下っ端公務員の俺は派遣のαに恋してる【完結済】

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救いのない夜

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その夜は残業になり、二人の時間は交わらなかった。

顔を合わせることも、メッセージを交わすこともなく、ただ機械の音だけが夜の庁舎に響いていた。

帰宅して、照明をつける。
静まり返った部屋に、冷めた空気が漂う。

冷蔵庫からストゼロを一本取り出し、プルタブを開けた。
炭酸の音がやけに大きく響いた。
最近は飲む回数も減っていたのに、今日はどうしても、何かで誤魔化したかった。

パソコンを立ち上げて、久しぶりにMMOを起動する。
ログイン画面に懐かしい仲間たちの名前が並んでいた。
すぐにチャットが飛んできた。
〈ゆずちゃん、最近来てなくないー?〉
〈まさか彼女できたりして!?〉
〈えー!僕の硬派なゆずゆずが……男か?!女か?!〉
笑いながら指が止まる。
画面の向こうの軽口が、遠い世界のように感じた。
〈こら、お前らからかうな~〉
そう返して、自分でも驚くほど淡々と笑った。
けれど、胸の奥では、何かが静かに疼いていた。

――あの人と過ごす時間が“当たり前”になりすぎていたのかもしれない。
会えないだけで、世界の色が少しだけ薄く見える。

彼女。
彼氏。
――俺たちは、どっちでもない。
真人とは付き合っていない。

俺はまだ、「好き」と言っていない。
彼も、優しいままで、それ以上を求めてこない。
彼のその優しさに、俺は甘えてる。

あれだけの好意を向けてくれるのに、ずるずると決断を先延ばしにして、セックスとぬくもりだけを得てる。

そんな都合のいい関係を、愛と呼べるはずがないのに。

それなのに俺は、今日、真人が誰かと肩を並べて話しているだけで、頭に血が上った。
嫉妬だけは一丁前にして。

自分勝手にもほどがある。

遊ばれてたらどうしよう、とか。
家柄が釣り合わないんじゃないか、とか。
俺なんかが、真人を本当に満たせるのか――とか。
そんなことばかり考えて二の足を踏む。

自信がない。

本当に、最低だ。
最低の男だ、野々宮譲。

つらいよ、真人。
なんで君は、そんなにいつでも優しくいられるんだよ。
俺なんかに、どうしてその優しさを向けてくれるんだよ。
俺は君みたいにはなれない。
君の優しさをまっすぐ受け止められない。

だって、いつか君は俺に失望して、いなくなる。

――おそらくそれが、自分の本心だった。


ストゼロを飲み干すと、シンクの下の棚から昔もらった日本酒の一升瓶を取り出した。
栓を抜くとそのまま傾けて口をつける。
膝に抱え、夜の部屋で、俺は声を出して泣いた。

MMOの画面の向こうで自分のキャラクターは自動で敵を叩き潰している。
武器を振りかぶる音だけが、冷たい部屋に反射する。

酒は辛さを薄めてくれない。
指先は震え、喉は枯れていくばかりだ。

真人に送った未送信のメッセージを何度も消しては書き直し、最後には全部消してしまった。

「好きだ」なんて、今更届いたところで何が変わるのか。

届いたとして、彼はどう返すだろう。
否定なのか肯定なのか。
それとも、黙って来てくれるだろうか――。
そんな期待が、また俺を情けなくさせる。

酒を飲み続け、一升瓶が空になったころには深夜になっていた。

ゲームのチャットは静かになり、街の音も遠のいた。

熱を帯びた心の残り火を、どう消したらいいのか分からないまま、俺はついにその場で崩れ落ちて横になった。
頬に当たる床は冷たく、自分の息だけが荒い。

頭の奥で、幻聴のように聞こえたノックの音。
返事をする力は残っていない。けれどノックは何度か続き、最後に低い声が漏れた。

「譲さん、起きてますか。鍵開いてましたよ?」

その声だけで、胸の奥がぎゅっとなる。
手を伸ばすと、懐に入れていたスマホの画面に、送信メッセージの痕跡はなかった。

真人は、言葉を待たずに来てくれたのだ。

ドアを開けると、彼はコンビニの袋を手にして立っていた。
髪は洗いざらしで、白いシャツにスウェットという気取らない格好だった。

「来ちゃいました。
――っ、どうしたんです、そんなところで!」

俺がPCデスクの下の床に頭を差し込み横になっている姿を見て、真人が驚いたように声を上げる。
フラつく頭の中を、昼の光景がよぎる。――新人と、あの親しげな笑顔で話していた姿。

「なんで来たんだよ」
「……今日の譲さん、なんだか心配で」

「お前のせいで。お前のせいでこうなったんだろ!」

日本酒の一升瓶が転がり、真人の足元で鈍い音を立てた。
俺の声は震えていた。怒鳴っているのに、泣きそうだった。

「お前に会わなかったら、俺はいつも冷静だったのに。
お前のせいで狂った! お前なんて、嫌いだ!」

真人は黙って立ち尽くしていた。

いつものように軽く流して――「まあまあ、譲さん、お水飲んで?」と笑うと思っていた。

けれど、真人の表情は違っていた。痛ましく、傷ついているようで、
それでいてどこか、諦めたようだった。

「……そう、ですか。じゃあ、帰りますね」

コンビニの袋をその場に置いたまま、真人は静かに背を向けた。

「鍵、閉めた方がいいですよ」

ドアが閉まる音が、やけに遠く響いた。

――違う、違うんだ。
声にならない言葉が喉でつかえた。

真人が好きなのに、どうしてこんなことを言ってしまったのか。
追いかけたかったのに、体が動かない。
そのまま床に崩れ落ちた。

もう、いいや。

めんどくさくて、しんどくて、熱い。
感情も、身体の奥も、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、気持ちが悪い。
きっと酒で浮腫んでいるのだろう。

――もうどうでもいい。
俺には恋愛なんて向いてない。釣り合うわけがない。
めんどくさい。どうでもいい。悲しい。辛い。助けて……。

しばらくすると吐き気が込み上げ、トイレに駆け込んで全部を吐いた。
少しして息が整った頃、立とうとしたがしんどくて、
そのまま廊下で、泥のように眠っていた。


朝起きて真人が置いていったコンビニの袋を覗くと、
コンビニのチーズケーキが二切れ、
フォークが二本、入っていた。


俺は、最低だ。



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