異世界攻略コントラクト[2]俺たち in the デス·レース

喪にも煮

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「布団がふっとんだーー!」

「よしっみんな今度こそあの布団に乗れ!!」

「わああああダメだ、またタンジェリンオレンジが乗れていない!」

「大変! この布団は破棄よ!」

「総員、飛び降りろおおおーーーー!」


 ばたばたわちゃわちゃふわふわふわ。俺たちが放棄した布団がふわりふわりと空中を漂い、風に乗って遠くの方に飛び去っていった。俺たちは今、グツグツと煮えたぎったマグマのようなものが目一杯溜められている、どでかい釜の上を突破しようと試みている。
 他の参加者から遅れること体感一時間弱。無事変身をとげた俺と小向を含めた五人組は、数分前に遅ればせながらスタートを切った。
 変身をとげ、俺と小向の呼び名は変わった。俺はは行レンジャーバトルシップグレイ、小向はた行レンジャータンジェリンオレンジ。そう、空飛ぶ布団を具現化したのは俺で、乗り遅れたのは小向。かれこれもうこれが五度目の布団具現化で、五度目の乗り遅れである。
 体のラインにピッタリ張り付くカラータイツもとい、バトルスーツは思いの外着心地がよく、動きを妨げず実に快適な作りとなっていた。フルフェイスも不思議なことに視界良好、こんな素晴らしいものを開発してちゃ、そりゃ金欠になるのも頷ける。だが自身の基礎能力値を底上げしてくれるというチート機能は当然のごとく備えていないようで、超ド級の運動音痴属性を我が物にしてブイブイ言わせてる小向は、今回も絶好調にドン臭さ通常運転なう。
 あれから先に出発した参加者たちを追って、去って行った方角を目指してきた。幸いな事に移動している間、他参加者に出会うことはなかった。この短い距離の間に出会うとすれば即ち、精神衛生上よろしくなさそうなものになっている可能性大。先に進んでいけばどうなるか分からないから心しておくべきだろうが、今のところ見なくて済んでホッとしている。
 進むに連れて身を蒸すような熱がどんどん酷くなり、そして行き着いたのは、蒸気が蔓延する断崖絶壁の上。それも向こうの淵なのだろうか、中央に浮いているのだろうか……こちら側の淵からは判断しかねるが、蒸気の中に薄っすらと陸地のようなものが見えた。


「あの地が我々を呼んでいる……あそこに行かねばならない」


 そう語るカッパーレッドの膝は笑っていた。
 だが右を見ても左を見ても果てのない崖の淵が広がり、対岸に繋がる道はあったとしても遙か先になるだろう事が容易に想像できた。そんな繋がってるかも分からない道を目指して淵沿いに移動するとなると、どれだけの時間を有するのか皆目検討もつかない。それに本当に対岸に回ればあの陸地があるのだろうか。そもそも、対岸はあるのだろうか。漠然としすぎて途方に暮れた。


「呼んでいる……じゃないわよ、どうすんのここ。崖じゃない」

「まあまあサロメピンク、そういうからにはカッパーレッドに名案があるんだよ、きっと」

「あ、あたりまえだろう! だが、まぁまずはみなの意見を聞こうじゃないか。俺の案は危険を伴うからな」

「要は案ないんでしょ。はぁ」


 カッパーレッドの浅はかな発言に呆れ、サロメピンクはこれみよがしにため息を吐き出した。はぁ、と擬音付きのそれは批難の色濃く、向けられた本人ではないが、背筋に冷たいものが流れる。


「だいじょうぶ? 小向」


 そんな様子を戦々恐々に横目でとらえながら、俺はゼエゼエ呼吸をみだしてへたり込んでいる小向の背中を撫でていた。ここに来るまでの間、最早歩いているのでは?と疑問に思う程低速な走りの小向に皆スピードをあわせて走っていたのだが、それでも小向にとってはかなりの運動量になったらしい。カッパーレッドとは別の意味で膝が笑って、立っているのは無理だったようだ。全身を小刻みにふるわせて外敵に怯える小動物のようになってしまっている。


「はぁ、ぁ、んっ……み、ず……みずのみた、い」


 地面に座り込んでぐったりしている小向は、息もあらあらに喘いだ。その息遣いがなんというか艶めかしく聞こえるのは俺だけではないはずだ。元にサロメピンクに呆れられてため息はかれてるカッパーレッドも、その近くで二人をなだめようと奮闘していたマラカイトグリーンも、ギュインとこちらを振り向き小向を凝視している。
 バトルスーツは体にピッタリとフィットしていて、レディース用のようなスカートで誤魔化されていない分、小向の細っこいボディラインがはっきりと浮き彫りになっていた。ただの男のボディラインなんぞ興味ないが、なにせ前のトリップ先で一国の最高権力者の息子を虜にしたボディだ、興味がないわけではない。……小向の親密さ不足が訳のわからない方向に進んでいる気がする。とりあえずけしからん輩にいたずらされないよう俺が守ってやらなくてはならない。


「水が飲みたいの? 水なぁ、どっかあるかなぁ?」

「んぅ、はぁ、ぁ……おみず、ちょ……だ、い」


 水を欲しがってすがる小向。だが困った、ここは地獄だ、はいそうですかと直ぐに水を準備できるような場所ではない。それに水があったとしても果たしてそれは安全な水と言えるだろうか。


「大丈夫。俺に任せて」


 小向を落ち着けようと背をなでながらどうしたもんかと逡巡している間に、呆れから派生して小言に変わったサロメピンクの説教にもはや仲裁を投げたマラカイトグリーンが直ぐそこまで近づいてきていた。
 颯爽と現れたマラカイトグリーンは小向の前に跪き、俺とともに背を撫でようとしたが、それはやんわりと阻止しておいた。俺は放笑戦隊ダジャレンジャーの一員代理、は行レンジャーバトルシップグレイの前に、小向の前の席であるクラスメイトだ。ここで本当の味方は俺のみ、俺の目が黒いうちはお触りは禁止する。
 ふっと爽やかに笑ってマラカイトグリーンは俺の肩を叩いた。喋り方がいちいち面倒くさいな、つい数分前にはうわーんとか声に出して泣いていたくせに……つられて俺も変な喋り方にならないよう気をつけないと。
 よろしくお願いしますと一言告げ、マラカイトグリーンの動きを待つ。それに頷きで返したと思うとおもむろに立ち上がり、右手は真っ直ぐ、左手は湾曲させ両手の指先と手の付け根をくっつけて、いわゆるDのマークを手で表現した。きっとダジャレンジャーの頭文字ダのDだ、そうに違いない。


「水を見ずにはいられない!」


 マラカイトグリーンがそう叫んだ瞬間、マラカイトグリーンの目の前にバレーボールくらいの大きさの白い煙が現れた。ぽわんぽわんと中に浮かぶ煙の塊はすっとまたたく間に空気に溶けていく。そして煙が消え去ったそこからなんと、まるで蛇口を捻った時のような量の水が流れ落ちはじめた。


「グラグラするグラス」


 そこに、呟きながら近寄ってきたカッパーレッドがコップをよせると、一瞬にして溢れてしまうくらいコップいっぱいになみなみと水が注がれた。


「さぁ遠慮せず飲みたまえ」


 ガタガタガタガタ。カッパーレッドが小向の目の前にコップをさしだす。すごいグラグラ揺れ動くグラスなようで、ついだそばから水がこぼれ落ちてしまっている。カッパーレッドは何でもない風を装っているようだが、今にも手から飛び出していきそうなコップを逃さぬよう必死なのが一目瞭然だ。


「でもヘルメットあるのにどうやって?」

「ああ左耳の後ろにあるボタンを押してごらん」


 言われるがまま小向のヘルメットの左耳あたりを確認すると、言うとおりボタンが。押してみるとヘルメットが前後に割れ、着脱可能になった。そして無事、小向は切望していた水にありつけましたとさ。一回目はガタガタ揺れるコップを握っていられず取り落とすというハプニングでお釈迦になったが、二回目は俺が握ってやり事無きを得た。
 そうやってダジャレの具現化を目の当たりにし、俺は思いついた。この断崖絶壁を飛び越える奇抜的打開策を。それが、布団がふっとんだである。
 いざ岩壁のスレスレに立って下を覗き込んでみると、初見ではただの崖と思ったそこは、岩肌の縁になにやら人工物が見えた。そこは大きな大きな鍋をはめ込むでっかい地面の窪みだったらしい。さすが地獄だスケールがでっかい。


「ここは釜茹で地獄だそうよ。直径は母ノミが進んでは卵を産み、子が引き継いで進んでを100年繰り返しても辿りつけない長さみたい」


 なんだその漠然とした数の表し方は。いつの間にかいた知らない老婆とコミュニケーションをはかっていたサロメピンクの情報に目が点になる。辿りつけないなら答え出てないじゃん!
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