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帰り道
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「ざ、残業っ!」
気まずさを隠すように立ち上がって、給湯室の蛇口をひねった。
カップに水道水をなみなみと注ぎ、一気に飲み干す。
冷たさが喉を焼いて、ようやく呼吸が落ち着いた。
ついでに真人のカップも奪い取って、自分のとまとめて軽く洗い、カゴに放り込む。
なんでもないふうを装って、早足で自席へ戻った。
……そうだ。全然、進んでないんだった。
書類の山が、就業時刻と同じ高さでそびえている。
ふと真人の机を見ると、もうきれいに片付いていて——
さすがに、残念だけど今日は一緒に帰るのは諦めたほうがいいか、と思った。
「ごめん、真人。先に帰ってていいよ。
俺、まだかかりそうだから。」
真人はその様子を一瞥すると、迷いなく俺の席へ来て腰を下ろした。
「譲さんは、こっち。」
そう言って、隣の椅子を引いた。
反射的に従って、彼の隣に座る。
真人はすぐにパソコンを立ち上げ、書類を捌き始めた。
分類、入力、処理——すべてが流れるように早い。
「はやっ……!」
思わず声が漏れると、真人は真顔で言った。
「まあ、いつもは調整してるので。」
真人……しごできどころじゃないじゃないか。
いつも、皆に合わせていたなんて。末恐ろしい。
手だけが滑らかに動き、青白いモニターの光が頬を照らしていた。
その横顔があまりに綺麗で、直視できない。
——さっき、間近で見ていたはずの顔とはまるで違って見えた。
胸の奥がざわめく。
気づけば、俺は真人の腰にそっと腕をまわしていた。
邪魔しないように、そっと。
真人は一度だけ俺を見て、小さく微笑んだ。
腰に回した手に自分の指先を触れさせ、やわらかく撫でて、またキーボードに戻る。
カタカタと響く音。
その隣で俺は静かに呼吸を重ね、温度だけを感じていた。
「……譲さん、終わりましたよ。」
その声に、はっと目を開けた。
——いつの間にか、うとうとしていたらしい。
「……あ、ありがとう。ごめん、寝てた?」
「ふふ、盛大ないびきで。」
「えっ!?」
「冗談ですよ。帰りましょう!」
真人が立ち上がり、俺に手を差し伸べる。
その手を取って席を離れる。
手をつないで、いつものムーンバックスを通り過ぎ、俺の家へ帰る。
この道を2人で歩くのは、たった数日ぶりのはずなのに——
どうしてだろう、ものすごく久しぶりな気がした。
真人は何も言わなかった。
けれど、手だけは離さずに、ずっと握ってくれていた。
その手は、あたたかくて、やさしくて。
……さっき聞いた「結婚して」という言葉が、
何度も、胸の奥で静かに反響していた。
「ま、まこと」
「はい?」
「さ、さっきさ……あの……」
「あ、譲さん、コンビニ寄ります?」
「あ……うん。」
真人の声が、ほんの一瞬だけ早かった。
なんとなく真人がその話題を避けているように感じて、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
さっきは……そういうことをしたあとで、昂ってたのかもしれない。
嬉しかったけど。いや、“結婚”が嬉しいとかじゃなくて、いや、嬉しいけど。
でもそういうんじゃなくて、思ってくれたことが嬉しい、というか!
誰に弁解しているのかもわからないまま、俺は真人の後ろについてコンビニに入った。
真人は無言で棚を回り、適当にいくつかカゴに追加していく。
そのままレジへ向かい、会計をしようとしたので、
とりあえず真人がお金を払うのを手で制した。
電子マネーでお金だけ払う。
画面に「4,380円」と出て、思わず眉が動く。
——ん、高いな?
真人が袋を頼んだので、店員さんが手早く品物を詰めていく。
その横で何気なく視線を落とした。
0.01。
潤滑ゼリー。
……あぁ、あれ買ったからか……。
そういえば——家に水、あったかな。
また麦茶だけだと、真人はあまり好きじゃないし……。
ていうか家散らかってなかったかな……?
