お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第三十三話⑤『家庭』

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 その一言で嶺歌れかは顔を上げる。

 兜悟朗とうごろうの柔らかな顔は嶺歌が思っていた通りに、優しげで温かく、今すぐに自分の全てを包み込んでくれるようなそんな雰囲気を出してくれている。兜悟朗はそのまま優しく微笑むと嶺歌を見据えたまま言葉を続けた。

「嶺歌さん。貴女は、強くも逞しくて正義感に溢れた素敵な女性です」

 そうしてそっと嶺歌の手を自身の手で持ち上げ、あたたかな体温が嶺歌の右手から伝わり始める。

「貴女がこれまで魔法少女の活動を続け、ご家族を思い遣って日々の暮らしをお送りになられている事を、僕は存じております。嶺歌さんが毎日を楽しく過ごされていられる事は、紛れもなく嶺歌さん自身がご自分を大切にして生きていらっしゃるからなのだと、恐縮ながらも僕はそう分析しております」

 嶺歌の手を握った優しい大きなその手は、ゆっくりと兜悟朗の方に近付いていき、やがて彼の顔の前まで持ち上げられる。

「僕はそのような貴女の姿を、以前から尊敬し続けております」

「その認識はこの先も変わることがありません。この場で今、お誓い致します」

 そこまで口にした兜悟朗は壊れ物を触るかのような優しい手つきで、嶺歌の右手の甲に口付けを落とした。

 あの時の口付けとはまた違った、だけどどちらも甲乙つけ難い程、慈愛で満ちているものである事だけは確かだ。

 嶺歌は兜悟朗の美しい所作の口付けを静かに受け入れると兜悟朗は伏せていた目をゆっくりと開けながらこちらに目線を送った。

「嶺歌さんはどうか、これまで通りご自分に誇りをお持ち下さい。貴女様の自身に満ち溢れたお姿が、僕はとても好きです」

(……っえ!?)

 途端に好きというその単語に嶺歌は過敏に反応する。

 分かっている。彼の意味がそうでない事など。

 だが初めて放たれた彼からのはっきりとしたその好意的な台詞に、嶺歌の心は掻き乱された。これはとんでもなく――嬉しいどころの話ではない。

嶺歌れか!」

 すると扉がバンッと大きく放たれ、息を切らせた様子の形南あれなが部屋に入ってきた。

 彼女は涙目になりながら嶺歌の方へと駆け寄ってくる。そうして嶺歌に抱きついてきた。

「嶺歌! 本当に何とお詫びしたらいいのか……!! 申し訳ありませんの! わたくしの人を見る目が培われていないばかりに……」

 形南はどうやら子春の事を聞いてここまで急いで来てくれたようだ。

 彼女はゼエゼエと息を切らしながらも嶺歌に言の葉を紡いでいた。

 嶺歌はそんな形南の様子に口元を緩めながら大丈夫だよと声を返し、身体を震わせたままの形南の背中を優しく撫でる。

兜悟朗とうごろうさんがガツンと言ってくれたからあたしは平気。あははっ息切らしすぎだって!」

 嶺歌がそう言って笑みを投げると形南はそんな嶺歌を見上げて小さくよかったですのと声を返す。本当に相当焦っていたようだ。

「エリンナにお聞きしましたの。私が席を外したせいね」

 しょんぼりとした様子で形南はそう嘆き、しかし嶺歌は全くそうは思わなかった。

「いや、どの道二人きりを見計らって言われてたと思うからあれなのせいなんかじゃないって。ほんと気にしないでよ」

 そう言って兜悟朗の方を見る。

 彼は嶺歌の視線に気が付くと温かな笑みをこちらに向けてから「形南お嬢様」と声を掛け始める。

「嶺歌さんの性格はご存知で御座いましょう。彼女はとてもお強いお方。この後は形南お嬢様と楽しいひと時を送られる事を望んでいらっしゃると思います」

 彼はそのような上手い言葉で形南の気分の低下を止めに入った。

 切り替えの早い形南はその一言でパッと目の表情を変えると「そうですわね!」と大きく声を張り上げる。

「嶺歌! 謝罪を含めて今夜はパーティーですの!」

「ええっ!? でも今日は稽古があるんじゃ?」

「そのようなもの、キャンセルですわ! 問題ありませんのっ! ご友人を優先せずしてどうしましょう!!!」

 どうやら形南は本気のようで目を強く光らせると早速準備に取り掛かるようにと兜悟朗と形南の後ろからやって来ていたエリンナに指示を出し始める。

 そんな形南の様子を見て嶺歌は呆然とするものの、彼女の気持ちが素直に嬉しく思えた。

 あのような事があっても嶺歌の気分はもう十分に癒えていた。それは他でもなく、兜悟朗と形南の嶺歌を慮る思いが驚くほどに大きいものであるのだと理解できたからだった――。


第三十三話『家庭』終

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