――舐めた真似は、すんじゃねぇぞ」
すれ違った瞬間、ドスのきいた小さな声があたしに向けられた。
ビクッとしながら呼吸さえも、止まってしまったあたしは、男を振り返ることも出来ず、黙って俯いた。
ギイっと立て付けの悪いドアが閉まる音が背中で聴こえて、ようやくあたしは息を吐き出した。
近くに立っていた彼には、あたしが息を止めた理由もわかっていただろう。
それでも、彼は口元に薄い笑みを浮かべているだけ。
彼の優しそうな風貌と穏やかな表情が、内面と乖離していて、近寄りがたい雰囲気を生んでいた。
「君は年はいくつですか?」
「18歳です」
「高校生?」
「はい、高校3年生です」
彼はあたしを頭から足先まで視線を向ける。
女子高生の間しか着ることのできないブレザーの制服が、突然、恥かしくなった。
「普通の女子高生がわざわざ、刺青? 刺青って、今時のタトゥーシールとは違うんですよ? わかってますか?」
「わかってます」
震える声で返したら、彼はより一層、眉をひそめた。
彫り師は、心配して言ってくれているんじゃないとわかる。
厄介ごとには関わりたくないという思いが透けて見える。
それでも、空気を読んで彼の前から去るなんてことはできない。
あたしにはやらなきゃいけないことがあるんだから。
「―――あたし、鈴原 麦っていいます」
突然の自己紹介に彼が少し、目を細める。
「あなたが藤城 時雨さんですよね?」
「そうですけれど、何か?」
不穏な空気を感じのか一瞬、顔をしかめたように見えた彼は、すぐに面白そうに笑った。
―――あたしはギュッと唇をかんで、一瞬呼吸を止める。
いつかきっと、この日の、この一瞬が間違いだったと思う日が来るかもしれない。
生まれて今まで、こんな日が来るなんであたしは一ミリたりとも考えたことはなかった。
アンダーグラウンドの男。
ヤクザともかかわりのある、あたしとは程遠い世界に生きる男。
今日、あたしは、藤城時雨を脅迫する―――
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