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最終話 そして伝説へ?

終編

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 明くる日。
 皆に惜しまれながらセリムは再び故郷を発った。
 村近くにある小高い丘に着くと、勇者は後ろを振り返る。
 魔王吾輩との戦いを前に、故郷の姿を目に焼き付けておこうとしているのだろう。
 村を見つめる勇者の顔は晴れ渡って――え?

「――――」

 ……晴れ渡ってなどいなかった。
 勇者の顔は、その顔は――

「――――」

 ――全ての感情を、失くしていた。
 喜怒哀楽、あらゆる表情が抜け落ち、ただただ虚ろな目で村を見ていたのだ。

『ま、まさか勇者は、昨日のことを全て気付いていたのでは……?』

 ……あり得るな。
 あんな近くで痴態を晒したのだ、セリム程の洞察力をもってすれば、寧ろ気付いていない方がおかしいか。

『つまり自分の姉が村の男達と交わっているのを見て見ぬふりしていた、と。
 自分の姉すら、他の女と変わらないという現実を見せつけられ、それでも表向き平静を保っていた……?』

 そういうことになる。
 ……すまぬ、勇者よ。
 お前のためと思い込み後手に回ったのが、お前をさらに傷つけることになってしまうとは……!

『魔王様……』

 側近よ、徹底的に奴らをいたぶるぞ!
 この世の地獄をたっぷり見せた後、本当の地獄に送ってくれる!!

『はいっ!
 ――ってあれ?
 ま、魔王様、勇者が――』

 んん?

「――――」

 勇者が呪文を唱え始めた。
 あ、あれは――

「―――!」

 ――あれは、極大雷呪文!?
 ちょっと待て、何するつもりだ勇者っ!?

『ゆ、勇者の頭上にバカでかい雷球が!!
 遠見の水晶を介してすら伝わるこの魔力っ!!
 魔王様のソレを超えているやも――!』

 そこはせめて比肩していると言え!!
 何はともあれまずいぞ、まさか勇者、あの雷で村を焼き払うつもりなのかっ!!
 ……溜まりに溜まり過ぎた鬱屈が、セリムの中で爆発したか!!

『あんな“モノ”を放てば、あの程度の村一たまりもありませんよ!!
 ――ん? でも、それ問題なくないですか?
 これからあの村は我々によって壊滅されるわけですし、勇者がそれをやっても――』

 馬鹿者っ!!
 いいか、口惜しいことに、奴らは人間の屑だが明確な罪を犯したわけではないっ!!
 つまり定義上は無辜の民と変わらんのだっ!!
 そんな連中を、勇者に殺させるわけにはいかん!
 それは必ずや勇者の心にしこりとなって残り、彼をさらに苦しめることになるだろうっ!!

『な、なるほどっ!!
 では――』

 今すぐ出るぞっ!!
 急げ、側近っ!!



 ――――――――



 勇者が生み出した雷球がさらに巨大さを増していた。

「――――」

 雷が十分に育ち切ったことを確認すると、セリムは手を振りあげる。
 そして、村の方向へ向かってその手を振り下ろし――

「―――!?」

 ――雷が射出されるその前に。
 村に、禍々しい光を放つ炎が空より降り注いだ。

「―――!?
 ――――!!?」

 突然のことに事態を飲み込めないでいるセリム。
 そうしている間にも、村の家は焼かれていき、人々は逃げ惑う。

「―――!!」

 さらに勇者は目を見張る。
 村に魔物が現れ始めたのだ。
 逃げる村人を次々に襲っていく魔物達。
 ある者は泣き喚き、ある者は命乞いをして――そして魔物に食い殺される。

 ……まあ、襲っているのは昨日セリナとアレコレしてた奴らとそれを企てていた関係者に限定しているのだけれども。
 それ以外の人達は保護するよう側近に命じてある。

「――――」

 村が襲われているというのに、勇者の身体は動かなかった。
 ……それを責めるつもりは欠片も無いが。

 吾輩は中空に姿を現すと、セリムに話しかける。

『どうかね、勇者よ。
 自分の村が滅びゆく様を見せつけられる気分は?』

「――――!?」

 空を浮かぶ吾輩を見たセリムは、口を開いた。

「―――!」

『そうだ、お初にお目にかかる。
 ――吾輩が、魔王だ』

「――――!?」

『何故こんなことを、だと?
 知れたことよ。
 勇者、お前を絶望の底に叩き込むためだ』

「―――!!」

『村のことだけではないぞ。
 お前の姉であるセリナ――奴がどういう目に遭っていたか、お前は知っていよう?』

「―――!!」

『そう、それは吾輩の仕業だ』

 そういうことにしておく。
 今まで親しくしていた村の住人達が、実は女を性処理道具にしか見ていない屑だった――などという事実は、セリムには辛かろう。

『セリナだけではないぞ。
 アリア、メイア、ヴィネット、レティシア――くっくっく、色々と心当たりがあるのではないか?』

「――――!!」

 この際だから、色々と盛ってしまおう。
 どうせこの後セリムとは戦い合うのだ、幾ら憎まれても別に問題あるまい。

「―――!?
 ―――? ―――――!!?」

『そう、それも吾輩だ。
 くくくく、お前はずっと吾輩の手の上で踊っていたに過ぎんのだよ』

「――――!!」

『悔しいか? 悔しかろう!
 はは、怒れ怒れ!
 怒りと絶望に染まったお前の血肉は、さぞ美味であろうなぁ!』

 あ、断っておくけれど、吾輩、人を食べたりはしないぞ。
 あくまでポーズね、ポーズ。

「――――!!!」

 勇者は先ほど作った雷球を吾輩に向かって解き放った。
 無数の雷が吾輩を襲う――が。

『――おおっと、危ない危ない。
 くくく、勇者よ、ここは決戦の場に相応しくない』

 ギリギリで雷をかわす吾輩。
 実はいくつか当たってたりするのだが――これが痛いのなんのって――なんとか痛みを堪えて威厳を保つ。

「――――!?」

『魔王城へ来い、勇者。
 そこをお前の墓標としてやろう!』

「――――!!」

『ふはははは!!
 待っておるぞ、セリム!!
 せいぜい足掻くがいいっ!!!』

「――――!!!」

 吾輩への怨嗟を叫ぶ勇者を後目に、吾輩は姿を消す。
 残された勇者は大きく雄叫びをあげてから、未だ火の手の上がる村へと駆けて行った。
 ……そこには、虚ろな顔をした男の姿はもう無い。



 ――――――――



 そんなことがあってから数日後。
 ここは吾輩の憩いの場、魔王城だ。

「報告します、魔王様!」

 なんじゃい?

「勇者が、勇者が攻めてきました!
 恐ろしい勢いで魔物達を蹴散らし、こちらに向かってきます!!」

 とうとう来たか。

「はっきり言って歴代の勇者でも最強なんじゃないですか、今のセリムは。
 ……魔王様があんなに怒らせたりするから」

 む、むう。
 これはやばいな。

「あそこまでやる必要は無かったんじゃないですか?」

 うむ、吾輩も少し後悔しておる。
 あの時のセリム、めっちゃ怖かったし。

「私もちびりそうになりました。
 今までの彼の苦難が、全て魔王様の仕掛けってことにしちゃいましたからねぇ」

 やり過ぎたなぁ。
 ……まあ、過ぎたことを気にしても仕方あるまい。

 側近、兵を引き上げさせるのだ!
 吾輩自ら打って出る!
 今の勇者と戦えるのは、全魔物を見渡しても吾輩だけよ!
 無駄な犠牲は好まぬ!

「……やはり、戦いますか」

 それは避けられぬ定めだ。
 魔王と勇者は戦い合うために存在するのだから。

「この世界のバランスを保つため、でしたね」

 そうだ。
 光の象徴である勇者と闇の象徴である魔王。
 その2つが互いに戦うことで、この世界の光と闇の均衡を調整する――それが勇者と魔王の存在意義なのだ。
 言ってしまえば戦いそのものが肝要であり、勝敗は別に関係ない。

「目的は世界征服、とか言ってた気もしますが?」

 それは吾輩個人の目的だよ。
 魔王の有り方とは関係がない。
 ――いいじゃん、それ位の大望を抱いてもさ。

「まあ、部下である私が口を出すことでもありませんが」

 最初は純粋に勇者を殺すためやっきになってたけどねぇ。
 こう何度も勇者との戦いをやらされると、他に目的を設定しないとまんねりになっちゃうんだわ。

「勇者と戦うのもこれで――ええっと、10回目でしたっけ?」

 いや、15回目。
 最初の頃は、まだ側近いなかったからな。

「ああ、そうでしたそうでした。
 しかし、何度死んでも魔王様は蘇ることができるってのは、なんだかずるいですね」

 ずるいって言うなよ!
 結構死ぬの辛いんだよ!?
 蘇るのにも数十年から下手すりゃ数百年かかるしさ!
 それに、勇者だって魔王と戦うまでは死なないようになってるんだし!

「え、そうだったんですか!?」

 そうだよ、魔王と戦う前に死んだとしても“おお勇者よ、死んでしまうとは情けない”とか言われながら復活するんだよ。
 ――最近の勇者は強いから、滅多にそういうこと起きないけど。

「なるほど、そうだったのですね。
 ……さて、長話が過ぎましたか。
 私はこれより魔物達を退かせます」

 うむ、頼んだぞ。

「魔王様、ご武運を。
 次に会うのは50年後くらいですかね?」

 吾輩が負ける前提で話するの止めてくれるかな!?

「いやぁ、だって魔王様――勇者セリムを殺す気、無いでしょう?」

 ……ノーコメントだ。

「――まあ、ご安心ください。
 いついかなる場所で復活されても、すぐお迎えに駆けつけますから」

 ……そうか。
 うむ、頼んだ。



 ……側近は去り、奴の命令で魔物達も引いた。
 今、この城に残るは吾輩とセリムのみ。

 遠くから足音が聞こえる。
 勇者が来たのだ。
 吾輩の場所からは少し影になって、勇者がどのような表情をしているかまだ分からない。

 ……さて、どうしよう。
 やはりここは定番の、あの台詞を言ってから戦闘を始めようか!

『よく来たな、勇者セリムよ!
 吾輩が魔物の中の王――魔王である!!
 お前のような若者が現れることを吾輩は待っておった!
 もし、吾輩の配下となれば世界の半分をお前にやろう!
 どうだ、吾輩の配下となるかっ!?』

 うん、やっぱり魔王はコレを言わないとね!
 断られるのまで含めて、“お約束”というやつだ。
 当然、セリムの答えは――



 「――――“はい”」



 ――――――――



 “かくして、勇者セリムは魔王討伐を完了させた。
 ここで『完了』という言葉を使ったのには意味がある。
 セリムが魔王を倒して以降、魔王は復活していないのだ。
 これまで、幾人もの勇者が魔王を倒してきたが、その数十年から百年程度の時をおいて魔王は蘇っていた。
 しかし、勇者セリムが魔王を倒して以降、少なくとも今日に至るまで魔王の復活は確認されていない。
 つまりセリムは、前人未到の“完全なる魔王討伐”を行った勇者ということだ。

 だが、数々の偉業を成し遂げた勇者セリムであるが、魔王討伐以降の記録はほとんど残っていない。
 首都で行われた凱旋パレードにその顔を覗かせたのを最後に、歴史から姿を消している。
 使命を全うし天に還ったのだとも、新たな敵と戦うため地獄に向かったのだとも言われているが、どちらも確固たる証拠はない。

 ただ一つ言えること。
 それは、勇者セリムが人類史上他に類を見ない、大英雄であるということだ”



 後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著
 「勇者セリムの冒険」より



 ――――――――



「ふぅー、終わった終わった」

 吾輩は執筆を終えると、こきこきと肩を鳴らす。
 長い執筆作業に大分疲れが溜まってしまった。

「お疲れ様です、あなた」

 そこへ、ドレスを着た一人の女性――吾輩の妻が姿を現す。
 ありがたいことに、茶を持ってきてくれたようだ。

「おお、すまんな」

「いえいえ。
 ……これが、例の本ですか?」

「うむ、その通り。
 つい先ほどようやく完成した」

「……読んでみても?」

「構わんよ?」

「では、失礼して」

 妻は吾輩から本――“勇者セリムの冒険”を受け取り、それに目を通していく。
 その間手持無沙汰になった吾輩は、妻の容姿をじっと見つめてみた。

 美しい。
 何度見ても、美しい。
 腰の先にまで伸びる、さらさらと流れる艶やかな黒髪。
 やや切れ長な双眸は、宝石のよう。
 綺麗な形をした鼻に、見ただけで潤いを感じる唇。

 顔だけではない。
 胸は先がツンとなった円錐形で、理想的な形をしている上に大きさも素晴らしい――美巨乳というヤツだ。
 腰はキュッと締まり、しっかりとしたくびれを形成している。
 お尻もむっちりとしたエロい曲線を描いており、それでいてハリもあって最高の触り心地。
 スラリとした脚は、無駄肉がほとんど無いにも関わらず、至高の柔らかさも持っている。

 “セリナ”に似てはいるが、彼女よりもずっと美人だ。
 ここまでの美女は人類史上にもそう居ないと断言する。
 吾輩が言うのだから間違いない!

「……あの、あなた?」

「ん? どうした?」

 妻は一通り本を読んでから、吾輩に話しかけてきた。

「この本、なんというか、“盛り過ぎ”じゃないですか?
 流石に気恥ずかしいのですが……」

「何を言う!
 お前は実際にこれだけのことをしてきたではないか、“セリム”」

「そ、そうですかね?
 美辞麗句が並び過ぎていて、読者に誤解を与えてしまうような」

「勘違いされたところで、別に痛くも痒くもなかろう?
 偉大なる勇者セリムの名がより広く知れ渡ることになるのだから、何の問題もない」

「……そういうものですか。
 まあそちらはいいとして――“ご自分”の記述を大分酷く書いてないですか?」

「えー、そうかな?
 こんなもんだろ?」

「違います!
 あなたは――“魔王様”はいつだって大局を見据えて行動して下さっていたじゃないですか!
 私のこともずっと見守ってくれていて……
 それをこんな――!」

「良い風に捉えすぎだってば。
 あと、今の吾輩は魔王じゃないからね。
 歴史家ネトラ・レーダ・メイヨウだから」

「……いつ聞いても頭のおかしい名前ですね。
 他に無かったんですか?」

「いきなり口調を冷たくするの止めてくれない!?
 最近お前、側近に芸風が似てきたよ!?」

 ――説明せねばなるまい。
 吾輩は元魔王であり、そして吾輩の妻は勇者セリムなのである。

 結局のところ、セリムは全てを理解していたのだ。
 吾輩が動向を観察していたことも、吾輩がセリムを陥れた相手をどう処理してきたかも。
 ……なんとなく、察してしまったとのことだ。
 大した洞察力である――いや、直観力か?

 ともあれ、それが故に勇者は吾輩と戦う気を喪失し――吾輩の配下となる道を選んだのだ。
 大分予定とずれてしまったが、まあなっちまったもんは仕方あんめぇと、吾輩は世界征服へと乗り出した。

 だが、その時気付いてしまったのだ。
 人間の国で最も富を持っている商人オルグは蟲により傀儡となり、人間の国の女王レティシアは既に吾輩の配下。
 ……あれ、これもう世界征服完了してね?、と。

 そこからは早かった。
 オルグ(蟲)とレティシアに協力してもらい、魔王がセリムによって倒されたとの報を流し、吾輩は魔王を隠居。
 魔物の取り纏めは側近に託し、吾輩は世界を影から支配する権力者となったのである!
 いや、そのまま魔王として君臨してやっても良かったのだが、それだとセリムが魔王に負けた勇者という侮蔑を受ける恐れがあったし。

 とまあ、基本的に順調だったのだが、その途中、ちょっとしたアクシデントが起きた。
 側近の持っていた性転換薬をセリムが飲み、女となってしまったのだ。
 なんでも、身も心も吾輩に捧げたかったから、とか。
 ……女とのアレコレが嫌になってしまった、というのもあるかもしれない。

 いや、吾輩は止めようとしたんだよ?
 他の女達はともかく、ヴィネットやレティシアはセリムへの想いを持ち続けていたからね。
 だがセリムの意思は固く、結局女になることを止めることはできなかった、という次第で。

 ヴィネットは思い切り笑っていた。
 レティシアは、かなり寂しそうにしていたな――こちらに関しては謝っても謝り切れん。
 まあでも、貴重な同世代の友人ができたと、最終的には開き直ってもいた。

 ついでに、アリアは驚いていた。
 この流れで一緒に説明してしまうと、彼女の呪いは解いてやった。
 吾輩はどうでも良かったのだが、セリムに頼まれてしまっては仕方ない。
 
 それと、セリナ。
 セリムは最終的に、姉と和解できた。
 彼女が無理やり、仕方なくあの“役目”をやらされていたことを、理解したからだ。
 自分より美しくなってしまった“弟”に、セリナは複雑そうであったが。

 それで女になってしまったセリムなんだけれども――さっき言った通りこれがまた極上の美人で!!
 向こうはあくまで傍に置いてくれればいいってことだったんだけど、吾輩の方から求婚してしまったよ!!

 だって考えてもみて!?
 凄い美人が毎日毎日朝から晩まで甲斐甲斐しく世話してくれるんだよ!?
 これで恋愛感情湧かなかったら、そいつはもう不能と言っても過言では無かろう!

 というわけで、吾輩とセリムは晴れて夫婦となったのだった。
 説明終了!

「……でも、改めて思い返せばもう大分昔のことなんですね、私が冒険をしていたのは」

 しんみりとした口調で、セリムが語り出した。

「ヴィネットもレティシアも、何年も前に亡くなってしまいましたし……」

「……寂しいか、セリム?」

「いいえ、そんな!
 私には、あなたがいますから」

「……嬉しいことを言ってくれるねぇ」

「顔真っ赤ですけど、大丈夫ですか?」

 いきなりそんな台詞言われたら、顔の一つや二つ真っ赤になってしまうよ!
 夫として超嬉しいけどね!

「――しかし、勇者の身体って老いないんですね。
 初めて知りました」

「吾輩もそれは驚いた。
 魔王が不老不死であることは確認していたのだが、実は勇者もそれに近かったとはなぁ」

 吾輩とセリムが発見した新事実その1。
 どうやら、勇者は魔王に殺される以外の手段では、自然死も含めて死ぬことはないらしい。
 肉体年齢は全盛期のものをずっと維持し続けるようで――つまるところ、セリムはずっと美女のままなのだ。

「――あー、ところでセリムよ。
 勇者の話も出たところで……この後、“戦い”をやっておかないか?」

「……今日もされるのですか?」

「ダメだろうか?」

「い、いえ、私は全然構わないです……というか、したい、ですけど――」

「おお、そうか!!」

 吾輩は満面の笑みを浮かべる。

 勇者と魔王の戦い――世界のバランスを整える儀式は、こんな状況になった現在でも必要とされているようだ。
 これを怠ると、世界はなんかこう色々とダメな方向に進んでいってしまう。
 それが原因でこの間、邪神ネト・ラー・レスキーなる変なのが湧いてきて、吾輩とセリムで退治したのは記憶に新しい。

