江戸魅立探偵帖

白楽天

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第一話 消えた煙管の謎

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 両国の川沿いに、ひときわ繁盛する茶屋があった。

 名を「梅の屋」。

 暖簾をくぐれば、香ばしい煎茶の匂いと、芸者のお囃子の声が出迎える。

 その夜も客で賑わっていたが、突然、座敷の奥から怒声が響いた。

「この煙管が、無ぇだと!? 誰か盗みおったな!」

 荒々しく叫ぶのは、常連の武士・青山主膳。
 肩を怒らせ、腰の刀に手をかける。

「旦那、落ち着いてくださいまし!」
 女将のお春が慌てて宥めるが、主膳は聞き入れない。

「わしの煙管は金の細工物。町でただの一文にもならぬ盗っ人が、どうやって持ち去ったのだ!?」

 芸者のお琴は青ざめて震えていた。
「確かに、ここにございました……。お酌をして、盃を取りに立ったその一瞬で……煙のように、消えてしまったんです」

 座敷には出入口がひとつ。
 その間、誰も通っていない。
 煙管はまるで、霧の中に紛れ込んだかのように消えたのだった。

 ——その場に、ひとりの男がいた。

 痩せた顔に鋭い眼。
 古びた羽織をまとい、脇に扇子を差している。
 神無月惣十郎。浪人の風采だが、江戸の町では「見立て探偵」と囁かれる人物である。

「煙のように消えた、とな」
 惣十郎は目を細め、座敷をぐるりと眺め回す。

「……お芳」
「はいよ、惣さん」
 茶屋に来ていた娘・お芳が応じる。彼女は惣十郎の馴染みで、何かと事件の語り手を務めている。

「さて、この部屋には入口が一つ。煙管を持ち去れる道理はない」
「じゃあ……ほんとに化け物の仕業、とか?」
「ばかを言うな」惣十郎は苦笑した。「幽霊が金の煙管を吸うか」

 惣十郎は座布団の脇に腰を下ろし、じっと畳の目を見つめた。
 しばし黙した後、扇子の先で座布団を軽く持ち上げる。

 ——かちり。

 金の輝きが覗いた。
 そこには問題の煙管が、ひっそりと隠れていたのだ。

「なっ……!」
 青山主膳の顔が真っ赤になる。

「煙管は盗まれてなどおらぬ。ただ……お琴殿、そなたがお酌の折に盃を倒し、慌てて手をついたな。その拍子に、煙管を座布団の下へと押しやったのだろう」

「……!」
 お琴は口を覆い、涙ぐんだ。

「失態を隠すために、とっさに『消えた』などと申したか。だが罪は盗みより軽い。正直に詫びるがよい」

 武士は腕を組み、しばし睨んだが、やがて深々とため息を吐いた。
「……わしも早合点した。無礼を許せ」

 お琴は膝をつき、何度も頭を下げた。

 惣十郎は煙管を扇子ですくい上げ、にやりと口端を吊り上げる。
「煙は消えても、金は消えぬ。なに、次からは盃に気をつけることだ」

「惣さん、また格好つけてるねぇ」
 お芳が呆れたように笑うと、座敷にようやく安堵の笑いが広がった。
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