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第2の章 終焉への階段
Ⅵ
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しばらく、一緒に過ごしても時雨という人間が少しもつかめていない。
あたしが、お子様だからなのか、時雨も本音で話しているようには見えなかった。
それなら、なんであたしと一緒にいるんだろう。
もう来るな、とあたしを拒絶してしまえば、あたしには術はなくなるのに。
あたしと時雨は一体、どこに向かっているんだろう。
「恋さんは時雨の過去を知っているんですか?」
あたしが訊くと、恋は一呼吸置いて、笑った。
「知らないよ。僕はそんなに、時雨に興味がないから」
サラリと口にする恋は、少し寂しそうに見えた。
「時雨の過去を知ることは、麦にとって意味があるの?」
意味?
あたしの頭に、ふと浮かぶのは、過去の光景。
---君に頼むよ
優しい掌があたしの頭頂部を包んだ。
「初恋」
不意に漏れてしまったあたしの言葉に、「えっ?」と恋が反応した。
「ううん、なんでもないです。あたしは、時雨という人をもっと理解したいんです。そのためには、きっと時雨の過去も知るべきなんじゃないかって思う」
恋は眉間にシワを寄せた。
「僕の中では麦がよくわからないのか、イマドキの高校生がわからないのか、どちらなんだろう」
「えっ?」
「だから、さっきから言ってるように、麦はちっとも時雨を好きじゃないってこと」
恋はあたしをジッと見つめて言った。
「麦は頭で、時雨を理解しようとしてる。そんな頭の中で、恋愛なんてできないよ」
恋の言葉は刃のように鋭く感じた。
「好きってなんですか?」
あたしの言葉に、恋は乾いた笑みを漏らす。
「だから、言ってるでしょう。僕には感情がないって。僕にもそんな難しいことはわからないんだよ」
*************************
気がつけば、預かった封筒を抱えて、時雨の店まで来ていた。
時雨とあたしの歪な関係。
このままでは、最後まで時雨はきっとあたしと本当の意味で向き合ってくれない。
わかっているのに、どうしたらいいのかわからない。
もしかしたら、あの人は「いいんだよ」と笑ってくれるかもしれない。
だけど、あたしはそれでいいのだろうか。
「時雨」
あたしの呼びかけに顔を上げた時雨はただ、穏やかに笑う。
本当の優しさなんて、そこにはないことをあたしだって理解している。
「恋さんに会って、預かったの」
時雨は首を傾げてあたしから封筒を受け取った。
器用そうな細く白い指が、かすかにあたしに触れた。
「まったく、君を使いっ走りのように使うなんて。今度、言っておきますよ」
困ったような彼のその言葉も、上滑りする優しさ。
「時雨」
どうにもならない衝動が静かに生まれた。
「どうしたら、あたしをみてくれるの?」
思ったよりもずっと切羽詰まった声が漏れた。
ゆっくり顔をあげた時雨は、眉をひそめて、あたしを見つめた。
「あたしは本当の意味で、時雨とちゃんと」
何かがこみ上げて来て、言葉に詰まった。
自分でも、よくわからない。
あたしは、あたしの目的のために、時雨に付き合う事を強要した。
だけど、浅はかなあたしは時雨と付き合っていたら、そのうちに時雨が変わるんじゃないかって思った。
何も信用していない、冷たい目をした時雨が、いつか温もりを持つ人へと。
だけど、しばらく一緒の時間を過ごしてわかった。
あたしは、とても浅はかなバカだったということを。
人は簡単に変わらないし、あたしが何も努力していないのに、どんな変化も起こるはずもなかった。
喉の奥に熱い塊が口から溢れそうなほど近くまで、こみ上げている。
言葉を失ったあたしは、堪らずに視線を床に落とした。
涙を流したら、またバカにされるって思った。
泣き落としに左右される人でもないし、もしここで泣いたら、それこそ捨てられそうな気がした。
あたしは、鉄の味が滲むほど唇をきつく噛んだ。
頭の上で、時雨の深いため息が聞こえてくる。
捨てられるわけにはいかない。
ここで関係を終わらせたくないって思っているのに、言葉が見つからなかった。
不意に、床しか見えなかったあたしの視界に、細長い指が見えた。
あたしの頬に伝う指が、顔を上げるように促していく。
見上げた先には、時雨の穏やかな笑みがあった。
時雨、と呼びかけようと口を開いたあたしは、そのまま何も言えなかった。
「一人で盛り上がって、君はどんなオママゴトを求めているんですか?」
時雨の深い落ち着いた声はさとすように、あたしに語りかける。
「君と私では、何にもなれない。何処へも行けない。年相応の恋愛をしなさい。遊びはここまでにしましょう」
あたしが、お子様だからなのか、時雨も本音で話しているようには見えなかった。
それなら、なんであたしと一緒にいるんだろう。
もう来るな、とあたしを拒絶してしまえば、あたしには術はなくなるのに。
あたしと時雨は一体、どこに向かっているんだろう。
「恋さんは時雨の過去を知っているんですか?」
あたしが訊くと、恋は一呼吸置いて、笑った。
「知らないよ。僕はそんなに、時雨に興味がないから」
サラリと口にする恋は、少し寂しそうに見えた。
「時雨の過去を知ることは、麦にとって意味があるの?」
意味?
あたしの頭に、ふと浮かぶのは、過去の光景。
---君に頼むよ
優しい掌があたしの頭頂部を包んだ。
「初恋」
不意に漏れてしまったあたしの言葉に、「えっ?」と恋が反応した。
「ううん、なんでもないです。あたしは、時雨という人をもっと理解したいんです。そのためには、きっと時雨の過去も知るべきなんじゃないかって思う」
恋は眉間にシワを寄せた。
「僕の中では麦がよくわからないのか、イマドキの高校生がわからないのか、どちらなんだろう」
「えっ?」
「だから、さっきから言ってるように、麦はちっとも時雨を好きじゃないってこと」
恋はあたしをジッと見つめて言った。
「麦は頭で、時雨を理解しようとしてる。そんな頭の中で、恋愛なんてできないよ」
恋の言葉は刃のように鋭く感じた。
「好きってなんですか?」
あたしの言葉に、恋は乾いた笑みを漏らす。
「だから、言ってるでしょう。僕には感情がないって。僕にもそんな難しいことはわからないんだよ」
*************************
気がつけば、預かった封筒を抱えて、時雨の店まで来ていた。
時雨とあたしの歪な関係。
このままでは、最後まで時雨はきっとあたしと本当の意味で向き合ってくれない。
わかっているのに、どうしたらいいのかわからない。
もしかしたら、あの人は「いいんだよ」と笑ってくれるかもしれない。
だけど、あたしはそれでいいのだろうか。
「時雨」
あたしの呼びかけに顔を上げた時雨はただ、穏やかに笑う。
本当の優しさなんて、そこにはないことをあたしだって理解している。
「恋さんに会って、預かったの」
時雨は首を傾げてあたしから封筒を受け取った。
器用そうな細く白い指が、かすかにあたしに触れた。
「まったく、君を使いっ走りのように使うなんて。今度、言っておきますよ」
困ったような彼のその言葉も、上滑りする優しさ。
「時雨」
どうにもならない衝動が静かに生まれた。
「どうしたら、あたしをみてくれるの?」
思ったよりもずっと切羽詰まった声が漏れた。
ゆっくり顔をあげた時雨は、眉をひそめて、あたしを見つめた。
「あたしは本当の意味で、時雨とちゃんと」
何かがこみ上げて来て、言葉に詰まった。
自分でも、よくわからない。
あたしは、あたしの目的のために、時雨に付き合う事を強要した。
だけど、浅はかなあたしは時雨と付き合っていたら、そのうちに時雨が変わるんじゃないかって思った。
何も信用していない、冷たい目をした時雨が、いつか温もりを持つ人へと。
だけど、しばらく一緒の時間を過ごしてわかった。
あたしは、とても浅はかなバカだったということを。
人は簡単に変わらないし、あたしが何も努力していないのに、どんな変化も起こるはずもなかった。
喉の奥に熱い塊が口から溢れそうなほど近くまで、こみ上げている。
言葉を失ったあたしは、堪らずに視線を床に落とした。
涙を流したら、またバカにされるって思った。
泣き落としに左右される人でもないし、もしここで泣いたら、それこそ捨てられそうな気がした。
あたしは、鉄の味が滲むほど唇をきつく噛んだ。
頭の上で、時雨の深いため息が聞こえてくる。
捨てられるわけにはいかない。
ここで関係を終わらせたくないって思っているのに、言葉が見つからなかった。
不意に、床しか見えなかったあたしの視界に、細長い指が見えた。
あたしの頬に伝う指が、顔を上げるように促していく。
見上げた先には、時雨の穏やかな笑みがあった。
時雨、と呼びかけようと口を開いたあたしは、そのまま何も言えなかった。
「一人で盛り上がって、君はどんなオママゴトを求めているんですか?」
時雨の深い落ち着いた声はさとすように、あたしに語りかける。
「君と私では、何にもなれない。何処へも行けない。年相応の恋愛をしなさい。遊びはここまでにしましょう」
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