思考があらぬ方向へ逸れていく。
真人は袋を受け取り、
俺は何事もなかったように、その隣を歩いた。
気まずさを隠すように立ち上がって、給湯室の蛇口をひねった。
カップに水道水をなみなみと注ぎ、一気に飲み干す。
冷たさが喉を焼いて、ようやく呼吸が落ち着いた。
ついでに真人のカップも奪い取って、自分のとまとめて軽く洗い、カゴに放り込む。
なんでもないふうを装って、早足で自席へ戻った。
……そうだ。全然、進んでないんだった。
書類の山が、就業時刻と同じ高さでそびえている。
ふと真人の机を見ると、もうきれいに片付いていて——
さすがに、残念だけど今日は一緒に帰るのは諦めたほうがいいか、と思った。
「ごめん、真人。先に帰ってていいよ。
俺、まだかかりそうだから。」
真人はその様子を一瞥すると、迷いなく俺の席へ来て腰を下ろした。
「譲さんは、こっち。」
そう言って、隣の椅子を引いた。
反射的に従って、彼の隣に座る。
真人はすぐにパソコンを立ち上げ、書類を捌き始めた。
分類、入力、処理——すべてが流れるように早い。
「はやっ……!」
思わず声が漏れると、真人は真顔で言った。
「まあ、いつもは調整してるので。」
真人……しごできどころじゃないじゃないか。
いつも、皆に合わせていたなんて。末恐ろしい。
手だけが滑らかに動き、青白いモニターの光が頬を照らしていた。
その横顔があまりに綺麗で、直視できない。
——さっき、間近で見ていたはずの顔とはまるで違って見えた。
胸の奥がざわめく。
気づけば、俺は真人の腰にそっと腕をまわしていた。
邪魔しないように、そっと。
真人は一度だけ俺を見て、小さく微笑んだ。
腰に回した手に自分の指先を触れさせ、やわらかく撫でて、またキーボードに戻る。
カタカタと響く音。
その隣で俺は静かに呼吸を重ね、温度だけを感じていた。
「……譲さん、終わりましたよ。」
その声に、はっと目を開けた。
——いつの間にか、うとうとしていたらしい。
「……あ、ありがとう。ごめん、寝てた?」
「ふふ、盛大ないびきで。」
「えっ!?」
「冗談ですよ。帰りましょう!」
真人が立ち上がり、俺に手を差し伸べる。
その手を取って席を離れる。
手をつないで、いつものムーンバックスを通り過ぎ、俺の家へ帰る。
この道を2人で歩くのは、たった数日ぶりのはずなのに——
どうしてだろう、ものすごく久しぶりな気がした。
真人は何も言わなかった。
けれど、手だけは離さずに、ずっと握ってくれていた。
その手は、あたたかくて、やさしくて。
……さっき聞いた「結婚して」という言葉が、
何度も、胸の奥で静かに反響していた。
「ま、まこと」
「はい?」
「さ、さっきさ……あの……」
「あ、譲さん、コンビニ寄ります?」
「あ……うん。」
真人の声が、ほんの一瞬だけ早かった。
なんとなく真人がその話題を避けているように感じて、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
さっきは……そういうことをしたあとで、昂ってたのかもしれない。
嬉しかったけど。いや、“結婚”が嬉しいとかじゃなくて、いや、嬉しいけど。
でもそういうんじゃなくて、思ってくれたことが嬉しい、というか!
誰に弁解しているのかもわからないまま、俺は真人の後ろについてコンビニに入った。
真人は無言で棚を回り、適当にいくつかカゴに追加していく。
そのままレジへ向かい、会計をしようとしたので、
とりあえず真人がお金を払うのを手で制した。
電子マネーでお金だけ払う。
画面に「4,380円」と出て、思わず眉が動く。
——ん、高いな?
真人が袋を頼んだので、店員さんが手早く品物を詰めていく。
その横で何気なく視線を落とした。
0.01。
潤滑ゼリー。
……あぁ、あれ買ったからか……。
そういえば——家に水、あったかな。
また麦茶だけだと、真人はあまり好きじゃないし……。
ていうか家散らかってなかったかな……?
思考があらぬ方向へ逸れていく。
真人は袋を受け取り、
俺は何事もなかったように、その隣を歩いた。
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