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避けられないキス
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夕暮れ時、駅前の通りは橙色の光に包まれていた。
さっき猫たちの間で繋がれた手の温もりが、まだ残っている気がして、
俺はポケットの中で拳をそっと握りしめた。
あの大きな手。あの柔らかさ。
……俺は、手汗をかいていませんようにと、本気で祈っていた。
それにしても、あんな公衆の面前(猫だけど)で手を繋ぐなんて。
しかも朝比奈さんは、手を繋いだまま俺の目を見て、あの穏やかな笑みを浮かべていた。
まるで、俺の中の何かを確かめるように。
道の脇に沈む陽が、アスファルトを金色に染めていく。
沈黙が少し続き、ふと口をついて出た。
「朝比奈さんって、海外とか行ってたことあるんですか?」
「……どうしてですか?」
「いや……距離感というか、スキンシップ多いなって」
「公演で諸外国は大体行きました。あと旅行と、学生時代に半年だけ留学も」
「や、やっぱり!」
「でも、やたらめったら人に触れるわけじゃないですよ?」
そのとき、ふと目に留まった公園のベンチ。
「……わ、野々宮さん、猫の毛がごっそりついてますよ」
「え、うそっ」
「取りますね」
近づかれた瞬間、鼻先をかすめた柔らかな香りに、心臓がひとつ跳ねた。
何の匂いだろう。シャンプーでも柔軟剤でもない。
“人の匂い”って、こんなに近くで感じるものだったか。
そのまま、どちらからともなくベンチに腰を下ろした。
言葉は出なかった。
夕暮れの風が、猫の毛をひとつ、膝の上へ運んでいく。
時間がゆっくりと沈んでいくようだった。
「大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」
「えっ、あ、いや……」
覗き込まれて、思わず視線をそらす。
なのに、その横顔は、なぜか笑っているようにも見えた。
「野々宮さん」
「……はい?」
「こっち、見てくださいよ」
「えっ」
「デートなんですから」
「で、でーと……?!」
「キス、していいですか?」
脳が一瞬、真っ白になった。
「だ、だめ、ですって!」
ぶんぶんと首を振る俺に、朝比奈さんは穏やかに笑う。
「嫌なら、避ければいいんです」
次の瞬間、頬に触れた指が、やさしく顎を持ち上げた。
沈む夕陽の光の中で、彼の瞳が金色に煌めいた。
唇が触れた。
背中に朝比奈さんの手が回り、抱きしめられる。
軽いキスではなかった。舌が触れ、絡み、唾液を確かめるように吸われた。
熱が一気に体の奥から広がっていく。
「……っ、な、なんで……」
返事をしようとしても、声が出ない。
頭がぼうっとして、世界が遠のく。
心臓の鼓動が、自分でもうるさいほど響いていた。
――何なんだ、これは。
「……また、こうやって会ってくれますよね」
耳元で囁く声が妙に低くて、背筋がぞくりと震えた。
俺はただ、うなずくしかなかった。
*
夜。
家に帰ってシャワーを浴びても、動揺は収まらなかった。
いつも通りストロングゼロを開け、MMOを起動して、
画面を眺めながら、ひとりごとをこぼす。
「……なんなんだ、俺……」
ログインすると、フレンドたちの会話が流れていく。
〈βでも成人してからΩになること、あるらしいよー〉
〈へー、公務員とか詰むやつじゃんw〉
一瞬、カーソルが止まった。
――まさか。そんなはず、ない。
だって俺は、入庁時の検査では確かにβだった。
それもそうだ。市役所はβかα推奨で、Ωは採用されない。
もし成人後発現なんてことになったら、どうなるんだ?
まさか――首……?
