《封剣待君》

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3. 《あいつに蹴られた》

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「──さ、早速、手合わせしてみようか」

 その一言に、修華の背筋が固まった。

「て、手合わせ……?!」

「君の力具合を知るには、それが一番だろう」

 咲夜は実に平然としている。

(なんてことを……!)

 阿蘇黒木氏の宗主といえば、
 仙境でも屈指の武仙(ぶせん)。
 しかも、この若さで宗主ということは、
 修為──霊脈の成熟が常人より遥かに早く高い証である。

(そんなお方と、私が剣を交えるなど……!)

 修華は動揺を隠せず、扇の縁を握った。

「それは純粋な剣術のみ、ですか?」

 咲夜は片眉をわずかに上げた。

「仙剣(せんけん)は持っているのだろう?」

「も、勿論……ですが……」

 返事を待たず、咲夜はゆるりと踵を返す。

「何でも良い。持てる力全てでかかって来い」

 有無を言わせない声音だった。

 宗主である父も、家老たちも「では、ごゆるりと」と下がっていく。

(ち、父上! 止めてください……!!)

 修華は内心で叫びながら、ただ従うしかなかった。


     ◆


 道場に入ると、咲夜は静かに佇み、こちらを見た。
咲夜が一歩、道場の中央に進み出た。

 静かに抜かれた刃が、空気そのものを震わせる。

 《焔刃朱天劫(えんじん・しゅてんぎょう)》。

 炎を孕んだ黒曜の刃。
 阿蘇黒木氏が古来より受け継ぐ“天劫の剣”──
 その名は仙境においても広く知られていた。

(……あれが“朱天劫”……)

 修華は一瞬、息を呑んだ。
 焔がうねるように揺らぎ、刃の奥に宿る業火の霊が
 わずかに修華の霊気へ触れてくる。

 修華は背筋を伸ばし、静かに剣を抜いた。
 《氷華水結晶(ひょうか・すいけっしょう)》。
 氷の華が咲いたような淡い光を放ち、
 刃に触れる空気すらやわらかく凍る。

 咲夜が、その剣を一瞥した。

「……美しい剣だ。
 なるほど、“氷華水結晶”とはよく言ったものだな」

 その声音には、純粋な賞賛があった。
 しかし、次の瞬間には刀気が鋭さを増す。

「──来い。若君」

 言葉と同時に、圧が放たれた。
 だが退くわけにはいかない。

 修華は袖の下で片手を動かし、
 素早く護符を一枚弾いた。

「——《疾》!」

 護符が光を散らし、修華の身体能力が跳ね上がる。
 同時に左手で印を結び、足元に霊気の残光が散る。

 瞬間、修華の姿が三つに分かれた。

「幻術……?」

 咲夜の眉がわずかに動く。

 三つの修華が同時に踏み込み、
 氷華水結晶の切っ先が咲夜へと迫る。

 刹那。

 キィン──!

 咲夜の《焔刃朱天劫》が、
 まるで踊るような速さで三方向の斬撃を順に受け止めた。

 氷の残光が散り、幻は一瞬で霧散する。

(速い……!
 全部見切られた……?!)

 修華は思わず息を詰めた。
 対する咲夜は、静かに、しかし愉しげに笑った。

「はははっ……!
 初手から印と護符に頼るとは──
 なかなかの負けず嫌いだな、若君」

「っ……!」

 胸に走る悔しさ。
 確かに、印を使わなければ到底太刀打ちできない。
 しかし──それを“負けず嫌い”と言われたのが酷く癪だった。

 それでも、修華は剣を握り直す。
 氷華水結晶が小さく震え、淡い冷気が足元に降りる。

「……まだっ!」

 咲夜の目が僅かに細められた。
 その瞳には、炎の奥に潜む獣のような光が宿る。

咲夜は氷華水結晶を構える修華を見下ろし、ゆっくりと口元を歪めた。

「──そういえば、若君は言っていたな」

 修華が息を呑む。

「“剣は不得手”」
「“剣は必要ない”」
「“印と護符で足りる”……と」

 まるで修華の声色をなぞるように、
 静かに、明瞭に、煽るように。

「……ふ。ならば見せてみよ。
 その言葉通りを──」

(この方……っ!)

 胸に熱いものが込み上げたが、
 修華は呼吸で押しとどめた。  

 ──修華の修為は決して低くはない。
 印と護符においては、
 宇治のみならず周囲の仙家でも右に出る者はいない。

(逆に、恥をかかせてやる……!)

 修華は踏み込みながら片手を閃かせる。
 七印分身。
 修華が片手で小さな印を組むと、
 そのたびに霊気が弾け、姿が増えた。

 一人が──七つに。

 しかもそれぞれが揺らぎ一つなく動き、本物との見分けは不可能なほど精密。

 片手でこれほどの印を組み、
 そのまま動きながら術を維持するのは、凡人には絶対にできない芸当だった。

 咲夜はその技量を見て、
 ほんのわずかに目を細める。

(……これほどまで器用に片手印を?
 やはり、素質だけなら仙境の才児か)

 さらに修華が印をひとつ切ると──
 道場全体が“靄”に包まれた。

 修華の霊脈が満ち、方向感覚を奪う幻霧。
 七つの修華は音もなく動き、
 気配を完全に散らした。

 どこから攻撃が来るかわからない──
 はずだった。

 咲夜は静かに目を閉じた。

「……なるほど。
 君が慢心してしまうのもわかる」
  

 次の瞬間、
  

 ガンッ!!
  

 咲夜の《焔刃朱天劫》が、
 背後から襲った修華の剣を弾いた。
  

(……当てた?!
 見えないはずの、後ろからの攻撃を……!)

 だが弾かれた影は、鞘だった。

(これは……囮──!)

 本物の修華が正面から踏み込む。
 氷華水結晶が冷気を帯び、
 咲夜の懐へと斬り込んだ。

取った!!

 修華が勝利を確信した、その刹那。

「甘い」

 咲夜の声が耳元で響いた。

 次の瞬間──

 ドンッ!!

「ぐっ──ぁっ……!」

 修華の腹に重い蹴りが叩き込まれた。
 体が宙を舞い、そのまま道場の端へ吹き飛ばされる。

 背中を思い切り打ち、
 手の中から氷華水結晶が滑り落ちた。

 呼吸ができない。
 視界がぐらつく。

 咲夜は刃を下ろしたまま、一歩も動いていない。

「……剣は不得手、か」

 ゆっくりと歩み寄り、修華を見下ろす。

「術に優れる者、剣に優れる者。それぞれに道はある。
 ──だが、今の君はまだ“未熟”だ」

 その声は静かで優しく、
 しかし刺すように鋭かった。

(……悔しい……!)

 胸の奥が熱くなり、悔しさで涙が滲む。  

 咲夜は落ちた剣に視線を落とし、
 ひざを折って修華と目線を合わせた。

「さあ、若君。
  稽古を始めようか」

 ──桜はまだ、咲き始めたばかりだった。




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