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第七章 孔舎衛坂の戦い
第35話 一騎打ち
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日臣と長髄彦の一騎打ちが始まった。
互いにじりじりと間合いを詰め、止まったと思った刹那、
「たあっ!」
鋭い気合とともに、ぶんと凄まじい風音を立てて長髄彦の剣が上段から日臣を襲った。
「おう!」
髪の毛一枚の差でかわした日臣が、右手に持った剣で長髄彦の胴を横に払う。
剣先が身体に触れる寸前で、長髄彦がそれを受け止める。
返す刀で長髄彦が突くと、今度は日臣が身をよじらせて避ける。
剣がぶつかる度に火花が散り、キン、キンと金属音が響く。
砕けた金属片が互いの顔や腕に刺さって、血が滲んでいる。
それでも互いに一歩も引かない。
まったくの互角である。
来目が加勢のため長髄彦に矢を射かけようとするが、からだが素早く入れ代わり、狙いが定まらない。
下手をすると日臣に当たってしまう。
「駄目だ、動きが速すぎる」
ムササビやウサギ狩りの名手といわれる来目でさえ、固唾を呑んで見守るしかない。
優れた剣士同士の戦いは、他の者のつけ入る余地がないほど凄まじかった。
「やるな、おぬし」
長髄彦が戦いを楽しむようににやりと笑った。
「吾もヤマトきっての武将と剣を交えることができて光栄です」
その後も何合も剣が交わされ、小半刻も過ぎると、長髄彦の息が次第に上がってきた。
年長のぶん明らかに疲労が大きい。
「まずい!」
出雲以来何度も長髄彦の戦いを見てきた少彦名にとっても、初めて見る劣勢だった。
少彦名は急ぎ弓に矢を番えて放った。当たらなくとも二人を引き離せればよい。
日臣が飛来する矢をかわした隙に、わずかに体勢が崩れた。
「今です」
「おう!」
だが長髄彦が選択したのは逃げることだった。
そしてそれは正しかった。
いったん体勢を崩したかに見えた日臣は、左手に持った鞘で地面を突き、身を起こしていた。
一気に間合いを詰めるには距離がありすぎた。
このまま考えなしに斬りかかっていたら、斬られたのは長髄彦のほうだったろう。
それは長年の実戦で学んだ鉄則である。
「助かったぜ」
待っていた少彦名に長髄彦が礼を言った。
「あっちで敵の大将を足止めしています」
少彦名の言葉通り、窪地におびき寄せられた五瀬命の部隊は、たちまち何倍もの敵兵に囲まれていた。
頭上から降り注ぐ矢に、兵士たちがばたばたと倒れていった。
長髄彦は少彦名から受け取った弓に矢を番え、狙いを定め素早く放った。
うなりをあげた黒い筋が五瀬命めがけてまっすぐ飛んでいく。
「うっ!」
五瀬命の右肘に矢が突き刺さった。鏃にはトリカブトの毒が塗られている。
五瀬命がうめき声を上げ、のたうち廻った。
「下がれ。退却せよ!」
磐余彦の号令に、日向と吉備の軍勢は退却を始めた。
日臣と来目が殿軍を務め、隼手と椎津根彦が磐余彦を守りながら後退した。
井守と家守の愚兄弟は、形勢不利と知るやどこかへ消えてしまった。
しかしすぐに見つかって、敵兵に取り囲まれた。
その輪の中からヤマトの副将、少彦名が現れた。
「あっ、お前はあの時の百姓!」
「騙しやがったな」
「ふん、騙されるほうが悪い」
身体は小さいが、井守と家守が到底敵う相手ではなかった。
二人はたちまち少彦名の剣の露と消えた。
もう一人、混乱の中で忽然と姿を消した男がいた。
その男、玄狐はなぜかヤマト兵に守られ、何処かへと消えていった。
互いにじりじりと間合いを詰め、止まったと思った刹那、
「たあっ!」
鋭い気合とともに、ぶんと凄まじい風音を立てて長髄彦の剣が上段から日臣を襲った。
「おう!」
髪の毛一枚の差でかわした日臣が、右手に持った剣で長髄彦の胴を横に払う。
剣先が身体に触れる寸前で、長髄彦がそれを受け止める。
返す刀で長髄彦が突くと、今度は日臣が身をよじらせて避ける。
剣がぶつかる度に火花が散り、キン、キンと金属音が響く。
砕けた金属片が互いの顔や腕に刺さって、血が滲んでいる。
それでも互いに一歩も引かない。
まったくの互角である。
来目が加勢のため長髄彦に矢を射かけようとするが、からだが素早く入れ代わり、狙いが定まらない。
下手をすると日臣に当たってしまう。
「駄目だ、動きが速すぎる」
ムササビやウサギ狩りの名手といわれる来目でさえ、固唾を呑んで見守るしかない。
優れた剣士同士の戦いは、他の者のつけ入る余地がないほど凄まじかった。
「やるな、おぬし」
長髄彦が戦いを楽しむようににやりと笑った。
「吾もヤマトきっての武将と剣を交えることができて光栄です」
その後も何合も剣が交わされ、小半刻も過ぎると、長髄彦の息が次第に上がってきた。
年長のぶん明らかに疲労が大きい。
「まずい!」
出雲以来何度も長髄彦の戦いを見てきた少彦名にとっても、初めて見る劣勢だった。
少彦名は急ぎ弓に矢を番えて放った。当たらなくとも二人を引き離せればよい。
日臣が飛来する矢をかわした隙に、わずかに体勢が崩れた。
「今です」
「おう!」
だが長髄彦が選択したのは逃げることだった。
そしてそれは正しかった。
いったん体勢を崩したかに見えた日臣は、左手に持った鞘で地面を突き、身を起こしていた。
一気に間合いを詰めるには距離がありすぎた。
このまま考えなしに斬りかかっていたら、斬られたのは長髄彦のほうだったろう。
それは長年の実戦で学んだ鉄則である。
「助かったぜ」
待っていた少彦名に長髄彦が礼を言った。
「あっちで敵の大将を足止めしています」
少彦名の言葉通り、窪地におびき寄せられた五瀬命の部隊は、たちまち何倍もの敵兵に囲まれていた。
頭上から降り注ぐ矢に、兵士たちがばたばたと倒れていった。
長髄彦は少彦名から受け取った弓に矢を番え、狙いを定め素早く放った。
うなりをあげた黒い筋が五瀬命めがけてまっすぐ飛んでいく。
「うっ!」
五瀬命の右肘に矢が突き刺さった。鏃にはトリカブトの毒が塗られている。
五瀬命がうめき声を上げ、のたうち廻った。
「下がれ。退却せよ!」
磐余彦の号令に、日向と吉備の軍勢は退却を始めた。
日臣と来目が殿軍を務め、隼手と椎津根彦が磐余彦を守りながら後退した。
井守と家守の愚兄弟は、形勢不利と知るやどこかへ消えてしまった。
しかしすぐに見つかって、敵兵に取り囲まれた。
その輪の中からヤマトの副将、少彦名が現れた。
「あっ、お前はあの時の百姓!」
「騙しやがったな」
「ふん、騙されるほうが悪い」
身体は小さいが、井守と家守が到底敵う相手ではなかった。
二人はたちまち少彦名の剣の露と消えた。
もう一人、混乱の中で忽然と姿を消した男がいた。
その男、玄狐はなぜかヤマト兵に守られ、何処かへと消えていった。
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