7 / 27
俺の初めての未読スルー
しおりを挟む
俺はストゼロを二本あけて、パソコンでゲームを開いたまま、
いつの間にか伏せて寝てしまっていた。
明け方、喉の渇きと冷気で目を覚ます。
カーテンの隙間から射す光が白く、部屋の空気はやけに静かだった。
テーブルの上でスマホが光っている。
着信が一件。LINEが一件。
どちらも――朝比奈さん。
一瞬で眠気が吹き飛んだ。
指が勝手にスマホを手に取る。
だが、その先に進めない。
……どうして、こんな時間に。
何かあった? いや、そんなわけ――。
メッセージの通知だけが表示される。
内容が気になって仕方がない。
既読をつけずに読む方法が世の中にあると聞いたことはある。
だが俺は、そもそもメッセージなんて滅多に来ない。
来れば即既読、即返信。
そんな生態系で生きてきたせいで、
“既読をつけずに見たい”なんて感情を抱くのは人生で初めてだった。
……くそ、おれの貧相な人間関係め。
俺の人生、盤面に例えるなら――駒が少なすぎる。手持ちは歩が二つ。
敵は金も銀も角も飛車も持ってやがる。
初めての対局なのに、指す前から王手がかかっている気分だ。
スマホの画面に光る「朝比奈」の文字。
指先は駒を動かす寸前で止まっている。
打てば終わる。
打たなければ、いつまでもこの局面のままだ。
……どっちにしたって、勝てる気がしない。
だけど――
自分のスマホに「朝比奈」という文字が並ぶことを、
なぜか嬉しいと思ってしまう自分がいた。
その気持ちには、蓋をしなければならない。
きっと慣れていないだけだ。
“デート”なんて言葉に浮かれて、
あんな、背が高くて、品があって、若くて、かっこよくて――
そんな人に、少しからかわれただけ。
そう、自分に言い聞かせる。
けれど胸の奥では、
何かがじんわりと熱を持ちはじめていた。
二度寝して起きる。
日曜日の朝だった。
スマホの画面には、新しいLINEの通知。
実家の母からだった。
〈昼過ぎに同窓会があるから、会場まで送っていってくれない?〉
俺は慎重に、朝比奈さんのトーク欄を開かないよう指先を避けながら、
母のメッセージだけを開く。
まあ、どうせ暇だし――と思いながら「いいよ」と返信した。
十二時。グランドホテル。
俺は自転車で実家へ行き、ファミリーカーを借りた。
親父が定年退職のときの退職金で現金一括購入した、真っ赤なCXエイツ。
夫婦二人暮らしには大きすぎると母に叱られていたが、
田舎の一戸建てなら駐車場に余裕はある。
乗ってみれば、人気車種なだけあって確かに悪くない車だった。
母を乗せてホテルへ向かう。
グランドホテルは、この町では数少ない“それっぽい”建物だ。
小さなロータリーには車の列ができ、磨き上げられた真鍮の手すりや大理石の床が光を反射している。
式帰りらしい人々がドレスやスーツ姿で出入りしている。
その中に――
一際、背の高い男の姿があった。
陽を受けた髪が淡く光り、スーツがよく似合っていた。
一瞬で胸の奥が熱を帯びる。
……朝比奈、さん。
まさか、こんなところで。
気まずさよりも――
この距離からなら、じっくりと彼を見ていられるということの方が勝っていた。
朝比奈さんは、いつもより細身のスーツを着ていた。
淡いグレーの生地が光を受けてわずかに艶めき、
立ち姿まで、どこか大人びて見える。
……すてきだ、と思ってしまった。
周りにいるのは、ご家族だろうか。
同じように整った顔立ちの男女が数人、
まるで何かの式典でも終えたかのように並んでいる。
雰囲気が、どこか張り詰めていた。
黒塗りの車、控える運転手、揃った仕草。
――もしかして、やっぱりお金持ちなのか……?
自分とは違う世界の人間。
そう思えば思うほど、胸の奥がざらつき、同時に、抗いがたい熱を帯びた。
母が「降りるね」と言ってドアを開けたその瞬間、
ロータリーを見渡していた朝比奈さんの視線が、ふとこちらを向いた。
……目が合った。
あの淡い瞳が、わずかに揺れる。
驚いたように、けれどすぐに笑うように細められて――
息が止まった。
きっと、この車が赤くて、
無駄にでかいせいだ。
――親父!!! なぜ黒にしなかった!!!
