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第十二話 ある社畜冒険者の長い一日

① ジャンさん達と一緒に探索

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「はっ…はっ…はっ…はっ…」

 突然だが、私は<次元迷宮>のとある白色区域を走っていた。

「はっ…はっ…はっ…はっ…」

 最近は陽葵さんの教育係としての仕事があったため、こんな風に疾走しながら階層の探索を行うことは(陽葵さんがまず追いついて来れないため)休止していたのだが。
 今、私は存分にそれを行っている。
 では陽葵さんはどうしているのかと言うと、彼は今日探索をお休んでいて、そもそも迷宮の探索に来ていない。
 ならば、私は独りで探索をしているのか――と言えば、それも違う。

「はっ…はっ…はっ…………ふぅ――」

 その階層にいた最後の魔物を倒した私は、一息入れてから“仲間”の居る場所に戻る。

「……どうでしょう、少しは参考になりましたでしょうか?」

 そして、そこで私を待っていた仲間――ジャンさん達に話しかけた。



 少々説明に文面を割くことをご容赦願いたい。
 本来、今日はジャンさん達と共にパーティーとしての行動を陽葵さんに学ばせる予定だったのだ。
 しかし、直前になって陽葵さんは体調を崩してしまい――かといってこちらから共同探索をお願いしていたというのに無碍に辞退するという不義理を犯すわけにもいかず。
 結局、私一人でジャンさん達と一緒に迷宮を探索する形に落ち着いた。
 お互いの迷宮探索に関するノウハウを教えあう、勉強会のようなものだ。


 ……正直な話をさせて貰うならば。
 体調を崩したわりに、陽葵さんは妙にそわそわしていたり、今日が来るのを楽しみにしていたり。
 一方で今日の朝、陽葵さんの調子を見に行った際に出会ったリアさんが、化粧を施した上でスカート姿という妙に小奇麗な格好をしていたり。

 ――これらの事象を目の当たりにして、ピンと来ない程、私はにぶく無い。
 陽葵さん、私の知らないところでリアさんと色々上手くやっていたらしい。

 デートを予定していたのであれば素直にそれを伝えてくれれば良かったのに――とも思うが、年頃の男の子が気になる女の子とのデートを他人に伝えるのはそう容易なことでは無いだろう。
 なので、私は彼らの変化に気づかない振りをすることにしたのだ。
 ただ、陽葵さんの想いが成就することを祈るのみである。
 ……まあ、人との約束を土壇場で反故にしたことへの罰は、後日(陽葵さんの身体に)教え込むことにしよう。


 閑話休題。


 ともあれ、私が先程まで走っていたのもその勉強会の一環。
 私達が現在いる階層は、高台のような場所があり、そこからなら階層全体が見渡せる構造となっている。
 そこで、ジャンさん達にはその高台で待機して貰い、私がいつもやっている探索の様子を見せていたわけなのだが――

