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第1の章 終焉の始まり
Ⅵ
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「時雨ってそんなに、ヤバイ人なの?」
つい口を挟んだあたしに、2人が同時に視線を向けてくる。
2人の視線にドキッとしていると、
「気後れしましたか?」
なぜか、時雨が妙に距離をつめてきた。
ぐぐっと顔を寄せてきて、吐息が届きそうな距離に息を飲む。
「人を脅迫するわりには、根性ないんですね」
タケルには聞こえないように、耳元で囁いた時雨の声。
普段よりも低く響いた声が全身を走った。
「気後れなんてしてません! あたし、時雨がどんな人でも受け止める覚悟、ありますから!」
早口でまくし立てたあたしに、2人は顔を見合わせて笑った。
「楽しそうですけどー、そろそろ時間っすよー」
見知らぬ声にびっくりして、入り口を見ると、真っ赤な髪の猫目の男が立っていた。
「おー、ミケ。そろそろ、時間か」
タケルがヒラヒラと手を振った。
ミケはニカっと笑って、「お願いしまーす」と軽い声をかけている。
パンクファッションの、ミケ。
痛々しいぐらいに、両耳に多くのピアスがぶら下がっていた。
彼の後ろに見えた古い建てつけのドア。
―――開いた音したっけ?
騒いでいたとはいえ、古い鉄の音にも気がつかなかったのかと、驚いた。
「お嬢さんは、どちらさん?」
いつのまにか、目の前に立っていたミケが、あたしの顔を覗き込んだ。
「あ、鈴原 麦っていいます」
パッと頭を下げたあたしに、「そいつ、時雨の新彼女だって」とタケルの声が追いかけてきた。
「へぇー、時雨さんの彼女! 時雨さん、趣味変わったんっすね。あー、でも、おれ小ちゃい頃から躾ける的な考えは賛成っす!」
ミケは親指を立てて、グーと、時雨に向けた。
「別に私は紫の上計画をするつもりはありませんけどね」
時雨は散らばった筆を集めながら、苦笑した。
「俺、若の小間使いやってる、ミケっす。よろしくー」
ミケに手を差し出されて、反射的に握手を返した。
手を握った瞬間、ギュッと力を込められた。
ミケはニャーと鳴きそうな猫のようなツリ目に、口角をたっぷり持ち上げて、まるで、飼いならされた猫のように人懐っこい笑みを浮かべている。
それなのに、握った手は握力検査みたいに思い切り力を込めている。
イタッと声にならない悲鳴をあげかけたところで、「ミケ、いくぞー」と、タケルの声が響いた。
「はーぃ!」と軽い返事をしたミケは、あまりにもあっさり手を離した。
「じゃぁ、時雨さん、お邪魔しましたー! お嬢さんもまたねー!」
ひらひらと手を振って、ミケはタケルとともに、さっさと店を出て行った。
****************************
「麦、こっちにきて。お茶ぐらい出しましょうか」
タケルとミケが帰ると、店内は一気に静かになった。
時雨が流れるような仕草でお茶を入れ始めた。
「時雨はみんなと仲が良いんだね」
「はっ?」
お茶を入れていた時雨が目を丸くして、手を止めた。
「仲良しって子どもじゃないんですから」
「あたしはどうしたら、時雨と仲良くできる?」
「麦、何を言っているんですか?」
「だって、あたし、時雨と付き合い始めたばかりで。まだ、時雨のこと何も知らないし」
言葉を紡ぎながら、ついつい、視線を落としてしまう。
ついに俯いたあたしに、ため息が降ってきた。
コトンッと音ともに、あたしの前に置かれた湯のみ。
「私も君のことを知らないし、君がどんな付き合いを望んでいるのかもわからないんですよ」
