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2. 《あいつは見かけは美しい》
しおりを挟む枝から降り立った男は、修華をしばし眺めた。
「……噂に違わぬ方だ」
修華は瞬きした。
「噂……?」
「“宇治には、稀に見る美貌と霊気を兼ね備えた若君がいる”と」
言葉そのものは淡々としているのに、
なぜか真正面から言われると胸の奥がざわつく。
修華はわずかに視線を伏せ、礼をとった。
「……どなた様でしょう。阿蘇黒木氏のお方とお見受けしますが」
男は微かに目元を緩めた。
「若輩ではあるが──
君の稽古を“任された者”だ」
その声音には、どこか含みがある。
修華は小さく眉を寄せたが、無礼とは感じなかった。
「風が冷えてまいりました。
もしよろしければ、屋敷までご案内いたします。
道が入り組んでおりますので」
修華は胸元で扇を静かに閉じ、微笑んだ。
「……では、お言葉に甘えて」
夕桜が風に揺れ、二人の間を静かに舞った。
(──この方なら話しやすく、稽古も……悪くはないかもしれない。
……なぜだろう。目が離せぬほどの御方だ)
修華は歩調を少し落とし、隣を歩く男へ静かに声をかけた。
「阿蘇よりお越しくださったのですよね。
山道も長く……さぞご負担だったかと存じます」
その言葉は礼儀正しく、だが柔らかい。
男は短く返す。
「大したことではない」
「宇治は、土地も人も静かな地でして、阿蘇の方には退屈かもしれません」
「それは良い事だ。
……若君は剣術が不得手と聞いた。事実か?」
「ええ、お恥ずかしい話ですが、その通りなのです」
修華は苦笑し、胸元で扇をそっと握り直した。
「ただ、印や護符であればある程度は扱えるのです。
つい、それで……足りるのではと」
男の足がわずかに止まる。
「足りる、とは?」
「……いえ。無礼を申しました。
剣術を軽んじるつもりではなく……」
修華は慌てて頭を下げた。
男はその反応に、逆に育ちの良さを確信する。
「ただ、宇治では印術を重んじるゆえ、その……。
剣は私には向いていないようで」
言葉を選ぶ修華の横顔には、照れと誠実が同居していた。
修華は咲夜に歩みを合わせ、
礼を失さぬ距離で先へと導く。
「つい、話しやすくて……あれこれと申し上げてしまいました。
どうか、お忘れくださいませ」
修華が申し訳なさそうに頭を下げたその瞬間――
隣の男の口元が、歪んだ。
「……ふ……」
低く喉の奥で笑う音だった。
阿蘇の武仙に似つかわしい、不気味に静かな愉悦。
(え……?)
修華が不安にちらりと見上げると、
男は何事もなかったかのように目を細めた。
「気にするな。話しやすいのは悪いことではない」
その声音は優しい。
だが、どこか──不可解な含みがあった。
*
翌朝 宇治櫻田家・客殿
朝の光が静かに差し込む広間。
弟子の一人が修華を呼び、父が待つ座敷へと向かわせた。
(……昨日のあの方は、どのようなお方なのだろう)
そう軽く考えながら座につくと――
「修華。紹介しよう。
阿蘇黒木氏・宗主、黒木 咲夜殿である」
す、と横に控えた男が一歩前へ進み出た。
桜の枝にいたあの男が、静かに礼をする。
「……昨日は世話になったな、修華殿」
修華の血の気が、一瞬で引いた。
「若すぎる」という違和感すら頭から飛ぶほど震え上がった。
(……え。
あ、あの方が宗主……!
えっ……えっ……無礼……私……!)
脳裏に昨夜の言動がすべて蘇る。
「剣なんて向いてないんですよね」
「印で足りますし」
「阿蘇から大変ですね」
「話しやすくてつい……」
ぜんぶ奔放に言ってしまっている。
修華の扇が、ぱたりと手から落ちた。
咲夜は、その様子を実に楽しそうに目を細めた。
「ふ……
よろしく頼む」
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