異世界攻略コントラクト[2]俺たち in the デス·レース

喪にも煮

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3 これなんて無理ゲー

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「レディース&ジェントルメン!」


 まわりを不思議な熱気に包まれながら呆然としていると、どこからともなく大音量の呼びかけが響き渡った。周囲の人々はピタリと動きを止め、自分の息の音すら押し殺して耳をそばだて始める。なんだこれは、どういう状況?


「待ちに待って待ちくたびれた地獄めぐりのデス・レース! 地獄の上の一足飛び、ここはよいとこ一度はおいで。生きて帰ってこれることが奇跡という名の大イベント、はじまりはじまり~ぱふぱふ~」


 瞬間、地響きを起こしそうな程の歓喜の雄叫びが高い天井をもろともせずに四方八方から轟いた。その雄叫びは一つ一つが重なり合い、厚みを増し、爆発音のように拡大する。先の言葉どおり、ここにいる人たちが心の底から待ちわびていたのを物語っていた。
 なぜこんなことになったのか……時は数分前に遡る。
 あれから気まずくなってしまった楽しいランチタイムはまるでお通夜のように静寂の中粛々と遂行され、昼休み終了のチャイムを合図に幕を下ろした。教室に戻る気になった小向の半歩うしろについて戻ったが空気は重く、改善できないまま放課後を迎えた。だがこのままさようならとなるのも嫌で、クラスメイトからカラオケに誘われたのをいい事に再度アプローチを試みたのだ。


「こーむかいくーん! あーそーぼー」


 空気を払拭するように殊更明るく振る舞い、満面の笑顔を浮かべる。まだ帰る気配のないクラスメイトたちは各々で何かしらしていてこちらのことは気にしていなかった。気にしていたら小向に話しかけてる俺に仰天しただろう。俺が小向に拒否られてるのは周知の事実だから。
 まあ分かってたっちゃ分かってたがそう上手くはいかず、案の定ツーンと顔を背けられ、カバンを持って教室を出て行ってしまう小向。俺はその後ろを追った。
 今日の六時間目の授業が担任の受け持ちだった事からそのままホームルームになり、おかげで未だ廊下は人っ子ひとりいなかった。靴箱の所までともに来たが、この時点ですでに諦めてはいた。たぶん、というか確実に帰るだろうなーと悟りながらカバンを置いて靴箱を開けようとしている小向を眺める。
 小向の靴箱は一番上なので、片手を支えにしながら背伸びしないと届かない。ちょうど靴箱を開けたくらいの時、小向の肩に糸くずがついてるのを発見した。何気なくその糸くずをとった瞬間、小向の体が前に倒れたのだ。
 持ち前の運動神経で反射的に小向の腰に腕を回して転倒を防ぐ。危なかった。小向もびっくりしたのかそのままのポーズでしばしかたまっていた。
 とりあえず抱き上げ地に真っ直ぐ足をつかせると周りを確認する。迷彩服やジャージ、スポーツウェアなどに身を包んだ人人人。みな一様に真剣な顔をして黙々と準備運動している。熱気なのかなんなのか異常に暑いぞここ。何十人という人々に囲まれ、人しか確認できないが、分かるぞ……またやってしまった。異世界なのかは判断つかないが確実に靴箱ではない、ここは俺たちがいた場所とは違う。トリップですね、そして冒頭に戻る。


「待ってました待ってました待ってましたァァア!」

「勝つのは俺だ、愚民は引っ込んでろ」

「ウォォオ血が滾るぜぇえ!!」

「ヒャッハーッ!」


 血走った眼で異様な雄叫びを上げる周囲の人々は皆、興奮が最高潮なのか上擦る声色を抑えられていない。下手すれば今すぐ互いに衝突しあいそうなほどの危うさすらあった。血の気が多そうで、なにやら刃物を取り出してジャンピングしている者すらいる。
 一見個人主張が激しくまとまりが無さそうに見えるが、何かしら共通点はあった。揃いも揃って服装が動きやすそうで、雰囲気が明らかに手練感のある猛者たちだというところだ。武器を所持していた事象を鑑みるに、その道に精通している者も少なくないだろう。
 そんな者たちが一心に見つめる先には何かがいた。ひと癖もふた癖もありそうな個性豊かな群衆の頭上に漂う何か。先程司会者然として恐ろしい言葉を羅列し、周囲を歓喜の波に沸かせたその何かは、どう見ても、蝶ネクタイをつけた骸骨だった。カタカタカタと上下の歯をぶつけ合う音を響かせる骸骨は、拡声器片手に浮きながら、丸い肉塊を使って上手なヘディングを見せてくれている。


「内容は至ってシンプル! 立ちはだかる試練をクリアしてゴールにたどり着く、たったそれだけ。ルールは死なない限りリタイアできないって事と、指示してないのに参加者同士が殺し合う事でーす。君たちの命はもう君たちのものではないからね、ここ重要」


