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第5話 ログアウトって、何?
【1】
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夜も更けてきた。店から客の姿は消え、残っているのはアスヴェルと店長であるサイゴウのみ。
「おし、そろそろ店仕舞いだ。アスヴェル、うちの2階に空き部屋が幾つかあっから、好きなとこ見繕って泊まってくれや」
調理場の掃除をしながら、サイゴウがそう告げてくる。この店を仮の宿として扱っていいとのことだ。非常に有難い申し出なのだが――
「――ミスタ・サイゴウ、すまないがそれには及ばない」
「いい加減ミスタってつけるの止めてくれよ――んで、何が及ばないって?」
当然の疑問に、アスヴェルは毅然とした口調で答える。
「ああ。私が泊まるべきはココではなく、ミナトの家なのだ……!」
「…………」
何故か店長は顔をしかめた。
「……お前さん、さっきそれやろうとしてこれ以上ない程完璧に拒否されてただろう? その顔にある“真っ赤な紅葉”の痛み、忘れたのか?」
「いや、覚えている。今でもまだヒリヒリしている程だ」
言って、頬を擦る。今、アスヴェルの顔には“手の平”の真っ赤な跡が付いていた。言うまでも無く、ミナトによるものである。
彼女と一緒に宿へ帰ろうとしたところ、色々とあった末にビンタを食らったのだ。
「そんな見事なモンこさえられて、それでもまだ諦めてねぇって?」
「当然だ。諦めない限り人は負けない。私が諦めるのは、己の生命活動が停止した時だけだ」
「そこだけ聞くとご立派な覚悟なんだかなぁ」
「それに――好きの反対は無関心とよく言うじゃないか」
「恐ろしい程の前向きさだ、見習いてぇぜ。だからって積極的に嫌われにいかなくともいいんじゃねぇかと思うが」
「嫌よ嫌よも好きの内、とも言う」
「ポジティブ過ぎだろう、お前さん!?」
驚くサイゴウに、アスヴェルはフッとニヒルな笑みを浮かべると、
「私とていきなり全てを成し遂げようとは考えていない。物事の順序は大事だ。今日は、ミナトの家の特定を目標とする。彼女の部屋着を確認なお良し、だ」
「た、確かに順序は大事だが、その付け方を盛大に間違えてやがる……!!」
禿げた頭を抱える店長。この行動に賛同はしてくれないようだ。彼とミナトは保護者と被保護者の関係にあるようなので、如何にアスヴェルがこの世界で最も素晴らしい男性だとしても、不安が拭えないのだろう。
(仕方あるまい)
アスヴェルはその反応に不快感を持たない。責任感のある大人であれば持って当然の感情だ。それをケアするのも自分に課された試練であろう。
「サイゴウ――安心して欲しい。私以上に彼女を幸せにできる男などこの世に存在しない」
「いやそういう次元のことを議論してるんじゃなくてだな」
「それに君なら分かるはずだ。男には、やらねばならぬ時があることを……!」
「す、すげぇ、ストーカー行為をそこまで堂々と宣言する野郎は初めてみたぜ!?」
アスヴェルの決意に、サイゴウも身を震わせている。とりあえずこちらを妨害する意図は無いらしい。
有難い。今はそれだけで十分だ。いずれは彼からも祝福を受けたいものだが。
「ふっふっふ、待っていろよ、ミナト!」
「……ま、まあ、無駄だろうけど頑張ってみろ」
諦観した面持ちのサイゴウに見送られながら、アスヴェルは闘志を燃やして店を後にするのだった。
夜の街をアスヴェルは一人走る。
(……やはり、広い)
まだ大して見分してはいないが、ミナト達に案内されたこの街は広い。その上、発展具合も素晴らしかった。道はしっかりと整備され、区画も美しく整い、建造物も立派なものだ。塵一つ落ちていないのではないか――と錯覚するほどに、清掃が行き届いている。
(それに、明るい)
通りには街灯が幾つも設置され、夜を照らしていた。松明やランプとは比較にならない眩さ。しかも、同じような光が民家の中からも漏れている。つまり、この待ちでは高性能な照明器具――おそらく魔法の光を灯しているのだろう――が民間にまで普及しているのだ。
ぽつぽつと独り歩きしている人がいるところを見るに、治安も良好の様子。
(首都か、それに準ずる都市なのかもしれないな)
王城に該当するような建物は確認できないので、後者の可能性が高い。どちらにせよ、大陸有数の街であることに間違いないだろう。
(その割に、出入りは自由だったが)
このような都市であれば、危険人物が入り込まぬよう人の入出をしっかりと管理するものだが、アスヴェルは特にこれといった審査もなく門を通ってしまった。気になってミナトに聞いてみたところ、そもそもそういった検査自体、ほとんど実施されることは無いとのこと。
(大陸規模で平和なのかもしれない)
そんな推論を立てる。犯罪を行う人間自体がほとんど存在しないなら、警備のずさんさも納得がいった。平和ボケしている、とも言えるが――
(事実、この体制で町を維持しているのだから、ここは素直にここの人々の人間性を讃えるべきだろう。
……或いは、もっと“別の形”で人々を管理しているのかもしれないが)
それを今考えても仕方ない。機会があればミナト達に尋ねてみよう。
さておき、今はミナトの家を探し当てるのが先決だ――が。
(こうも規模が大きいと、一苦労だぞ……人口はざっと数千人はくだらないか。下手すると、万に届くかもしれない……!)
これだけの大都市で――しかも何の手掛かりもなく――特定の人物を探すのはかなり厳しい。しかし!
「問題無い! 1万人までなら!!」
アスヴェルは諦めなかった。こう見えて彼は、広大な砂漠の中から拳大の水晶玉を探し当てた男(見つけた時には涙が出た)。如何に大規模の都市とはいえ、街中という限定された場所であるなら人探しなど造作も無い!
「く、くくく――ふはははははははぁっ!!」
夜の街に、青年の高笑いが響いた。
「おし、そろそろ店仕舞いだ。アスヴェル、うちの2階に空き部屋が幾つかあっから、好きなとこ見繕って泊まってくれや」
調理場の掃除をしながら、サイゴウがそう告げてくる。この店を仮の宿として扱っていいとのことだ。非常に有難い申し出なのだが――
「――ミスタ・サイゴウ、すまないがそれには及ばない」
「いい加減ミスタってつけるの止めてくれよ――んで、何が及ばないって?」
当然の疑問に、アスヴェルは毅然とした口調で答える。
「ああ。私が泊まるべきはココではなく、ミナトの家なのだ……!」
「…………」
何故か店長は顔をしかめた。
「……お前さん、さっきそれやろうとしてこれ以上ない程完璧に拒否されてただろう? その顔にある“真っ赤な紅葉”の痛み、忘れたのか?」
「いや、覚えている。今でもまだヒリヒリしている程だ」
言って、頬を擦る。今、アスヴェルの顔には“手の平”の真っ赤な跡が付いていた。言うまでも無く、ミナトによるものである。
彼女と一緒に宿へ帰ろうとしたところ、色々とあった末にビンタを食らったのだ。
「そんな見事なモンこさえられて、それでもまだ諦めてねぇって?」
「当然だ。諦めない限り人は負けない。私が諦めるのは、己の生命活動が停止した時だけだ」
「そこだけ聞くとご立派な覚悟なんだかなぁ」
「それに――好きの反対は無関心とよく言うじゃないか」
「恐ろしい程の前向きさだ、見習いてぇぜ。だからって積極的に嫌われにいかなくともいいんじゃねぇかと思うが」
「嫌よ嫌よも好きの内、とも言う」
「ポジティブ過ぎだろう、お前さん!?」
驚くサイゴウに、アスヴェルはフッとニヒルな笑みを浮かべると、
「私とていきなり全てを成し遂げようとは考えていない。物事の順序は大事だ。今日は、ミナトの家の特定を目標とする。彼女の部屋着を確認なお良し、だ」
「た、確かに順序は大事だが、その付け方を盛大に間違えてやがる……!!」
禿げた頭を抱える店長。この行動に賛同はしてくれないようだ。彼とミナトは保護者と被保護者の関係にあるようなので、如何にアスヴェルがこの世界で最も素晴らしい男性だとしても、不安が拭えないのだろう。
(仕方あるまい)
アスヴェルはその反応に不快感を持たない。責任感のある大人であれば持って当然の感情だ。それをケアするのも自分に課された試練であろう。
「サイゴウ――安心して欲しい。私以上に彼女を幸せにできる男などこの世に存在しない」
「いやそういう次元のことを議論してるんじゃなくてだな」
「それに君なら分かるはずだ。男には、やらねばならぬ時があることを……!」
「す、すげぇ、ストーカー行為をそこまで堂々と宣言する野郎は初めてみたぜ!?」
アスヴェルの決意に、サイゴウも身を震わせている。とりあえずこちらを妨害する意図は無いらしい。
有難い。今はそれだけで十分だ。いずれは彼からも祝福を受けたいものだが。
「ふっふっふ、待っていろよ、ミナト!」
「……ま、まあ、無駄だろうけど頑張ってみろ」
諦観した面持ちのサイゴウに見送られながら、アスヴェルは闘志を燃やして店を後にするのだった。
夜の街をアスヴェルは一人走る。
(……やはり、広い)
まだ大して見分してはいないが、ミナト達に案内されたこの街は広い。その上、発展具合も素晴らしかった。道はしっかりと整備され、区画も美しく整い、建造物も立派なものだ。塵一つ落ちていないのではないか――と錯覚するほどに、清掃が行き届いている。
(それに、明るい)
通りには街灯が幾つも設置され、夜を照らしていた。松明やランプとは比較にならない眩さ。しかも、同じような光が民家の中からも漏れている。つまり、この待ちでは高性能な照明器具――おそらく魔法の光を灯しているのだろう――が民間にまで普及しているのだ。
ぽつぽつと独り歩きしている人がいるところを見るに、治安も良好の様子。
(首都か、それに準ずる都市なのかもしれないな)
王城に該当するような建物は確認できないので、後者の可能性が高い。どちらにせよ、大陸有数の街であることに間違いないだろう。
(その割に、出入りは自由だったが)
このような都市であれば、危険人物が入り込まぬよう人の入出をしっかりと管理するものだが、アスヴェルは特にこれといった審査もなく門を通ってしまった。気になってミナトに聞いてみたところ、そもそもそういった検査自体、ほとんど実施されることは無いとのこと。
(大陸規模で平和なのかもしれない)
そんな推論を立てる。犯罪を行う人間自体がほとんど存在しないなら、警備のずさんさも納得がいった。平和ボケしている、とも言えるが――
(事実、この体制で町を維持しているのだから、ここは素直にここの人々の人間性を讃えるべきだろう。
……或いは、もっと“別の形”で人々を管理しているのかもしれないが)
それを今考えても仕方ない。機会があればミナト達に尋ねてみよう。
さておき、今はミナトの家を探し当てるのが先決だ――が。
(こうも規模が大きいと、一苦労だぞ……人口はざっと数千人はくだらないか。下手すると、万に届くかもしれない……!)
これだけの大都市で――しかも何の手掛かりもなく――特定の人物を探すのはかなり厳しい。しかし!
「問題無い! 1万人までなら!!」
アスヴェルは諦めなかった。こう見えて彼は、広大な砂漠の中から拳大の水晶玉を探し当てた男(見つけた時には涙が出た)。如何に大規模の都市とはいえ、街中という限定された場所であるなら人探しなど造作も無い!
「く、くくく――ふはははははははぁっ!!」
夜の街に、青年の高笑いが響いた。
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