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2章
32話 軍寮
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リュクスは本当に簡単な案内だけを受け、帝国軍寮への入寮手続きを済ませた。
荷物は大きめのカバン一つ。
それを部屋に放り込むと、施設を見学するために廊下へ出た。
案内の冊子によれば、もうすぐ夕飯の時間だという。
天引きとはいえ、朝も夜も食べさせてもらえるらしい。
どんな食事が出るのか想像もつかないが──少なくとも、飢えはしないだろう。
規則は多そうだが、鍵のかかる部屋と見張りのいる寮というのは、案外、悪くない。
ここでは勝手に扉が開いたりはしない。
立派な建物で雨風をしのげ、冷暖房に湯殿まである。至れり尽くせりだ。
──が、食事の前にシガーを吸いたかった。
部屋で吸ってもいいが、入寮早々の面倒事は避けたい。
吸える場所を誰かに聞こうと、リュクスは廊下を歩き出した。
帝都軍寮の石床には、まだ夕陽の残り火が淡く伸びている。
廊下の先を歩く二人に、リュクスは軽く声をかけた。
「……おい、そこの奴」
振り返ったのは細い目の貴族軍人然とした青年。
帝都の武道会で人気を博していた男──ルーカス、と記憶力の良いリュクスはすぐに思い出す。
もう一人は面構えも若く、まだ熟練兵には見えない。
おそらくルーカスの部下だろう。
しかし、とんでもなく“でかい”。
肩幅はルーカスの二倍。胸板も分厚い。
「……誰?不審者。つまみ出して」
「はっ!」
でかい方がリュクスに近寄りかける。
「は? 今日から正式に入れてもらってんだが」
リュクスは髪を無造作にかき上げ、肩をすくめる。
名乗る気などさらさらない、という態度をとってみせた。
「……そう。軍に入るの」
ルーカスの声音は淡々としていた。
語尾は上がらない。貴族らしい、言い捨てるような響き。
「入るわけねぇだろ。こんな美男子で、細くて、どう考えても弱そうだろが、俺は」
「そんなの見ためじゃわからない」
と、ルーカスが答えると、巨体の兵も反応する。
「ルー将軍も俺よりもすごく強いからな」
「それはお前が弱いだけ」
ルーカスが冷たく返すと、兵は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ヴァルター閣下だって、あんなに細くて綺麗なのに強い」
「はううっ、閣下ぁああぁあぁ!!!」
巨体を揺らしながら涙ぐむその姿に、ルーカスもどこか思いを馳せているようだった。
(……なんなんだこいつら)
「……俺はユリウス陛下の執務室勤務だよ。家がねぇから、ここに入れてもらっただけ」
「……陛下の、執務室?」
ルーカスの瞳がわずかに細くなる。
その一瞬に、貴族らしい打算と警戒が混じった。
「へぇ……」
上から下まで、舐めるようにリュクスを見てくる。
「気に食わない奴。じゃ」
踵を返し、歩き出す。
リュクスは追いすがるように声をかけた。
「おい、待てって。お前に気に入られなくてもいいけど、今聞いてんだよ」
ルーカスが立ち止まり、振り返る。
その目には先ほどより明確な警戒の光が宿っていた。
「……何?」
「ここ、シガー吸える場所あんの?」
ひと呼吸の静寂が落ちる。
「……お前、家もなくて弱くて金もないのにシガーなんて吸うの」
あからさまな嫌悪が、ルーカスの顔に差した。
「お前に関係ねぇだろ。吸える場所がどこか、それを聞いてんだよ」
リュクスは平然と返す。
力の抜けた声音は、最初から変わらない。
ルーカスは短く息を吐き、冷ややかに告げた。
「……ある。
一階の第二会議室の隣。喫煙所は上官ばかりだけど」
またしても、語尾は少しも上がらない。
「睨まれても平気なら好きにすればいい。
くれぐれもユリウス陛下の評判を落とさないで。……じゃ」
軽い足音だけを残し、ルーカスは去っていく。
取り残されたリュクスは、ぽつりと呟いた。
「……なんなんだ、あいつ。
