6 / 9
第6話『乙女心の隠蔽失敗:団長の前でうっかり「可愛い」と言いそうになる』
しおりを挟む
その夜、クラリスは団長室の前で、手袋の中の指をぎゅっと握った。
(会議。会議……買い出しの報告、備品の精算、動線の確認……)
――そして、あの言葉。
「排除しない」
あれは業務の言い方をしているのに、心だけが勝手に解釈してしまう。
“ここにいる”。“離れない”。そう言われたみたいに。
ノックをすると、いつも通りの声が返った。
「入れ」
扉を開けると、団長室は相変わらず無駄がない。
机の上も、書類の角度も、椅子の位置も――。
……増えているものを除けば。
ソファの端に、毛布。
そして、机の脇に、見覚えのある布袋。
(あれは……)
グラントは外套を脱ぎながら、淡々と言った。
「会議を始める」
「……はい」
机の上に置かれた紙には、今日も見出しがあった。
――【慣れ促進計画:本日の実施記録】
――【市場任務:反応の整理】
(記録……本当に記録してる……)
クラリスが椅子に座ると、グラントは向かいに座り、ペンを持つ。
「まず、買い出し任務の報告」
「布と金物、焼き菓子の支出は――」
クラリスが帳簿の数字を読み上げると、グラントは一度も口を挟まずに聞き、最後にだけ頷いた。
「問題ない」
褒め言葉が、いつも通り“検収”である。
「次。市場での“乱れ”」
(来た……そこ掘るんですか……)
グラントは紙に線を引きながら言う。
「人混みで呼吸が止まった。原因は接触事故」
「はい。あれは、本当に人が――」
「その後、焼き菓子屋の前で足が止まった」
「……好きな匂いだっただけです」
「“好き”」
グラントが、その単語を反復した。
クラリスの背筋がぴんと伸びる。
(やめて……!拾わないで……!)
グラントは淡々と続ける。
「“好き”は、健康に関係する。嗜好は行動に影響するからだ」
(合理……!でも恥ずかしい……!)
「よって、今後も疲労時に糖分を――」
「団長」
クラリスは、勇気を絞って割り込んだ。
「……私、団長の“健康管理”が、少し過剰ではないかと……」
言った瞬間、胸が痛くなる。
本当は過剰でいてほしいくせに、言ってしまう自分が嫌だ。
グラントは一拍置いた。
「過剰の定義は」
(またそれ!)
クラリスは言葉に詰まる。
過剰の定義――“ときめきが許容量を超える”とか、そんなもの、定義できない。
その沈黙を、グラントは“検討の余地あり”として処理したらしい。ペン先が止まり、視線が机の脇の布袋へ向いた。
「……対策を一つ追加する」
追加。
嫌な予感しかしない。
グラントが布袋を持ち上げ、クラリスの前に置いた。
「支給品」
布袋から出てきたのは、昼間に選ばれたストールだった。
柔らかい色。軽いのに温かい、あの布。
クラリスの心臓が跳ねる。
「……団長、これ、本当に……」
「頬が赤くなる。必要だ」
「……それは寒さではなく――」
言いかけて、クラリスは口を閉じた。
寒さじゃない。
あなたが近いから。あなたの声が。あなたの手が。
言えない。
グラントはストールを広げ、当たり前のようにクラリスの肩へかけようとした。
「……っ」
クラリスは反射で息を呑む。
布が肩に触れる。
次に、指先が髪に触れそうになる。
(だめ……近い……)
「動くな」
グラントの声が低い。
クラリスは固まった。
止まってしまう。止まらざるを得ない。
グラントは無駄なくストールを整える。
しわを伸ばし、首元を少しだけ詰めて――。
その仕草が、あまりに丁寧で。
(……かわ……)
口の形が「か」に動いた瞬間、クラリスは自分で自分の喉を塞いだ。
「……咳?」
グラントが顔を上げる。
「だ、大丈夫です!」
「根拠」
(やめて……!今のは乙女心の事故です……!)
クラリスは必死に“業務の顔”を作った。
「……ストールが、思ったより柔らかくて、驚いただけです」
「柔らかいのは良い。摩擦が減る」
(摩擦……)
グラントの口から出る単語が、どこまでも“対策会議”で、逆に苦しい。
だがその次の一言で、クラリスは息を止めた。
「今、何と言いかけた」
「え?」
「最初の音が『か』だった」
(……終わった)
クラリスの脳内で、赤い警報が鳴る。
「……か、風邪、かも、しれません!」
「医務室だ」
「違います!!」
クラリスが即座に叫ぶと、グラントは一瞬だけ目を細めた。
「……では、何だ」
詰む。
クラリスは紙一重で嘘を選んだ。
「……感想です。『か……感じが良い』と言おうとしました」
我ながら苦しい。
グラントは真顔で頷いた。
「感じが良い。――良い評価だ」
(評価にしないで……!)
そしてグラントは、なぜかその言葉を紙に書いた。
【ストール:感じが良い(クラリス評価)】
クラリスはもう何も言えなかった。
◻︎ ◻︎ ◻︎
そのとき、扉がノックされた。
「団長。失礼します」
入ってきたのは、副団長ローレンだった。
今日も顔が薄い。手に持っているのは書類と、胃薬(安定)。
ローレンは室内を見て、まずストールに目を留め、次にクラリスの顔を見て、最後にグラントを見た。
「……団長、あの。会議は」
「実施中だ」
「議題は」
「慣れ促進と、防寒対策」
ローレンが小さく頷く。
その頷きは“受理”ではなく“諦め”だった。
「……団長。市場での件、噂が広がっています」
「噂は危険ではない」
「危険です。主にクラリスの精神衛生に」
ローレンが珍しく強めに言うと、グラントは一拍置いて頷いた。
「精神衛生は健康に関係する。――対策が必要だ」
(対策……また増える……)
ローレンが先回りするように言った。
「団長。対策は“距離を取る”のが――」
「無理だ」
即答。
ローレンの胃が鳴る音が、クラリスには聞こえた気がした。
「……では、噂の燃料を減らしましょう。例えば、手をつながない、とか」
グラントは真顔で返す。
「手は必要だ。転倒防止」
ローレンが目を閉じる。
「……転倒、もうしてませんよね?」
「可能性はゼロではない」
「……ゼロじゃないですけど」
ローレンは胃薬を握りしめたまま、話題を変えた。
「団長、もう一つ。クラリスに関して――」
「言え」
ローレンは一度だけ深呼吸し、クラリスをチラッと見てから言った。
「……クラリスは、“褒め言葉”に弱いです」
クラリスが死んだ。
(ローレンさん!?なぜそれを今言うの!?)
グラントは瞬きを一つ。
「褒め言葉」
「はい。なので団長が、何気なく――『良い』とか言うと、クラリスは……」
ローレンが言葉を選び損ねた。
選び損ねて、変な間が空く。
グラントが、容赦なく結論を拾う。
「……乱れるのか」
「乱れます」
ローレンが即答した。
クラリスは机に突っ伏したくなった。
グラントは真顔で頷き、紙に書いた。
【褒め言葉 → 乱れ(要注意)】
ローレンが叫びそうになった。
「団長!それは“注意”じゃなくて、“嬉しい”のほうです!」
「嬉しい」
グラントがその単語を反復した。
「嬉しいと、乱れるのか」
「乱れます!」
ローレンが言い切る。
クラリスは顔が熱くて、もう何も考えられなかった。
グラントが静かに言った。
「……なら、褒め言葉を減らすべきか」
クラリスの胸が、ひゅっと痛んだ。
(減らさないで……)
言えない。
言えないけれど、減らされたら、たぶん寂しい。
その沈黙を、グラントは“異常”として捉えたらしい。
クラリスの顔をじっと見て、言った。
「……今、苦しいか」
「だ、大丈夫です!」
「根拠」
(やめて……!)