「――ど、どうと言われても」

 ジャンさんは困り顔。

「……えーと、何だろう。
 ……よく分からない」

 コナーさんも、困惑していた。

「んー、なんていうの、クロダ君がやってる一つ一つの行動は凄く“普通”なのに、その行動の結果は“普通から逸脱”してる……って感じ?」

 エレナさんからは一応感想を貰えたのだが――どうにも要領の得ないもののように感じる。
 しかし、他の二人は違ったようだ。

「そうかそれだ!
 行動の普通さと結果の凄さが釣り合わないから、違和感が半端ねぇんだ!!」

「……クロダさんの探索風景を見て感じた気持ち悪さの原因はそこだね」

 合点いったようにエレナさんへ賛同する、ジャンさんとコナーさん。
 今度は私の方が戸惑ってしまう。

「そ、そんなに変ですか、私の探索は?」

 私の投げかけた問いに、3人は次々に意見をぶつけてくる。

「だってクロダさん、ロープの上でも断崖絶壁でも、平らな場所でするのと同じ姿勢で走るんだもんなぁ」

「足を踏むのに適切な地点さえ把握してしまえばそう難しいものでも無いですよ」

 一見不安定な場所に見えても、的確な場所を足の着地点に選ぶことで、安定した移動が実現するのである。

「……ただ走ってるだけなのに、魔物に全然気づかれないしね。
 ……魔物の後ろを簡単にとったり、平気な顔で横をすり抜けたり」

「各魔物の知覚範囲と行動の癖を覚えてしまえば、誰でもできることですよ」

 魔物がこちらに気づくギリギリの距離を見切って移動したり、<射出>で石を飛ばしてそちらに注意を向かせたりすれば、魔物達に気づかれず移動することも容易である。

「んー、スライムみたいな物理ダメージが通じない魔物も矢で倒してたよね。
 マジックアイテムでも何でもないやつで」

「ああ、スライムを代表とするゲル状の魔物には、大抵の場合、核が存在するのです。
 視認はしにくいので、場所の特定は難しいですけれども」

 それを射抜いてしまえば、通常の矢で問題なく倒せる。

 どの場合にしも、行動実行に必要な情報を収集するのに時間はかかるが、一度やり方が分かってしまえばあとはそれを繰り返すだけだ。
 ――と、一応それぞれに対して私なりの回答を行ったのだが……

「………」

「………」

「………」

「……あの、皆さん?」

 沈黙が訪れてしまった。
 三人は顔を見合わせ、一つこくりと頷くと、

「「「結論。
 クロダさん(君)の行動は参考にならない」」」

「なんと!?」

 異口同音に同じことを言ってきたのであった。



 ――その少し後。

「……そんなに役に立ちませんかね、私」

「んー、まだ引きずってるの、クロダ君?」

 3人からのダメ出しを受け、気落ちしている私にエレナさんが話しかけてきた。

「気にする必要ねぇってクロダさん。
 要はクロダさんの技術がハイレベル過ぎて、俺らじゃ真似できないってだけなんだから」

「……寧ろ、リスペクトは高まった」

 ジャンさんとコナーさんもフォローをしてくれた。
 ……人の気遣いが心に沁みる。

 ジャンさんはなおも続けてくれた。

「ホントホント、ヒナタが羨ましい位だよ」

「……あ、バカっ」

 コナーさんが嗜めるも時既に遅く。
 ……ジャンさんは“地雷”を踏んでしまった。

「……ふーん?
 残念だったねー、ヒナタ君が来れなくって?」

 途端に目が座り、ドスのある声へと変貌するエレナさん。
 この前の宴会の後から、エレナさんの前で彼ら二人がヒナタさんの話題を出すと、すこぶる機嫌が悪くなるのだ。
 ……まあ、気になっている男性が、男相手に組んず解れずしようとしてる場面に出くわせば、心も荒もうというものか。

「ちょっと待て!?
 言ってないぞ!
 俺、今そんなこと言ってないよな!?」

 ジャンさんが必死の言い訳を試みるも、

「――はんっ」

 それを鼻で嗤うエレナさん。
 彼らの間に出来た溝は、深く、暗い。

「あ、あーっ!!
 ほら見ろ、この階層のゲートに到着だ!
 さ、次の階層に行こうぜ、なっ!?」

 ちょうど見えてきたゲートをダシにして、何とか場を繕うとするジャンさん。
 エレナさんも、余りやり過ぎると探索自体に支障が生じてしまうと考えたからか、少し態度を軟化させた。