 ともあれ、殺し合いという意味で戦うわけでは無く。

「では、私はシャワーを浴びてきますね」

「別にそのままでいいだろう?」

「……その、汚いですし」

「セリムの身体に汚いところなどないさ」

「も、もうっ!」

 今度はセリムの方が顔を赤くした。
 超可愛い。

 今のやり取りで察せたかもしれないが、吾輩と妻との間の戦いとは一般的に連想されるソレではなく。
 まあ、夜の戦いというか、ベッドの上の戦いというか――つまるところ、性交である。
 いや、こんな戦いでも勇者と魔王の戦いって成立するんだね。
 吾輩とセリムとで発見した新事実その2だ。

 これが判明してから、吾輩とセリムはもう毎日のようにヤリまくっている。
 セリムってば元男だからなのか何なのか、吾輩のツボを悉く突いてきてくれて、こっちの方も最高なんですよ、皆さん!!
 それを描写するには紙面が足りないんだけどね!!
 ああ、残念だ、残念だなぁっ!!

「……魔王様」

「ん、どうした?」

 セリムはじっと吾輩を見つめると、吾輩にキスをしてきた。
 しばし彼女の唇の感触を楽しんでいると、セリムはそっと離れてから、一言呟いた。

「――私を寝取って下さって、ありがとうございます♪」

 ……まあ。
 今の状況は、人間達から勇者を寝取ったと、そう捉えられなくもないかもしれない。
 最後の最後で、吾輩が間男になってしまうとはな。
 セリムの体質も、困ったものだ。



 ――まったく。
 TS美女が嫁さんとか、最高かよっ!!



 純情魔王の寝取られ勇者観察日記 完
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みんなの感想(8件)

ヤラナイカー

NTRが読みたいなと思ってここまで流れてきました。
コンセプトからブレないで読ませたいものを読ませてくれること
終盤の怒涛の展開から、予想を外し期待に答えるハッピーエンドで読み応えある作品でした。
字数もきっちり10万字で、構成力でいえばプロの水準にも達してると思います。

ぐうたら怪人Z
2018.11.14 ぐうたら怪人Z

感想を頂きまして、ありがとうございました。
そして過分なお褒めの言葉、恐縮です。
本作を少しでも楽しんで呼んで頂けたならば、それに勝る喜びはありません。
では、失礼しました。

解除
ada2010
2018.09.18 ada2010

寝取られ物としては視点が新鮮で面白かったです
NTRからのスカッとする展開までがテンポよくあきずに最後まで読めました

ぐうたら怪人Z
2018.09.18 ぐうたら怪人Z

感想を頂きまして、ありがとうございました。
本作を面白いと感じて下さったようで、作者として嬉しい限りです。
NTRといえばバッドエンドやビターエンドになることが多いですが、個人的に物語はハッピーエンドで終わって欲しいという願望があったりします。
では、失礼しました。

解除
放浪の道化師

面白かったです!
ただ、魔王様・・・『魔王』って職業が最初からまったく別なモノになっている気が・・・

ってか、最終的にすんごく平和な世界が成立していそうで・・・
「『魔王』が裏から支配する平和な世界」
・・・字面にするととんでもないですな(;´・ω・)

ぐうたら怪人Z
2017.08.21 ぐうたら怪人Z

感想を頂きまして、ありがとうございます。
楽しんで下さったようで、何よりです。
魔王は……魔物を統率する王という意味では、一応ギリギリ間違ってないかなぁとか思うのですが、如何なものでしょうか(汗)

確かに字面は凄いかもしれませんね(笑)
そんな世界で、これからも勇者と魔王は仲良く暮らしていくことでしょう。

では、失礼しました。

解除
1 / 5

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