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5 B2F・B3FからのB4F

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「「「「はぁはぁはぁはぁ」」」」

「そ、そうね、ちょっと休憩しましょう……」


 地獄の二丁目層の熱鉄壁地獄・地獄の三丁目層の針山地獄を潜り抜け、ただいま地獄の四丁目層の刀林地獄。ここまでの悪戦の数々に体は疲労困憊だった。
 切れ味抜群の刀をここぞとばかりにあつらえた木々が生い茂る中を強化したコートを羽織って移動しているが、これがまた重いのなんの。小向はそのコートを装着したら立っていることすらできず、またもバンダナの出番だな。女子であるサロメピンクは大丈夫なのに、貧弱過ぎるぞ小向。
 そのおかげで小向と少しだけ近付けた気がするが、いかんせん強化されたコート+小向で体力は急激に削り取られ、そんな中での休憩の言葉は正直ありがたい。いや、体はゼロ距離だがな!
 階層の移動はマッチで確認、その後すべり台の手順が定着している。長さが二メートル程足りないのは初回で勉強し、地獄の二丁目層から地獄の三丁目層、地獄の三丁目層から地獄の四丁目層の移動ではクッションではっくっしょん!で補っている。初回の時にいの一番に降りた事により、落下の衝撃をもろにあびてその場で気を失っていたカッパーレッドが、後続のクッション代わりになったのが閃きの鍵になった。
 強化のダジャレは要所要所で使える便利な万能ダジャレだった。強化をするのは今日か?というフレーズで解決できた問題は数知れず。さほど大きくはない小山に裁縫の針がびっしりとまるで草のように生えている針山地獄も、靴底を強化する事によって突破する事ができた。
 ちなみにその前に挑んだ地獄の二丁目層の熱鉄壁地獄は、吃驚する程難なく通過できた。熱せられた熱々の二枚の鉄壁が不規則に閉じたり開いたりを繰り返す人間せんべい製造機な熱鉄壁は、まさかまさかの機械仕掛けだったのだ。モーターを壊してもーたーで動力源であるモーターを破壊するという暴挙が功を奏し、熱鉄壁自体が作動停止。
 本来の地獄では鬼が動かしているらしいが、ここではモーターという文明の利器を利用していたからできた技だ。途中でであった獄卒の方に聞いたところによると、ここは本当の地獄ではなく地獄の中に建設された模擬地獄のテーマパークらしい。本物の地獄は今もなお収監者が途切れず、死者が多すぎてこういうイベントをするには不向きということだ。
 じゃあなぜこんなイベントをするのか。それはトップシークレットだと教えてくれなかった。だが俺はうっかり漏らした言葉を聞き漏らさなかった。
 現世が荒れて、ここ近年収監者が激増していると。そしてその獄卒、このレースのリタイア勢の一人だと。元々は鬼だったがつい数日前獄卒に昇進したらしい。異例のスピード出世だと喜んでいた。おめでとう。これ聞いて分かっちゃったやつ多いんじゃないか?このレース、たぶん真の目的は地獄の職員の求人募集だ。
 地獄行きの亡者は罪の重さの分だけ地獄でいじめたい、だからと言って天国行きの清らかな心の持ち主をこんな所で働かせたくない……なら職員用で亡者つくっちゃえばよくない?あらかたこんなもんだろう。さすが地獄クオリティ、考える事のスケールが違う。


「ふへーーつかれたあああ」


 未だ刀林のど真ん中。しかし比較的スペースが開けている場所を見つけ、一同どっとへたりこんだ。休憩だ休憩。俺は抱えていた小向を横に降ろして地面に寝転がり、ぐぐぐーと凝り固まった背筋を開放してやる。さすがに腕もパンパンだ。しばらく動きたくない。
 だがそんな俺を許さないと言うかのように、股間部にどんっと衝撃が落とされた。見ると小向が俺の方を向きながら腰あたりに跨っているではないか!何事だ。