「んー、そうだねー。
 ここの階層には何度も来てるんだから、別に取り立てて騒ぐ程でも無いよねー」

「……ぐっ」

 しかしそれでも言葉に棘がある。
 ジャンさんはその棘の痛みを何とか堪えつつ、

「じゃ、じゃあ、次の階層行くぞ!
 ほら、遅れんなよ皆!」

 宣言してから、ゲートに入ろうとする……が。

「んん?
 なんか調子おかしくない?」

 エレナさんからそんな指摘が入った。
 それを聞いて、ゲートを確認すると――

「………これは!?」

 ゲートが――空間の歪が、いつになく脈動している。
 ……この現象、私には心当たりがあった。

「――いけないっ!!」

 慌ててジャンさんの腕を掴む私。

「おっと、どうしたんだ、クロダさん」

 しかし時すでに遅く、ジャンさんはゲートの中へ片腕を突っ込んでいた。
 ――いや、彼が入ったタイミングでゲートが暴走しだした、と考えた方がいいのか。

「ジャンさん、ゲートから腕を抜くんです!
 このゲート、“暴走”してます!!」

「はぁっ!?」

 ――ゲートの“暴走”。
 次元迷宮の階層間を繋ぐゲートは通常、ある特定の地点間を転移させる機能を持つ。
 しかし稀に、いつもとは異なる行先に飛ばされることがある。
 それが、“暴走”である。
 転移先は完全にランダムであり、深い階層や危険な階層に飛ばされようものなら――生きて帰ることはまずできない。

 だがこの現象は、<次元迷宮>の奥――黄色区域や赤色区域でこそ報告例はあるものの、白色区域のような浅い場所で起きた前例は無かったはず。
 何故こんなところで――!?

「――だ、ダメだ、クロダさん!
 全然引き抜けねぇ――っていうか、引き込まれてる!?」

「引き込まれている!?」

 私の警告にジャンさんはゲートから脱出しようとするが――それは叶わない様子。
 寧ろ、彼の意に反して少しずつゲートへと身体が沈んでいく。

 ……そんな馬鹿な!?
 ゲートに引きずり込まれるなど、聞いたことも――!

「ジャン君!!」

「……ジャンっ!!」

 事態を理解したエレナさんとコナーさんが悲鳴を上げる。
 ゲートの暴走に遭遇する冒険者は少ないものの、その危険性についてはギルドから十分にレクチャーされているのだ。

 ――どどど、どうする!?
 どうすればいいっ!!?
 このままではジャンさんが――!!

「――クロダ君、<射出>!!」

「……は? 
 ……!! そ、そうか!!」

 エレナさんの言葉に、私はまだ手があることを思い出した。
 ジャンさんの腕をもう一度しっかり握り、

「ジャンさん! 少し痛いですよっ!!」

「へ? って、うぉおおお―――!?」

<射出>を使用して、私はジャンさんの身体を投げ飛ばた。

<射出>の魔法は基本的に矢を飛ばして攻撃を行うものなのだが、熟練度を高めると武器や石等、矢以外の物も飛ばすことができる。
 これは、以前にも説明したことと思う。
 そして、<射出>の熟練度をさらに極めることにで、このスキルで『人を飛ばす』ことすら可能となるのだ。
 もっとも、生物に<射出>をかけるのは相手に抵抗される可能性も高く、なかなか難しい使用方法なのだが――今回の場合、ジャンさんの冒険者レベルが低かったため、上手く成功したようだ。

 ……はて。
 だがこの使い方をエレナさんはいつ知ったのだろう?
 彼女にこのことを話したことがあっただろうか。

「ぐはぁっっ!!」

 そんな私の考えは、ジャンさんの叫びでかき消された。
 <射出>によって飛ばされた彼は、ゲートとは反対側の壁に激突したのだ。

「ぐ、があぁぁ……せ、背中が……びたーんって……」

 痛さにのたうち回るジャンさん。
 だが、とにかくゲートの暴走からは脱出できた。

 実のところ、<射出>を使っても抜け出せるかどうかは五分であった。
 ゲートに捕らわれた腕が千切れる恐れもあったのだが……幸い、今のジャンさんは五体満足である。

「……ふぅ、何とかなりましたね」

 私は安堵の息を吐く。
 <射出>によって身体を強打されたジャンさんの怪我が気になるが、それもコナーさんの加護で治療できるだろう。
 この現象が起きた原因についても気になるが、それはギルドに報告してあちらで究明してもらえば――

「――クロダ君っ!!」

 エレナさんの、悲鳴が響いた。
 彼女の方を見れば……私の方の足元を指さしている?