 抑揚がついて楽しそうな声音だが、ただの骨に表情はない。そのちぐはぐが不協和音のように気味の悪さを醸し出し、嫌な汗を出させた。


「ゴールタイムが速ければ速い程賞金は釣り上がります。豪華賞品も準備してあるからがんばってね~! じゃあいってらっしゃーい!!」

「え? ちょ、まじ、で……?」


 その言葉を合図に鳴り響く鐘の音。除夜の鐘のような重圧のあるそれは大きく大きく響き渡り、弾け出した群衆の背中を押す。
 状況を把握する前に賽は投げられた。健闘を祈りまーすと言い切り煙のごとく消えてしまった骸骨と、一斉に走りだした猛者たちに、もはや質問はおろか接触する事さえ叶わなかった。どうしろと?いやいや、どうしろと?
 困惑しているうちにスタートを切った血気盛んな者たちは遥か彼方の米粒に変わり、寿司詰めのようにひしめき合っていた混雑っぷりが嘘のように、瞬く間に俺と小向は広々としたスペースに取り残された。置いてけぼり感が尋常じゃない。


「どゆこと? 何すりゃいいの?」


 そもそもしょっぱな説明された事も噛みくだせていないのに、なんなんだ、展開早すぎ。職業イコール高校生であるただの一般人な俺と小向は他参加者との温度差も実力の差もひどいというのに、その上情報量すら劣ってるときた。
 そんな状態で賞金をかけて競えと言われても正直戸惑いしかない。ライバルと名乗るのもおこがましいが、立場上ライバルというものになるのだろうからそうやすやすと声もかけれないだろう。かけたくてもいないけど。
 だがそんな俺たちにも打つ手がないわけじゃなかった。


「ちょっと! ふざけないでよ男子!!」

「ガタガタガタガタ」

「うう、ううう……」


 何かないかと必死に周りをキョロキョロしていた俺の耳に、怒りをあらわにした女子の怒鳴り声が飛び込んできた。その方向に顔を向けると、ちょっと遠くの方に人のかたまりが見える。まだこのスタート地点に残ってる人たちがいたのか。ラッキーあの人たちに話を聞けるかも。ふって湧いた幸運をものにすべく、俺はぼーとしている小向を連れてその人影に近づいていった。


「こわいよ、なぜ俺たちだけなんだ!」

「もう勝てる気がしない……応募しなきゃよかった、ううう」

「情けない事いわないでよね、私たちしかいないんだからやるしかないでしょ!」

「アミーゴブルーがいないと技が思い出せないよお、覚えてないんだよお」

「一日一回限定の即死技をもつお調子者のナンキンイエローおおお! うわぁぁん」

「カッパーレッドにマラカイトグリーン、お願いだからいい加減にして!」


 距離が縮まるうちにはっきりと見えるようになった人影は、しゃがみこんでガタガタ震えている赤い男としゃがみこんで泣きじゃくる緑の男、そして腰に手を当ててその二人を見下ろしてるピンクな女。そこにいたのは三者三様なカラーの全身タイツを着た三人組だった。


「逆になぜサロメピンクは落ち着いていられるんだ!? 不安はないのか!?」

「5人揃わないと怖くて進めないよおおお、うわーんうわーん」

「だって今更何ができるわけ? アミーゴブルーとナンキンイエローをここにどうやって呼ぶの? できないでしょ? もうスタートしちゃったんだから怯えたって泣いたって意味ないじゃん。言われなくてもわかれっつーの」


 これだから男子は……とため息まじりに鼻で笑われたけれどぐうの音もでないのがなにも言い返せず、だがそこで腹をくくる事もできずに赤い男と緑の男は自らの腕で自分を抱きしめてまたガタガタ震えながら泣き出した。ピンクの女は頼りない二人の男に呆れ果て、もうなにも言葉も出ない様子。殺伐とした空気が流れていた。
 さっきまで周りにいた危ない男たちとは全然違い、その者たちは最近子供のみならず大人にも密かに人気な、基本五人揃えば炊飯器を言い表わす時に使う言葉が語尾についていそうな、悪と戦い人類を守る正義の全身タイツ集団にすごく酷似している。既視感漂うフォルムに希望が湧いた。しかし、これはこれで関わりたくないと思うのはおかしいだろうか。事情はものすごく知ってそうだが、いかんせん震える男も泣く男もとてつもなく面倒くさそうで二の足を踏んでしまう。うーむ、他に良物件はいないかな?
 一度足を止め再度周囲を確認する。もしかしたら他にまともそうな人が残っているかもしれない。だがそうは問屋は卸さないのか、男たちを見下ろして俺たち側には背を向けていたピンクな女が、何者かの気配に気づいたのかこっちを振り向いた。
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