執事はお嬢様の午後三時のティータイムだけは死守したい (告白は未着手ですが、隣の席だけは確定です)

星乃和花

文字の大きさ
13 / 25

第12話(第一部最終話)『誕生日の贈り物:執事が最高級の品を用意するも、お嬢様が欲しかったのは“席を隣にする許可”だった』

しおりを挟む
 誕生日の朝は、いつもより静かだ。
 屋敷は祝う準備で忙しいはずなのに、空気だけが、ふわりと柔らかい。

 エマ(お嬢様)は窓辺で髪を整えながら、鏡に映る自分へ小さく言い聞かせた。

(期待してない。期待してない。
 大人の令嬢は、誕生日に浮かれたりしない)

 ……嘘だ。
 心の奥は、こっそり浮かれている。
 “今日”が、何かを変えてくれるかもしれない、と。

 でも、強がる。
 期待が外れた時、痛いのは自分だから。

 扉がノックされる。

「失礼いたします、お嬢様」

 レオン(執事)が入ってきた。
 今日も真顔。今日も完璧。
 ただ、その手には小さな封筒があった。

「お誕生日、おめでとうございます」

 淡々とした声。
 でも、言葉だけがきちんと温かい。

 エマは上品に微笑んだ。

「ありがとう。……いつも通りね」

 自分の声が少し硬いのが分かる。
 でも、“いつも通り”で守るしかない。

 レオンは封筒を差し出した。

「本日の予定、および贈呈の手順です」

(手順!?)

 エマは笑顔のまま固まった。
 メイド長マリアが廊下の向こうで「やっぱり手順!」と息を呑む気配がした。

 ・♢ー♢ー♢・

 午前。
 贈り物は、完璧だった。

 宝飾。
 光が上品に揺れる、最高級の品。
 ドレス。
 エマのために仕立てられた、静かな華やかさ。
 そして――稀少茶葉。
 香りだけで泣けそうなほど、優しい。

 完璧な“物”。
 完璧な選択。
 完璧な執事の答え。

 エマは、そのどれもが“嬉しい”と分かっている。
 分かっているのに、胸の奥が少しだけ空っぽだった。

(私、欲しかったのは……これじゃない)

 でも言えない。
 言ったら贅沢に見える。
 言ったらわがままに聞こえる。
 言ったら――期待してた自分が、恥ずかしい。

 だから、優雅に微笑む。
 令嬢の正しい反応を、完璧に返す。

「まあ……素敵。ありがとう、レオン。
 本当に、完璧ね」

 レオンは真顔で頷いた。

「お嬢様に相応しいものを選定しました」

 相応しい。
 その言葉が、少しだけ痛かった。

(“相応しいもの”じゃなくて……
 “相応しくなくても欲しいもの”があるの)

 エマは胸の奥がきゅっとして、目を逸らした。
 涙が出そうになって、慌てて上品に瞬きを増やす。

 その時、マリアがそっと近づき、エマの耳元に囁いた。

「……お嬢様が欲しいの、席よ」

 エマの心臓が跳ねた。
 言葉にされると、逃げ場がなくなる。

「……やめて」

 小声で言うと、マリアは微笑んだ。

「言わないなら、私が言うわよ。
 ――レオン、聞こえた?」

 レオンが、ぴたりと止まった。

「……席、とは」

 マリアが、笑いをこらえながら指先で空を示す。

「ティータイムの席。
 お嬢様が欲しいのは宝石じゃなくて、ドレスじゃなくて、茶葉じゃなくて――
 “隣に座る許可”よ」

 空気が、止まった。

 エマは顔が熱くなって、でも言い返せない。
 否定できない。
 それが本当だから。

 レオンは珍しく黙った。
 手帳を開かない。
 資料も出さない。

 “物ではない答え”を、初めて探している顔だった。

 そして、静かに言った。

「……承知しました」

 その“承知”は、いつもと違う。
 手順でも、統計でも、管理でもない。
 ――たぶん、決意に近い。

 庭の方から、剪定鋏の音が止む気配がした。
 庭師が、聞き耳を立てている。絶対。

 ・♢ー♢ー♢・

 十五時。

 ティールーム。
 いつも通りの光。
 いつも通りの花。
 いつも通りの香り。

 エマは椅子の前に立ち、いつものように“対面”へ向かおうとして――止まった。

 椅子が、違う。

 レオンが引いたのは、いつもの対面席ではなく、隣の椅子だった。

 エマの喉が、きゅっと詰まる。
 言葉が出ない。
 嬉しいのに、怖い。
 嬉しいのに、泣きそう。

(……ほんとに?)

 レオンは真顔のまま、いつもより少しだけ声を落として言った。

「お嬢様。こちらへ」

 エマはゆっくり座った。
 隣。
 隣の距離。

 それだけで、胸の穴が呼吸を始めたみたいに、温かくなる。

 レオンも座る。
 椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きく聞こえた。

 紅茶が注がれる。
 湯気が上がる。
 十五時の温度。

 レオンが、カップを置いてから言った。

「本日の贈り物は……こちらです」

 “こちら”と言いながら、宝石もドレスも茶葉も出さない。
 ただ、隣にいる。

 エマは、声にならない笑いがこぼれそうになって、慌てて口元を押さえた。
 でも、笑ってしまう。
 涙も一緒に出そうで、さらに困る。

「……やっと、わかったのね」

 エマの声は小さかった。
 猫被りが、今日は必要ないくらい小さかった。

 レオンは真顔のまま――でも、逃げない目で言った。

「理解に時間がかかりました」

「あなた、いつも手順は早いのに」

「心の手順は……未習得でした」

 エマの胸が、ぎゅっとして、ほどけた。
 こんな言い方しかできない人が、隣に座るために、たぶん世界を曲げたのだ。

 エマは紅茶を一口飲んだ。
 温かい。
 いつもより、温かい。

 隣にいるだけなのに、世界が少しだけ違う。

 レオンはまだ“恋”を言語化できない。
 きっと、この人は「好き」と言うまでに手順書を三冊作る。
 でも――席だけは、もう戻さない。

 それが、今日の贈り物だった。

 ティータイムは死守された。
 そして、隣の席も――今日から、死守される。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

過去の名君は仮初の王に暴かれる

沖果南
恋愛
とある騎士の長い長い片思いのお話です。しょっぱなからせっせしてるので注意してください。

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...