グラントはしばらく黙り、やがて静かに――まるで実験の手順を確認するみたいに尋ねた。
「では、別の褒め言葉を試す」
「え?」
ローレンが即座に割り込む。
「団長、試さないで!!」
「必要だ」
「必要じゃない!!」
グラントは、ローレンの叫びを“胃の保護”として処理したのか、少しだけ声を落とした。
「……クラリス」
呼ばれるだけで心拍が上がる。
「ストールは、君に合っている」
クラリスの胸が熱くなる。
(だめ、嬉しい……)
グラントは一拍置き、次を言う。
「……可愛い」
クラリスの世界が、静かに爆発した。
ローレンが頭を抱えた。
「団長……!!」
グラントは真顔で続ける。
「今のは褒め言葉か」
クラリスは声が出ない。
ローレンが代わりに言った。
「褒め言葉です!!最上級です!!だから言わないで!!」
「言わないほうが良いのか」
「良いです!!噂が!!」
グラントは“噂”の単語に反応し、少し考える顔になった。
「……噂を減らすなら、室内で言うのは合理的だ」
(合理じゃない……!)
ローレンが絶望した声で呟く。
「……団長、あなたは、わざとじゃないのが一番厄介です」
グラントは首を傾げた。
「厄介?」
「ええ。恋愛的に」
ローレンが、ついに禁句を言った。
室内の空気が止まる。
クラリスの心臓も止まりそうになる。
グラントは、沈黙のあと、静かに聞き返した。
「……恋愛、とは」
ローレンが口を閉じた。
クラリスも口を閉じた。
世界が、クラリスの乙女心の上に座った。
グラントは淡々と続ける。
「定義を説明しろ」
ローレンは胃薬を握りしめ、クラリスに目を向ける。
――助けて。
クラリスは目で返す。
――私に振らないでください……!
グラントの視線が、まっすぐクラリスに落ちた。
「クラリス。君は、“恋愛”を知っているか」
クラリスは息を吸った。
(終わった)
終わるのは社会的生命か、隠蔽か、それとも――。
クラリスは、乙女心を必死に押し込めたまま、震える声で答えた。
「……し、知っています。一般的な意味では」
グラントは頷いた。
「では、明日から“恋愛”も議題に追加する」
ローレンが叫んだ。
「やめて!!!!」
クラリスは、机の下で手袋の中の指をぎゅっと握った。
(……私、明日、生きていられるかな)
そして同時に、胸の奥で小さく思ってしまう。
(……でも、知ってほしい)
グラントが、“恋愛”を。
自分の言葉が、どれだけ人の心を揺らすかを。
知ってほしいのに、知られたら終わる。
甘くて苦しい矛盾を抱えたまま、クラリスの“会議”は、次の段階へ進もうとしていた。
(つづく)
(会議。会議……買い出しの報告、備品の精算、動線の確認……)
――そして、あの言葉。
「排除しない」
あれは業務の言い方をしているのに、心だけが勝手に解釈してしまう。
“ここにいる”。“離れない”。そう言われたみたいに。
ノックをすると、いつも通りの声が返った。
「入れ」
扉を開けると、団長室は相変わらず無駄がない。
机の上も、書類の角度も、椅子の位置も――。
……増えているものを除けば。
ソファの端に、毛布。
そして、机の脇に、見覚えのある布袋。
(あれは……)
グラントは外套を脱ぎながら、淡々と言った。
「会議を始める」
「……はい」
机の上に置かれた紙には、今日も見出しがあった。
――【慣れ促進計画:本日の実施記録】
――【市場任務:反応の整理】
(記録……本当に記録してる……)
クラリスが椅子に座ると、グラントは向かいに座り、ペンを持つ。
「まず、買い出し任務の報告」
「布と金物、焼き菓子の支出は――」
クラリスが帳簿の数字を読み上げると、グラントは一度も口を挟まずに聞き、最後にだけ頷いた。
「問題ない」
褒め言葉が、いつも通り“検収”である。
「次。市場での“乱れ”」
(来た……そこ掘るんですか……)
グラントは紙に線を引きながら言う。
「人混みで呼吸が止まった。原因は接触事故」
「はい。あれは、本当に人が――」
「その後、焼き菓子屋の前で足が止まった」
「……好きな匂いだっただけです」
「“好き”」
グラントが、その単語を反復した。
クラリスの背筋がぴんと伸びる。
(やめて……!拾わないで……!)