見た目、同じくらいの歳か」
夕闇が廊下に沈みはじめ、
二人の距離だけが妙にくっきりと浮かび上がっていた。
荷物は大きめのカバン一つ。
それを部屋に放り込むと、施設を見学するために廊下へ出た。
案内の冊子によれば、もうすぐ夕飯の時間だという。
天引きとはいえ、朝も夜も食べさせてもらえるらしい。
どんな食事が出るのか想像もつかないが──少なくとも、飢えはしないだろう。
規則は多そうだが、鍵のかかる部屋と見張りのいる寮というのは、案外、悪くない。
ここでは勝手に扉が開いたりはしない。
立派な建物で雨風をしのげ、冷暖房に湯殿まである。至れり尽くせりだ。
──が、食事の前にシガーを吸いたかった。
部屋で吸ってもいいが、入寮早々の面倒事は避けたい。
吸える場所を誰かに聞こうと、リュクスは廊下を歩き出した。
帝都軍寮の石床には、まだ夕陽の残り火が淡く伸びている。
廊下の先を歩く二人に、リュクスは軽く声をかけた。
「……おい、そこの奴」
振り返ったのは細い目の貴族軍人然とした青年。
帝都の武道会で人気を博していた男──ルーカス、と記憶力の良いリュクスはすぐに思い出す。
もう一人は面構えも若く、まだ熟練兵には見えない。
おそらくルーカスの部下だろう。
しかし、とんでもなく“でかい”。
肩幅はルーカスの二倍。胸板も分厚い。
「……誰?不審者。つまみ出して」
「はっ!」
でかい方がリュクスに近寄りかける。
「は? 今日から正式に入れてもらってんだが」
リュクスは髪を無造作にかき上げ、肩をすくめる。
名乗る気などさらさらない、という態度をとってみせた。
「……そう。軍に入るの」
ルーカスの声音は淡々としていた。
語尾は上がらない。貴族らしい、言い捨てるような響き。
「入るわけねぇだろ。こんな美男子で、細くて、どう考えても弱そうだろが、俺は」
「そんなの見ためじゃわからない」
と、ルーカスが答えると、巨体の兵も反応する。
「ルー将軍も俺よりもすごく強いからな」
「それはお前が弱いだけ」
ルーカスが冷たく返すと、兵は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ヴァルター閣下だって、あんなに細くて綺麗なのに強い」
「はううっ、閣下ぁああぁあぁ!!!」
巨体を揺らしながら涙ぐむその姿に、ルーカスもどこか思いを馳せているようだった。
(……なんなんだこいつら)
「……俺はユリウス陛下の執務室勤務だよ。家がねぇから、ここに入れてもらっただけ」
「……陛下の、執務室?」
ルーカスの瞳がわずかに細くなる。
その一瞬に、貴族らしい打算と警戒が混じった。
「へぇ……」
上から下まで、舐めるようにリュクスを見てくる。
「気に食わない奴。じゃ」
踵を返し、歩き出す。
リュクスは追いすがるように声をかけた。
「おい、待てって。お前に気に入られなくてもいいけど、今聞いてんだよ」
ルーカスが立ち止まり、振り返る。
その目には先ほどより明確な警戒の光が宿っていた。
「……何?」
「ここ、シガー吸える場所あんの?」
ひと呼吸の静寂が落ちる。
「……お前、家もなくて弱くて金もないのにシガーなんて吸うの」
あからさまな嫌悪が、ルーカスの顔に差した。
「お前に関係ねぇだろ。吸える場所がどこか、それを聞いてんだよ」
リュクスは平然と返す。
力の抜けた声音は、最初から変わらない。
ルーカスは短く息を吐き、冷ややかに告げた。
「……ある。
一階の第二会議室の隣。喫煙所は上官ばかりだけど」
またしても、語尾は少しも上がらない。
「睨まれても平気なら好きにすればいい。
くれぐれもユリウス陛下の評判を落とさないで。……じゃ」
軽い足音だけを残し、ルーカスは去っていく。
取り残されたリュクスは、ぽつりと呟いた。
「……なんなんだ、あいつ。
見た目、同じくらいの歳か」
夕闇が廊下に沈みはじめ、
二人の距離だけが妙にくっきりと浮かび上がっていた。
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