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1章 捨てられた聖獣様は、天然騎士に拾われる。
5話 痴女まっしぐら!?
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走馬灯のように駆け巡るのは、この世界で最初に、瞳を開いた日の記憶。
気がつけば、私は異世界で赤ん坊になっていた。
前世の私は、恋も家庭も捨てて仕事に邁進したバリキャリ女性。そんな私にとって、二度目の人生はあまりに「女」として残酷なものだった。
生まれ落ちた家。そこで見たのは、外に愛人を囲い、権力にしか興味のない冷酷な父と、窓際で静かに枯れていく母の姿。
かつては聖獣様の血を引く王家から降嫁を受けたこともあるという、その古い血統だけに価値を見出され、お前の母は半ば売られるようにして公爵家へ嫁いできたのだと、幼い私にむかって父の愛人は嘲笑う。
聖獣の血が尊ばれたのは『昔の話』。
女好きで有名な三代前の王が市井にまで種を撒いたことは笑い話となり、今やこの国の至る所に『自称・聖獣の末裔』が溢れかえっている。
街を歩けば、少し見目麗しい娘に対して『世が世なら聖獣様の子を産めたかもね』なんて言葉が褒め言葉として飛び交い、市場では『聖獣の血を引く牛の乳』なんて怪しげな商品が笑い話の種として売られている始末。
聖獣の血筋なんて、今や手垢のついた安っぽいブランドに過ぎない。
「……あなたは、幸せになりなさい。私のように、誰かの道具になってはいけないわ」
私を産んだことでさらに自由を奪われ、不幸になったはずの母。それなのに、彼女は最期まで私の幸せだけを祈り、細い手で私の頬を撫でて逝った。
私は誓った。天国で見守る母のためにも、何があっても逞しく、自分の足で生きてやると。
だが、運命は嘲笑うかのように私を変貌させた。
ある日突然、私の体は「人」の形を維持できなくなり、白く丸い獣へと姿を変えた。
それを見た父の目は、狂喜に染まっていた。娘の心など見ていない。王家への最高の手土産を手に入れたことに、下卑た笑い声を上げたのだ。
私は鍵のかかった暗い部屋へ閉じ込められた。
父はすぐさま王都へ向かった。私を売り込み、さらなる富と権力を得るために。
けれど、天罰は下った。王都へ向かう馬車が崖から転落し、父はあっけなく事故死したのだ。
残されたのは、私を憎んでいた父の愛人と、部屋に取り残された「太った白い獣」。
『あんなに執着していたからどれ程のものかと思えば……ただの太った猫じゃない。これを聖獣だなんて、旦那様もボケていたのかしらね』
吐き捨てられた言葉と共に、私は麻袋に詰め込まれ、ただの獣として土砂降りの魔の森へと捨てられた。
(……皮肉なものね。あんな女に捨てられたおかげで、私は自由になれたんだから)
魔の森では、人間に戻る必要もなかった。裏切りも、道具扱いされることもない世界。
このまま一生、誰にも縛られない獣として終わってもいい。そう思っていた。
だからこそ、決めたのだ。
美味しい魔力をくれたお礼に、エリー様の「傷」を治したら、私はこの屋敷を去る。
深入りすれば、またいつか誰かの「道具」にされてしまうかもしれない。
情が移ってしまう前に、この温かな場所から抜け出さなくては。
(……それなのに、なんで今さら、こんなことになっちゃうのよ……っ!)
きっとエリー様の身体から溢れ出していた「魔力の吹き出し口」を塞ぐようにして、夢中で吸い込みすぎたせいだ。
ーーーあの時私は、人に戻りたいと、僅かにでも思わなかっただろうか?
治療は成功したはずだった。あとは、エリー様の手をすり抜けて、夜闇に消えるだけだったのに。
(あ、熱い。身体が……内側から勝手に組み変わっていく……!)
急激な魔力の過剰摂取に、私の小さな猫の器が悲鳴を上げた。
「にゃ…!!」
閉じ込めていたはずの「人間の姿」が、制御不能な魔力に押し出されるようにして溢れ出していく。
中途半端な、人の体に尻尾と耳の生えた滑稽な姿が、ゆらゆらと幻影のようにゆらめいた。
「…………!!」
次の瞬間。
あるはずのない自分以外の不審な気配を感じたのか、一切の躊躇いなく目覚めたエリー様は、枕の下に隠してあったのだろう剣を私に突き付けた。
(だからもうなんだってそんな物騒なのよーー!!)
ただの猫です、あなたが拾ったリリですー!
もう身体の異変だなんだと言ってる場合じゃない。
現金なもので、明確な生命の危機を前に、先程までの溢れんばかりの魔力が、ヒュンと萎んだ。
「にゃ、ニャーーーン!!」
「……………リリ………か?」
(そうです私です、だからお願いその剣をしまってぇーー!)
剣を握ったまま冷たい視線を向けられ、心臓が悲鳴をあげる。
「ーーー?」
「にゃ……」
「今何かーーーー」
「にゃにゃ!?」
何もないです何も!と必死でうわずった短い鳴き声をあげる私に、自分でも動物を相手に馬鹿な事を聞いたな、と思ったのだろう。
周囲を念入りに見回した後、自分たち以外の気配がないことを納得する。
ようやく剣を鞘に収めた様子に安心し、「に、にゃーー」(お邪魔しましたーーー)と、そのまま何食わぬ顔でベッドを抜け出そうとしたその時。
「んにゃ!?」
「……なんで出ていくんだ?」
エリー様の両手が、私をガッチリ掴んでその逃亡を阻んでいた。
「出ていく必要はない。ここにいて」
そのまま、きつく抱きしめられ、再び寝具の隙間に潜り込むエリー様。
小さな声で、「すまない」と謝られたのは、剣を向けた事に対する謝罪だろう。
あの時は本気で殺されるかと思ったが、今のエリー様はどうだろう。
まるでぬいぐるみを抱いて眠る子供のようだ。
(あぁそうか)
私にはずっと、この人が幼い子供のようにしか見えていないのだと、ここへ来てようやく思い当たる。
ーーーあんなに恐ろしい人なのに。
無理をすれば逃げられないわけでもないが、この状況でさすがにそれはないだろう。
(ぬ、抜け出せない)
物理的にも、心理的にも。
だが、そうこうしている間にも、エリー様に触れている場所からは、濃密な魔力がこちらに向かって流れ込んでくる。
先程と同じ事態になるのは時間の問題だろう。
(どうすればいいのよこれ!?)
気がつけば、私は異世界で赤ん坊になっていた。
前世の私は、恋も家庭も捨てて仕事に邁進したバリキャリ女性。そんな私にとって、二度目の人生はあまりに「女」として残酷なものだった。
生まれ落ちた家。そこで見たのは、外に愛人を囲い、権力にしか興味のない冷酷な父と、窓際で静かに枯れていく母の姿。
かつては聖獣様の血を引く王家から降嫁を受けたこともあるという、その古い血統だけに価値を見出され、お前の母は半ば売られるようにして公爵家へ嫁いできたのだと、幼い私にむかって父の愛人は嘲笑う。
聖獣の血が尊ばれたのは『昔の話』。
女好きで有名な三代前の王が市井にまで種を撒いたことは笑い話となり、今やこの国の至る所に『自称・聖獣の末裔』が溢れかえっている。
街を歩けば、少し見目麗しい娘に対して『世が世なら聖獣様の子を産めたかもね』なんて言葉が褒め言葉として飛び交い、市場では『聖獣の血を引く牛の乳』なんて怪しげな商品が笑い話の種として売られている始末。
聖獣の血筋なんて、今や手垢のついた安っぽいブランドに過ぎない。
「……あなたは、幸せになりなさい。私のように、誰かの道具になってはいけないわ」
私を産んだことでさらに自由を奪われ、不幸になったはずの母。それなのに、彼女は最期まで私の幸せだけを祈り、細い手で私の頬を撫でて逝った。
私は誓った。天国で見守る母のためにも、何があっても逞しく、自分の足で生きてやると。
だが、運命は嘲笑うかのように私を変貌させた。
ある日突然、私の体は「人」の形を維持できなくなり、白く丸い獣へと姿を変えた。
それを見た父の目は、狂喜に染まっていた。娘の心など見ていない。王家への最高の手土産を手に入れたことに、下卑た笑い声を上げたのだ。
私は鍵のかかった暗い部屋へ閉じ込められた。
父はすぐさま王都へ向かった。私を売り込み、さらなる富と権力を得るために。
けれど、天罰は下った。王都へ向かう馬車が崖から転落し、父はあっけなく事故死したのだ。
残されたのは、私を憎んでいた父の愛人と、部屋に取り残された「太った白い獣」。
『あんなに執着していたからどれ程のものかと思えば……ただの太った猫じゃない。これを聖獣だなんて、旦那様もボケていたのかしらね』
吐き捨てられた言葉と共に、私は麻袋に詰め込まれ、ただの獣として土砂降りの魔の森へと捨てられた。
(……皮肉なものね。あんな女に捨てられたおかげで、私は自由になれたんだから)
魔の森では、人間に戻る必要もなかった。裏切りも、道具扱いされることもない世界。
このまま一生、誰にも縛られない獣として終わってもいい。そう思っていた。
だからこそ、決めたのだ。
美味しい魔力をくれたお礼に、エリー様の「傷」を治したら、私はこの屋敷を去る。
深入りすれば、またいつか誰かの「道具」にされてしまうかもしれない。
情が移ってしまう前に、この温かな場所から抜け出さなくては。
(……それなのに、なんで今さら、こんなことになっちゃうのよ……っ!)
きっとエリー様の身体から溢れ出していた「魔力の吹き出し口」を塞ぐようにして、夢中で吸い込みすぎたせいだ。
ーーーあの時私は、人に戻りたいと、僅かにでも思わなかっただろうか?
治療は成功したはずだった。あとは、エリー様の手をすり抜けて、夜闇に消えるだけだったのに。
(あ、熱い。身体が……内側から勝手に組み変わっていく……!)
急激な魔力の過剰摂取に、私の小さな猫の器が悲鳴を上げた。
「にゃ…!!」
閉じ込めていたはずの「人間の姿」が、制御不能な魔力に押し出されるようにして溢れ出していく。
中途半端な、人の体に尻尾と耳の生えた滑稽な姿が、ゆらゆらと幻影のようにゆらめいた。
「…………!!」
次の瞬間。
あるはずのない自分以外の不審な気配を感じたのか、一切の躊躇いなく目覚めたエリー様は、枕の下に隠してあったのだろう剣を私に突き付けた。
(だからもうなんだってそんな物騒なのよーー!!)
ただの猫です、あなたが拾ったリリですー!
もう身体の異変だなんだと言ってる場合じゃない。
現金なもので、明確な生命の危機を前に、先程までの溢れんばかりの魔力が、ヒュンと萎んだ。
「にゃ、ニャーーーン!!」
「……………リリ………か?」
(そうです私です、だからお願いその剣をしまってぇーー!)
剣を握ったまま冷たい視線を向けられ、心臓が悲鳴をあげる。
「ーーー?」
「にゃ……」
「今何かーーーー」
「にゃにゃ!?」
何もないです何も!と必死でうわずった短い鳴き声をあげる私に、自分でも動物を相手に馬鹿な事を聞いたな、と思ったのだろう。
周囲を念入りに見回した後、自分たち以外の気配がないことを納得する。
ようやく剣を鞘に収めた様子に安心し、「に、にゃーー」(お邪魔しましたーーー)と、そのまま何食わぬ顔でベッドを抜け出そうとしたその時。
「んにゃ!?」
「……なんで出ていくんだ?」
エリー様の両手が、私をガッチリ掴んでその逃亡を阻んでいた。
「出ていく必要はない。ここにいて」
そのまま、きつく抱きしめられ、再び寝具の隙間に潜り込むエリー様。
小さな声で、「すまない」と謝られたのは、剣を向けた事に対する謝罪だろう。
あの時は本気で殺されるかと思ったが、今のエリー様はどうだろう。
まるでぬいぐるみを抱いて眠る子供のようだ。
(あぁそうか)
私にはずっと、この人が幼い子供のようにしか見えていないのだと、ここへ来てようやく思い当たる。
ーーーあんなに恐ろしい人なのに。
無理をすれば逃げられないわけでもないが、この状況でさすがにそれはないだろう。
(ぬ、抜け出せない)
物理的にも、心理的にも。
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