「おなかへった」


 でましたよ、小向の常套句。おなかへったを繰り返しながら小向は俺の股間部で小刻みに飛び跳ねた。小向自体は俺を揺さぶってるつもりなのだろうが、ちょっと場所も体勢も悪過ぎる。刺激しないでくれるかな?
 近くに座っていたカッパーレッドとマラカイトグリーンの様子を横目で伺うと、ヘルメットの上から口当たりに手を当て、股間部分でテントを張っている。


「あ、これそこの木から収穫したの。みんなで食べましょう」


 さっきからいそいそと一人で何かしているなと思っていれば、サロメピンクは刀でデコレーションされている木から実を採取していたらしい。小向の発言で今だ!と、真っ赤な血の色のようなものをごろごろと小向の前に並べる。小向の前といえば俺の腹の上。いやいやおかしいでしょう。


「美味しそうでしょう? 真っ赤な桃みたい」


 一つを手に取り、うっとりと頬擦りするサロメピンク。よくこんな恐ろしい木の実を食べようと思うな。俺には血の塊にしか見えず、生々しすぎて一切食指をくすぐられなかった。


「……や」


 小向は食べ物を前に悔しそうに、心底悔しそうに、首を背けて拒否をした。小向が拒絶するなんて珍しい。即ちそれは本当によろしくない食べ物なのだろう。
 だが食べ物を否定するのが余程悔しいのか、耐えるように俺のバトルスーツをギュッと握りしめている。そこ俺のムスコの真上ですけど?もうちょっと下にいったら触っちゃいますけど?ギュッと握られた場所がそこじゃなくてよかったと安心したが、一歩間違えれば俺的大惨事になっていた事を思うと恐怖で背筋が震えた。


「地獄の食べもの口にしたらもう元の世界にかえれない」


 歯切れ悪く、悔しさに打ち震えながら絞りだされた声は涙を含んでいそうだった。うん、これは俺もそうじゃないかと思った。そもそも地獄の木の実とか危険以外の何ものでもないだろう。そうでなくても普通怖くて食べれないって……毒とか入ってそうだし。地獄というものは冥銭を両替するだけでアウトだったんだ、いい加減学びなさい。


「な、なんですってーー! いやっ」


 触っていることすら耐え切れなかったのかサロメピンクは頬擦りしていた実を投げ捨てた。サロメピンクが投げ捨てた実が空中を舞い、木にくっついてる刀に突き刺さる。瞬間ブシャーッと明らかに実の許容量ではない大量の真っ赤な液体が弾け出した。
 その様子を見てヒイッと悲鳴をあげたカッパーレッドとマラカイトグリーンのテントが萎む。とても危ない実だったが、少しばかりは役に立ったようだ。


「じーじ?」

「ん」

「じーじって小向のおじいさんの事?」

「かんけーない、おなかへった」

「へいへい」


 俺の腹の上に置かれ続けていた危ない実を一つ一つ遠くへ投げ捨てる。サロメピンクはもう触る事すら嫌みたいで、待っていてもどかしてくれそうもなかった。投げる度に刀にぶつかりさっきの光景が繰り返される。その都度竦み上がるカッパーレッドとマラカイトグリーンは見ていて飽きそうもなかった。


「食べ物系のダジャレって扱いどうなるんですか?」

「あ、ああ、安心しろ、食べ物は消耗品に分類されるから食べれるぞ。消耗品はクールタイムとかリミットとかも関係ない使い切りダジャレだ」

「だけどまぁ制約が三つあるんだ。一つは使い切るまで次が出せないこと。二つ目は一つの消耗品ダジャレにつき一日最大五つまで。そして三つ目、これが一番重要なんだ」

「一つ唱える度に、一本なくなる」

「何がですか?」

「毛」

「それもシモのほう」


 えーー……なんか地味に嫌だ。消耗品を具現化する引き換えにナニの毛が消耗されるなんて。消耗のモウと毛の音読みをかけているのだろうか。まぁ毛をモウって読むものの代表はあの毛だと俺も思うが。
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