『偽りの血筋が溢れる世界で、ただ一人の君を見つけ出す 〜捨てられた公爵家の猫は騎士団長に溺愛されて逃げられません〜』

高瀬あい

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2章 猫の縄張りは案外広く、世間は意外と狭いもの

15話 

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深い闇の中、エリオットはじっと瞬きすることもなく、隣で眠る「白い塊」を凝視していた。
「…………そろそろか」
 腕の中に伝わる毛皮の感触が徐々に遠のき、代わりに指に触れるのは、キラキラと輝く金の髪。

​「……ん、うぅん……あつい……」
​ ふわり、と。
 シーツの間から溢れ出したそれを指で絡め取り、エリオットはその髪にいつものごとく口づけた。
「本当なら服くらいは着せてやりたいところなんだがな…」
​ 寝具から覗く肩は白く、健全な呼吸に合わせて長い睫毛が微かに揺れている。
 そこにあったのは、いびきを掻いて眠る一匹の猫ではなく、若く魅力的な女性の裸体。
​「…………リリ」
​ シーツからゆっくり身を起こすと、自らはソファに腰をかけ、その神秘的な姿をじっくり眺める。
 人間に戻った彼女はあまりに脆く、今にも消えてしまいそうで――同時に、その「女性」としての実体感は、彼の奥底に眠る狂気を激しく揺さぶった。
​「にゃ……あ、ちが……課長、その数字……間違って……」
​ この妙な寝言もお決まりで、言っている意味はほとんどわからない。
ただ、その薄い唇から漏れ出る言葉を一言でも聞き漏らすまいと、エリオットはじっと耳を澄ます。
「う……、ん?」
 無意識に飼い主の体温を求めてすり寄ろうとしたのか、もぞもぞと身を動かす少女。
​「……っ、リリ。……私を試しているのか?」
​ 自分を求めているかのようなその姿に、明け方の闇のような瞳に深い情念が灯った。
 音もなく立ち上がり、その逃げ場を塞ぐように覆い被さる。

「ん……?エリー……様?相変わらず美味し……」

少女の唇を塞ごうとしたその動きが、むにゃむにゃと動く口元と、漏れ出た間抜けな寝言に、一瞬でぴたりと止まった。

「リリアーヌ」

代わりに耳元でささやくのは、普段は呼ぶことのできない少女の名。
こんなにも共にいるのに、自分はまだ、この少女の名を呼ぶ権利すら持たない。
真実を明らかにすることは簡単だ。 
だが、今はまだその時ではない。
逃がすつもりのない獲物には、隙を見せるべきではないのだ。

「リリアーヌ。いずれその髪の一筋まで、お前の全てを私が奪う」

もしこれが狸寝入りならば、今すぐ全てを奪ってやれるものを。
こうして無防備に私の元に中にあるというのなら……。

「もう少しだけ待ってやろう」

鷹揚に微笑むエリオットに、何かの気配を感じたのか、シーツのなかで身じろぐリリアーヌ。
今この時に目覚めたなら、彼女は一体どんな表情を見せてくれるだろうか。
そんな性の悪い考えを思い浮かべながら、エリオットはもう一度ゆっくりと少女の頭上へ覆いかぶさると、「これは夢だ、リリ」とその耳元に囁く。
それはかつて、彼女自身が彼に告げた言葉。

「たとえ明日、お前が再び猫に戻り、私を忘れたと言い張っても、この熱だけは決して忘れるな」

​ 首輪を外され、無防備になった首筋に落とされる、深く、重い口づけ。

眠れぬ夜。
やがて少女の姿がゆっくりと白い毛玉へと変わっていくのを見守りながら過ごす。
それ彼にとって何より忍耐のいる時間であると同時に、至福の時でもあった。
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