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第2の章 終焉への階段
Ⅴ
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店にあるから、と恋に付き合って彼の勤めるホストクラブに足を踏み入れた。
煌びやかなイメージのあるホストクラブはまだ、開店前で、ひと気がなかった。
「そこに座ってて。奥のロッカーから取ってくるから」
恋はあたしに、フロアーの端のソファを進めると、店の奥に入っていった。
フロアーはわりと広くて、フカフカのソファがいくつも目に入った。
高級そうな酒の瓶がカウンターに並んでいるのが見える。
―――あれが、毎晩、売れていくのかな。
女子高生のあたしには、まったく縁のない世界だった。
「あれ? まだ開店前になんで、女の子がいんの?」
声がして、パッと声のほうを見ると、真っ赤な髪の派手なスーツの男が立っていた。
「あっ、すみません。あたし、恋さんの―――」
「なに、恋の客? それでも、まだ開店前なんだから、店に勝手に入るなよ」
男はあたしが不法侵入したかと思っているのか、苛立った声を出す。
「ち、違います。あたしは恋さんが、時雨に届けたいものがあるっていうから。それをもらうために来たんです」
「はっ?」と、男の眉間のしわが深く刻まれた。
今の発言を嘘だと思われたのかもしれない、と思った。
なぜか、あたしの発言のあと、男の纏う空気が変わったことに気が付いた。
「あんた、時雨のなに?」
「えっ?―――あの、時雨とお知り合いですか?」
男はあたしの質問には答えず、黙ってあたしを見ている。
男の視線が突き刺さるように鋭く、あたしは鼓動が早くなっていることに気がついた。
「その子は、時雨の彼女だよ」
空気を無遠慮に切り裂いたのは、恋の軽い口調だった。
「時雨の彼女?」
男が信じられないものでも見たかのような目で、あたしを見た。
「明楽、もういい? 彼女は僕が用事があって呼んだ子だからね」
赤髪の男は、あたしをジッと見つめたかと思うと、「はぁ」とわかりやすいため息をついた。
男は何も言わずに、あたしたちから離れていった。
「ごめんね。一人にして。明楽のことは気にしなくていいから」
「あの人、明楽っていうんですね」
「うん、うちのNO2だよ」
へぇと呟きながら、つい赤髪の背中を追いかけて見てしまった。
彼の先ほどの態度が、なんとなく気になってしまった。
「届けてほしいのは、この書類だから」
恋はあたしの前に、封筒と、コップを置いた。
あたしは黄色い液体の入ったコップを見て、恋を見上げた。
「オレンジジュース。せっかく来たんだから、一杯ぐらいはご馳走しようかなって。もちろん、お酒なんて一滴も入ってないから、大丈夫だよ」
あたしはまだ、恋が信用できなくて、オレンジジュースの入ったコップを見下ろした。
だけど、コップと見つめあっていても仕方ないな、って思った。
ーーーまぁ、いっか。
諦めにも似た気持ちが込み上げて、あたしはコップのオレンジジュースを口に含んだ。
飲み込んだ液体は、間違いなくオレンジジュースだった。
あたしの気持ちを見透かしているかのように、じっと観察していた恋は、オレンジジュースを飲んだあたしを見て軽く笑った。
「なんか、麦って面白い子だね」
―――面白い?
あたしは怪訝な顔をして、恋を見た。
「警戒心むき出しのネコみたいな態度するくせに、どこかすべてを諦めているような感じがする。なんだろう。根本的に、君の中の何かが欠けているような感じがする」
「何かが欠けているって、どういう意味ですか?」
「―――麦って、時雨が好きなの?」
唐突な言葉に、あたしはつい息をのんだ。
それは最近のあたしの感情の波の中に答えがあって、まだ、結論が出せない感情の答えだ。
「好き―――になるかもしれない」
きっぱり言い切れなかったあたしの言葉に、恋は首を傾げた。
「つまり、今の麦は時雨が好きじゃないんだね」
「そういうんじゃなくて。なんか、これから、好きになる予感がするっていうか」
「そんなの、好きじゃないよ。恋ってするものじゃなくて、落ちるんだから」
食い気味に恋に否定されて、あたしはグッと押し黙った。
「育てていく気持ちだってあると思う」
負けたくなくて、苦し紛れのような言葉は、恋に鼻で笑われた。
「まだお子様の君が、わかったようなことを言うんだね。まぁ、そんなんだから、時雨も―――」
恋は何かを言いかけて、そのまま視線を宙に浮かべた。
時雨も、のあとがいつまで経っても、続けられない。
「なに? 言いかけたなら教えてよ。時雨がなに?」
恋はあたしにまた、視線を戻すと、少し考えるようにあたしを見つめた。
ジッと恋を見つめるあたしに、恋は息を吐き出すように言った。
「だから、時雨もお遊びのように君にかまっているように見えたんだなって」
「お、遊び?」
あたしの胸がズキッと音を立てて、傷んだ。
「時雨の行動のどれもが、君が望むように計算されているように見えた。まるで僕たちみたいだなって思ったんだよ」
「僕たちって」
「うん、僕たちのようなホストみたいだなって」
恋は躊躇って言った割には、ズバッときつい言葉を軽く吐いた。
あたしの中で恋の言葉はズッシリと重みをもって、のしかかってくる。
「麦には、荷が重いんじゃない?」
「えっ?」
「君みたいな女子高生に、時雨との恋愛は上級者コース過ぎるでしょう?」
そう言われても、あたしには今、時雨しかいない。
彼以外との恋愛は、今のあたしには必要ないんだ。
必要に迫られた恋愛は、確かに荷が重すぎるぐらい簡単にいかない。
そのうえ、周りはあたしを追い詰めることしかしないんだ。
息苦しくなって、目の前のオレンジジュースを一気に喉に流し込んだ。
「ホストの才能って何だと思う?」
一気飲みしたあたしが、息を吐いたのと同時に、恋があたしに問いかけた。
「才能?」
―――女性に優しいこと?
―――甘い言葉が言えること?
いくつか思い浮かべるけれど、コレという答えが見つからなかった。
「ホストの才能はね、罪悪感を持たないことだよ」
「罪悪感を持たない―――?」
「罪悪感なんて一々、感じていたら仕事にならない。そんなものを感じなければ、機能的な仕事ができるでしょう?」
「恋さんは、罪悪感がないんですか?」
なにか薄ら寒いものを感じた。
「僕? ふふっ、罪悪感っていうよりも、僕はすべての感情に対して鈍いらしいよ。あんまり感情ってのがわからないんだ」
恋は笑みの欠片も映らない目で、あたしをとらえていた。
「こういうところは、時雨も僕も、よく似ているんだ」
煌びやかなイメージのあるホストクラブはまだ、開店前で、ひと気がなかった。
「そこに座ってて。奥のロッカーから取ってくるから」
恋はあたしに、フロアーの端のソファを進めると、店の奥に入っていった。
フロアーはわりと広くて、フカフカのソファがいくつも目に入った。
高級そうな酒の瓶がカウンターに並んでいるのが見える。
―――あれが、毎晩、売れていくのかな。
女子高生のあたしには、まったく縁のない世界だった。
「あれ? まだ開店前になんで、女の子がいんの?」
声がして、パッと声のほうを見ると、真っ赤な髪の派手なスーツの男が立っていた。
「あっ、すみません。あたし、恋さんの―――」
「なに、恋の客? それでも、まだ開店前なんだから、店に勝手に入るなよ」
男はあたしが不法侵入したかと思っているのか、苛立った声を出す。
「ち、違います。あたしは恋さんが、時雨に届けたいものがあるっていうから。それをもらうために来たんです」
「はっ?」と、男の眉間のしわが深く刻まれた。
今の発言を嘘だと思われたのかもしれない、と思った。
なぜか、あたしの発言のあと、男の纏う空気が変わったことに気が付いた。
「あんた、時雨のなに?」
「えっ?―――あの、時雨とお知り合いですか?」
男はあたしの質問には答えず、黙ってあたしを見ている。
男の視線が突き刺さるように鋭く、あたしは鼓動が早くなっていることに気がついた。
「その子は、時雨の彼女だよ」
空気を無遠慮に切り裂いたのは、恋の軽い口調だった。
「時雨の彼女?」
男が信じられないものでも見たかのような目で、あたしを見た。
「明楽、もういい? 彼女は僕が用事があって呼んだ子だからね」
赤髪の男は、あたしをジッと見つめたかと思うと、「はぁ」とわかりやすいため息をついた。
男は何も言わずに、あたしたちから離れていった。
「ごめんね。一人にして。明楽のことは気にしなくていいから」
「あの人、明楽っていうんですね」
「うん、うちのNO2だよ」
へぇと呟きながら、つい赤髪の背中を追いかけて見てしまった。
彼の先ほどの態度が、なんとなく気になってしまった。
「届けてほしいのは、この書類だから」
恋はあたしの前に、封筒と、コップを置いた。
あたしは黄色い液体の入ったコップを見て、恋を見上げた。
「オレンジジュース。せっかく来たんだから、一杯ぐらいはご馳走しようかなって。もちろん、お酒なんて一滴も入ってないから、大丈夫だよ」
あたしはまだ、恋が信用できなくて、オレンジジュースの入ったコップを見下ろした。
だけど、コップと見つめあっていても仕方ないな、って思った。
ーーーまぁ、いっか。
諦めにも似た気持ちが込み上げて、あたしはコップのオレンジジュースを口に含んだ。
飲み込んだ液体は、間違いなくオレンジジュースだった。
あたしの気持ちを見透かしているかのように、じっと観察していた恋は、オレンジジュースを飲んだあたしを見て軽く笑った。
「なんか、麦って面白い子だね」
―――面白い?
あたしは怪訝な顔をして、恋を見た。
「警戒心むき出しのネコみたいな態度するくせに、どこかすべてを諦めているような感じがする。なんだろう。根本的に、君の中の何かが欠けているような感じがする」
「何かが欠けているって、どういう意味ですか?」
「―――麦って、時雨が好きなの?」
唐突な言葉に、あたしはつい息をのんだ。
それは最近のあたしの感情の波の中に答えがあって、まだ、結論が出せない感情の答えだ。
「好き―――になるかもしれない」
きっぱり言い切れなかったあたしの言葉に、恋は首を傾げた。
「つまり、今の麦は時雨が好きじゃないんだね」
「そういうんじゃなくて。なんか、これから、好きになる予感がするっていうか」
「そんなの、好きじゃないよ。恋ってするものじゃなくて、落ちるんだから」
食い気味に恋に否定されて、あたしはグッと押し黙った。
「育てていく気持ちだってあると思う」
負けたくなくて、苦し紛れのような言葉は、恋に鼻で笑われた。
「まだお子様の君が、わかったようなことを言うんだね。まぁ、そんなんだから、時雨も―――」
恋は何かを言いかけて、そのまま視線を宙に浮かべた。
時雨も、のあとがいつまで経っても、続けられない。
「なに? 言いかけたなら教えてよ。時雨がなに?」
恋はあたしにまた、視線を戻すと、少し考えるようにあたしを見つめた。
ジッと恋を見つめるあたしに、恋は息を吐き出すように言った。
「だから、時雨もお遊びのように君にかまっているように見えたんだなって」
「お、遊び?」
あたしの胸がズキッと音を立てて、傷んだ。
「時雨の行動のどれもが、君が望むように計算されているように見えた。まるで僕たちみたいだなって思ったんだよ」
「僕たちって」
「うん、僕たちのようなホストみたいだなって」
恋は躊躇って言った割には、ズバッときつい言葉を軽く吐いた。
あたしの中で恋の言葉はズッシリと重みをもって、のしかかってくる。
「麦には、荷が重いんじゃない?」
「えっ?」
「君みたいな女子高生に、時雨との恋愛は上級者コース過ぎるでしょう?」
そう言われても、あたしには今、時雨しかいない。
彼以外との恋愛は、今のあたしには必要ないんだ。
必要に迫られた恋愛は、確かに荷が重すぎるぐらい簡単にいかない。
そのうえ、周りはあたしを追い詰めることしかしないんだ。
息苦しくなって、目の前のオレンジジュースを一気に喉に流し込んだ。
「ホストの才能って何だと思う?」
一気飲みしたあたしが、息を吐いたのと同時に、恋があたしに問いかけた。
「才能?」
―――女性に優しいこと?
―――甘い言葉が言えること?
いくつか思い浮かべるけれど、コレという答えが見つからなかった。
「ホストの才能はね、罪悪感を持たないことだよ」
「罪悪感を持たない―――?」
「罪悪感なんて一々、感じていたら仕事にならない。そんなものを感じなければ、機能的な仕事ができるでしょう?」
「恋さんは、罪悪感がないんですか?」
なにか薄ら寒いものを感じた。
「僕? ふふっ、罪悪感っていうよりも、僕はすべての感情に対して鈍いらしいよ。あんまり感情ってのがわからないんだ」
恋は笑みの欠片も映らない目で、あたしをとらえていた。
「こういうところは、時雨も僕も、よく似ているんだ」
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