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第2の章 終焉への階段
Ⅷ
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息をするって動作する忘れたあたしは、もう生きていることすら困難で。
グルグルと地面が揺れるのを感じながら、真っ直ぐに歩いている自信もなかった。
「ごめんなさい」と繰り返し、ぶつぶつと呟くあたしに、近づく人は誰もいない。
暗くなった繁華街は、昼間とは逆にネオンが輝きを増していく。
静まり返った昼間と逆の喧騒の中で、あたしは孤独を感じていた。
すべてが無くなってしまった。
「本当に阿呆やな」
地面と自分の足しか見えなかった視界に、もう一組の足があたしと向かい合うように飛び込んできた。
「余計なことはしはるな、といったやろう」
苛立ったような声音の京都弁があたしを責め立てる。
聞きなれたその声に、申し訳ないという想いが込み上げてきて顔を上げることもできない。
「ごめんなさい」
声はかすれていて、まともに音にならなかった。
彼の声に安心したのか、声を上げて本格的に泣き出したあたしに、彼はジッと立ち止まったままだった。
繁華街のど真ん中だとか、そんなことどうでもよかった。
あたしは、ごめんなさい、と繰り返し、嗚咽を漏らす。
「麦」
しばらくして名前を呼んでくれた声に、あたしは反応もできずに泣いた。
「麦、泣いていていいから、よお、聞け」
ジャリッとアルファルトと小石の摩擦音がして、あたしと彼の距離が縮まる。
「あいつらは、麦にこないなことをさせたいわけではあらへん」
わかっとるやろ? と問いかけられて、あたしは頷くことはできなくても、わかっていた。
「ほんでも、麦の無鉄砲さはわかとったつもりやった。それを、放置したんは俺や」
吃逆をあげながら、そろそろと顔を上げたあたしと目があったのは、あたしの保護者。
「青磁兄」
「何があったか、ではおまへんな。何をどうしたのか教えろ」
有無を言わせない命令の言葉はあたしへの慈しみを感じて、あたしはまた泣いた。
***************************
寒空の公園のベンチに腰かけて、あたしはギュッと自分の手を握っていた。
ポツリポツリと呟くように、話したのは数週間の出来事。
まるで遠い国の物語のように、自分で話しているのに、どこか遠くに聞こえる。
「いまさら過去を責めてもどうもならへんとわかっとる。ほんでも、いっぺん、言うたってえぇか?」
最後まで静かに聴いていた青磁兄が、あたしをジッと見つめて言った。
「麦の無鉄砲さを、あいつら知ったら悲しむやろな」
冷静にもたらされた言葉は怒鳴られるよりも、ずっと胸に突き刺さった。
「麦、もうあいつから手を引け」
青磁兄の手があたしの肩に触れた。
「好いてへん男なら、まだ後戻りできるやろ」
好きだとか、嫌いだとか。
ずっと責め立てられるように、突き付けられる感情は、あたしには理解のできるものじゃない。
処女だとか、本気だとか、なんでこんなに攻めてられるのかわからない。
耳をふさぎたいのに、あたしの望みは聞かないふりをしたら、きっと二度と手に入らない。
「青磁兄。あたしは時雨を忘れられるの?」
目をつむれば時雨の立ち姿が、見える。
耳を澄ませば、時雨の穏やかな声が聞こえる。
「どうしたらいいかわからない。時雨が消えないのに、あたしはどうしたらいいの?」
「やっぱり麦は阿呆や」
切羽詰まったあたしの声に、青磁兄は深くため息をついた。
「こないなはずやなかった。ちょい麦の保護者しはるってだけやったん。なんやってこないな難儀なことに巻き込まれとるんや」
「ごめんな―――」
「もう謝るな」
あたしのことを遮った青磁兄から苛立ちを感じて、唇をかんだ。
「麦、いいか。俺はこないなことには反対や。せやかて、麦を放置しはるほうが危険やってよう、わかった」
「青磁兄?」
青磁兄を見ると、仕方ないというように、クシャって苦笑して笑う。
「まったく、穴だらけの作戦でよお、あの男の前に出たもんかて思うよ。少しの間だけでも、あいつの傍にいられたんなんて奇跡や」
「うん」
「ほんまはよう、やめてほしい」
「うん」
「せやかて、これ以上、傷ついてほしくない」
「―――青磁兄?」
「やから、これをやる」
差し出されたのは一枚の写真。
映された3人の姿に、あたしは目を見開いた。
「これって」
「あの男を脅すなんて馬鹿げとる」
「青磁兄―――」
「馬鹿なことに手を貸す俺も馬鹿や。何をしたはるんやろうな」
自嘲気味の言葉に、あたしは視線をさまよわせる。
馬鹿なことをさせているのは紛れもない自分自身だ。
「えぇか。その写真があれば、とりあえずあの男の傍に戻れるはずや」
「うん。―――わかる」
この写真は過去に見たことがあったから、きっとこの写真が時雨にもたらす影響もわかっていた。
映し出された今は亡き人を時雨は、忘れてはいないだろう。
「これで麦はもう一度、あの男の傍に行ける」
「うん」
「せやかて、一つやけ約束してくれ」
「―――ん?」
「あいつらから預かった大切な麦を傷つけるわけにはいかへん。頼むから自分を大事にしいや」
協力するとは言わない、と青磁兄は言った。
だけど協力をしないで、あたしが傷つくことを見過ごすことはできない、と。
ごめんなさい、と続けようにも、青磁兄はあたしの謝罪を目で殺した。
「馬鹿や。ほんまに」
その言葉が誰に向けられたものなのか、わからなかった。
「なんで、あないな男を好きになるんや」