「何が…っっ!?」

 ……私の足が、ゲートに取り込まれていた。

「何だ、これはっ!?」

 私とゲートの間には十分な距離があったはず。
 そう考えている間にも、私の足はゲートに沈んでいき――

「ゲートが、広がっている!?」

 そこでようやく私は気づいた。
 今の私はゲートに引き込まれているのではなく、拡大するゲートに飲み込まれようとしているのだと。

 ――想定外な出来事が多すぎる!
 ゲートが大きくなる等、それこそ聞いたことが無い!

「……クロダさんっ!」

 コナーさんが、慌てて私に近づいてくる。
 私も気が動転しそうになるのを何とか抑え、それを手で制する。

「いけません、コナーさん!
 近寄れば、貴方もゲートに取り込まれることになる!」

「……で、でもっ…!」

「ギルドに、報告して下さい!
 ゲートの暴走に巻き込まれたとしてもすぐ死ぬわけではありませんし、上手くすれば救助隊を派遣してくれるかも…」

 ……浅い階層でゲートが暴走してしまった理由は調査されるだろうが、一介の冒険者に過ぎない私に対して救助隊は、まず派遣等されないだろう。
 とはいえ、そうでも言わないと、彼はこちらへ飛び込んでくる勢いだったのだ。

 ――そしてそんなやり取りの間に私の体の大半はゲートの中に入ってしまった。
 転移も、じき始まるだろう。

 一体どこへ飛ばされるのか。
 危険な階層で無いことを祈るばかりだ。

 ――と、そこへ。

「クロダ君っ!!」

「え?」

 エレナさんが、ゲートに入ってきた。
 いや、ちょっと待って、それはまずいっ!!

「……エレナっ!?」

「え、エレナ!!」

 コナーさんと、遅れて状況を把握したジャンさんが悲鳴を上げる。

「何を考えているのですか!」

「報告ならジャン君とコナー君で十分でしょ!
 ボクはクロダ君についてくよっ!」

「そんなっ!!」

 身体のほとんどがゲートに取り込まれてしまった私に、この状況を解決する手段等持っていない。
 彼女を叱る時間すら無く、私とエレナさんは転移されていった。



 そして私達が辿り着いたのは――

「――なんか気持ち悪い所だねー」

 周囲を見渡して、エレナさんが呟く。
 そこは、内臓のように生々しくてかり、生物のように蠢く『壁』や『天井』で構成された階層であった。
 ……いや、本当に生物なのかもしれないが。

 ともあれ私は、突如見知らぬ場所へと来てしまったエレナさんを安心させるべく、言葉をかける。

「あわ、あわ、あわ、慌てててはいかません!
 ウィンガスト冒険者は慌てない!!」

「いや、クロダ君がまず落ち着こうよ」

 逆に彼女からつっこみを貰ってしまった。
 私の方がエレナさんより慌てているらしい。

 そう、深呼吸。
 深呼吸をして落ち着かなければ!

