『偽りの血筋が溢れる世界で、ただ一人の君を見つけ出す 〜捨てられた公爵家の猫は騎士団長に溺愛されて逃げられません〜』

高瀬あい

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2章 猫の縄張りは案外広く、世間は意外と狭いもの

14話

「正しく跳んで火に入る夏の虫………なぁんちゃって?」


ははは、と笑う男の横っ面を思い切り引っ掻いてやろうと、私が爪をむき出し狙いを定めていた時。 
ようやく職務を終えたエリー様が別室へとやってきたことで、私の犯行は残念ながら未遂に終わった。
その後、エリー様に抱かれながら馬車に揺られるうちに、私もすっかり眠くなってしまいーー。

(……命綱、ね)
​ 馬車の規則正しい振動に身を任せながら、私はジャックの言葉を反芻していた。
 私という「命綱」を掴んでしまった死神は、もう二度と私を放さないだろう。それが、正気ゆえの決断であっても、血に流れる狂気ゆえの渇望であっても。
​ ふと視線を上げると、読書をしていたはずのエリー様が、本を閉じて私を見つめていた。
 夕闇が迫る車内、ランプの灯りに照らされた彼の瞳は、吸い込まれそうなほど深く、暗い。
​「……リリ、眠いのか。無理をせずともいい。王都まではまだ時間がかかる」
​ エリー様の大きな手が、私の背中をゆっくりと撫で下ろす。
 その指先は、首輪の鎖を弄ぶように、けれど壊れ物を扱うような繊細さで動いていた。
​(……にゃぁ)
​ 悔しいけれど、この腕の中はあまりに心地いい。
 たとえここが、世界で最も甘く、最も脱出困難な「籠」の中だったとしても。
​ 私はうつらうつらしながら、彼の膝の上で丸くなった。
 すると、耳元で低く、掠れた声が響く。
​「……リリ。王都に着けば、お前を『公爵令嬢』として引きずり出そうとする連中が現れるだろう。偽物を立て、お前の価値を利用しようとする醜い者共だ」
​ 撫でる手が止まり、ぐっと私の体を自分の方へと引き寄せた。
​「だが、案ずるな。お前を誰にも渡さない。たとえ実の親であっても、王宮であっても……お前を私から奪おうとするなら、私は喜んでジャックの言った『狂気』に身を落とそう」
​(……一体どこから話を聞いてたの?盗み聞きしていたのね……)
どうやら私がリリアーヌだと確信しているようだし……。
​ 半分夢の中にいた私の脳裏に、ふと様々な書類が浮かぶ。
 公爵による横領を補填する為に始めた様々な事業の計画書。
領内の農作物の生産量をまとめた資料や、領内の財政報告。
私が姿を消したことで途絶えてしまっただろう孤児院への寄付の目録。
全て、あの家を放り出されたことで投げ出されたもの。
 今思えばきっと、あの時はもうどうにでもなれと自暴自棄になっていたのだろう。
果たすべき役割と、新たに自ら背負い込んだ責任ーーー。
​「……お休み、私のリリ。目覚めた時には、お前の敵が一人もいない世界にしてやれたらいいのだがな」
​ 額に落とされたのは、猫の私に対するものとは思えないほど、切実で熱い口付けだった。
​ 深い眠りに落ちる寸前、私は心の中で小さく呟いた。
 (……待ってなさいよ、あの厚化粧ババァ!あなたの横領のツケ、いつか一括で清算させてあげるんだから……!)
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