青磁兄の呟きにあたしは何も言えなかった。
この期に及んで、あたしの感情に、あたしはまだ名前を付けることができなかった。
グルグルと地面が揺れるのを感じながら、真っ直ぐに歩いている自信もなかった。
「ごめんなさい」と繰り返し、ぶつぶつと呟くあたしに、近づく人は誰もいない。
暗くなった繁華街は、昼間とは逆にネオンが輝きを増していく。
静まり返った昼間と逆の喧騒の中で、あたしは孤独を感じていた。
すべてが無くなってしまった。
「本当に阿呆やな」
地面と自分の足しか見えなかった視界に、もう一組の足があたしと向かい合うように飛び込んできた。
「余計なことはしはるな、といったやろう」
苛立ったような声音の京都弁があたしを責め立てる。
聞きなれたその声に、申し訳ないという想いが込み上げてきて顔を上げることもできない。
「ごめんなさい」
声はかすれていて、まともに音にならなかった。
彼の声に安心したのか、声を上げて本格的に泣き出したあたしに、彼はジッと立ち止まったままだった。
繁華街のど真ん中だとか、そんなことどうでもよかった。
あたしは、ごめんなさい、と繰り返し、嗚咽を漏らす。
「麦」
しばらくして名前を呼んでくれた声に、あたしは反応もできずに泣いた。
「麦、泣いていていいから、よお、聞け」
ジャリッとアルファルトと小石の摩擦音がして、あたしと彼の距離が縮まる。
「あいつらは、麦にこないなことをさせたいわけではあらへん」
わかっとるやろ? と問いかけられて、あたしは頷くことはできなくても、わかっていた。
「ほんでも、麦の無鉄砲さはわかとったつもりやった。それを、放置したんは俺や」
吃逆をあげながら、そろそろと顔を上げたあたしと目があったのは、あたしの保護者。
「青磁兄」
「何があったか、ではおまへんな。何をどうしたのか教えろ」
有無を言わせない命令の言葉はあたしへの慈しみを感じて、あたしはまた泣いた。
***************************
寒空の公園のベンチに腰かけて、あたしはギュッと自分の手を握っていた。
ポツリポツリと呟くように、話したのは数週間の出来事。
まるで遠い国の物語のように、自分で話しているのに、どこか遠くに聞こえる。
「いまさら過去を責めてもどうもならへんとわかっとる。ほんでも、いっぺん、言うたってえぇか?」
最後まで静かに聴いていた青磁兄が、あたしをジッと見つめて言った。
「麦の無鉄砲さを、あいつら知ったら悲しむやろな」
冷静にもたらされた言葉は怒鳴られるよりも、ずっと胸に突き刺さった。
「麦、もうあいつから手を引け」
青磁兄の手があたしの肩に触れた。
「好いてへん男なら、まだ後戻りできるやろ」
好きだとか、嫌いだとか。
ずっと責め立てられるように、突き付けられる感情は、あたしには理解のできるものじゃない。
処女だとか、本気だとか、なんでこんなに攻めてられるのかわからない。
耳をふさぎたいのに、あたしの望みは聞かないふりをしたら、きっと二度と手に入らない。
「青磁兄。あたしは時雨を忘れられるの?」
目をつむれば時雨の立ち姿が、見える。
耳を澄ませば、時雨の穏やかな声が聞こえる。
「どうしたらいいかわからない。時雨が消えないのに、あたしはどうしたらいいの?」
「やっぱり麦は阿呆や」
切羽詰まったあたしの声に、青磁兄は深くため息をついた。
「こないなはずやなかった。ちょい麦の保護者しはるってだけやったん。なんやってこないな難儀なことに巻き込まれとるんや」
「ごめんな―――」
「もう謝るな」
あたしのことを遮った青磁兄から苛立ちを感じて、唇をかんだ。
「麦、いいか。俺はこないなことには反対や。せやかて、麦を放置しはるほうが危険やってよう、わかった」
「青磁兄?」
青磁兄を見ると、仕方ないというように、クシャって苦笑して笑う。
「まったく、穴だらけの作戦でよお、あの男の前に出たもんかて思うよ。少しの間だけでも、あいつの傍にいられたんなんて奇跡や」
「うん」
「ほんまはよう、やめてほしい」
「うん」
「せやかて、これ以上、傷ついてほしくない」
「―――青磁兄?」
「やから、これをやる」
差し出されたのは一枚の写真。
映された3人の姿に、あたしは目を見開いた。
「これって」
「あの男を脅すなんて馬鹿げとる」
「青磁兄―――」
「馬鹿なことに手を貸す俺も馬鹿や。何をしたはるんやろうな」
自嘲気味の言葉に、あたしは視線をさまよわせる。
馬鹿なことをさせているのは紛れもない自分自身だ。
「えぇか。その写真があれば、とりあえずあの男の傍に戻れるはずや」
「うん。―――わかる」
この写真は過去に見たことがあったから、きっとこの写真が時雨にもたらす影響もわかっていた。
映し出された今は亡き人を時雨は、忘れてはいないだろう。
「これで麦はもう一度、あの男の傍に行ける」
「うん」
「せやかて、一つやけ約束してくれ」
「―――ん?」
「あいつらから預かった大切な麦を傷つけるわけにはいかへん。頼むから自分を大事にしいや」
協力するとは言わない、と青磁兄は言った。
だけど協力をしないで、あたしが傷つくことを見過ごすことはできない、と。
ごめんなさい、と続けようにも、青磁兄はあたしの謝罪を目で殺した。
「馬鹿や。ほんまに」
その言葉が誰に向けられたものなのか、わからなかった。
「なんで、あないな男を好きになるんや」
青磁兄の呟きにあたしは何も言えなかった。
この期に及んで、あたしの感情に、あたしはまだ名前を付けることができなかった。
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