お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第二十話③『第二の復讐』

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 形南あれなから解放され、その場に跪いた野薔薇内のばらうちは彼女に土下座をしながらか細い声で謝罪の言葉を口にした。

「ごっ……ごめ…ごめんなさい」

「何に対しての謝罪ですの?」

「こ、高円寺院こうえんじのいんさんを……高円寺院さんの婚約者をう、奪い……挙句にあなたをけ、貶したことです」

「あら、ご自覚がありましたのね。それは何よりですの」

 形南はそう言うと野薔薇内の乱れた髪の毛を一見してから踵を返す。

「今のお言葉、しかと受け取りましたの。もう二度と、このような事がなきよう祈っておりますわ」

 そう言葉を残して形南は野薔薇内の部屋から離脱した。続いて嶺歌れか兜悟朗とうごろうもその場を後にする。

 野薔薇内がこれ以上何かをすることも、できる事もないというのは明白だった。

 形南の威厳を目の前にし、体を震えさせ、彼女は確実に恐怖を感じ、形南に逆らった時の恐ろしさを身を持って体感していた。だからこそ、高円寺院家に喧嘩を売る事はこの先ないだろう。

 嶺歌は野薔薇内家を出た途端にかけていた魔法を解除する。

 今回、娘を溺愛する家族は邪魔になると踏んで予め結界のような魔法をかけていたのだ。形南や兜悟朗、そして野薔薇内の姿や声は認知できないような魔法である。そのため形南や兜悟朗も屋敷内に入ることが出来ていた。

 そしてその結界を解いた今、きっと野薔薇内の元に家族が集まっている事だろう。



「あれなスッキリした?」

「…………ッ」

 兜悟朗とうごろうの運転するリムジンに乗っても形南あれなは無言だった。

 そのため嶺歌れかも黙っていたのだが、やはり今回の一件がどうだったのか聞いておきたい。

 そう思って尋ねてみたものの、形南は気まずそうにこちらから目線を外して窓側の方に目をやってしまう。こんな反応は初めてだ。一体どうしたのだろうか。

「どうしたの? 何か腑に落ちないとか?」

 嶺歌は形南に顔を向け、再度言葉を発する。すると形南は顔を覆いながらこんな言葉を口にした。

「お恥ずかしいところを見せてしまいましたの。あのようなお姿をこの短期間で二度も……嶺歌には温和なわたくしだけをお見せしたかったですのに」

「え、そこ?」

 彼女が顔を背けていた予想外の理由に嶺歌はつい本音が漏れた。今更そんなところを気にするのだろうか。いや、財閥のお嬢様であるのだから体裁を気にするのは当然の思考なのかもしれない。

「威厳があってカッコよかったと思うけど。気にするとこなの?」

 嶺歌れかは自身の率直な意見を口にする。

 すると形南あれなは暗い表情を包み隠さず、どよんとした空気を醸し出す。先ほどの威厳はどこにいったのかと思ってしまう程に、今の形南は別人のようになっていた。

(そんなに見せたくなかったのかな)

 嶺歌はどうしたものかと思考していると「お嬢様」と兜悟朗とうごろうの声が車内に響いた。

「嶺歌さんはお嬢様の先程のお姿を逞しく、ご立派であられると思われていらっしゃいます。面映おもはゆい思いになられる事は決してないのだと、先程の行いに胸を張られるべきだとそう思われておりますよ。そして恐縮ながらわたくしも同じように感じております」

(ええっ!?)

 兜悟朗の唐突で確信めいたその発言に嶺歌は驚く。

(エスパー!?)

 確かに形南の姿を見て嶺歌がそう思ったのは間違いない。だが後者は口に出した覚えがないのだ。

 咄嗟に兜悟朗の方へ目線を向けると彼はこちらをチラリと見つめてから薄く笑みをこぼした。

 そんな彼の視線を目にして嶺歌はようやく理解する。これは形南の気持ちを沈めさせないための彼なりの気配りなのだ。

 そして同時に彼は嶺歌がそう思っている事を単なる予測ではなく、確信した上でこのように形南に話しているという事も理解していた。そんな兜悟朗の見識の広さに嶺歌は感服する。

(兜悟朗さん、すご)

「そうなのですの……?」

 すると形南がこちらを見上げ、涙目の彼女と目が合う。嶺歌は本心でそう思っていたため大きく頷きそうだよと肯定してみせた。

「まあ……! 落ち込んでいる場合ではないですわね!!」

 するとあっという間に形南のテンションは普段通りの彼女へと戻る。

 何度見ても思うのだが、形南の喜怒哀楽は中々に激しい。

(そんなところも面白いよね)

 個性的で素敵なお嬢様だと思う。嶺歌は形南と関わりが増えていくごとに彼女の新たな一面を知る事となっていたが、一度も否定的に思うような一面はなかった。

 全て形南の個性なのだと、そんな彼女ともっと友好を深めたいのだと嘘偽りなくそう思えるのだ。

「今後お見せする事はないと思いたいのですが、嶺歌、わたくしのあのような姿を見ても変わらず接して下さり感謝致しますの」

 形南はそう言って律儀にお礼を述べる。嶺歌はお礼を言われる程の事には感じられなかったが彼女の好意をそのまま受け取る事にした。

 思えば形南も兜悟朗も感謝を重視している。それも上辺だけのものではなくきちんと心が込められた美しい感謝だ。

 その姿勢を素直に見習いたいと、二人の姿を見て嶺歌はそう思うのであった。



第二十話『第二の復讐』終

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