「ひっひっふー……ひっひっふー……」

「いやなんでラマーズ法してんの。
 大丈夫、キミ?」

 若干呆れたような口調でエレナさん。
 こんな事態になったというのに、案外動じない人である。

「ず、随分と落ち着いていますね、エレナさん」

「いや、慌てようとしたんだけどね?
 ボクよりずっと気が動転してる人が隣にいるから、かえって冷静になっちゃったというか」

「うっ!
 ……そ、そうでしたか」

 そう言われると申し訳なさでいっぱいになる。
 首を垂れる私に、エレナさんが続けて話しかけてきた。

「んんー、話には聞いてたけど、クロダ君、本当にこういう想定外な事態に弱いんだねー。
 ここまで動揺してるキミを見るの、初めてだよ」

「お、お恥ずかしいところを…」

「んー、まあいいんだけどね。
 誰にだって苦手なモノはあるんだし」

 エレナさんはここで一旦言葉を区切ってから。

「……で、これからどうしよっか。
 ここでじっとして、救助を待つっていうのは……」

「……厳しいでしょうね。
 暴走したゲートで転移した人を見つけるなど、一流どころの冒険者でも容易では無いでしょうから」

「だよねー」

 コナーさんにはああ言ったが、先述した通り救助は様々な理由で期待できない。
 つまり。

「んー、自力で脱出するしかない?」

「……はい」

 エレナさんの言葉に、首肯で返した。
 非常に厳しい現実を説明したわけだが、彼女もそれは納得していたのか、慌てる様子は無い。
 本当に大した方だ。
 私は彼女の爪の垢でも飲んだ方がいいかもしれない。
 ……まあ、今までの彼女とのアレやコレやで、垢の一つや二つ既に飲み込んでいるだろうけれども。

 そんなお馬鹿な考えは置いといて。

 私達は、脱出方法について検討しだす。
 とはいえそれ程話し合える内容があるわけでも無く。
 結局、歩いてこの階層のゲートを見つけるしかない、という結論に落ち着いた。

 そこでエレナさんは難しい顔をして、一度うーんと唸ってから、

「でも、ボクもキミも<魔法使い>なんだよねー。
 移動するにしても、トラップとかどうしよう?
 クロダ君、なんかそういうのに役立つスキル持ってたりする?」

「スキルは持っていませんが……罠に対処するアテならあります」

「え、ホント!?
 なになにっ!?」

「……漢探知おとこたんちです」

 不安要素を口にするエレナさんに、私は精一杯力強く告げた。




「ぬぉおおおおおおおおっ!!?」

「ぎゃぁあああああああっ!!?」

「ほげぇえええええええっ!!?」

「ふぼぉおおおおおおおっ!!?」

 迷宮に、私の悲鳴が木霊する。

 ――漢探知。
 自ら率先して罠に引っかかることで仲間の安全を確保するという、耐久力の高い冒険者が持つ迷宮探索の最終手段だ。
 脳筋プレイとも言う。
 良い子は――いや、良い子でなくとも命が惜しければ決して真似をしてはならない、禁断の探知術である。

「げほっ、ごほっ、がはっ」

「だ、大丈夫?
 ほら、ポーション飲んで」

「す、すみません」

 エレナさんから受け取ったポーションをがぶ飲みする。
 落とし穴、水責め、棘飛び出し、毒ガス、金ダライと、幾つもの罠で私はズタボロになっていた。
 当然の話であるが、こんな頭の悪い行軍をすれば身体へのダメージは相当なものになる。
 一応、罠にかかるたびにアイテムで治療しているのだが……
 今のところ即死する罠は無かったのが不幸中の幸いと言ったところか。

「……比較的安全な階層だったようで、少し安心しました」

「あ、安全、かなぁ?
 クロダ君の身体、ボロボロだけど…」

「こんなふざけた罠の探り方をしているのに、きちんと進めているのですから、安全な部類の場所でしょう。
 今のところ魔物もほとんど見かけませんし」

「んー、まあ、そうなのかも」

 思案しながらも、私の言葉に同意するエレナさん。

「油断は禁物ですけどね。
 ただ運が良かっただけの可能性も高いですから」

 言って、私はポーションをもう一本飲み干す。
 ……うむ、傷はほとんど治ってきたようだ。

「んー、でもクロダ君、頑丈だよねー。
 ひょっとして、コナー君より固いんじゃない?」

「はは、前にも言いましたが、体力なら少しは自信がありますので」

「んん、凄いのは精力だけじゃ無かったわけだ」

 エレナさんが私の方に身を乗り出してきた。
 私の股間を手でさわさわと触って、

「んふふ、こっちもコナー君より固いかなー?」

 悪戯っぽい口調でそう呟く。
 そして、扇情的な瞳で私を見つめてから、私の耳元でそっと囁いてくる。

「ね、ここは安全そうだし、さ。
 ――少し発散していこうよー」

 彼女は自ら胸元を開き、胸の谷間を強調してくる。
 小柄なエレナさんのおっぱいは、数値的なバストサイズは小さいものの、豊満と呼んでも差し支えない綺麗な形。
 そしてそのハリの良さが目で見て分かる程にプルンプルンと弾むように揺らされていた。

「んふふふふ、ポーションで体力回復させるとさー、結構溜まってもきちゃうよねー?」

 さらにはスカートも捲って、おねだりをするようにお尻を振り出す。
 黒色のタイツと、青白のストライプが走った縞パンに覆われたエレナさんのお尻は、これまた美しい曲線を描いている。

 ――ちなみに体力回復の副作用とでもいうのか、確かにポーションには若干の精力促進効果もある。

 トランジスタグラマーなエレナさんの肢体の色気に、私の視線は釘付けになってしまう。
 互いに距離が近いため、彼女の女性特有の甘い匂いも私の鼻腔をつく。
 いつもの私であれば、何の躊躇も無く彼女にむしゃぶりつくのだが――

「あー、エレナさん。
 今回はそういうの無しで」

「え?」

 私は彼女の肩を手で押して、身体を離した。

「周囲にどんな危険が潜んでいるか分かりませんからね。
 無防備な状態になるのは余りに無謀過ぎます」

 私の言葉に、エレナさんは目を見開いて驚愕する。

「く、クロダ君がまともなことを言ってる!?」

「そりゃ言いますよ、私だって」

 エレナさんとは何度も迷宮内でセックスしているが、それはその場所が安全であることを私が熟知していたからだ。
 こんな見知らぬ階層で性交するなど、自殺行為もいいところである。
 私が危険に晒されるだけならそれでも手を出していただろうが、エレナさんにも危害が及ぶとあれば看過できない。

「……さっきの毒ガストラップでおかしくなっちゃったわけじゃないよね?」

「エレナさん、私を何だと思ってるんですか」

「何で未だに衛兵のお世話になっていないのか分からない、生粋の変態」

「……否定しませんけれども」

 その辺り気を使ってはいるつもりだが、まだお縄についたことが無いことについては自身の幸運に感謝せねばなるまい。

「んんー、じゃあさぁ、休憩がてら少しお話ししようよー。
 それ位ならいいでしょ?」

「それは勿論」

 セックスは論外だが、休憩は取れるところで十分取っておかねばならない。
 未知なる場所の探索は、自分で思っている以上に疲労を蓄積し、神経をすり減らすものだからだ。
 私は念のため、もう一本ポーションを取り出して口を付ける。

「良かったー。
 うん、実はさ、ボク前々からキミに聞いてみたいことがあったんだよねー」

「おや、そうだったのですか。
 私に答えられることであれば、何でも聞いて下さい」

「そう?
 それじゃあねー……」

 エレナさんは、そこで少し間を置いた。
 悩んでいる、或いは躊躇っているような表情をしばし見せた後、私に質問を投げかけてくる。

「……クロダ君ってさぁ。
 ――好きな人、いるんでしょ?」

「ぶっほっ!?」

 飲んでいたポーションを吹き出してしまった。

「な、な、な、な、な、何を!?」

「んー、やっぱりかー。
 クロダ君、色恋沙汰の話題、あからさまに避けてるもんね?
 いくらモーションかけても、全然乗ってくれないし。
『好き』とか『愛してる』って言葉も、使ってくれないしねー」

 私の反応に、何やら納得した様子のエレナさん。

 ――ちょ、ちょっと待って欲しい。
 これ、どう返したらいいのか……?

「あー、いや、えー、それはですね」

 悩んでもまるで言葉が出てこない。
 そんな私を、エレナさんは上目遣いに見つめながら、

「いけないんだぁ、クロダ君。
 好きな人がいるのに、ボクなんかに手出しちゃったりしてー」

 私の頬を彼女の手が撫でる。
 手つきがなんとも艶めかしい。
 こんな時だというのに、心拍が上がってしまう。

「――ねぇ、その子のこと忘れてさぁ、ボクに乗り換えちゃったりしない?」

「あ、それは、その……」

 ――それは、できない。
 そう言葉に出せれば良かったのに。

「…………」

「…………」

 互いに見つめあいながら、黙り込んでしまう私達。
 ……先に口を割ったのはエレナさんだった。

「ふーん、意外に一途なんだねー?
 女の子と見れば次から次へと手を出してるのに」

「……お恥ずかしい」

 そう絞り出すのがやっとだった。
 軽蔑されておかしくない私の態度だったが、何故かエレナさんはニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、

「んふふふふ、そんなクロダ君にボクが魔法の言葉を囁いてあげよう」

 そう言うと、私の耳元に口を近づけてさらに言葉を続ける。

「……ボクね、2号さんでもOKだよ?」

「うぇっ!?」

 彼女の台詞に、素っ頓狂な声を上げてしまう私。

「に、2号って……」

「んー、つまりは愛人さん?」

「い、言い換えなくても大丈夫ですけれども……あの、いいんですか?」

 私なんかの愛人になりたいだなんて、それは何というか――自分を安売りしすぎてないだろうか?
 そんな疑問を挟む私に、エレナさんはあっけらかんと答える。

「んー、そりゃ、ボクだって本妻を狙ってるよー。
 でも、いきなりそこに踏み出すのは無理そうだからさ。
 まずは愛人からってことで。
 まあ、クロダ君が、認めてくれるなら、なんだけど…?」

 最後は、少し弱々しい口調に変わる。
 そうか、彼女も私が受け入れるかどうか、不安なのか…

 私は、どうか。
 今更、彼女の気持ちに気づいていない――“振り”などできないだろう。
 私はこの想いに、答えられるのか?

 エレナさんは、私のあらゆるプレイに平然とついてきてくれる……寧ろ、悦んでいる。
 彼女とは気軽に付き合えるし、一緒に話をしていても楽しい。
 ――なんだ、悩む必要も無いか。

「……エレナさんがそう望んでくれるのであれば、私も、愛人になって欲しい、ですけれども」

「ホント!?」

 途端に、顔が喜色に染まるエレナさん。
 私の愛人になれることを、本気で喜んでいるようだ。

「でも、繰り返しますけれど、私でいいのですか?
 いったい、私のどこをそんなに好いてくれているのでしょう」

 言っては何だが、人の好意を集めるほど自分が魅力的な人物とは思えない。
 そんな疑問に、エレナさんはズバッと答えた。

「んんー、ちんぽが大きくてお金持ってるところ?
 あ、あと顔も結構整ってるよねー」

「……いきなりどストレートな理由ですね」

 エレナさん的にはその辺り、魅力的な条件なのかもしれない。
 まあ、それはそれで良いか。

「ま、他にもぼちぼちあるけど」

「ほう、それはどんな?」

 好奇心から、聞いてみた。
 すると――

「んー?
 礼儀正しくて優しいところとか、ボクの話をいつも真剣に聞いてくれるところとか。
 無茶なこと言っても全然怒らないし、真摯に受け止めてくれるし。
 一緒に歩いてるとボクが人とかにぶつからないように気遣ってくれてるし、ドアもクロダ君が先に開けてボクを通してくれるよねー。
 あと、どうしようも無い程女好きなくせして、男友達のこともちゃんと大事に思ってるところとか――誰かが困ってたら必ず相談に乗ってるよね、解決できるかどうかは別として。
 まあ、根本的にクロダ君鈍いから、人が困ってることに気づかないこともあるんだけどさ。
 律儀なところも好きかなー……でも人への借りは絶対忘れないのに、貸しはよく忘れちゃってるよね。
 それとそれと……」

 一気に語りだすエレナさん。
 聞いていて居た堪れない気分になってきたので、私は彼女を止める。

「あ、あの、エレナさん?」

「ん?」

「よ、よく分かりましたから……それ位にして頂けると」

「そーう?
 まだ言い足りないんだけど」

 私が考えていた以上に、彼女は、その、私のことを想っていてくれたようである。
 恥ずかしいやら嬉しいやら。

 そこで、ふとあることが私の頭をよぎった。
 ……しかしこれを聞いていいものかどうか。
 いや、これから愛人関係になるのだから、気になることは聞いておいた方がいいだろう。

「……あの、ジャンさんのことは、いいんですか」

「……ああ、それね」

 エレナさんの目が剣呑なものに変わった。

「あの後のことなんだけどねー。
 ある日、道端で3人が話してるの見かけたんだけどさ。
 ……あいつら、ヒナタ君を公衆浴場に誘ってやがんの。
 しかもすっごい必死な顔で。
 結局、断られたみたいだけど」

 吐き捨てるように、エレナさん。
 遠い目をして、私に語り掛ける。

「ねぇ、これでもまだ、ボクはジャン君達に想いを募らせていなくちゃいけないのかなぁ?」

「あー、それはちょっと……きついですね」

 あんなことがあった後だというのに、何をやってるんだあの二人は。
 私は軽く頭を抱えてしまった。

「んー、それでさ、クロダ君。
 ボクを愛人にしたからには、愛人らしいことをして欲しいなー」

「と、申しますと」

 先程言った通り、ここで性交は幾らなんでも無理である。
 ……かなり話し込んでいるように見えるが、これでも時折周囲は確認しているのだ。
 まあ、こんなところで何

 疑問符を浮かべる私に、エレナさんは要望を突きつけてくる。

「ボクのこと、愛してるって言ってみて?」

「え?」

 思わず聞き返してしまった。

「愛人になら、言えるでしょ?」

「……そ、そうですね」

 念を押す彼女に、戸惑いながらも私は頷く。
 確かに、彼女を愛しているからこそ愛人なわけで、それの宣言は至極当然の要求と言える。

 私は口を開いて、

「え、エレナさん」

「うん」

「……あ、あい、し、て……と、あー……あいし、ですね……」

「なんで急にどもり出すの、キミ?」

 エレナさんがジト目で私を睨んできた。

「いや、ちょっと気恥ずかしくて……」

「今まであれだけ色々ヤっといて、何言ってるのさ!
 ほらほら、観念して愛の言葉をプリーズ!」

「わ、わかりました」

 私は大きく深呼吸。
 心を落ち着けてから、改めて言葉を紡ぎ出す。

「……エレナさん、あ、愛してます…?」

「……なんか語尾が変だったけど。
 まあ、いっか。
 ボクも、クロダ君のこと愛してるよ。
 “まだ”2号なんだろうけどね」

 敢えて“まだ”を強調するエレナさん。
 これからのことに少々不安を感じないでもない。

「じゃあ、次はキスしよう」

「キスしますか」

 こちらの提案には特に躊躇は無かった。
 いつもしていることである。

「…………ちゅっ」

 いつもしていることであったはず――なのだが。

「…………」

「…………」

 唇だけ触れる、軽い口づけを交わした後、私とエレナさんは何故か顔を赤くしてしまっていた。

「な、なんだろ、いつもしてるのに――
 妙に恥ずかしいね」

「……そうですね」

 考えてみれば、いつもするのはもっと激しいディープキスで、こんなノーマルなキスは初めてだったかもしれない。

「……んふふふふ」

「……はは、ははは」

 気恥ずかしさを隠すためか、私達は同時に笑い出した。
 場所が、<次元迷宮>の中であることが残念でならない。

 と、そんなところへ。

「おうおう、お熱いねぇ、お二人さん!」

「……いちゃついていることすまんな。
 少し話があるのだが、いいか」

 二つの声が聞こえてきた。

「……!!」

 私はすぐさま矢筒から矢を取り出し、<射出>の構えをとる。
 ずっと警戒していたのだ、私でもこれ位の対応はできる。

「……うげぇ、キミ達は」

 “二人”を見たエレナさんが、凄く嫌そうな顔をする。
 現われたのは、私も見知った人物であった。

「警戒するのは分かるが、安心しろ。
 こちらにお前達へ危害を加える気はない」

「へっへっへ、何なら続きをしちゃっててもいいんだぜぇ?
 あっしと兄貴で見張っててやるからよぉ!」

 ――兄貴と三下のコンビだ。



 第十二話②へ続く
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