清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花

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後日談11『社交の場で“許可”が出そうになって私は必死に堪える回(でも清楚な目が許可を取りに来る)』

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 社交の場は、私の得意分野——のはずだった。

 礼儀。微笑み。距離感。
 誰にも踏み込ませず、誰にも失礼のない“完璧”。
 私はその完璧で生きてきた。

 ……なのに最近、その完璧を壊しに来る存在がいる。

 清楚な執事長。

 ユリウス。

(今日は大丈夫。
 今日は侯爵家の夜会。
 大勢の前。
 “許可”なんて言えるわけがない。言ったら死ぬ。
 だから私は言わない。絶対言わない)

 馬車を降り、会場に入る。
 華やかな音楽、笑い声、香水の匂い。
 私は令嬢の顔を作って歩く。

 ユリウスは、半歩後ろ。
 距離が正しい。
 正しいのに、安心するのが悔しい。

 まずはご挨拶。
 侯爵夫人に微笑み、丁寧に言葉を交わす。
 問題ない。完璧。

「まあ、お嬢様。お美しいこと」

 夫人が褒める。
 私は「恐れ入ります」と返す。
 社交の流れ。

 ——その横で、ユリウスが穏やかに一礼した。

「ありがとうございます」

(執事長が“ありがとうございます”と言ってる)

 夫人が笑う。

「執事長殿も相変わらず丁寧ね。最近は随分と……お嬢様のそばにいらっしゃるようだけれど」

 来た。
 突っ込まれる。
 ここで私が崩れたら終わる。

 私は笑顔で、完璧に返す。

「執事長は、屋敷の秩序を守っておりますの」

 秩序。
 万能。
 しかしその瞬間、隣のユリウスが清楚に頷いた。

「はい。お嬢様の秩序です」

(秩序の意味!!)

 夫人が目を細め、楽しそうに笑った。

「まあ。……それは秩序というより、忠誠かしら」

 私は笑顔のまま固まった。
 忠誠。
 その単語は危険。恋の匂いがする。

 私は口を開く。
 口が勝手に、こう言いそうになる。

(“その解釈、許可しません”)

(だめ!!!!)

 私は咄嗟に、別の言葉を選んだ。

「……執事長は真面目ですので」

 逃げた。
 よかった。
 セーフ。

 ……セーフだったのに、ユリウスが小声で言った。

「お嬢様。今、許可しませんと言いかけましたね」

(殺す気か)

 私は微笑みを崩さず、小声で返した。

「言っていません」

「言いかけました」

「言っていません」

「承知しました。——では、目で伺います」

(目で伺うな)

 会場の中央へ進む。
 次々に声をかけられる。
 私は返す。完璧に。
 ユリウスは半歩後ろで、完璧に支える。

 その完璧の中で、私は気づく。

(……この人、私が“許可”を言わないように、私の代わりに“承知しました”を増やしてる)

 グラスが差し出される。
 私は受け取る。
 その瞬間、男の声。

「お嬢様、お久しぶりです」

 振り向くと、伯爵家の次男——以前、しつこくお茶に誘ってきた人物だ。
 礼儀は整っている。
 しかし距離が近い。

「今夜は、ぜひ一曲」

 手が差し出される。
 社交辞令の範囲。
 断っても良いが、角が立つ。
 迷う。

 私は笑顔で、言葉を探す。
 この場を丸く収める断り方。

 その時、ユリウスが一歩前に出た。

 自然に。
 清楚に。
 そして明確に。

「恐れ入ります。お嬢様は、本日は足が少々お疲れです」

(疲れてない!!)

 次男が眉を上げた。

「そうは見えませんが」

 ユリウスが穏やかに微笑む。

「見えないようにされるのが、お嬢様です」

(あなたが言うな!!)

 次男は引き下がらない。

「では、少しだけ。手を取るだけでも」

 手が、再び差し出される。
 距離が近い。
 私は息を止めた。

(ここで私が“許可”を出したら……
 “触れる許可は出しません”って言いたい。
 言いたいけど——社交の場で“許可”はだめ!!!)

 その瞬間。

 ユリウスが私の方を見た。

 ——清楚な目。

 何も言わない。
 でも、目が言っている。

(許可を)

(やめて!!!目で許可を取りに来ないで!!!)

 私は微笑みのまま、必死に小さく頷いた。
 頷きは社交の動きに紛れる。
 紛れるはず。
 誰にも気づかれないはず。

 ユリウスが、その頷きを受け取って、次男に言った。

「恐れ入ります。お嬢様は、今夜は私と踊ります」

 私は息を止めた。
 止めたまま、心臓が跳ねた。

(私と踊る!?
 執事長が!?
 社交の場で!?)

 次男が目を見開く。

「執事長が……?」

 ユリウスが、清楚に微笑んだ。

「はい。お嬢様の安全確保のためです」

 言い訳が、業務。
 でも、目は恋。

 次男が言い返そうとした。
 しかし、周囲の視線が集まり始める。
 空気がざわつく。

「執事長、やるわね」
「お嬢様、ついに……?」
「勝利の匂いがする」

(勝利とか言うな!!!!)

 私は微笑みを保ちながら、限界だった。
 ユリウスの袖を、ほんの少しだけ引いた。
 その仕草は小さすぎて、誰にも見えないはず。

 ユリウスが、すぐ気づく。
 気づいて、さらに小声で言った。

「許可を」

(また!?)

 私は歯を食いしばり、微笑みのまま、小さく言った。

「……許可します」

 言ってしまった。
 社交の場で。
 小声。
 でも言った。

 ユリウスの目が、ふっと柔らかくなる。

「承知しました」

 そして彼は、私に手を差し出した。
 白手袋の手。
 清楚で、完璧で、でも——私のため。

 私はその手を取った。

 音楽が流れる。
 周囲が驚く。
 私は顔が熱い。
 でも、令嬢の顔で踊る。

「……執事長」

「はい」

「あなた、本当に……社交の場でやらないでください」

「何をですか」

「許可を取りに来るのを」

 ユリウスが、ほんの少しだけ笑った。

「承知しました。では」

「では?」

 彼は、清楚に言う。

「今夜は、お嬢様が私に“承知しました”をください」

 ——ずるい。

 私は、踊りながら、胸がきゅっとなって、でも笑ってしまいそうになった。

 私は小声で言った。

「……承知しました」

 ユリウスが、誰にも見せない微笑みを落とした。

「ありがとうございます。とても好きです」

 私は、社交の場で、乙女の心臓になった。
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