いや、それより。
もしそうだとしたら。
朝比奈さんのαのせいで、俺は――。
あのときの鼓動と熱は、明らかにおかしかった。
いや、あのときだけじゃない。今も、認めたくはないが体が疼いている。
その答えは一つ。
もう、彼とは関わるべきじゃない。
さっき猫たちの間で繋がれた手の温もりが、まだ残っている気がして、
俺はポケットの中で拳をそっと握りしめた。
あの大きな手。あの柔らかさ。
……俺は、手汗をかいていませんようにと、本気で祈っていた。
それにしても、あんな公衆の面前(猫だけど)で手を繋ぐなんて。
しかも朝比奈さんは、手を繋いだまま俺の目を見て、あの穏やかな笑みを浮かべていた。
まるで、俺の中の何かを確かめるように。
道の脇に沈む陽が、アスファルトを金色に染めていく。
沈黙が少し続き、ふと口をついて出た。
「朝比奈さんって、海外とか行ってたことあるんですか?」
「……どうしてですか?」
「いや……距離感というか、スキンシップ多いなって」
「公演で諸外国は大体行きました。あと旅行と、学生時代に半年だけ留学も」
「や、やっぱり!」
「でも、やたらめったら人に触れるわけじゃないですよ?」
そのとき、ふと目に留まった公園のベンチ。
「……わ、野々宮さん、猫の毛がごっそりついてますよ」
「え、うそっ」
「取りますね」
近づかれた瞬間、鼻先をかすめた柔らかな香りに、心臓がひとつ跳ねた。
何の匂いだろう。シャンプーでも柔軟剤でもない。
“人の匂い”って、こんなに近くで感じるものだったか。
そのまま、どちらからともなくベンチに腰を下ろした。
言葉は出なかった。
夕暮れの風が、猫の毛をひとつ、膝の上へ運んでいく。
時間がゆっくりと沈んでいくようだった。
「大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」
「えっ、あ、いや……」
覗き込まれて、思わず視線をそらす。
なのに、その横顔は、なぜか笑っているようにも見えた。
「野々宮さん」
「……はい?」
「こっち、見てくださいよ」
「えっ」
「デートなんですから」
「で、でーと……?!」
「キス、していいですか?」
脳が一瞬、真っ白になった。
「だ、だめ、ですって!」
ぶんぶんと首を振る俺に、朝比奈さんは穏やかに笑う。
「嫌なら、避ければいいんです」
次の瞬間、頬に触れた指が、やさしく顎を持ち上げた。
沈む夕陽の光の中で、彼の瞳が金色に煌めいた。
唇が触れた。
背中に朝比奈さんの手が回り、抱きしめられる。
軽いキスではなかった。舌が触れ、絡み、唾液を確かめるように吸われた。
熱が一気に体の奥から広がっていく。
「……っ、な、なんで……」
返事をしようとしても、声が出ない。
頭がぼうっとして、世界が遠のく。
心臓の鼓動が、自分でもうるさいほど響いていた。
――何なんだ、これは。
「……また、こうやって会ってくれますよね」
耳元で囁く声が妙に低くて、背筋がぞくりと震えた。
俺はただ、うなずくしかなかった。
*
夜。
家に帰ってシャワーを浴びても、動揺は収まらなかった。
いつも通りストロングゼロを開け、MMOを起動して、
画面を眺めながら、ひとりごとをこぼす。
「……なんなんだ、俺……」
ログインすると、フレンドたちの会話が流れていく。
〈βでも成人してからΩになること、あるらしいよー〉
〈へー、公務員とか詰むやつじゃんw〉
一瞬、カーソルが止まった。
――まさか。そんなはず、ない。
だって俺は、入庁時の検査では確かにβだった。
それもそうだ。市役所はβかα推奨で、Ωは採用されない。
もし成人後発現なんてことになったら、どうなるんだ?
まさか――首……?
いや、それより。
もしそうだとしたら。
朝比奈さんのαのせいで、俺は――。
あのときの鼓動と熱は、明らかにおかしかった。
いや、あのときだけじゃない。今も、認めたくはないが体が疼いている。
その答えは一つ。
もう、彼とは関わるべきじゃない。
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