「どんな付き合いって―――?」
「この年にもなると、大人の付き合いばかりなんですよ。だから、君ぐらいの年の付き合い方がわからない」
時雨は屈むとあたしと視線を合わせてきた。
「君は私とどうなりたくて、付き合いたいなんていったんですか?」
時雨が手を伸ばしてきて、あたしの頬に触れた。
細くきれいな指だと思った。
細長い指があたしの頬をなぞっていく。
ただ、それだけのことなのに、呼吸ができないくらいに、緊張している。
きっと、あたし、今、顔が真っ赤に染まっている。
「あたし、時雨と、もっと、近づきたい」
切羽詰まったような声になってしまったあたしに、時雨はくすっと笑った。
「どのくらい?」
大人の色気で攻めてこないでほしい。
あたしは、今にも窒息寸前だ。
「―――時雨」
「はい?」
「―――あたしに刺青を入れてもらえないですか?」
時雨の目から色気がフッと消えた。
「君は刺青を入れることを軽くみているようですね」
時雨は呆れたように息をついて、あたしから離れた。
「違う! 時雨の絵をいっぱいみて綺麗だって思ったし、それに」
―――時雨に触れてもらっている、タケルが羨ましかった。
「あたしにも、時雨の作品を入れて欲しいって思ったの」
「一目惚れなんて、思春期の浮かれた流行病程度で、一生消えない痕を残す意味があるんですか?」
「時雨の証なら、意味はある」
―――と思う。
自信なく、口の中でつぶやいた言葉にも、彼は気がついているように見えた。
それでも、息をつくだけで何も言わない。
時雨はあたしをしばらく見下ろしていたかと思ったら、どこからかスケッチブックとペンを取り出した。
「まぁ、デザインも決めなきゃいけませんし、少し考えながら決めればいいですよ」
大人の余裕を吹かせた彼が、腹ただしく思えた。
だけど、時雨はあたしよりも7歳も年上で、少しも勝てる要素がない。
時雨は、あたしの前に腰を下ろすと、ペンを指に挟んで、スケッチブックを見下ろした。
ただ、それだけの仕草がカッコよくて息が漏れる。
「刺青の模様にはそれぞれ意味がある。蝶は、花から花へと移っていくってことで、移り気なんて意味もあります。蝶自体は魂の象徴とも言われていますね。クロネコなら、幸運繁栄なんて意味があったりしますよ」
冷たくて、なにもかもどうでも良いとすら思ってそうな、覇気のない目。
だけど、刺青について語るときだけ、目の奥に色が映っているように思えた。
「ねぇ、時雨は刺青が好きなんだね?」
ポツリと漏れるようなあたしの言葉に、時雨は目を見開いて、すぐに黙って微笑んだ。
つい口を挟んだあたしに、2人が同時に視線を向けてくる。
2人の視線にドキッとしていると、
「気後れしましたか?」
なぜか、時雨が妙に距離をつめてきた。
ぐぐっと顔を寄せてきて、吐息が届きそうな距離に息を飲む。
「人を脅迫するわりには、根性ないんですね」
タケルには聞こえないように、耳元で囁いた時雨の声。
普段よりも低く響いた声が全身を走った。
「気後れなんてしてません! あたし、時雨がどんな人でも受け止める覚悟、ありますから!」
早口でまくし立てたあたしに、2人は顔を見合わせて笑った。
「楽しそうですけどー、そろそろ時間っすよー」
見知らぬ声にびっくりして、入り口を見ると、真っ赤な髪の猫目の男が立っていた。
「おー、ミケ。そろそろ、時間か」
タケルがヒラヒラと手を振った。
ミケはニカっと笑って、「お願いしまーす」と軽い声をかけている。
パンクファッションの、ミケ。
痛々しいぐらいに、両耳に多くのピアスがぶら下がっていた。
彼の後ろに見えた古い建てつけのドア。
―――開いた音したっけ?
騒いでいたとはいえ、古い鉄の音にも気がつかなかったのかと、驚いた。
「お嬢さんは、どちらさん?」
いつのまにか、目の前に立っていたミケが、あたしの顔を覗き込んだ。
「あ、鈴原 麦っていいます」
パッと頭を下げたあたしに、「そいつ、時雨の新彼女だって」とタケルの声が追いかけてきた。
「へぇー、時雨さんの彼女! 時雨さん、趣味変わったんっすね。あー、でも、おれ小ちゃい頃から躾ける的な考えは賛成っす!」
ミケは親指を立てて、グーと、時雨に向けた。
「別に私は紫の上計画をするつもりはありませんけどね」
時雨は散らばった筆を集めながら、苦笑した。
「俺、若の小間使いやってる、ミケっす。よろしくー」
ミケに手を差し出されて、反射的に握手を返した。
手を握った瞬間、ギュッと力を込められた。
ミケはニャーと鳴きそうな猫のようなツリ目に、口角をたっぷり持ち上げて、まるで、飼いならされた猫のように人懐っこい笑みを浮かべている。
それなのに、握った手は握力検査みたいに思い切り力を込めている。
イタッと声にならない悲鳴をあげかけたところで、「ミケ、いくぞー」と、タケルの声が響いた。
「はーぃ!」と軽い返事をしたミケは、あまりにもあっさり手を離した。
「じゃぁ、時雨さん、お邪魔しましたー! お嬢さんもまたねー!」
ひらひらと手を振って、ミケはタケルとともに、さっさと店を出て行った。
****************************
「麦、こっちにきて。お茶ぐらい出しましょうか」
タケルとミケが帰ると、店内は一気に静かになった。
時雨が流れるような仕草でお茶を入れ始めた。
「時雨はみんなと仲が良いんだね」
「はっ?」
お茶を入れていた時雨が目を丸くして、手を止めた。
「仲良しって子どもじゃないんですから」
「あたしはどうしたら、時雨と仲良くできる?」
「麦、何を言っているんですか?」
「だって、あたし、時雨と付き合い始めたばかりで。まだ、時雨のこと何も知らないし」
言葉を紡ぎながら、ついつい、視線を落としてしまう。
ついに俯いたあたしに、ため息が降ってきた。
コトンッと音ともに、あたしの前に置かれた湯のみ。
「私も君のことを知らないし、君がどんな付き合いを望んでいるのかもわからないんですよ」
「どんな付き合いって―――?」
「この年にもなると、大人の付き合いばかりなんですよ。だから、君ぐらいの年の付き合い方がわからない」
時雨は屈むとあたしと視線を合わせてきた。
「君は私とどうなりたくて、付き合いたいなんていったんですか?」
時雨が手を伸ばしてきて、あたしの頬に触れた。
細くきれいな指だと思った。
細長い指があたしの頬をなぞっていく。
ただ、それだけのことなのに、呼吸ができないくらいに、緊張している。
きっと、あたし、今、顔が真っ赤に染まっている。
「あたし、時雨と、もっと、近づきたい」
切羽詰まったような声になってしまったあたしに、時雨はくすっと笑った。
「どのくらい?」
大人の色気で攻めてこないでほしい。
あたしは、今にも窒息寸前だ。
「―――時雨」
「はい?」
「―――あたしに刺青を入れてもらえないですか?」
時雨の目から色気がフッと消えた。
「君は刺青を入れることを軽くみているようですね」
時雨は呆れたように息をついて、あたしから離れた。
「違う! 時雨の絵をいっぱいみて綺麗だって思ったし、それに」
―――時雨に触れてもらっている、タケルが羨ましかった。
「あたしにも、時雨の作品を入れて欲しいって思ったの」
「一目惚れなんて、思春期の浮かれた流行病程度で、一生消えない痕を残す意味があるんですか?」
「時雨の証なら、意味はある」
―――と思う。
自信なく、口の中でつぶやいた言葉にも、彼は気がついているように見えた。
それでも、息をつくだけで何も言わない。
時雨はあたしをしばらく見下ろしていたかと思ったら、どこからかスケッチブックとペンを取り出した。
「まぁ、デザインも決めなきゃいけませんし、少し考えながら決めればいいですよ」
大人の余裕を吹かせた彼が、腹ただしく思えた。
だけど、時雨はあたしよりも7歳も年上で、少しも勝てる要素がない。
時雨は、あたしの前に腰を下ろすと、ペンを指に挟んで、スケッチブックを見下ろした。
ただ、それだけの仕草がカッコよくて息が漏れる。
「刺青の模様にはそれぞれ意味がある。蝶は、花から花へと移っていくってことで、移り気なんて意味もあります。蝶自体は魂の象徴とも言われていますね。クロネコなら、幸運繁栄なんて意味があったりしますよ」
冷たくて、なにもかもどうでも良いとすら思ってそうな、覇気のない目。
だけど、刺青について語るときだけ、目の奥に色が映っているように思えた。
「ねぇ、時雨は刺青が好きなんだね?」
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