グラントは淡々と続ける。
「“好き”は、健康に関係する。嗜好は行動に影響するからだ」
(合理……!でも恥ずかしい……!)
「よって、今後も疲労時に糖分を――」
「団長」
クラリスは、勇気を絞って割り込んだ。
「……私、団長の“健康管理”が、少し過剰ではないかと……」
言った瞬間、胸が痛くなる。
本当は過剰でいてほしいくせに、言ってしまう自分が嫌だ。
グラントは一拍置いた。
「過剰の定義は」
(またそれ!)
クラリスは言葉に詰まる。
過剰の定義――“ときめきが許容量を超える”とか、そんなもの、定義できない。
その沈黙を、グラントは“検討の余地あり”として処理したらしい。ペン先が止まり、視線が机の脇の布袋へ向いた。
「……対策を一つ追加する」
追加。
嫌な予感しかしない。
グラントが布袋を持ち上げ、クラリスの前に置いた。
「支給品」
布袋から出てきたのは、昼間に選ばれたストールだった。
柔らかい色。軽いのに温かい、あの布。
クラリスの心臓が跳ねる。
「……団長、これ、本当に……」
「頬が赤くなる。必要だ」
「……それは寒さではなく――」
言いかけて、クラリスは口を閉じた。
寒さじゃない。
あなたが近いから。あなたの声が。あなたの手が。
言えない。
グラントはストールを広げ、当たり前のようにクラリスの肩へかけようとした。
「……っ」
クラリスは反射で息を呑む。
布が肩に触れる。
次に、指先が髪に触れそうになる。
(だめ……近い……)
「動くな」
グラントの声が低い。
クラリスは固まった。
止まってしまう。止まらざるを得ない。
グラントは無駄なくストールを整える。
しわを伸ばし、首元を少しだけ詰めて――。
その仕草が、あまりに丁寧で。
(……かわ……)
口の形が「か」に動いた瞬間、クラリスは自分で自分の喉を塞いだ。
「……咳?」
グラントが顔を上げる。
「だ、大丈夫です!」
「根拠」
(やめて……!今のは乙女心の事故です……!)
クラリスは必死に“業務の顔”を作った。
「……ストールが、思ったより柔らかくて、驚いただけです」
「柔らかいのは良い。摩擦が減る」
(摩擦……)
グラントの口から出る単語が、どこまでも“対策会議”で、逆に苦しい。
だがその次の一言で、クラリスは息を止めた。
「今、何と言いかけた」
「え?」
「最初の音が『か』だった」
(……終わった)
クラリスの脳内で、赤い警報が鳴る。
「……か、風邪、かも、しれません!」
「医務室だ」
「違います!!」
クラリスが即座に叫ぶと、グラントは一瞬だけ目を細めた。
「……では、何だ」
詰む。
クラリスは紙一重で嘘を選んだ。
「……感想です。『か……感じが良い』と言おうとしました」
我ながら苦しい。
グラントは真顔で頷いた。
「感じが良い。――良い評価だ」
(評価にしないで……!)
そしてグラントは、なぜかその言葉を紙に書いた。
【ストール:感じが良い(クラリス評価)】
クラリスはもう何も言えなかった。
◻︎ ◻︎ ◻︎
そのとき、扉がノックされた。
「団長。失礼します」
入ってきたのは、副団長ローレンだった。
今日も顔が薄い。手に持っているのは書類と、胃薬(安定)。
ローレンは室内を見て、まずストールに目を留め、次にクラリスの顔を見て、最後にグラントを見た。
「……団長、あの。会議は」
「実施中だ」
「議題は」
「慣れ促進と、防寒対策」
ローレンが小さく頷く。
その頷きは“受理”ではなく“諦め”だった。
「……団長。市場での件、噂が広がっています」
「噂は危険ではない」
「危険です。主にクラリスの精神衛生に」
ローレンが珍しく強めに言うと、グラントは一拍置いて頷いた。
「精神衛生は健康に関係する。――対策が必要だ」
(対策……また増える……)
ローレンが先回りするように言った。
「団長。対策は“距離を取る”のが――」
「無理だ」
即答。
ローレンの胃が鳴る音が、クラリスには聞こえた気がした。
「……では、噂の燃料を減らしましょう。例えば、手をつながない、とか」
グラントは真顔で返す。
「手は必要だ。転倒防止」
ローレンが目を閉じる。
「……転倒、もうしてませんよね?」
「可能性はゼロではない」
「……ゼロじゃないですけど」
ローレンは胃薬を握りしめたまま、話題を変えた。
「団長、もう一つ。クラリスに関して――」
「言え」
ローレンは一度だけ深呼吸し、クラリスをチラッと見てから言った。
「……クラリスは、“褒め言葉”に弱いです」
クラリスが死んだ。
(ローレンさん!?なぜそれを今言うの!?)
グラントは瞬きを一つ。
「褒め言葉」
「はい。なので団長が、何気なく――『良い』とか言うと、クラリスは……」
ローレンが言葉を選び損ねた。
選び損ねて、変な間が空く。
グラントが、容赦なく結論を拾う。
「……乱れるのか」
「乱れます」
ローレンが即答した。
クラリスは机に突っ伏したくなった。
グラントは真顔で頷き、紙に書いた。
【褒め言葉 → 乱れ(要注意)】
ローレンが叫びそうになった。
「団長!それは“注意”じゃなくて、“嬉しい”のほうです!」
「嬉しい」
グラントがその単語を反復した。
「嬉しいと、乱れるのか」
「乱れます!」
ローレンが言い切る。
クラリスは顔が熱くて、もう何も考えられなかった。
グラントが静かに言った。
「……なら、褒め言葉を減らすべきか」
クラリスの胸が、ひゅっと痛んだ。
(減らさないで……)
言えない。
言えないけれど、減らされたら、たぶん寂しい。
その沈黙を、グラントは“異常”として捉えたらしい。
クラリスの顔をじっと見て、言った。
「……今、苦しいか」
「だ、大丈夫です!」
「根拠」
(やめて……!)
グラントはしばらく黙り、やがて静かに――まるで実験の手順を確認するみたいに尋ねた。
「では、別の褒め言葉を試す」
「え?」
ローレンが即座に割り込む。
「団長、試さないで!!」
「必要だ」
「必要じゃない!!」
グラントは、ローレンの叫びを“胃の保護”として処理したのか、少しだけ声を落とした。
「……クラリス」
呼ばれるだけで心拍が上がる。
「ストールは、君に合っている」
クラリスの胸が熱くなる。
(だめ、嬉しい……)
グラントは一拍置き、次を言う。
「……可愛い」
クラリスの世界が、静かに爆発した。
ローレンが頭を抱えた。
「団長……!!」
グラントは真顔で続ける。
「今のは褒め言葉か」
クラリスは声が出ない。
ローレンが代わりに言った。
「褒め言葉です!!最上級です!!だから言わないで!!」
「言わないほうが良いのか」
「良いです!!噂が!!」
グラントは“噂”の単語に反応し、少し考える顔になった。
「……噂を減らすなら、室内で言うのは合理的だ」
(合理じゃない……!)
ローレンが絶望した声で呟く。
「……団長、あなたは、わざとじゃないのが一番厄介です」
グラントは首を傾げた。
「厄介?」
「ええ。恋愛的に」
ローレンが、ついに禁句を言った。
室内の空気が止まる。
クラリスの心臓も止まりそうになる。
グラントは、沈黙のあと、静かに聞き返した。
「……恋愛、とは」
ローレンが口を閉じた。
クラリスも口を閉じた。
世界が、クラリスの乙女心の上に座った。
グラントは淡々と続ける。
「定義を説明しろ」
ローレンは胃薬を握りしめ、クラリスに目を向ける。
――助けて。
クラリスは目で返す。
――私に振らないでください……!
グラントの視線が、まっすぐクラリスに落ちた。
「クラリス。君は、“恋愛”を知っているか」
クラリスは息を吸った。
(終わった)
終わるのは社会的生命か、隠蔽か、それとも――。
クラリスは、乙女心を必死に押し込めたまま、震える声で答えた。
「……し、知っています。一般的な意味では」
グラントは頷いた。
「では、明日から“恋愛”も議題に追加する」
ローレンが叫んだ。
「やめて!!!!」
クラリスは、机の下で手袋の中の指をぎゅっと握った。
(……私、明日、生きていられるかな)
そして同時に、胸の奥で小さく思ってしまう。
(……でも、知ってほしい)
グラントが、“恋愛”を。
自分の言葉が、どれだけ人の心を揺らすかを。
知ってほしいのに、知られたら終わる。
甘くて苦しい矛盾を抱えたまま、クラリスの“会議”は、次の段階へ進もうとしていた。
(つづく)
1
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
『噂が先に婚約しましたが、私はまだ“練習相手”のつもりです(堅実護衛が半歩前から離れません)』
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全8話+後日談1話⭐︎
舞踏会が苦手な伯爵令嬢ルシアは、社交の“空気圧”に飲まれて流されがち。
――そして致命的に、エスコートされると弱い。
そんな彼女の“練習相手”に選ばれたのは、寡黙で堅実、おおらかな護衛隊出身の男ロアン。
半歩前を歩き、呼吸の乱れを見抜き、必要なときだけ手を差し出す彼の優しさは、甘い言葉ではなく「確認」と「対策」でできていた。
「怖くない速度にします」
「あなたが望めば、私はいます」
噂が先に婚約しても、社交界が勝手に翻訳しても――守られるのは、ルシアの意思。
なのに最後の一曲で、ルシアは言ってしまう。
「……ロアンさんと踊りたい」
堅実すぎる護衛の甘さに、流され注意。
噂より先に“帰る場所”ができてしまう、異世界ほの甘ラブコメです。
守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済:全8話⭐︎
ーー条項:心拍が乱れたら抱擁せよ(やめて)
村育ちの鈍感かわいい癒し系ヒロイン・リリィは、王都を目指して旅に出たはずが――森で迷子になった瞬間、精霊騎士エヴァンに“守護契約”されてしまう!
問題は、この騎士さまの守護距離が近すぎること。
半歩どころか背後ぴったり、手を繋ぐのも「当然」、心拍が乱れたら“抱擁条項”発動!?
周囲は「恋人だろ!」と総ツッコミなのに、本人たちは「相棒です!」で通常運転。
守護(と言い張る)密着が止まらない、じわ甘コメディ異世界ファンタジー!
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
山賊な騎士団長は子にゃんこを溺愛する
紅子
恋愛
この世界には魔女がいる。魔女は、この世界の監視者だ。私も魔女のひとり。まだ“見習い”がつくけど。私は見習いから正式な魔女になるための修行を厭い、師匠に子にゃんこに変えれた。放り出された森で出会ったのは山賊の騎士団長。ついていった先には兄弟子がいい笑顔で待っていた。子にゃんこな私と山賊団長の織り成すほっこりできる日常・・・・とは無縁な。どう頑張ってもコメディだ。面倒事しかないじゃない!だから、人は嫌いよ~!!!
完結済み。
毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる