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第13話 運営に物申す!
【2】
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草木茂る森の中、その少女は駆けていた。
「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」
したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。
誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の悪意によって殺されようとしているのだ。無論、自分に落ち度など何もない。
「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」
すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。
「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」
「ご、ごめんね」
申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。
この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。
――“ゲーム”。
そう、“ゲーム”だ。
長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。
東京の人口を維持するため、定期的に行われる殺人遊戯。国家維持法なる狂った法律で定められた、糞のような“遊び”。ランダムで――と政府は発表している――選ばれた人達が処理される前に、才能ある人の命を助ける救済策として位置づけられている。
(これのどこが救済だっ!?)
しかしてその実態は、参加者へ達成不可能な目標を課し、彼らが藻掻き足掻く姿を見て楽しむという、一部の特権階級向けの娯楽である。一応、一般人にも“ゲーム”の内容は公開されているが――そちらの方は、“汚い部分”を可能な限り削ぎ落として編集し、国家のために散った人々をお涙頂戴な形で紹介する『茶番劇』となっている。
(死ね!! 死んじまえ!!)
この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。
(全員、くたばっちまえ!!)
怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。
「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」
そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。能力値を見る限り戦力としては期待できない人物だが……それでも、誰かと一緒にいるだけで多少は不安を紛らわせることができた。
「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」
「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」
走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。
(とてもそうは思えないけど)
声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。
今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“生き残ること”だった。5時間の間、この“フィールド”内で生き抜くことができれば、目標達成……晴れて自由の身となる。
勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――
「う、うわって、出たっ!?」
「この――<ピアッシング・ショット>!」
横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、
「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」
敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。
「……ふぅ。よし、行くぞ!」
「う、うん」
男を促し、再び走り始める。
斯様に唐突に、遭遇が発生するのだ。魔物達はプレイヤーを狙って動くよう設定されているらしく、一所に留まっているとひっきりなしに襲撃される。故に、ミナト達は移動し続けている訳だ。襲われなくなることは無いが、頻度は大分マシになる。
(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)
出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。
(問題は――“ジャッジ”)
“ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な強さを誇るキャラクターだ。こいつらは、もうどうしようもない。出会ってしまったらおしまいだ。
(ご丁寧に能力値を明かしてきやがって……!)
“ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への助言という形だったが、とんでもない。
(オレ達を絶望させるためだろうが!!)
レベルは1000。現在のDivine Cradleで最高レベルはプレイヤーでもまだ200に達していないにも関わらず、だ。当然、能力値も恐ろしい数値が並んでおり、ミナトと比較して10倍以上の差があった。ここまでくると、こちらの攻撃は一切効果が出ないと考えた方がいい。デバフをかけようにも確実に抵抗される。
(そんなのを、4人も……!)
今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。
それがどれ程の困難を伴うのかは、空を見上げれば分かる。
「あっ!? ま、まただ」
後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。
――スズフキ・タカシがログアウトしました――
誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が減ると、それを知らせる仕組みなのだ。
そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが死んだことを意味する。Divine Cradleにおけるキャラクターの死とは根本的に異なる、正真正銘、人としての死。人生の終わり。
それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。
――タナカ・シュンサクがログアウトしました――
告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。
「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」
男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。
(これで――何人殺されたっ!?)
参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、30回程<ログアウト>は発生した筈だが――
(参加者が減らば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)
つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。
「……う、ぐっ」
より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」
そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、
「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」
「で、でも――」
「いいから足止めんなっ!!」
休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。
(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)
脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。
(いやなんでこのタイミングでNPCの顔まで浮かぶんだよっ!!)
慌てて頭を振る。
(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)
そういうことにしておいた。
――だがしかし。
現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。
「……み、ミナトちゃん」
「? おい、足止めるなって言って――」
「あ、あれ」
震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬスーツ姿の男性が一人、恐ろしく無表情な顔で立っていた。ソレが何であるか、一目で理解する。
「……“ジャッジ”」
とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。
「おっさん、逃げるぞ……」
簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。
「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」
「――ミナトちゃん」
台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――
「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」
――どうしたことか。彼は穏やかな表情をしていた。“ジャッジ”を前にして、これまでの情けなさを微塵も感じさせない。
「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」
その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、覚悟の決まった瞳だった。
「頼む――生き残ってくれ」
その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。
「待っ――!?」
止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。
「<マイティ・バッシュ>ッ!!」
振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。
「っ!!」
男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。
剣は相手の肩口に当たり、そのまま止まっている。肌を切るどころか、スーツの生地をほつれされることすらできていない。渾身の力を込めてもそこから微動だに動かない。“ジャッジ”の表情は変わらず、無論、ダメージも皆無だ。
「こ、この――っ」
スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。
「う、く、この、この――!!」
それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――
「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」
――絶叫が轟く。腕がもぎ取られた。人の身体を、玩具のように壊したのだ。
鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は現実と同じに設定されているのだから。辺りの地面はみるみると血に染まっていく。
「おっさん――!!」
「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」
無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。
「そんな――」
そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。
名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。
しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。
「――――」
奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。
「あ、が、ぐぇえええええ――」
苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。
“ジャッジ”の筋力があれば一瞬で男の息の根を止める事もできる筈なのに、そうしない。
(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)
ただ殺すだけではつまらないというのか。ただ命を散らすだけでは足りないというのか。
どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!
「<ピアッシング・ショット>ッ!!」
感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。まずは男性、ということなのか。どうしようもない無力感が、ミナトに降りかかる。意図せず、涙が目から溢れた。
「アスヴェルぅっ!!」
堪らず、少女は叫ぶ。
「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を、助けてよぉっ!!」
意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。
その嘆きはただただ虚しく響き――
「極大雷呪文」
――雷が一条、飛来した。
「え?」
思わず零れる声。
雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を弾き飛ばした。それまで何をしても無駄だった怪物が、大地に倒れ込む。
「げほっ、げほっ、な、何が――!?」
衝撃で手が離れ、中年男性も解放される。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視していた。
「――待たせたな」
腹立たしい程にふてぶてしい声。
どうしようもなく懐かしい顔。
空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。
――勇者がログインしました――
「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」
したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。
誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の悪意によって殺されようとしているのだ。無論、自分に落ち度など何もない。
「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」
すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。
「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」
「ご、ごめんね」
申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。
この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。
――“ゲーム”。
そう、“ゲーム”だ。
長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。
東京の人口を維持するため、定期的に行われる殺人遊戯。国家維持法なる狂った法律で定められた、糞のような“遊び”。ランダムで――と政府は発表している――選ばれた人達が処理される前に、才能ある人の命を助ける救済策として位置づけられている。
(これのどこが救済だっ!?)
しかしてその実態は、参加者へ達成不可能な目標を課し、彼らが藻掻き足掻く姿を見て楽しむという、一部の特権階級向けの娯楽である。一応、一般人にも“ゲーム”の内容は公開されているが――そちらの方は、“汚い部分”を可能な限り削ぎ落として編集し、国家のために散った人々をお涙頂戴な形で紹介する『茶番劇』となっている。
(死ね!! 死んじまえ!!)
この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。
(全員、くたばっちまえ!!)
怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。
「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」
そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。能力値を見る限り戦力としては期待できない人物だが……それでも、誰かと一緒にいるだけで多少は不安を紛らわせることができた。
「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」
「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」
走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。
(とてもそうは思えないけど)
声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。
今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“生き残ること”だった。5時間の間、この“フィールド”内で生き抜くことができれば、目標達成……晴れて自由の身となる。
勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――
「う、うわって、出たっ!?」
「この――<ピアッシング・ショット>!」
横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、
「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」
敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。
「……ふぅ。よし、行くぞ!」
「う、うん」
男を促し、再び走り始める。
斯様に唐突に、遭遇が発生するのだ。魔物達はプレイヤーを狙って動くよう設定されているらしく、一所に留まっているとひっきりなしに襲撃される。故に、ミナト達は移動し続けている訳だ。襲われなくなることは無いが、頻度は大分マシになる。
(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)
出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。
(問題は――“ジャッジ”)
“ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な強さを誇るキャラクターだ。こいつらは、もうどうしようもない。出会ってしまったらおしまいだ。
(ご丁寧に能力値を明かしてきやがって……!)
“ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への助言という形だったが、とんでもない。
(オレ達を絶望させるためだろうが!!)
レベルは1000。現在のDivine Cradleで最高レベルはプレイヤーでもまだ200に達していないにも関わらず、だ。当然、能力値も恐ろしい数値が並んでおり、ミナトと比較して10倍以上の差があった。ここまでくると、こちらの攻撃は一切効果が出ないと考えた方がいい。デバフをかけようにも確実に抵抗される。
(そんなのを、4人も……!)
今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。
それがどれ程の困難を伴うのかは、空を見上げれば分かる。
「あっ!? ま、まただ」
後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。
――スズフキ・タカシがログアウトしました――
誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が減ると、それを知らせる仕組みなのだ。
そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが死んだことを意味する。Divine Cradleにおけるキャラクターの死とは根本的に異なる、正真正銘、人としての死。人生の終わり。
それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。
――タナカ・シュンサクがログアウトしました――
告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。
「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」
男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。
(これで――何人殺されたっ!?)
参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、30回程<ログアウト>は発生した筈だが――
(参加者が減らば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)
つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。
「……う、ぐっ」
より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」
そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、
「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」
「で、でも――」
「いいから足止めんなっ!!」
休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。
(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)
脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。
(いやなんでこのタイミングでNPCの顔まで浮かぶんだよっ!!)
慌てて頭を振る。
(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)
そういうことにしておいた。
――だがしかし。
現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。
「……み、ミナトちゃん」
「? おい、足止めるなって言って――」
「あ、あれ」
震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬスーツ姿の男性が一人、恐ろしく無表情な顔で立っていた。ソレが何であるか、一目で理解する。
「……“ジャッジ”」
とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。
「おっさん、逃げるぞ……」
簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。
「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」
「――ミナトちゃん」
台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――
「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」
――どうしたことか。彼は穏やかな表情をしていた。“ジャッジ”を前にして、これまでの情けなさを微塵も感じさせない。
「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」
その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、覚悟の決まった瞳だった。
「頼む――生き残ってくれ」
その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。
「待っ――!?」
止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。
「<マイティ・バッシュ>ッ!!」
振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。
「っ!!」
男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。
剣は相手の肩口に当たり、そのまま止まっている。肌を切るどころか、スーツの生地をほつれされることすらできていない。渾身の力を込めてもそこから微動だに動かない。“ジャッジ”の表情は変わらず、無論、ダメージも皆無だ。
「こ、この――っ」
スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。
「う、く、この、この――!!」
それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――
「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」
――絶叫が轟く。腕がもぎ取られた。人の身体を、玩具のように壊したのだ。
鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は現実と同じに設定されているのだから。辺りの地面はみるみると血に染まっていく。
「おっさん――!!」
「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」
無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。
「そんな――」
そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。
名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。
しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。
「――――」
奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。
「あ、が、ぐぇえええええ――」
苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。
“ジャッジ”の筋力があれば一瞬で男の息の根を止める事もできる筈なのに、そうしない。
(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)
ただ殺すだけではつまらないというのか。ただ命を散らすだけでは足りないというのか。
どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!
「<ピアッシング・ショット>ッ!!」
感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。まずは男性、ということなのか。どうしようもない無力感が、ミナトに降りかかる。意図せず、涙が目から溢れた。
「アスヴェルぅっ!!」
堪らず、少女は叫ぶ。
「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を、助けてよぉっ!!」
意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。
その嘆きはただただ虚しく響き――
「極大雷呪文」
――雷が一条、飛来した。
「え?」
思わず零れる声。
雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を弾き飛ばした。それまで何をしても無駄だった怪物が、大地に倒れ込む。
「げほっ、げほっ、な、何が――!?」
衝撃で手が離れ、中年男性も解放される。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視していた。
「――待たせたな」
腹立たしい程にふてぶてしい声。
どうしようもなく懐かしい顔。
空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。
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