清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花

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後日談10『許可が多すぎて“許可台帳”を作りかけて私が止める回(でも最後に一つだけ記録される)』

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 最近、私は悟った。

 この屋敷の問題は、ユリウスが真面目すぎることだ。
 真面目すぎて、恋も業務に寄せてくる。
 寄せた結果、「許可」が増える。
 増えた結果——記録したくなる。

 つまり、こうなる。

 朝、執務室の机の上に、分厚い帳面が置かれていた。

 背表紙に、端正な文字。

『許可台帳』

 私は、静かに固まった。

(来た……ついに来た……)

 ユリウスが清楚な顔で一礼する。

「お嬢様。おはようございます」

「……おはようございます」

 私は台帳から目を離せないまま言った。

「執事長」

「はい」

「これは、何ですの」

「台帳です」

(見ればわかる!!)

 私は深呼吸した。
 令嬢として落ち着く。落ち着いて、論理的に潰す。

「なぜ、台帳が必要ですの」

「許可が増えたためです」

「増えたのは、あなたのせいです」

「はい」

(認めるな!!)

 ユリウスは淡々と続ける。

「許可の管理が曖昧だと、運用に齟齬が出ます」

「運用しなくていいです」

「承知しました」

 承知しました、と言いながら、台帳を開く。
 開くな。
 開いたら始まる。

 私は一歩前に出て、台帳を指差した。

「何を書くつもりですの」

「許可の種類、日時、状況、担当者、備考」

(業務だ!!完全に業務だ!!)

 台帳の最初のページには、すでに項目が整えられていた。
• No.001:隣に座る許可(確定)
• No.002:褒める許可(却下)
• No.003:見ている許可(却下)
• No.004:日傘を差す許可(承認)
• No.005:紙に触れる許可(条件付き承認)

 私は、机に手をついた。

「……あなた、もう書いているじゃない」

「はい。忘れないように」

(忘れないように!!!?)

 私は怒るべきだ。怒るべきなのに、胸の奥が変に温かい。
 この人、私が言ったことを覚えていたいのだ。
 覚えていて、守りたいのだ。
 守り方が、台帳。

 ……台帳。

(だめだ。可愛いと思ったら負ける)

 私は眉を寄せて言った。

「却下です」

「どの却下ですか」

「台帳です」

「承知しました」

 即答。
 即答で閉じる……と思ったのに、閉じない。

 ユリウスは穏やかに尋ねた。

「理由を伺ってもよろしいですか」

 よろしいですか、じゃない。
 この人、私の却下を“許可”みたいに扱ってくる。

 私は言葉を探した。
 令嬢としての理由。
 そして本音。

「……恥ずかしいからです」

 言ってしまった。
 小声ではない。ちゃんとした声。
 恥ずかしいと言ってしまったのが、さらに恥ずかしい。

 ユリウスの目が柔らかく細まった。

「承知しました」

 彼は台帳に、さらりと書き足した。
• No.006:許可台帳の運用(却下)
 備考:お嬢様が恥ずかしいため

(書くな!!!!)

 私は即座に言った。

「それも却下です!」

「承知しました」

 承知しました、と言いながら、ペンを止めない。
 止めないのに承知しましたって何。

 私は机の端を握りしめた。

「執事長、あなたは……」

「はい」

「却下を、却下しないでください」

 ユリウスが、少しだけ困ったように笑った。

「承知しました」

 今度こそ、台帳を閉じた。
 閉じた瞬間、私は勝った気がした。
 勝った気がしたのに——

 ユリウスは閉じた台帳をそっと抱えたまま、落ち着いた声で言った。

「では、お嬢様。運用はしません」

「……はい」

「ですが」

 ですが、が怖い。

「最後に一つだけ、記録する許可を」

 私は固まった。

「……何を」

「お嬢様が、恥ずかしいと言ってくださったこと」

 ——ずるい。
 そんなの、台帳より恥ずかしい。
 でも、そんなの、覚えていてほしい。

 私は唇を噛んだ。
 むっつりが暴れる。乙女の心臓が跳ねる。
 そして、私は負けた。

「……一つだけなら、許可します」

 ユリウスの目が、ふっと柔らかくなる。
 嬉しい顔。清楚な嬉しい顔。

「承知しました」

 彼は台帳を開かず、胸のところでそっと抱え直した。
 その仕草が、まるで大事なものを抱くみたいで——私は胸が熱くなった。

「お嬢様」

「……何ですの」

「その許可、好きです」

(言うな)

 私は顔が赤くなるのを感じて、無理やり話題を変えた。

「……仕事を始めます」

「承知しました。隣にいます」

 いつもの言葉。
 でも今日は、台帳よりずっと重い。

 ——記録しなくても、覚えている。
 覚えているから、隣にいる。
 そういうことなのだと、私は思ってしまった。
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