20 / 23
第2の章 終焉への階段
Ⅶ
しおりを挟む
「遊びはここまでにしましょう」と時雨が言った。
それは二人の関係の終わりを示していた。
目の前が真っ暗になった。
こんな遠いところまで遥々来て、簡単に終わらせてしまう自分が不甲斐なくて、情けなくて。
こみ上げて来た気持ちが崩壊して、あたしの頬を涙がひとひら、零れ落ちた。
目の前の女が泣いたって顔色ひとつ変えずに微笑む時雨は、とても異様なものに見えた。
このまま、口を噤んだら、確実にあたしと時雨の関係は本当に終わってしまう。
あたしの背中を、何かが押した。
「あたしを抱いて」
自分の思考も分からず、飛び出た言葉は、自分でもよく理解できなかった。
だけど、時雨の笑みが歪んだのをみて、少しホッとした。
彼の中で少しでも感情が動いたら、あたしがここにいると感じられる気がした。
だけど、あたしにとっては爆弾発言だったにもかかわらず、上手の時雨はすぐに表情を戻した。
「冗談を言ってないで、さっさと帰りなさい」
諭すような兄のように---あたしをカケラも心配していないのに、心にもない言葉を取り繕う。
そこに、あたしの存在が無いような。
虚無感が、一気に足元からこみ上げてくる。
「---本気だから。あたしは、そういう関係でも良い」
引けない思いがあたしを急き立てる。
遠くに伸ばした手で、グィッと時雨の襟元を掴んだ。
二人を隔てる身長差を超えるように、時雨を強引に引き寄せた。
驚いたのか、されるがままの、時雨の唇にキスをした。
重ねたソレからは、何も熱を感じなかった。
一瞬でも躊躇ったら、それで終わってしまう底闇のような恐怖観念が、あたしを覆い尽くしてしまいそうだった。
呼吸すらできなくなる前に、あたしは足掻くしかなかった。
滑らせた手で、時雨のズボンのチャックに手をかけた。
硬い留め具がなかなか外せなくて、泣きそうだった。
二人しかいないその場所には、カチカチと無駄な音だけが響く。
ようやくパチっと外れたボタンに、素直に「外れた」と声に出してしまった。
色気のカケラもないあたしに、時雨がクスッと笑った。
その笑みに見惚れたあたしを、時雨が引き寄せる。
2度目のキスは軽く触れるものではなくて、唇の隙間から熱が差し込まれた。
絡みとられる舌を、応えようと必死になった。
酸欠になりそうなほど夢中になった頃、ようやく時雨が離れた。
イヤラしく、二人の口と口を繋ぐ糸。
いつのまにか腰にカウンターがぶつかっていた。
時雨が狭いカウンターにあたしを押し倒した。
この先を想像するだけで、息が止まりそうだ。
時雨の指があたしの胸元を開いて、赤い蕾に触れた。
初めて他人があたしに、触る。
肌を伝う指の感覚が、妙に生々しく感じられた。
---何をしているんだ、あたし。
勢いのままに流れてきた今が、突然、現実だと突きつけられた。
我に返って認識した今は、あまりにも途方のないものだった。
俯瞰で見たあたしたちの構図が頭に浮かんで、不意に浮かんだのは嫌悪感だった。
考えるよりも先に「イヤっ」と、時雨の手を振り払った。
あたしを見下ろしていた時雨は、今は少しも笑っていなかった。
冷えた視線に焦って、「ごめんなさいっ、そういうことじゃなくて」と早口でまくし立てた。
時雨は黙ったまま、あたしの腕を掴んで、起こした。
「待って。あたしは」
途切れそうな今を引き延ばしたくて紡いだ言葉は、時雨の言葉にかき消された。
「だから、嫌なんですよ。処女は」
ハッとして見つめた時雨は、口元だけ笑って言った。
「お遊びはおしまいと、言ったでしょう。せめて、処女を捨ててから出直してきなさい」
時雨は綺麗な、残酷な笑みで、あたしを切り捨てた。
すべてが崩れた音がした。
それは二人の関係の終わりを示していた。
目の前が真っ暗になった。
こんな遠いところまで遥々来て、簡単に終わらせてしまう自分が不甲斐なくて、情けなくて。
こみ上げて来た気持ちが崩壊して、あたしの頬を涙がひとひら、零れ落ちた。
目の前の女が泣いたって顔色ひとつ変えずに微笑む時雨は、とても異様なものに見えた。
このまま、口を噤んだら、確実にあたしと時雨の関係は本当に終わってしまう。
あたしの背中を、何かが押した。
「あたしを抱いて」
自分の思考も分からず、飛び出た言葉は、自分でもよく理解できなかった。
だけど、時雨の笑みが歪んだのをみて、少しホッとした。
彼の中で少しでも感情が動いたら、あたしがここにいると感じられる気がした。
だけど、あたしにとっては爆弾発言だったにもかかわらず、上手の時雨はすぐに表情を戻した。
「冗談を言ってないで、さっさと帰りなさい」
諭すような兄のように---あたしをカケラも心配していないのに、心にもない言葉を取り繕う。
そこに、あたしの存在が無いような。
虚無感が、一気に足元からこみ上げてくる。
「---本気だから。あたしは、そういう関係でも良い」
引けない思いがあたしを急き立てる。
遠くに伸ばした手で、グィッと時雨の襟元を掴んだ。
二人を隔てる身長差を超えるように、時雨を強引に引き寄せた。
驚いたのか、されるがままの、時雨の唇にキスをした。
重ねたソレからは、何も熱を感じなかった。
一瞬でも躊躇ったら、それで終わってしまう底闇のような恐怖観念が、あたしを覆い尽くしてしまいそうだった。
呼吸すらできなくなる前に、あたしは足掻くしかなかった。
滑らせた手で、時雨のズボンのチャックに手をかけた。
硬い留め具がなかなか外せなくて、泣きそうだった。
二人しかいないその場所には、カチカチと無駄な音だけが響く。
ようやくパチっと外れたボタンに、素直に「外れた」と声に出してしまった。
色気のカケラもないあたしに、時雨がクスッと笑った。
その笑みに見惚れたあたしを、時雨が引き寄せる。
2度目のキスは軽く触れるものではなくて、唇の隙間から熱が差し込まれた。
絡みとられる舌を、応えようと必死になった。
酸欠になりそうなほど夢中になった頃、ようやく時雨が離れた。
イヤラしく、二人の口と口を繋ぐ糸。
いつのまにか腰にカウンターがぶつかっていた。
時雨が狭いカウンターにあたしを押し倒した。
この先を想像するだけで、息が止まりそうだ。
時雨の指があたしの胸元を開いて、赤い蕾に触れた。
初めて他人があたしに、触る。
肌を伝う指の感覚が、妙に生々しく感じられた。
---何をしているんだ、あたし。
勢いのままに流れてきた今が、突然、現実だと突きつけられた。
我に返って認識した今は、あまりにも途方のないものだった。
俯瞰で見たあたしたちの構図が頭に浮かんで、不意に浮かんだのは嫌悪感だった。
考えるよりも先に「イヤっ」と、時雨の手を振り払った。
あたしを見下ろしていた時雨は、今は少しも笑っていなかった。
冷えた視線に焦って、「ごめんなさいっ、そういうことじゃなくて」と早口でまくし立てた。
時雨は黙ったまま、あたしの腕を掴んで、起こした。
「待って。あたしは」
途切れそうな今を引き延ばしたくて紡いだ言葉は、時雨の言葉にかき消された。
「だから、嫌なんですよ。処女は」
ハッとして見つめた時雨は、口元だけ笑って言った。
「お遊びはおしまいと、言ったでしょう。せめて、処女を捨ててから出直してきなさい」
時雨は綺麗な、残酷な笑みで、あたしを切り捨てた。
すべてが崩れた音がした。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる