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第13話 運営に物申す!
【2】
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草木茂る森の中、その少女は駆けていた。
「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」
したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。
誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の悪意によって殺されようとしているのだ。無論、自分に落ち度など何もない。
「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」
すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。
「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」
「ご、ごめんね」
申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。
この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。
――“ゲーム”。
そう、“ゲーム”だ。
長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。
東京の人口を維持するため、定期的に行われる殺人遊戯。国家維持法なる狂った法律で定められた、糞のような“遊び”。ランダムで――と政府は発表している――選ばれた人達が処理される前に、才能ある人の命を助ける救済策として位置づけられている。
(これのどこが救済だっ!?)
しかしてその実態は、参加者へ達成不可能な目標を課し、彼らが藻掻き足掻く姿を見て楽しむという、一部の特権階級向けの娯楽である。一応、一般人にも“ゲーム”の内容は公開されているが――そちらの方は、“汚い部分”を可能な限り削ぎ落として編集し、国家のために散った人々をお涙頂戴な形で紹介する『茶番劇』となっている。
(死ね!! 死んじまえ!!)
この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。
(全員、くたばっちまえ!!)
怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。
「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」
そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。能力値を見る限り戦力としては期待できない人物だが……それでも、誰かと一緒にいるだけで多少は不安を紛らわせることができた。
「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」
「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」
走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。
(とてもそうは思えないけど)
声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。
今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“生き残ること”だった。5時間の間、この“フィールド”内で生き抜くことができれば、目標達成……晴れて自由の身となる。
勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――
「う、うわって、出たっ!?」
「この――<ピアッシング・ショット>!」
横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、
「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」
敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。
「……ふぅ。よし、行くぞ!」
「う、うん」
男を促し、再び走り始める。
斯様に唐突に、遭遇が発生するのだ。魔物達はプレイヤーを狙って動くよう設定されているらしく、一所に留まっているとひっきりなしに襲撃される。故に、ミナト達は移動し続けている訳だ。襲われなくなることは無いが、頻度は大分マシになる。
(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)
出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。
(問題は――“ジャッジ”)
“ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な強さを誇るキャラクターだ。こいつらは、もうどうしようもない。出会ってしまったらおしまいだ。
(ご丁寧に能力値を明かしてきやがって……!)
“ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への助言という形だったが、とんでもない。
(オレ達を絶望させるためだろうが!!)
レベルは1000。現在のDivine Cradleで最高レベルはプレイヤーでもまだ200に達していないにも関わらず、だ。当然、能力値も恐ろしい数値が並んでおり、ミナトと比較して10倍以上の差があった。ここまでくると、こちらの攻撃は一切効果が出ないと考えた方がいい。デバフをかけようにも確実に抵抗される。
(そんなのを、4人も……!)
今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。
それがどれ程の困難を伴うのかは、空を見上げれば分かる。
「あっ!? ま、まただ」
後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。
――スズフキ・タカシがログアウトしました――
誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が減ると、それを知らせる仕組みなのだ。
そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが死んだことを意味する。Divine Cradleにおけるキャラクターの死とは根本的に異なる、正真正銘、人としての死。人生の終わり。
それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。
――タナカ・シュンサクがログアウトしました――
告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。
「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」
男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。
(これで――何人殺されたっ!?)
参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、30回程<ログアウト>は発生した筈だが――
(参加者が減らば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)
つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。
「……う、ぐっ」
より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」
そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、
「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」
「で、でも――」
「いいから足止めんなっ!!」
休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。
(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)
脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。
(いやなんでこのタイミングでNPCの顔まで浮かぶんだよっ!!)
慌てて頭を振る。
(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)
そういうことにしておいた。
――だがしかし。
現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。
「……み、ミナトちゃん」
「? おい、足止めるなって言って――」
「あ、あれ」
震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬスーツ姿の男性が一人、恐ろしく無表情な顔で立っていた。ソレが何であるか、一目で理解する。
「……“ジャッジ”」
とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。
「おっさん、逃げるぞ……」
簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。
「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」
「――ミナトちゃん」
台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――
「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」
――どうしたことか。彼は穏やかな表情をしていた。“ジャッジ”を前にして、これまでの情けなさを微塵も感じさせない。
「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」
その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、覚悟の決まった瞳だった。
「頼む――生き残ってくれ」
その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。
「待っ――!?」
止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。
「<マイティ・バッシュ>ッ!!」
振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。
「っ!!」
男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。
剣は相手の肩口に当たり、そのまま止まっている。肌を切るどころか、スーツの生地をほつれされることすらできていない。渾身の力を込めてもそこから微動だに動かない。“ジャッジ”の表情は変わらず、無論、ダメージも皆無だ。
「こ、この――っ」
スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。
「う、く、この、この――!!」
それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――
「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」
――絶叫が轟く。腕がもぎ取られた。人の身体を、玩具のように壊したのだ。
鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は現実と同じに設定されているのだから。辺りの地面はみるみると血に染まっていく。
「おっさん――!!」
「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」
無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。
「そんな――」
そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。
名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。
しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。
「――――」
奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。
「あ、が、ぐぇえええええ――」
苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。
“ジャッジ”の筋力があれば一瞬で男の息の根を止める事もできる筈なのに、そうしない。
(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)
ただ殺すだけではつまらないというのか。ただ命を散らすだけでは足りないというのか。
どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!
「<ピアッシング・ショット>ッ!!」
感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。まずは男性、ということなのか。どうしようもない無力感が、ミナトに降りかかる。意図せず、涙が目から溢れた。
「アスヴェルぅっ!!」
堪らず、少女は叫ぶ。
「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を、助けてよぉっ!!」
意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。
その嘆きはただただ虚しく響き――
「極大雷呪文」
――雷が一条、飛来した。
「え?」
思わず零れる声。
雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を弾き飛ばした。それまで何をしても無駄だった怪物が、大地に倒れ込む。
「げほっ、げほっ、な、何が――!?」
衝撃で手が離れ、中年男性も解放される。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視していた。
「――待たせたな」
腹立たしい程にふてぶてしい声。
どうしようもなく懐かしい顔。
空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。
――勇者がログインしました――
「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」
したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。
誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の悪意によって殺されようとしているのだ。無論、自分に落ち度など何もない。
「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」
すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。
「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」
「ご、ごめんね」
申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。
この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。
――“ゲーム”。
そう、“ゲーム”だ。
長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。
東京の人口を維持するため、定期的に行われる殺人遊戯。国家維持法なる狂った法律で定められた、糞のような“遊び”。ランダムで――と政府は発表している――選ばれた人達が処理される前に、才能ある人の命を助ける救済策として位置づけられている。
(これのどこが救済だっ!?)
しかしてその実態は、参加者へ達成不可能な目標を課し、彼らが藻掻き足掻く姿を見て楽しむという、一部の特権階級向けの娯楽である。一応、一般人にも“ゲーム”の内容は公開されているが――そちらの方は、“汚い部分”を可能な限り削ぎ落として編集し、国家のために散った人々をお涙頂戴な形で紹介する『茶番劇』となっている。
(死ね!! 死んじまえ!!)
この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。
(全員、くたばっちまえ!!)
怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。
「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」
そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。能力値を見る限り戦力としては期待できない人物だが……それでも、誰かと一緒にいるだけで多少は不安を紛らわせることができた。
「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」
「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」
走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。
(とてもそうは思えないけど)
声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。
今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“生き残ること”だった。5時間の間、この“フィールド”内で生き抜くことができれば、目標達成……晴れて自由の身となる。
勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――
「う、うわって、出たっ!?」
「この――<ピアッシング・ショット>!」
横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、
「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」
敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。
「……ふぅ。よし、行くぞ!」
「う、うん」
男を促し、再び走り始める。
斯様に唐突に、遭遇が発生するのだ。魔物達はプレイヤーを狙って動くよう設定されているらしく、一所に留まっているとひっきりなしに襲撃される。故に、ミナト達は移動し続けている訳だ。襲われなくなることは無いが、頻度は大分マシになる。
(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)
出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。
(問題は――“ジャッジ”)
“ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な強さを誇るキャラクターだ。こいつらは、もうどうしようもない。出会ってしまったらおしまいだ。
(ご丁寧に能力値を明かしてきやがって……!)
“ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への助言という形だったが、とんでもない。
(オレ達を絶望させるためだろうが!!)
レベルは1000。現在のDivine Cradleで最高レベルはプレイヤーでもまだ200に達していないにも関わらず、だ。当然、能力値も恐ろしい数値が並んでおり、ミナトと比較して10倍以上の差があった。ここまでくると、こちらの攻撃は一切効果が出ないと考えた方がいい。デバフをかけようにも確実に抵抗される。
(そんなのを、4人も……!)
今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。
それがどれ程の困難を伴うのかは、空を見上げれば分かる。
「あっ!? ま、まただ」
後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。
――スズフキ・タカシがログアウトしました――
誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が減ると、それを知らせる仕組みなのだ。
そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが死んだことを意味する。Divine Cradleにおけるキャラクターの死とは根本的に異なる、正真正銘、人としての死。人生の終わり。
それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。
――タナカ・シュンサクがログアウトしました――
告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。
「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」
男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。
(これで――何人殺されたっ!?)
参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、30回程<ログアウト>は発生した筈だが――
(参加者が減らば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)
つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。
「……う、ぐっ」
より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」
そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、
「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」
「で、でも――」
「いいから足止めんなっ!!」
休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。
(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)
脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。
(いやなんでこのタイミングでNPCの顔まで浮かぶんだよっ!!)
慌てて頭を振る。
(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)
そういうことにしておいた。
――だがしかし。
現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。
「……み、ミナトちゃん」
「? おい、足止めるなって言って――」
「あ、あれ」
震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬスーツ姿の男性が一人、恐ろしく無表情な顔で立っていた。ソレが何であるか、一目で理解する。
「……“ジャッジ”」
とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。
「おっさん、逃げるぞ……」
簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。
「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」
「――ミナトちゃん」
台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――
「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」
――どうしたことか。彼は穏やかな表情をしていた。“ジャッジ”を前にして、これまでの情けなさを微塵も感じさせない。
「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」
その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、覚悟の決まった瞳だった。
「頼む――生き残ってくれ」
その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。
「待っ――!?」
止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。
「<マイティ・バッシュ>ッ!!」
振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。
「っ!!」
男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。
剣は相手の肩口に当たり、そのまま止まっている。肌を切るどころか、スーツの生地をほつれされることすらできていない。渾身の力を込めてもそこから微動だに動かない。“ジャッジ”の表情は変わらず、無論、ダメージも皆無だ。
「こ、この――っ」
スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。
「う、く、この、この――!!」
それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――
「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」
――絶叫が轟く。腕がもぎ取られた。人の身体を、玩具のように壊したのだ。
鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は現実と同じに設定されているのだから。辺りの地面はみるみると血に染まっていく。
「おっさん――!!」
「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」
無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。
「そんな――」
そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。
名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。
しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。
「――――」
奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。
「あ、が、ぐぇえええええ――」
苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。
“ジャッジ”の筋力があれば一瞬で男の息の根を止める事もできる筈なのに、そうしない。
(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)
ただ殺すだけではつまらないというのか。ただ命を散らすだけでは足りないというのか。
どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!
「<ピアッシング・ショット>ッ!!」
感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。まずは男性、ということなのか。どうしようもない無力感が、ミナトに降りかかる。意図せず、涙が目から溢れた。
「アスヴェルぅっ!!」
堪らず、少女は叫ぶ。
「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を、助けてよぉっ!!」
意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。
その嘆きはただただ虚しく響き――
「極大雷呪文」
――雷が一条、飛来した。
「え?」
思わず零れる声。
雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を弾き飛ばした。それまで何をしても無駄だった怪物が、大地に倒れ込む。
「げほっ、げほっ、な、何が――!?」
衝撃で手が離れ、中年男性も解放される。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視していた。
「――待たせたな」
腹立たしい程にふてぶてしい声。
どうしようもなく懐かしい顔。
空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
空手馬鹿の俺が転生したら規格外の治癒士になっていた 〜筋力Eのひ弱少年治癒士が高みを目指す!?〜
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前世は空手部主将の「ゴリラ」男。転生先は……筋力Eのひ弱な少年治癒士!?
「資質がなんだ!俺の拳は魔法を超える!……と、思うけど……汗」
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俺は五里羅門(ごり・らもん) 35歳独身男だ。硬派すぎて女が寄り付かず。強すぎる空手愛と鍛え抜かれた肉体のせいで不本意ながら通称「ゴリラ」と呼ばれていた。
仕事帰りにダンプに跳ねられた俺が目覚めると、そこは異世界だった。だが転生した姿は前世とは真逆。
病弱で華奢。戦闘力最低と言われる職業の「治癒士」(ヒーラー)適正の10歳の少年・ノエル。
「俺は戦闘狂だぞ!このひ弱な体じゃ、戦えねぇ!
「華奢でひ弱な体では、空手技を繰り出すのは夢のまた夢……」
魔力と資質が全てのこの世界。努力では超えられない「資質の壁」が立ちふさがる。
だが、空手馬鹿の俺の魂は諦めることを知らなかった。
「魔法が使えなきゃ、技で制す!治癒士が最強になっちゃいけないなんて誰が決めた?」
これは魔法の常識を「空手の技」で叩き壊す、一人の少年の異世界武勇伝。
伝説の騎士、美少女魔術師、そして謎の切り株(?)を巻き込み、ノエルの規格外の挑戦が今始まる!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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