いつの間にか伏せて寝てしまっていた。
明け方、喉の渇きと冷気で目を覚ます。
カーテンの隙間から射す光が白く、部屋の空気はやけに静かだった。
テーブルの上でスマホが光っている。
着信が一件。LINEが一件。
どちらも――朝比奈さん。
一瞬で眠気が吹き飛んだ。
指が勝手にスマホを手に取る。
だが、その先に進めない。
……どうして、こんな時間に。
何かあった? いや、そんなわけ――。
メッセージの通知だけが表示される。
内容が気になって仕方がない。
既読をつけずに読む方法が世の中にあると聞いたことはある。
だが俺は、そもそもメッセージなんて滅多に来ない。
来れば即既読、即返信。
そんな生態系で生きてきたせいで、
“既読をつけずに見たい”なんて感情を抱くのは人生で初めてだった。
……くそ、おれの貧相な人間関係め。
俺の人生、盤面に例えるなら――駒が少なすぎる。手持ちは歩が二つ。
敵は金も銀も角も飛車も持ってやがる。
初めての対局なのに、指す前から王手がかかっている気分だ。
スマホの画面に光る「朝比奈」の文字。
指先は駒を動かす寸前で止まっている。
打てば終わる。
打たなければ、いつまでもこの局面のままだ。
……どっちにしたって、勝てる気がしない。
だけど――
自分のスマホに「朝比奈」という文字が並ぶことを、
なぜか嬉しいと思ってしまう自分がいた。
その気持ちには、蓋をしなければならない。
きっと慣れていないだけだ。
“デート”なんて言葉に浮かれて、
あんな、背が高くて、品があって、若くて、かっこよくて――
そんな人に、少しからかわれただけ。
そう、自分に言い聞かせる。
けれど胸の奥では、
何かがじんわりと熱を持ちはじめていた。
二度寝して起きる。
日曜日の朝だった。
スマホの画面には、新しいLINEの通知。
実家の母からだった。
〈昼過ぎに同窓会があるから、会場まで送っていってくれない?〉
俺は慎重に、朝比奈さんのトーク欄を開かないよう指先を避けながら、
母のメッセージだけを開く。
まあ、どうせ暇だし――と思いながら「いいよ」と返信した。
十二時。グランドホテル。
俺は自転車で実家へ行き、ファミリーカーを借りた。
親父が定年退職のときの退職金で現金一括購入した、真っ赤なCXエイツ。
夫婦二人暮らしには大きすぎると母に叱られていたが、
田舎の一戸建てなら駐車場に余裕はある。
乗ってみれば、人気車種なだけあって確かに悪くない車だった。
母を乗せてホテルへ向かう。
グランドホテルは、この町では数少ない“それっぽい”建物だ。
小さなロータリーには車の列ができ、磨き上げられた真鍮の手すりや大理石の床が光を反射している。
式帰りらしい人々がドレスやスーツ姿で出入りしている。
その中に――
一際、背の高い男の姿があった。
陽を受けた髪が淡く光り、スーツがよく似合っていた。
一瞬で胸の奥が熱を帯びる。
……朝比奈、さん。
まさか、こんなところで。
気まずさよりも――
この距離からなら、じっくりと彼を見ていられるということの方が勝っていた。
朝比奈さんは、いつもより細身のスーツを着ていた。
淡いグレーの生地が光を受けてわずかに艶めき、
立ち姿まで、どこか大人びて見える。
……すてきだ、と思ってしまった。
周りにいるのは、ご家族だろうか。
同じように整った顔立ちの男女が数人、
まるで何かの式典でも終えたかのように並んでいる。
雰囲気が、どこか張り詰めていた。
黒塗りの車、控える運転手、揃った仕草。
――もしかして、やっぱりお金持ちなのか……?
自分とは違う世界の人間。
そう思えば思うほど、胸の奥がざらつき、同時に、抗いがたい熱を帯びた。
母が「降りるね」と言ってドアを開けたその瞬間、
ロータリーを見渡していた朝比奈さんの視線が、ふとこちらを向いた。
……目が合った。
あの淡い瞳が、わずかに揺れる。
驚いたように、けれどすぐに笑うように細められて――
息が止まった。
きっと、この車が赤くて、
無駄にでかいせいだ。
――親父!!! なぜ黒にしなかった!!!
38
あなたにおすすめの小説
オメガ公子とアルファ王子の初恋婚姻譚
須宮りんこ
BL
ノアメット公国の公子であるユーリアスは、二十三歳のオメガだ。大寒波に襲われ、復興の途にある祖国のためにシャムスバハル王国のアルファ王子・アディムと政略結婚をする。
この結婚に気持ちはいらないとアディムに宣言するユーリアスだが、あるときアディムの初恋の相手が自分であることを知る。子どもっぽいところがありつつも、単身シャムスバハルへと嫁いだ自分を気遣ってくれるアディム。そんな夫にユーリアスは徐々に惹かれていくが――。
忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
続編・番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら
音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。
しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい……
ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが……
だって第三王子には前世の記憶があったから!
といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。
濡れ場回にはタイトルに※をいれています
おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。
この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。
白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる